その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**
イレブンとカミュが乾杯し、酒を飲み干そうとしたときだった。
段差すらない部屋の角で、スポットライトもなしにショーは始まった。
Creep
ささやくようなアカペラを幕開けに、控えめなピアノの伴奏がついてくる。だんだんと力強くなる声に、観客はグラスを持つ手をそのままに惹きつけられた。
パピヨンマスクの下で、跳ね上がったアイラインの引かれた瞼は伏せられ、真っ赤にくっきりと浮かぶ唇、イブニングドレスに包まれた身体は女性らしさを強調する。顔の上半分をマスクで隠しているのが惜しまれる。
完璧に制御された声量、どれだけ高くても上ずらず、低くても詰まらない。震わせても芯はしっかりしている。かすれ気味の声が色気を漂わせる。マイクに拾われる息継ぎさえも計算されているかのよう。
何語かはわからないが、これは恋の歌なのだ、と伝わる。甘えるような、弱さを表現するような響きが脳に張り付く。
その街にはとある噂をききつけてやってきた。
異世界の言葉で歌う歌手がいる、と。各地に転々としているらしいがいまはこの街に滞在していると情報が入った。
妖精やドラゴン、モンスターに分類されるものでさえ言葉が通じるこの世界で、異なる言語というのも信じられないが、話のネタくらいにはなるだろうと面白半分でやってきた。
ところがそれが当たりだった。
知ったような単語もあるが、全体として意味が通じない。即興ではちゃめちゃに歌っている様子ではない。だとしたらあまりにも真剣。同じ言葉がサビを繰り返すたびにでてくるのもそれが誠心誠意作られた曲の証だろう。
吟遊詩人たちのものとは全く異なる。彼らは物語を紡ぐものであり、言葉が不明瞭であってはならない。聞き取りやすいように節も一定だが、この歌は違う。意味は一切伝わらないのに、感情たっぷりで、叫ぶときもささやくときもある。
一度だけ、その切なさを訴える光と一直線に結ばれた。
人に話したら、これだけの客の中なのだからその方角を見ただけだ、と笑い飛ばされるだろう。
だが確信を持って言える。彼女は自分一人を見つめたのだ、と。
四角く狭いテーブルの向かいに座るイレブンを見やると、彼も自分と同じように酒を空に浮かせて聴き入っていた。
一曲が終わり、そこでやっと手元のものの存在を思い出し、渇いた喉を潤すためにグラスを傾けた。別にカミュが歌っていたわけではないのに喉が渇いていたのは、飲むつもりで、口を開いてそのまま忘れていたからだ。完全に魅了されていた。
その後もとくにイレブンと会話することもなく、テーブルに頬杖をついて、彼女の声に酔った。
数曲を歌い上げ、彼女は一礼をして、静かにステージを去った。拍手が追いかけるように湧き上がった。ウェイターがボウルを持って各テーブルを回り、心付けを集めている。イレブンとカミュのところにたどり着く前にはすでに底をすっかり隠すほど。彼の腕の両脇に花束が挟まれ、ポケットにも包装されてリボンのついた貢ぎ物がいくつか無理矢理に詰め込まれている。ネックレスかイヤリングか、そんなところだろう。
金品の敷き詰められたボウルが泳ぐようにテーブルを行き来する。それにいくらか投げ入れた。
黒いベストの背中を見つめながら、彼のズボンの尻ポケットからも封筒や文字のかかれたナプキンがいくつか覗いていることに苦笑する。
プレゼントを用意するということは事前にショーがあることを知っていたか、通いつめてこの時を狙っているからか。何度も彼女の歌を聴き、ファンになったものが多数いるようだ。世界を周っているという噂からこの地にも長く留まることはないのだろうが、彼女は短期間でこんなにもこの地に根付いているのだ。
何人かは目的はそればかりとさっさと立ち上がっては店を去り、静かな空気に浸って、気分良く酔うことができた。
まだ歌が脳内で繰り返し巡るのを心地よく感じながら、だらだらとイレブンと宿屋まで歩く。
抱えるほどもある袋を胸に、そばを女性が追い越した。人通りも多い安全な道なので女性の一人歩きも珍しくない。ただカミュの勘がその人を見過ごすことを拒んだ。
