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おなまえ
みょうじ

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 杠手工芸チームの2番手として、なまえは機織りに勤しんでいた。
 リーダーの杠といえば、機織り役をなまえに託した後、余り布で服作りに専念している。それも大事な作戦の一部であり、なにより手芸スキルを発揮して好きなことで生き生きとしている杠を見ることができるのは友人としても嬉しかった。


「…ちゃん!なまえちゃんってば!ジーマーで?無視してるんじゃなくてこれ?なまえちゃんなまえちゃんなまえちゃん」

「そうなんだよ。糸作りのときも布を縫い合わせるときだって、何か作業を始めてしまうと、ずっとこうなんだよ」

 スイカが心配そうに手元が見えないほどの俊速で機織りをする女性を見上げた。機械のほうが先に悲鳴を上げている。

 肩を揺り動かす手により現実に戻ってきた。

 手先を動かすのが好きで、杠ほどではないがそれなりに手芸の技術と早さはあるつもりだ。ただ一度始めると没頭しすぎて周囲が全く見えなくなってしまうのが欠点。
 千空に言わせると『集中力がすごすぎて、トリップしてやがる』らしい。一種の催眠状態に陥っているとのこと。

「…ゲンさん」

 肩に置かれた手を辿ると、焦った顔をしたツートンカラーかつアシンメトリーな髪型をした男性。その外見からも、中身の二面性を表しているようだった。仲間に引き入れてからは危うい言動はとらないようになったものの、軽薄なところは変わらない。

「びっくりしてるのはこっちだよ。なにぼんやりしてるのさ。ちゃんと休憩とってる?」

 機織り機に見せていた氷のような表情は解けて、無防備の素に戻る。

「え?」

「もうそろそろ夕方だよ。お昼食べたの?」

 食べてないでしょ、と焼き魚を渡された。スイカからは水の入ったコップを渡してくれた。朝起きて果物を齧って、それ以降は機織りに張り付いていたので何時間振りの食事になるだろう。
 礼を告げて、かじりつく。

「ちなみにそれ、千空ちゃんから」

「…そうですか」

 絶妙な塩加減はそのせいか。凝り性のため学生らしくもなく理論から組んだ調理までこなしてしまう。

「それから千空ちゃんから伝言ね。『元気か?』って」

「…元気です、って伝えてもらえますか?」

「自分で行ってきたら?すぐそこじゃん、村の中なんだし」

 目をそらすと、意地の悪い顔になった。

「アレアレェ〜?顔を合わせるのに不都合があるのかな〜?」

 もぐもぐと口に入ったものを胃に流して、話の中心人物がいるであろうテントに視線を向けた。

「忙しそうだから…」

「逆にさ、千空ちゃんが忙しくなかったことなんてあるの?」

 いつだって千空は何かを考えて行動している。頭の中の数式を解いて遠い未来のために解決策を探る。理由の一つとしては、それを阻んでしまうのはためらわれた。

「ないです。だから、…」

「男からの贈り物ってさ、基本裏があると思わない?」

 なまえが頬張る串をゲンが指差しながら言う。

「…なんですか、急に」

「動物の世界は特に顕著だよね。鳥や魚でもさ、雄が巣や食べ物を用意したときに雌がそれを気にいったり食べたりすると求愛を受け入れたことになる。さて、その焼き魚の真意とはな〜んだろうねぇ?」

