その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**
「ゆーずりーはちゃー…ん?」
「あ゛?」
引き戸を開けて、目当ての人物がいないことに疑問を口にすると、科学部室の主が振り返った。
制服よりも白衣のほうがしっくりくるなんて、珍妙な高校生。
「あ、ごめん。杠ちゃんからここに来てって言われたんだけど、すれ違っちゃったかな」
「そういや大樹もあとで来るっつってたっけな。まだ見てねぇからお前が早かっただけじゃねーのか?」
手元に目を戻して、せかせかビーカーや試験管を動かしながら話す。
「ふふ、逢引の場に使われてるのね、ここ」
「そんなもんに許可出した覚えはねー」
「隅っこにいるから、杠ちゃん待ってていい?」
「好きにしろよ、椅子なら余ってる」
鞄から毛糸と編み針を取り出して、作りかけの作品にとりかかる。動画サイトで見た編み方を試してみたくて、放課後までよく辛抱したものだ。
杠と一緒の手芸部に入ってはいるが、性癖のせいで部員との仲は悪くもないが、あまり良くない。
一度手芸を始めてしまうと完全に自分の世界に入ってしまう。なにを話しかけても無視していると思われ、楽しくおしゃべりしてみんなで和気藹々とする他の部員たちからいつしか浮いてしまった。
杠だけは変わらず接してくれているが、部の輪から外されている、と感じて避けるようになるまでさほど時間はかからなかった。 杠のほかに、故意に邪魔さえしなければ存在を気にかけない千空や、心が広くて大雑把な大樹と過ごすのは居心地が良くて、実験室に入り浸るようになってしまった。
「ちぃと危ねーかもしんねーから離れてろよ、って聞こえてねーか。まぁそこにいりゃ問題ねーだろうがよ」
というのも千空の独り言となる。
頭の中でリズムをとって編み目を増やしていく。それは次第に伸びて垂れ下がる。杠は手芸全体が得意で比肩する者はなかったが、編み物だけはなまえも遅れをとることはなかった。
「ヤベッ…おい!なまえ!!」
フラスコから予期していない煙が上がったとき、千空が振り返ってなまえに警告する。
「伏せろ!」
なまえは平然と編み針を動かし続ける。ノイズキャンセラーのイヤフォン着けてるわけでもないのにこれだ。
ダメだ、完全にトリップしてやがる。
「いつものやつか、クソッ!」
フラスコが耐えきれなくなるまでもう時間がない。千空は着ている白衣の襟を広げて、なまえを包みこんだ。がっしりと頭と肩を抱き込む。
「きゃあ?!」
視界が閉ざされてわけもわからず編み物をとり落す。編み鍵の重みもあり、これまでの苦労がするりと毛糸ごと膝から滑っていった。
「動くんじゃねぇ」
直上から降ってきた低い声に、なにが起こるの、と恐怖を覚えた。
ガラスが割れる高い音に怯えてびくりとした。抑える千空の体は揺るがない。大丈夫だ、と落ち着いた声がかかる。
彼がそう言うのなら、と心が凪いだ。
しゅわしゅわと泡が立つのが微かに聞こえて、不快な臭いが漂ってきた。
体を拘束していた千空が縮めた体を伸ばし、白衣ごしに光が戻ってきた。彼は険しい顔をして、ゆっくりとなまえから身を剥がす。
床できらめく破片と液体。なまえの足元近くまで飛沫が届いている。千空が白衣を脱いで被害を確認した。服に染みた臭いに鼻をつまんでいる。
恐らく、実験に失敗して爆発させてしまったのだろう。
状況を把握したなまえは千空に迫り寄り腕を掴む。
「千空くん、怪我は?!」
細く冷たい指が千空の立ち上がった髪を、後頭部を首筋を肩を辿っていく。壊れ物を取り扱うようで、普段こんな接し方をされないのでくすぐったい。大樹がこうして触れようものなら迷いなく足蹴にするが、必死の形相で傷を確かめる少女には首を振る。
ああ、コイツ良いヤツだな。
危険に晒したことに怒るでもなく、自分より真っ先に相手のことを気遣う。
「ない。安心しろ、白衣にちっとブツが飛び散っただけだ。すぐ片付けるからお前は座ってろよ」