はっきりと、彼女に届く声で引き止めた。
「おい、あんたー店で歌ってた」
ピンヒールを脱いでよくある革靴に替え、髪もまとめ上げて、化粧も落としてぴっちりとしたドレスからゆるい私服に着替えてもなお、この女性だ、と本能が告げていた。
イレブンは隣で驚いていた。立ち止まった人物が周囲を検めるふうに振り向いて、困ったように微笑むのを見てもまだ疑っている。
「私に話しかけてるとしたら、人違いじゃない?お兄さん」
声には張りがある。ただ、あの歌の声とは似ても似つかない。
「悪いが人を見分けるのは得意なんでな。あんたで間違いない」
「やだなぁ。そんな自信満々に言われるなんて。そのお姉さんに大事なご用なの?」
警戒している雰囲気に、カミュは努めて明るく言った。
「別にとっちめようってんじゃない。ただ、歌が素晴らしかったからそう伝えたかっただけだ」
「…そう。その人にまた会えると良いね」
あくまでしらを切るので、カミュもこれ以上執着するのはやめた。先ほどより足早に去っていった。
「カミュ、ほんとうに?」
あの人で間違いないのか、と確認する。
「賭けてもいいぜ」
本気なのだと悟ると、イレブンは首を振った。
「あの酒場にまた行こう」
「そうだな」
翌日も酒場を覗いたが、同じドレス姿は見当たらなった。ウェイターに聞いてみると、言いなれた台詞のように「この街を去りましたよ。行き先は私どもにもわかりません」と営業用の顔を崩さなかった。他のテーブルでも同じことを繰り返していた。
酒もそこそこにして、この街で探すことは諦め、旅へ出る算段を立てた。
明くる日の太陽が昇るか昇らないかという時刻にはもう街を出て、モンスターを狩って小銭稼ぎをしながら進む。自分たちより先に街を離れている彼女なら、当然追いつけはしない。影も形も見当たらなかった。
「行き先がわからないんじゃ、どこに行っても同じかもね。あの歌、もう一度聴きたかったなぁ」
「仕方ねぇ。ホムラの里で蒸し風呂にでも入ろうぜ」
「そうしよう」
「キャンプ場が見えてきたぜ。次の街までもう少しかかるだろうから、今日のところはあそこで休むか」
「賛成」
**
キャンプ場には先客がいた。
「きみ…」
「街でお会いしましたね」
「ああ。キャンプ場で一晩明かすつもりだったんだが、ここに一緒に居たら気に障るか?」
「とんでもない。キャンプ場はみんなのものだわ」
「助かった。オレはカミュ」
「俺はイレブン」
「なまえです。どうぞ座って。火は起こしたから、ご飯もまだだったら好きに使ってね」
焚き火を取り囲むように座る。
気まずくはあるが、そう感じているのはなまえだけ。人違いされて、シラを切った。それだけの理由でこの安全な宿を追い出すのはわがままが過ぎるというもの。
夜も更けつつあるのに、これから街に戻ったり他のキャンプ地を探すのは骨が折れる。
「オレたちは南に向かってるんだが、ホムラの里って知ってるか?」
知らない、と答えた。
「なかなか変わった土地だ。火山地帯で、蒸し風呂があるんだ。気が向いたら寄ると良い。酒場で飲める地酒もうまい」
「蒸し風呂、良さそうね。ありがとう、いつか行ってみるわ」
「別に答えなくても良いんだが、なまえはどこの出なんだ?」
「ナギムナー村よ」
この世界で初めてたどり着いた村。
こういえばみな知らない村なので深く追求されることはなかった。ところが二人は頷いた。
「ああ、ホワイトパールとかの名産地だな」
「船でしか行けないようなとこなのに、よく知ってるね」
「キナイって男と親しくなって海でクラーケン狩りしたんだ」
「ああ、キナイさん」
村じゃ知らない者はない。出自の特別さもあり、浮いた存在ともいえる。
「大砲のおばあさんと話したこともあるし」
「それじゃあ、朝はアレで起こされたでしょう」
「うん。すごい音だねアレ。…こう喋ってて不思議に思ったんだけど、なまえはナギムナーの訛りがないんだね」
顔がこわばったのを見て、触れてはいけなかったか、と言葉を続けた。
「村の人みんなが訛ってるわけじゃないしね。キナイもそうだった」