 どうしてこの人は故意にかき乱すようなことを言うのだろう。

「食べづらくなるようなこと言わないでください。これ、千空くんからですよね?千空くんがそんな考え起こすわけないじゃないですか」

「じゃあ確かめに行ってこようか」

 ゲンはいとも簡単になまえを椅子から持ち上げ、テントの一つを目指していく。ほとんど骨だけになった串焼きを取り落としてしまった。

「やだっ、なにするんですかー!」

「はいはい、すぐ降ろしてあげるからねー」

 なにせ目的地は目の前だから。

「千空ちゃん、お届けものだよ〜!」

 なまえを抱えたゲンがテントをくぐってきた。

「えっちょっとゲンさんやめて」

 別な男と親しくしているところなど見られては、…見たとしても、何とも思わないのがこの男だった。叫びもできず唸る。

「あ゛ぁ?」

 胡座をかいた千空が作業中の手を止めて振り返った。その足の上になまえを落としこむ。

「きゃっ」

 頭を地面に打たなかったのは、千空が背中を支えてくれたから。痛みを覚悟して縮こませた体を、ゆっくりと弛緩させる。

「夕飯は食べさせたし、伝言ゲームなら俺飽きちゃったからあとは2人で遊んでよ、まだるっこしい」

 背中を見せて袖をひらひらさせて退場した。

「なんだアイツ」

 それを見送る千空は、突然強要された膝抱っこにも何の感慨も見せずに猿顔になっていた。

「んで?なんでお前はお届けされてんの?」

 身じろぎして、赤い双眸にぎこちなく笑う。魚の感謝だけは伝えておかないと。

「ご飯、ありがとう。ゲンさんがくれた」

「いや、お前のことだからきっと食ってねぇんだろうなと思った。だろ?」

 よく知られている。存在を忘れないでいてくれたことが、どれだけなまえを喜ばせることをわかっているのだろうか。

「うん…なんか、押しかけてごめん。なにか作ってたんじゃないの?」

「設計図案描いてただけだ。気にすんな、息抜きにちょうど良い。つーか連れてきたのあのメンタリストだろ」

 うなだれた千空の触覚のような前髪が頬に触れた。ちろちろと揺れる。

「千空くん、疲れてるでしょ?」

「そうでもねぇよ。俺はちゃんと休んでっからな。休憩も適度に挟んで作業しなけりゃ脳の機能も鈍るし効率が落ちる。覚えとけよ?」

「…今日は気づいたらこの時間だったの」

「今日『はァ』?」

 強調されて、口をとがらせる。実際のところ、作業を遅くまでしているのは毎日だ。

「体力ゴリラでもねーんだから無理すんなよ。今の段階じゃ病気になったって治療も簡単にできやしねーんだから、最初からならないのがお利口だぜ」

「わかった。気をつける。千空くんも、自分のこと後回しにしないでね」

「俺が?いつしたよ?」

「杠ちゃんを助けたとき」

「あれは算段ありきだっつったろ。ちゃんと大樹も俺の意図を汲んで俺を生き返らせた。それでなまえはなんの見通しがあって飯も食わずに作業してんだ?」

「…千空くんには敵わないなぁ。ちゃんと休みます」

 千空はわりとおしゃべりが好きだと思う。化学となると自分語りは多いけれども、対話を面倒くさがることもないし、なまえの内容もないようなくだらない話もちゃんと聞いてくれる。

「あの…それで、いつまでこうしてるの…?」

 乱暴に押しのけたりされず安堵していたが、足の間に放置されつつ会話に興じられるもこちらは平然としていられない。

「逃げねーし、こうやってたいのかと思ったけど違ったかよ。
 バツイチはやっぱ嫌か?」

 こちらが話題にしづらいことにもあえて濁らせずに直球を投げてくる。

「あんなの…!薬の材料目当てだっただけでしょ」

「わかってんじゃねーか。じゃ、なんで俺のこと避けてんだ?」

 遠回しに、とかオブラートに包む、なんてことをしない人間だ。だからゲンを仲介役に挟んで様子見をしたのかもしれない。うまくなまえの心理を読み取ってくれると差し向けた使令は徒労に終わったけれど。

「俺に遠慮したって無駄だってわかってんだよな?」

「遠慮ではなくて…それなりに…考えることがあって。避けてたわけじゃ…」

 大量の酒を手に入れる方法として、ルリとの結婚が一番手っ取り早かったからそうしただけで、千空は自身の評判が傷つくことを露ほども気にしていない。直後に離婚していたほどだ。
 けれども、結婚宣言の現場を見ていたなまえとしては、しばらく誰とも口がきけなくなるくらいにはショックだった。 金狼もしくは銀狼やクロムが優勝するのだと信じていたから、銀狼の暴走など想定外で、しかも彼を千空が打ち負かすなどさらに上をいく想定外だった。
 地面に倒れて苦しむルリを見て、助けたいと強く願いほんとうに辛いのはルリなのだと言い聞かせて万能薬作りに奔走した。壮健を取り戻し走り出すルリを見てみんなで笑ったのがすぐ昨日のよう。

 失恋なんて恋をした瞬間から目に見えていた未来だったのに、自分以外の女性へ結婚を言い出したことが受け止めきれなかった。
 理由を知っていてもなお、恋心を打ち砕かれて、すりおろされて粉にして燃やされたくらいには傷ついた。胸の中で灰がいつまでもくすぶってすすを撒き散らす。至る所に張り付いて真っ黒にしてしまう。
 立ち直るのに時間がかかったって当然ではないか。