そっと手で叩いて、腕を外させる。
「手伝うよ。モップ持ってくれば良い?」
「…そりゃおありがてぇこって。なら後ろのロッカーからバケツとって水汲んでくれ。んで、その椅子から先には踏み込むな」
なまえが座っていた椅子、液体の跡の無いところを指差した。
「…あーあ。お前の…。こりゃもう使えねーぞ。悪い」
どこから手配したのか、トングで毛糸の塊を拾い上げた。泡立って色の溶け出した水が滴る。さきほどまでこあが編んでいたもの。丸まった毛糸もろともお釈迦だ。
「安物で練習してただけだから、気にしないで」
微笑むと、千空は決まり悪そうにそれをバケツに浸した。しゃがんで慎重にガラスの破片を拾っていく。
手際良く片付けたところで、千空は髪をかきあげてため息をついた。
もう危険はないだろうと近づいて、制服の裾をつまんで注意を引く。
「ありがとう、その…かばってくれて」
男性に抱きしめられた経験などなかったものだから、事故同然だとしても思い出すのも照れ臭い。
数年前まで背丈も同じくらいだった。関係は変わらないのに、体格だけはどんどんかけ離れていってしまっていて。
「いんや。怪我がなくてなによりだ。巻き込んじまったな」
「ごめんね、私編み物に夢中で」
腕組みをし、少し傾げた角度で笑う。
「ククク、今日もキモチよーくキマってたじゃねぇか」
なまえの手芸熱中癖を知ってから、悪いクスリでも嗜んでいるようなからかい方をされる。でもそれはなまえを傷つける類ではない。悪い癖としてではなく、なまえを構成する一部として自然と受け入れてくれているから。
「も、もう、そういう言い方はやめてってば」
振り上げた拳を千空に落とす。ぽすり、と大人しく肩で受けた。
ガラリ、と戸が開いてそちらに注目した。
「千空、来たぞ!」
「おう。ずいぶん遅かったじゃねぇか」
「いや、廊下で杠と会ってな、つい話し込んでしまった」
「やっほー千空くん。なまえちゃんごめん待たせちゃったね」
「杠ちゃん、大樹くん、やっほー」
ふたりに手を上げて挨拶すると、杠がすすすと寄ってきた。
「…なにかあったのかい?なまえちゃん、顔赤い?」
「あのね。その…」
「俺が実験失敗しちまったもんでな。なまえが作ってた編み物ゴミカスにしちまって怒ってるんだろ」
「それはいかんな。なまえが怒るほどだったのか」
決して怒ってなどいない。けれど、千空がこの場をやりすごすためにすすんでついた嘘、それに甘えることにした。
「ううん、もういいの」
「…ワァオ、大変だったね」
なにかを理解したような杠と、千空気をつけるんだぞ、と真面目な顔をする大樹にも救われる。
**
読んでくださりありがとうございます。
「ゆーずりーはちゃー…ん?」
「あ゛?」
引き戸を開けて、目当ての人物がいないことに疑問を口にすると、科学部室の主が振り返った。
制服よりも白衣のほうがしっくりくるなんて、珍妙な高校生。
「あ、ごめん。杠ちゃんからここに来てって言われたんだけど、すれ違っちゃったかな」
「そういや大樹もあとで来るっつってたっけな。まだ見てねぇからお前が早かっただけじゃねーのか?」
手元に目を戻して、せかせかビーカーや試験管を動かしながら話す。
「ふふ、逢引の場に使われてるのね、ここ」
「そんなもんに許可出した覚えはねー」
「隅っこにいるから、杠ちゃん待ってていい?」
「好きにしろよ、椅子なら余ってる」
鞄から毛糸と編み針を取り出して、作りかけの作品にとりかかる。動画サイトで見た編み方を試してみたくて、放課後までよく辛抱したものだ。
杠と一緒の手芸部に入ってはいるが、性癖のせいで部員との仲は悪くもないが、あまり良くない。
一度手芸を始めてしまうと完全に自分の世界に入ってしまう。なにを話しかけても無視していると思われ、楽しくおしゃべりしてみんなで和気藹々とする他の部員たちからいつしか浮いてしまった。