か細く、えぇ、と返す以外できなかった。
火花が散る音が聞こえる。火の粉がふんわりと飛んでいく。
「あのときはごめんなさい」
あえて避けていただろう話題に踏み入ったのはなまえ本人だった。青い髪の男だけはすぐに察しがついたようで、あまり驚かなかった。
「じゃあ、ほんとにきみが―酒場で歌ってた」
なまえが首肯した。カミュは目を細めて、言っただろう、とイレブンに目配せした。
「ああいうふうに酒場で歌っていると、勘違いする人たちもいるものだから。できるだけ普段は隠しているの」
胸や脚をきわどく見せるドレスで、妖艶な歌を歌って。
パトロンに志願してくれる人間もたまにいる。パトロンといえば経済的に応援してくれる役でもあるが、多くの場合は支援を受けることは愛妾となることへの了承であることをも指す。
世界各地へ渡り歩く旅をしているため固定のパトロンをつくることは難しい。そもそも、生活に貧しているわけではないのだ。ちゃんとした食事も質の良いお酒も提供する場を選んで、交渉し、あればステージ、なければ店の角を借りる。価値を評価してくれる店であれば多少の報酬をくれるときもある。それだけでは余裕があるとは言えないが、ほかに別口でも収入源がある。そしてショーの際にはチップもはずんでもらえる。
だから、そういった申し出はお断りしている。
「ああ。そうだよな。オレが場所も考えず話しかけちまったのが悪い」
「あの時は人目があったから冷たくしてごめんなさい。…秘密にしてね」
「約束する」
「大切なファンへのお詫びに一曲歌うわ。それくらいしかできないけどね」
立ち上がって、ひとつ咳をする。
その口から流れるのは間違いなくあの酒場できいた声だった。衣装が違おうとも、その品位を落とすことはない。
Still into you
二人ぶんの拍手が響いて、なまえは微笑んで一礼する。
**
お読みくださりありがとうございます。
Post Modern Jukebox (略してPMJ)
というコピーアレンジバンドがあるのですが、聴き惚れまして。
お時間あったらぜひ聴いてみてください。
イレブンとカミュが乾杯し、酒を飲み干そうとしたときだった。
段差すらない部屋の角で、スポットライトもなしにショーは始まった。
Creep
ささやくようなアカペラを幕開けに、控えめなピアノの伴奏がついてくる。だんだんと力強くなる声に、観客はグラスを持つ手をそのままに惹きつけられた。
パピヨンマスクの下で、跳ね上がったアイラインの引かれた瞼は伏せられ、真っ赤にくっきりと浮かぶ唇、イブニングドレスに包まれた身体は女性らしさを強調する。顔の上半分をマスクで隠しているのが惜しまれる。
完璧に制御された声量、どれだけ高くても上ずらず、低くても詰まらない。震わせても芯はしっかりしている。かすれ気味の声が色気を漂わせる。マイクに拾われる息継ぎさえも計算されているかのよう。
何語かはわからないが、これは恋の歌なのだ、と伝わる。甘えるような、弱さを表現するような響きが脳に張り付く。
その街にはとある噂をききつけてやってきた。
異世界の言葉で歌う歌手がいる、と。各地に転々としているらしいがいまはこの街に滞在していると情報が入った。
妖精やドラゴン、モンスターに分類されるものでさえ言葉が通じるこの世界で、異なる言語というのも信じられないが、話のネタくらいにはなるだろうと面白半分でやってきた。
ところがそれが当たりだった。
知ったような単語もあるが、全体として意味が通じない。即興ではちゃめちゃに歌っている様子ではない。だとしたらあまりにも真剣。同じ言葉がサビを繰り返すたびにでてくるのもそれが誠心誠意作られた曲の証だろう。
吟遊詩人たちのものとは全く異なる。彼らは物語を紡ぐものであり、言葉が不明瞭であってはならない。聞き取りやすいように節も一定だが、この歌は違う。意味は一切伝わらないのに、感情たっぷりで、叫ぶときもささやくときもある。
一度だけ、その切なさを訴える光と一直線に結ばれた。
人に話したら、これだけの客の中なのだからその方角を見ただけだ、と笑い飛ばされるだろう。