 数千年後の世界で、石から生き返ってからというもの、いつものメンバーで生活を築いてきた。司の件があってからも、なまえだけは千空に付いて旅をした。頼りっぱなしで、なまえにできることはわずかな手伝いだけだったけれど、千空がそれについて文句を言ったことは一度足りともない。期待をしていないだけ、の可能性も捨てきれない。それでも、側を許されることが喜びだった。 虚しい、喜び。



 時間をともにしてわずかながら育った恋心。
 大樹と杠にスパイ任務を与えた後も、なまえだけは千空に寄り添った。なまえは千空を全身で信じて、彼のいうことを疑うことはなく、頼みごとをすれば全力で取り組んだ。
 青天白日っつーんだろうな。
 一点の曇りなく、疑う余地のない態度。
 根っからの馬鹿だと思ったが、…おありがてぇことこの上なかった。
 コハクの案内で着いた村には踏み込めず、自分は何もできないからと食料を千空に多く譲っていたことも気づいていた。彼女がどれだけ険しい道を歩くことになっても、食べ物がなくても、無理難題を与えられても、弱音を吐いたことは一度足りともない。
 なによりも話し相手で、心の支えになってくれたことで強くあれたのはなまえの存在があったから。

「ほーん。考えねぇ。どんだけ高尚なんだ、そのお考えとやらは」

 理解している。淡白そうに見えて、その実友情や人との繋がりを最も大切にする男だということは。人こそが力で、多種多様さで文明は進化を遂げると信じている。
 大樹くんのように力はなくとも、杠のように手芸ができなくても、私を頼りにしてくれて、大切にしてくれるのだもの。

「ごめん。ちゃんと、普通にするから。もうちょっと時間くれると助かります。みんな大事な友達、だから」

 気持ちを落ち着かせて、また学生だったときみたいに杠と大樹も含め4人で笑い合いたい。千空の数限りない実験に付き添うのも毎回楽しみだった。

「おまえが我慢して終わるのか?そうかそうかわかった、平和解決おめでとさん、つって俺が祝うように見えるか?」


 顔にはありありと納得なんぞしてたまるか、と書かれている。千空こそが拒絶しているのではないか。なまえの恋心を、見て見ぬ振りしている。頭と勘の良い男だから、なまえの心の動きなどお見通しのくせに興味がないゆえに応えたりしない。コハクに向かって恋愛脳はトラブルの種だ、と発言したのはいまだ頭に残っている。
 真っ向から向き合うのだとしたら、選択は分かれ道しかない。

「何があったんだよ。きいてやるから言え」

「言ったら私、もう千空くんと友達ですらいられないのかもしれない…」

 わがままなんだ。それもすごいわがまま。
 好きだから、側にいたいけれど、千空くんはそんなつもり一切ない。これから先の進展も望めず仲の良い幼馴染、もしくは大切な仲間止まり。そこに恋愛は生まれない。
 二人きりでデートしたり、手を繋いで歩くなんて未来はこないのだ。
 だからつらい。振り向くことのない相手を想い続けるというのは心身を消耗する。無意味だと理解しているのに自分の意思では止められずにいる。
 千空の優しさが想いを加速させるのに、本人にぶつけられず。同時に尊敬する友人としての彼を失いたくもない。

 なまえのうじうじした態度に、イライラを募らせた。

「友達以上にはなってくんねーの?」

「なに?」

「そういう発想はなかったのかよ?ってきいてんの」

「友達以上って…なに?めちゃくちゃ使える駒?」

「ランクが下がってんぞ。つーか、そんな扱いした覚えねーだろうがよ。あークソッ、やめだやめ。雰囲気なんぞくそくらえ」

 緑の毛先をした頭をかきむしって、息を吐き出した。なまえの片手をとって指先を握りしめる。愛しい人の手をとるみたいに。暑くもないのに手のひらがしっとり湿っているのは、緊張しているから。千空はポーカーフェイスを気取っていても、感情は常に手に現れる。
 恐怖していたら震えるし、焦りを感じたら汗をかく。
 でもどうして彼は、私相手に緊張することがある?

