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**
過ごしやすい夕方。窓を開けていると少し肌寒いくらい。
(彼女は寒がっていないと良いけど。)
いよいよ身の回りのこと全てを相談員に関連づけなければ気が済まなくなってきた。
(これは……、重症だな。)
誰に指摘されるでもなく決まりが悪くなり、机の上で頬杖をついていた姿勢を正す。立ち上がって窓を閉めた。そのまま寄りかかって紅葉を眺める。こんなに近いのに触れることはできない。
ズボンの右ポケットから振動を感じてSABOTを取り出した。マスコットキャラクターであるサボタが画面の中心に躍り出ている。こんなことはこの端末を起動して以来だ。いや、一度だけあった。一夜にして現れて消えた『夢アプリ』とやらのときだ。
『やぁ!アップデートした夢アプリをダウンロードしておいたよ!』
吹き出しをタップすると、サボタが上に移動して、いつもの場所に落ち着く。画面左下に見覚えのあるハートマークのアイコンが表示されていた。
「アップデート……? このアプリ、前にも……。」
*****
サボミから夢アプリをアップデートしたと通知があり、試しに遊んでみてね、と勧められた。
何が変わったのかと不思議に思い、アイコンに触れて起動させると、まずはサボミが出てきた。
『まずは目を閉じてリラックスしてね。10秒数えたら目を開けて。』
アプリを起動することと、目を閉じることの関連性はわからず仕舞いだが、素直に数を数えてから目を開けると、いまだに視界は真っ暗だった。目は、開けたはずなのだけれど。就寝前とはいえ自室の電気はつけていたし、誰かが明かりを消したとは思えない。SABOTにもそんな機能はついていなかった。握っていたはずのSABOTが消えているため、照明代わりにすることもできない。
わけもわからないまま、手を伸ばして電気のスイッチ、つまり扉の付近を探る。
(……どういうこと?)
この方角には机や椅子があったはずなのに、手には冷たいタイルの感触しかない。全く別の部屋に飛んできてしまったようだ。
*****
アプリを起動したと思ったら、ベッドに突っ伏していた。包帯がとれた手にはSABOTが握られている。寝てしまったのか。
『夢アプリが起動中だよ、楽しんでね!』とサボタがみょんみょん伸び縮みしている。
なんだこのふざけたアプリは、意味がわからない。製作者の悪戯か。目的はなんなんだ。
中途半端に寝てしまったためか、体がだるい。ベッドの上に座り直して頭を抱えた。
どこからか壁を叩く音がして、目だけで音源を探る。バスルームにネズミでも出たのだろか。それにしては、二足歩行の足音も聞こえる。廊下側ではない。まさかネズミより大きな生き物の侵入はないだろう。それに、ネズミが床や天井ではなく壁を叩くとは。
この部屋で唯一、自分の意思で開閉できる扉を開けて、電気を点ける。発見したものの衝撃に思考が停止した。
突然襲った眩しさに目をぎゅっと閉じた、女性。ガラスを挟んで何度も言葉をやりとりしたその姿がわからぬはずがない。好きだと気持ちを告白して、昼も夜も意識を支配される存在なのだから。
「……どうして君が。一体どうやって。いや、ありえない。」
目の前の情報を受け止めきれず、たじろいだ。
「チアキくん……?」
名前を呼んだその声だけで、困惑しているのが読み取れる。ガラスの隔たりもなく鮮明な声だった。
「こんな感覚のはっきりした夢、あるはずがない。」
「やっぱり夢なのかな?」
「夢、じゃないのか。でないと君がここにいる説明がつかない。」
「そういえばここは、どこ? 私、SABOTのアプリを起動しただけなのに……。」
「君もか。もしかして例の、ハートマークのアプリ?」
「うん。」
「俺もあれを開いた。じゃあ、あのアプリのせいなんだな。えっと、ここがどこかって聞いていたな。収容所の一室……俺の部屋、のはずなんだけど。たぶんこれは俺が望んだ都合の良い幻想なんだ。アプリを起動して、どういう原理でこうなっているのかはさっぱりだけれど。でなければ、俺たち同じ夢を見ているんだな。」