だが確信を持って言える。彼女は自分一人を見つめたのだ、と。
四角く狭いテーブルの向かいに座るイレブンを見やると、彼も自分と同じように酒を空に浮かせて聴き入っていた。
一曲が終わり、そこでやっと手元のものの存在を思い出し、渇いた喉を潤すためにグラスを傾けた。別にカミュが歌っていたわけではないのに喉が渇いていたのは、飲むつもりで、口を開いてそのまま忘れていたからだ。完全に魅了されていた。
その後もとくにイレブンと会話することもなく、テーブルに頬杖をついて、彼女の声に酔った。
数曲を歌い上げ、彼女は一礼をして、静かにステージを去った。拍手が追いかけるように湧き上がった。ウェイターがボウルを持って各テーブルを回り、心付けを集めている。イレブンとカミュのところにたどり着く前にはすでに底をすっかり隠すほど。彼の腕の両脇に花束が挟まれ、ポケットにも包装されてリボンのついた貢ぎ物がいくつか無理矢理に詰め込まれている。ネックレスかイヤリングか、そんなところだろう。
金品の敷き詰められたボウルが泳ぐようにテーブルを行き来する。それにいくらか投げ入れた。
黒いベストの背中を見つめながら、彼のズボンの尻ポケットからも封筒や文字のかかれたナプキンがいくつか覗いていることに苦笑する。
プレゼントを用意するということは事前にショーがあることを知っていたか、通いつめてこの時を狙っているからか。何度も彼女の歌を聴き、ファンになったものが多数いるようだ。世界を周っているという噂からこの地にも長く留まることはないのだろうが、彼女は短期間でこんなにもこの地に根付いているのだ。
何人かは目的はそればかりとさっさと立ち上がっては店を去り、静かな空気に浸って、気分良く酔うことができた。
まだ歌が脳内で繰り返し巡るのを心地よく感じながら、だらだらとイレブンと宿屋まで歩く。
抱えるほどもある袋を胸に、そばを女性が追い越した。人通りも多い安全な道なので女性の一人歩きも珍しくない。ただカミュの勘がその人を見過ごすことを拒んだ。
はっきりと、彼女に届く声で引き止めた。
「おい、あんたー店で歌ってた」
ピンヒールを脱いでよくある革靴に替え、髪もまとめ上げて、化粧も落としてぴっちりとしたドレスからゆるい私服に着替えてもなお、この女性だ、と本能が告げていた。
イレブンは隣で驚いていた。立ち止まった人物が周囲を検めるふうに振り向いて、困ったように微笑むのを見てもまだ疑っている。
「私に話しかけてるとしたら、人違いじゃない?お兄さん」
声には張りがある。ただ、あの歌の声とは似ても似つかない。
「悪いが人を見分けるのは得意なんでな。あんたで間違いない」
「やだなぁ。そんな自信満々に言われるなんて。そのお姉さんに大事なご用なの?」
警戒している雰囲気に、カミュは努めて明るく言った。
「別にとっちめようってんじゃない。ただ、歌が素晴らしかったからそう伝えたかっただけだ」
「…そう。その人にまた会えると良いね」
あくまでしらを切るので、カミュもこれ以上執着するのはやめた。先ほどより足早に去っていった。
「カミュ、ほんとうに?」
あの人で間違いないのか、と確認する。
「賭けてもいいぜ」
本気なのだと悟ると、イレブンは首を振った。
「あの酒場にまた行こう」
「そうだな」
翌日も酒場を覗いたが、同じドレス姿は見当たらなった。ウェイターに聞いてみると、言いなれた台詞のように「この街を去りましたよ。行き先は私どもにもわかりません」と営業用の顔を崩さなかった。他のテーブルでも同じことを繰り返していた。
酒もそこそこにして、この街で探すことは諦め、旅へ出る算段を立てた。
明くる日の太陽が昇るか昇らないかという時刻にはもう街を出て、モンスターを狩って小銭稼ぎをしながら進む。自分たちより先に街を離れている彼女なら、当然追いつけはしない。影も形も見当たらなかった。
「行き先がわからないんじゃ、どこに行っても同じかもね。あの歌、もう一度聴きたかったなぁ」
「仕方ねぇ。ホムラの里で蒸し風呂にでも入ろうぜ」
「そうしよう」