「もしかして、友達以上っていうのは…」

「他に思いつくようなら言ってみろよ。全部否定してやるわ」

人手マンパワーとして?」

「ただのマンパワーの一員ならご機嫌伺いをいちいちしたりするかよ、この俺が」

 食事を定期的にとっているか、ちゃんと睡眠は足りているか、体調を崩していないか。心配していなければ今日のようにわざわざ手ずから調理したものを届けたりなどしないだろう。

「癒し担当ならスイカちゃんがいるし…」

「俺が癒しを求めてるように見えるかよ」

「ないけど、スイカちゃんかわいいじゃない!見てるだけで」

「論点ズラしてんじゃねぇ」


 ―恋っつうのは脳のまやかしだ。人類に備わってる子孫を残すために編み出した生殖促進剤な。脳内物質がドバドバ出てる状態なだけで、長くて3年も経ちゃ魔法は解ける。

 誰々が付き合った、別れただの浮かれる学生たちの中で、恋ってなんだろう、と投げかけた疑問にバリバリの科学思考で返してくれたのはいつだったか。
 でも、それなら、5年も片想いを続けた大樹くんは?いや、5年どころじゃない。3700年ずっと杠を想い続けた気持ちは、まやかしでも脳から出るホルモンのせいでもない。
 私だって、…。

「わからないってば!だって千空くんなんだもん!さっきのはなに?雰囲気づくりってなんのために?」

「そりゃ、お前は気にすんじゃねーかと思ってたからよ」

「私に気を遣って?いつもの合理性はいずこへ?コハクちゃんにめっぽう好きとか言われても面倒くさいとしか言わなかった化学バカが…?」

 彼が熱をあげるのは化学で、化学が恋人とか言い出しても説得力あるし、化学と結婚したとしても、あの千空だから、で終わらせてしまいそうなのに。

「あ゛ぁ?雌ライオンなんぞ頼まれても相手にするか。ほらやっぱ面倒くせぇじゃねぇかこれ」

「いやいや、まず、千空くんって女性に興味あるの…?」

 混乱した頭で、自分がなにを口走っているのかわかっていない。

「二次性徴済ませた男に何きいてやがんだ」

「だってそういう予兆見たことないし。女の子に魅力感じたことある?もしかして誰にも性的魅力を感じないアセクシャルとかなのかな、とか。考えてごらん?あの堅物の大樹くんでさえ、恋をするんだよ?」

「お前もたいがい失礼だわ。そうだな、他者に恋愛意識を向けたことはなかったかもな」

「やっぱり…」

「だからなまえが俺の『初めて』なんじゃねーの」

 心臓が跳ねた。どういうこと?

「なにか別な感情と勘違いしている、に一票?」

「じゃあお前が決めろ。俺のこの状態を鑑みて、どう判断する?」

 膝に抱かれて、千空自ら握った手。
 好きでもない相手には許さない距離。だと信じたい。

「ずるいよ。私の気持ち知ってるくせに。私は離れたくないもん…」

「俺がそれで良いっつってんだろ。念押しするが勘違いじゃねーからな」

「あの、じゃあ、千空くんのはつこい…?」

 自身を指差して、首を傾げる。

「じゃねーの?」

「遅咲きですねぇ」

「うるせぇ」

 フッ、と笑った顔は優しげだった。

「知ってる?初恋は実らない、っていうんだよ」

「ジンクスなんぞ信じるタマかよ。初恋だろうが二度目だろうがお前にしとくわ」

 口では敵わない。いや、あらゆる点で敵うことはないのだ。

「ねぇ、いつから…?」

「ククク、さぁな」

 いかにも裏がありそう。

「えぇー…」

「ご不満かよ。悪ぃがきっかけなんて覚えてねーな」

 こういう男だ。恋をしたとしても切々と微に入り細をうがつように語られることなど期待していなかったが、想いを伝えるくらいはしてくれても良いのではないか。

「それはそうとして、好きです付き合ってください、くらい言ってほしいな…?けじめとして」

「んじゃ好キデス付キ合ッテクダサイ」

 やや無理を押したが、素直に従ってくれた。言質はとっておくに限る。

「はい。私も好きです。お願いします」

「マジか」

 驚きに見開かれた目。それ以外の回答があると予想していたのだろうか。

「うそだったの?殴るよ?」

 繋がれた手を上下するも、振りほどけない。
 私だけでは攻撃力が足りないから、大樹くん…は暴力振るわないので、主に杠ちゃんとコハクちゃんが拳でボコボコにしてくれると思う。