「うん、そうみたい。」
じゃあ、と切り出した彼の声には熱がこもっていた。
「夢だから、俺の好きにしていい、よな?」
「えっ……。」
これから何をされるやら。一歩後ずさった。とはいっても、すぐそこに壁があるのだから大して退がれたわけではない。
「あっ、いや。君が嫌がることは絶対しないと約束する。例え夢の中でも、君に酷いことはできない。悲しむ顔は見たくないんだ。」
言いながらも彼女を間に挟んで、壁に片手をついた。もし彼女が嫌がった場合の逃げ道を一方に用意して。横向きに壁に寄りかかった彼女の半身だけが見える。
「これくらい、なら……。駄目かな?」
ガラスもなく、電話越しでもない。息遣いまで見てとれる。自然と身を縮こませた。
「近い……。」
「ああ。近いな……。心臓が、痛いくらいだ。」
呟いたきり、顔を赤くしつつも逃げようとしない彼女に安堵した。もしかしたら逃げるなどという手段も思いついていないのかもしれない。
「……クシュン! ……あ、ごめんなさい。」
沈黙を破るかわいらしい音に、彼女が肩をすくめた。
「寒いのか?」
「……ちょっとだけ。」
弾けるようにバスルームを飛び出て、すぐ戻ってきた彼の腕にはふわふわの茶色い毛布が抱えられていた。あの保護室からの付き合いの、懐かしい差し入れ。大きく広げて、体にまとわせてくれた。
「ごめん。君には寒いだろう、この部屋。さっきまで窓を開けていたし。」
うっすらとフランキンセンスの香りがする。ルームフレグランスが毛布に染み付いているのだろう。木々の落ち着く香りの効果もあって、気が和らいだ。
「ありがとう。あったかい。」
ふわりと微笑むと、チアキも顔を柔らげる。
「これは夢の中だけど、万が一にも看守に見つかりたくないから、このまま毛布のフリをしていて。動いちゃ駄目だよ。」
(毛布のフリ?)
バランスが崩れ、浮遊感に息を呑む。横向きに抱えられている。ぎゅっと毛布を掻き合わせた。
「怖がらないで。誓って変なことはしない。」
横たわった場所はベッドの上だった。目の前は、レンガを並べたようなデザインの壁。
あげそうになる声を押し殺した。
「しーっ。大丈夫、これ以上はなにもしないから安心して。でもこのまま、抱きしめさせてくれないか。」
布一枚隔てた触れ合い。温もりだけが伝わってくる。後ろから手を回して腹を抱えられている。顔を見られなくて良かった。絶対目なんて合わせられない。
「幸せ、だな。これが夢や幻だとしても……。」
「すごい夢を見てるね、私たち。」
「ああ。シンガポールにいた頃は抱き枕を使っていたけど……、この感覚は比べ物にならないな。」
優しい腕が更に引き寄せる。
「どこにも行かないでくれ。」
夢の中だから満足いくまで触れたって怒られることもないはずなのに、直接触れる意気地もないとは。頭のどこかでそうしてはいけないと抑える理性もあり、同時にどうしようもない充足感に満たされていた。
****
次に目が覚めたとき、カーテンの隙間から朝日が肌を撫でた。シーハイブの社員寮の自室に間違いない。
サボミの吹き出しには『夢アプリ、楽しんでいただけましたか?』と書かれていて、サイドテールを揺らしながら踊っている。
『ねぇ、チアキくん……。』
ふしぎな夢の話をしようとメッセージを打ち込みながら、体温が上がるのと同時ににやけるのを止められなかった。
【看守詰所にて】
「おはようございます。」
「おはようございます、須田さん。……ご機嫌、ですね?」
「今朝は面白いものを見れましてね。からかうネタができました。」
相談員の不思議そうな顔に笑い、朝の巡回で見かけたとある収容者の様子を教えてやる。
「チアキ・カシマですよ。毛布を抱きしめて幸せそうに眠っていましてね。まるで無垢な子供のようでしたよ。今度、抱き枕でも差し入れしたら喜ぶんじゃないですか。……おや? どうして貴女が赤くなるんです? 変ですね。」
**
終わり。
読んでくださりありがとうございます。
過ごしやすい夕方。窓を開けていると少し肌寒いくらい。