「キャンプ場が見えてきたぜ。次の街までもう少しかかるだろうから、今日のところはあそこで休むか」
「賛成」
**
キャンプ場には先客がいた。
「きみ…」
「街でお会いしましたね」
「ああ。キャンプ場で一晩明かすつもりだったんだが、ここに一緒に居たら気に障るか?」
「とんでもない。キャンプ場はみんなのものだわ」
「助かった。オレはカミュ」
「俺はイレブン」
「なまえです。どうぞ座って。火は起こしたから、ご飯もまだだったら好きに使ってね」
焚き火を取り囲むように座る。
気まずくはあるが、そう感じているのはなまえだけ。人違いされて、シラを切った。それだけの理由でこの安全な宿を追い出すのはわがままが過ぎるというもの。
夜も更けつつあるのに、これから街に戻ったり他のキャンプ地を探すのは骨が折れる。
「オレたちは南に向かってるんだが、ホムラの里って知ってるか?」
知らない、と答えた。
「なかなか変わった土地だ。火山地帯で、蒸し風呂があるんだ。気が向いたら寄ると良い。酒場で飲める地酒もうまい」
「蒸し風呂、良さそうね。ありがとう、いつか行ってみるわ」
「別に答えなくても良いんだが、なまえはどこの出なんだ?」
「ナギムナー村よ」
この世界で初めてたどり着いた村。
こういえばみな知らない村なので深く追求されることはなかった。ところが二人は頷いた。
「ああ、ホワイトパールとかの名産地だな」
「船でしか行けないようなとこなのに、よく知ってるね」
「キナイって男と親しくなって海でクラーケン狩りしたんだ」
「ああ、キナイさん」
村じゃ知らない者はない。出自の特別さもあり、浮いた存在ともいえる。
「大砲のおばあさんと話したこともあるし」
「それじゃあ、朝はアレで起こされたでしょう」
「うん。すごい音だねアレ。…こう喋ってて不思議に思ったんだけど、なまえはナギムナーの訛りがないんだね」
顔がこわばったのを見て、触れてはいけなかったか、と言葉を続けた。
「村の人みんなが訛ってるわけじゃないしね。キナイもそうだった」
か細く、えぇ、と返す以外できなかった。
火花が散る音が聞こえる。火の粉がふんわりと飛んでいく。
「あのときはごめんなさい」
あえて避けていただろう話題に踏み入ったのはなまえ本人だった。青い髪の男だけはすぐに察しがついたようで、あまり驚かなかった。
「じゃあ、ほんとにきみが―酒場で歌ってた」
なまえが首肯した。カミュは目を細めて、言っただろう、とイレブンに目配せした。
「ああいうふうに酒場で歌っていると、勘違いする人たちもいるものだから。できるだけ普段は隠しているの」
胸や脚をきわどく見せるドレスで、妖艶な歌を歌って。
パトロンに志願してくれる人間もたまにいる。パトロンといえば経済的に応援してくれる役でもあるが、多くの場合は支援を受けることは愛妾となることへの了承であることをも指す。
世界各地へ渡り歩く旅をしているため固定のパトロンをつくることは難しい。そもそも、生活に貧しているわけではないのだ。ちゃんとした食事も質の良いお酒も提供する場を選んで、交渉し、あればステージ、なければ店の角を借りる。価値を評価してくれる店であれば多少の報酬をくれるときもある。それだけでは余裕があるとは言えないが、ほかに別口でも収入源がある。そしてショーの際にはチップもはずんでもらえる。
だから、そういった申し出はお断りしている。
「ああ。そうだよな。オレが場所も考えず話しかけちまったのが悪い」
「あの時は人目があったから冷たくしてごめんなさい。…秘密にしてね」
「約束する」
「大切なファンへのお詫びに一曲歌うわ。それくらいしかできないけどね」
立ち上がって、ひとつ咳をする。
その口から流れるのは間違いなくあの酒場できいた声だった。衣装が違おうとも、その品位を落とすことはない。
Still into you
二人ぶんの拍手が響いて、なまえは微笑んで一礼する。
**
お読みくださりありがとうございます。
Post Modern Jukebox (略してPMJ)
というコピーアレンジバンドがあるのですが、聴き惚れまして。
お時間あったらぜひ聴いてみてください。