「100億%本気だっつの」

「なら許そうかな」

 私刑を免れた。

「心変わりの理由は?前は恋愛なんて非合理だって…」

「恋愛自体が非合理だとは言ってねぇ。デカブツが告白もせず片思いしてた5年間が無駄だっつったんだよ。さっさと行動に移せっての」

「ああ、そっか。私は、大樹くんの気持ちのほうがわかるなぁ」

 幼馴染という関係が大切すぎて、断られて崩れることを恐れた。

「へーへー。さようか」

「千空くんは、私がどう思ってるか知ってたんでしょう。でも千空くんには恋愛感情がなかった。…付き合ってもいいって思ったのはどうして?」

「石化から目覚めてからわりと死にかける出来事が多発してっからな。悩むほうが無駄だろ。なるようにしかならねぇ」

「不吉なこと言わないでよ…」

 これからのフラグを立てるような発言に悲しくなる。

「安心しろよ、生き汚くたって足掻いてなにがなんでも文明取り戻して人類復活させてやるよ」

 挑戦的な台詞に、なまえは表情を硬くした。死んだとしても、などと言葉にはしないし、実際自身を含め全員が助かる道を探そうとするだろうが、究極となったら迷わず自身を犠牲にして他を助けようとする人だから。例え俺が死ぬことになっても、という幻聴が聞こえてきそうで。

「やだ。その先も約束して」

「あ゛ぁ?」

「文明を発達させて人類が戻ってからも、千空くんはたくさん好きな研究して素晴らしい発明して歴史に名を残すの。やりたい実験ぜんぶやり尽くしてから、ようやく満足して…人生を終えるの」

 絶対、できるって信じてる瞳だ。

 やっぱりコイツしかいねぇな。

「じゃあお前はそれをずっと近くで見てろよ」

「…うん!」

 千空が目を細めて背中を引き寄せたので、彼の口を手で押さえてた。

「…おい、なんでだ」

 いまのぜってーキスするとこだっただろーが。

「いきなりすぎ…こういうのは、段階を踏んでくれると私は嬉しいです」

「…上等だ」

 忍耐こそ千空の本領発揮。
 なまえの手が千空の指を広げさせて、指を交差して組んだ。 男女の仲に興味ない彼ならば恋人つなぎなど知らないだろうから。

「だから、こういうことも、覚えてよ」

「おぉ」

「千空くんの手って、こんなだったんだね」

 積み重ねた肉体労働で皮は厚くなり豆も潰れては大きくなりを繰り返し、凹凸だらけになってしまっていた。ストーンワールドでなまえの手もずいぶんささくれて丈夫になってしまったと気にしていたが、手の違いが努力の差そのもののようで、恥ずかしくなる。

 久しぶりの千空だ、と頬をゆるめた。



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読んでくださりありがとうございます。
題名にある「化合物」はカップルを意味する化学隠語だそうです。

数分後のふたりのお話↓


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「ん…?なんか…」

 繋がれた手が温まっているような気がした。
 視線を落とすと、恋人は千空に体を預けて目を閉じかけていた。

 おーおー、いまこいつの脳みそメラトニンドバドバ出してんよ。

 メラトニンとは脳が出す物質の一つで、睡眠に影響する。日の落ちる夕方や暗闇で分泌され、体内の温度を下げる働きをする。内部の熱を発散するために、手足の血管は広がり血流が良くなるため温まる仕組みだ。

 まぶたの下でくるくる目玉が動き回る。
 REM(Rapid-Eye-Movement)、いわゆる夢を見ている状態。
 夢とは、連続的または継続的な映像や思考、音や感情が脳内で処理されている状態をいう。

 疲れているとはいえ、男の腕の中でこんだけ無防備に眠れるもんなのか。

「どんな夢見てんだよ?なまえ

 寝息が返ってきた。

「つーか俺も寝るか」

 睡眠の効能といえば、
療養、神経の成長、神経系の回復、受容体の治療および感度回復、免疫力を高める、脳と身体のエネルギー消費を抑える、代謝を良くする…などがある。

「頭使った分は休まねーとな」

 床に体を広げて、なまえと向き合う。

「おやすみ、なまえ

 額に唇を落として、目を閉じた。



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