(彼女は寒がっていないと良いけど。)
いよいよ身の回りのこと全てを相談員に関連づけなければ気が済まなくなってきた。
(これは……、重症だな。)
誰に指摘されるでもなく決まりが悪くなり、机の上で頬杖をついていた姿勢を正す。立ち上がって窓を閉めた。そのまま寄りかかって紅葉を眺める。こんなに近いのに触れることはできない。
ズボンの右ポケットから振動を感じてSABOTを取り出した。マスコットキャラクターであるサボタが画面の中心に躍り出ている。こんなことはこの端末を起動して以来だ。いや、一度だけあった。一夜にして現れて消えた『夢アプリ』とやらのときだ。
『やぁ!アップデートした夢アプリをダウンロードしておいたよ!』
吹き出しをタップすると、サボタが上に移動して、いつもの場所に落ち着く。画面左下に見覚えのあるハートマークのアイコンが表示されていた。
「アップデート……? このアプリ、前にも……。」
*****
サボミから夢アプリをアップデートしたと通知があり、試しに遊んでみてね、と勧められた。
何が変わったのかと不思議に思い、アイコンに触れて起動させると、まずはサボミが出てきた。
『まずは目を閉じてリラックスしてね。10秒数えたら目を開けて。』
アプリを起動することと、目を閉じることの関連性はわからず仕舞いだが、素直に数を数えてから目を開けると、いまだに視界は真っ暗だった。目は、開けたはずなのだけれど。就寝前とはいえ自室の電気はつけていたし、誰かが明かりを消したとは思えない。SABOTにもそんな機能はついていなかった。握っていたはずのSABOTが消えているため、照明代わりにすることもできない。
わけもわからないまま、手を伸ばして電気のスイッチ、つまり扉の付近を探る。
(……どういうこと?)
この方角には机や椅子があったはずなのに、手には冷たいタイルの感触しかない。全く別の部屋に飛んできてしまったようだ。
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アプリを起動したと思ったら、ベッドに突っ伏していた。包帯がとれた手にはSABOTが握られている。寝てしまったのか。
『夢アプリが起動中だよ、楽しんでね!』とサボタがみょんみょん伸び縮みしている。
なんだこのふざけたアプリは、意味がわからない。製作者の悪戯か。目的はなんなんだ。
中途半端に寝てしまったためか、体がだるい。ベッドの上に座り直して頭を抱えた。
どこからか壁を叩く音がして、目だけで音源を探る。バスルームにネズミでも出たのだろか。それにしては、二足歩行の足音も聞こえる。廊下側ではない。まさかネズミより大きな生き物の侵入はないだろう。それに、ネズミが床や天井ではなく壁を叩くとは。
この部屋で唯一、自分の意思で開閉できる扉を開けて、電気を点ける。発見したものの衝撃に思考が停止した。
突然襲った眩しさに目をぎゅっと閉じた、女性。ガラスを挟んで何度も言葉をやりとりしたその姿がわからぬはずがない。好きだと気持ちを告白して、昼も夜も意識を支配される存在なのだから。
「……どうして君が。一体どうやって。いや、ありえない。」
目の前の情報を受け止めきれず、たじろいだ。
「チアキくん……?」
名前を呼んだその声だけで、困惑しているのが読み取れる。ガラスの隔たりもなく鮮明な声だった。
「こんな感覚のはっきりした夢、あるはずがない。」
「やっぱり夢なのかな?」
「夢、じゃないのか。でないと君がここにいる説明がつかない。」
「そういえばここは、どこ? 私、SABOTのアプリを起動しただけなのに……。」
「君もか。もしかして例の、ハートマークのアプリ?」
「うん。」
「俺もあれを開いた。じゃあ、あのアプリのせいなんだな。えっと、ここがどこかって聞いていたな。収容所の一室……俺の部屋、のはずなんだけど。たぶんこれは俺が望んだ都合の良い幻想なんだ。アプリを起動して、どういう原理でこうなっているのかはさっぱりだけれど。でなければ、俺たち同じ夢を見ているんだな。」
「うん、そうみたい。」
じゃあ、と切り出した彼の声には熱がこもっていた。
「夢だから、俺の好きにしていい、よな?」
「えっ……。」
これから何をされるやら。一歩後ずさった。とはいっても、すぐそこに壁があるのだから大して退がれたわけではない。
「あっ、いや。君が嫌がることは絶対しないと約束する。例え夢の中でも、君に酷いことはできない。悲しむ顔は見たくないんだ。」
言いながらも彼女を間に挟んで、壁に片手をついた。もし彼女が嫌がった場合の逃げ道を一方に用意して。横向きに壁に寄りかかった彼女の半身だけが見える。
「これくらい、なら……。駄目かな?」
ガラスもなく、電話越しでもない。息遣いまで見てとれる。自然と身を縮こませた。
「近い……。」
「ああ。近いな……。心臓が、痛いくらいだ。」
呟いたきり、顔を赤くしつつも逃げようとしない彼女に安堵した。もしかしたら逃げるなどという手段も思いついていないのかもしれない。
「……クシュン! ……あ、ごめんなさい。」
沈黙を破るかわいらしい音に、彼女が肩をすくめた。
「寒いのか?」
「……ちょっとだけ。」
弾けるようにバスルームを飛び出て、すぐ戻ってきた彼の腕にはふわふわの茶色い毛布が抱えられていた。あの保護室からの付き合いの、懐かしい差し入れ。大きく広げて、体にまとわせてくれた。
「ごめん。君には寒いだろう、この部屋。さっきまで窓を開けていたし。」
うっすらとフランキンセンスの香りがする。ルームフレグランスが毛布に染み付いているのだろう。木々の落ち着く香りの効果もあって、気が和らいだ。
「ありがとう。あったかい。」
ふわりと微笑むと、チアキも顔を柔らげる。
「これは夢の中だけど、万が一にも看守に見つかりたくないから、このまま毛布のフリをしていて。動いちゃ駄目だよ。」
(毛布のフリ?)
バランスが崩れ、浮遊感に息を呑む。横向きに抱えられている。ぎゅっと毛布を掻き合わせた。
「怖がらないで。誓って変なことはしない。」
横たわった場所はベッドの上だった。目の前は、レンガを並べたようなデザインの壁。
あげそうになる声を押し殺した。
「しーっ。大丈夫、これ以上はなにもしないから安心して。でもこのまま、抱きしめさせてくれないか。」
布一枚隔てた触れ合い。温もりだけが伝わってくる。後ろから手を回して腹を抱えられている。顔を見られなくて良かった。絶対目なんて合わせられない。
「幸せ、だな。これが夢や幻だとしても……。」
「すごい夢を見てるね、私たち。」
「ああ。シンガポールにいた頃は抱き枕を使っていたけど……、この感覚は比べ物にならないな。」
優しい腕が更に引き寄せる。
「どこにも行かないでくれ。」
夢の中だから満足いくまで触れたって怒られることもないはずなのに、直接触れる意気地もないとは。頭のどこかでそうしてはいけないと抑える理性もあり、同時にどうしようもない充足感に満たされていた。
****
次に目が覚めたとき、カーテンの隙間から朝日が肌を撫でた。シーハイブの社員寮の自室に間違いない。
サボミの吹き出しには『夢アプリ、楽しんでいただけましたか?』と書かれていて、サイドテールを揺らしながら踊っている。
『ねぇ、チアキくん……。』
ふしぎな夢の話をしようとメッセージを打ち込みながら、体温が上がるのと同時ににやけるのを止められなかった。
【看守詰所にて】
「おはようございます。」
「おはようございます、須田さん。……ご機嫌、ですね?」
「今朝は面白いものを見れましてね。からかうネタができました。」
相談員の不思議そうな顔に笑い、朝の巡回で見かけたとある収容者の様子を教えてやる。
「チアキ・カシマですよ。毛布を抱きしめて幸せそうに眠っていましてね。まるで無垢な子供のようでしたよ。今度、抱き枕でも差し入れしたら喜ぶんじゃないですか。……おや? どうして貴女が赤くなるんです? 変ですね。」
**
終わり。
読んでくださりありがとうございます。
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