杠だけは変わらず接してくれているが、部の輪から外されている、と感じて避けるようになるまでさほど時間はかからなかった。 杠のほかに、故意に邪魔さえしなければ存在を気にかけない千空や、心が広くて大雑把な大樹と過ごすのは居心地が良くて、実験室に入り浸るようになってしまった。
「ちぃと危ねーかもしんねーから離れてろよ、って聞こえてねーか。まぁそこにいりゃ問題ねーだろうがよ」
というのも千空の独り言となる。
頭の中でリズムをとって編み目を増やしていく。それは次第に伸びて垂れ下がる。杠は手芸全体が得意で比肩する者はなかったが、編み物だけはなまえも遅れをとることはなかった。
「ヤベッ…おい!なまえ!!」
フラスコから予期していない煙が上がったとき、千空が振り返ってなまえに警告する。
「伏せろ!」
なまえは平然と編み針を動かし続ける。ノイズキャンセラーのイヤフォン着けてるわけでもないのにこれだ。
ダメだ、完全にトリップしてやがる。
「いつものやつか、クソッ!」
フラスコが耐えきれなくなるまでもう時間がない。千空は着ている白衣の襟を広げて、なまえを包みこんだ。がっしりと頭と肩を抱き込む。
「きゃあ?!」
視界が閉ざされてわけもわからず編み物をとり落す。編み鍵の重みもあり、これまでの苦労がするりと毛糸ごと膝から滑っていった。
「動くんじゃねぇ」
直上から降ってきた低い声に、なにが起こるの、と恐怖を覚えた。
ガラスが割れる高い音に怯えてびくりとした。抑える千空の体は揺るがない。大丈夫だ、と落ち着いた声がかかる。
彼がそう言うのなら、と心が凪いだ。
しゅわしゅわと泡が立つのが微かに聞こえて、不快な臭いが漂ってきた。
体を拘束していた千空が縮めた体を伸ばし、白衣ごしに光が戻ってきた。彼は険しい顔をして、ゆっくりとなまえから身を剥がす。
床できらめく破片と液体。なまえの足元近くまで飛沫が届いている。千空が白衣を脱いで被害を確認した。服に染みた臭いに鼻をつまんでいる。
恐らく、実験に失敗して爆発させてしまったのだろう。
状況を把握したなまえは千空に迫り寄り腕を掴む。
「千空くん、怪我は?!」
細く冷たい指が千空の立ち上がった髪を、後頭部を首筋を肩を辿っていく。壊れ物を取り扱うようで、普段こんな接し方をされないのでくすぐったい。大樹がこうして触れようものなら迷いなく足蹴にするが、必死の形相で傷を確かめる少女には首を振る。
ああ、コイツ良いヤツだな。
危険に晒したことに怒るでもなく、自分より真っ先に相手のことを気遣う。
「ない。安心しろ、白衣にちっとブツが飛び散っただけだ。すぐ片付けるからお前は座ってろよ」
そっと手で叩いて、腕を外させる。
「手伝うよ。モップ持ってくれば良い?」
「…そりゃおありがてぇこって。なら後ろのロッカーからバケツとって水汲んでくれ。んで、その椅子から先には踏み込むな」
なまえが座っていた椅子、液体の跡の無いところを指差した。
「…あーあ。お前の…。こりゃもう使えねーぞ。悪い」
どこから手配したのか、トングで毛糸の塊を拾い上げた。泡立って色の溶け出した水が滴る。さきほどまでこあが編んでいたもの。丸まった毛糸もろともお釈迦だ。
「安物で練習してただけだから、気にしないで」
微笑むと、千空は決まり悪そうにそれをバケツに浸した。しゃがんで慎重にガラスの破片を拾っていく。
手際良く片付けたところで、千空は髪をかきあげてため息をついた。
もう危険はないだろうと近づいて、制服の裾をつまんで注意を引く。
「ありがとう、その…かばってくれて」
男性に抱きしめられた経験などなかったものだから、事故同然だとしても思い出すのも照れ臭い。
数年前まで背丈も同じくらいだった。関係は変わらないのに、体格だけはどんどんかけ離れていってしまっていて。
「いんや。怪我がなくてなによりだ。巻き込んじまったな」
「ごめんね、私編み物に夢中で」
腕組みをし、少し傾げた角度で笑う。
「ククク、今日もキモチよーくキマってたじゃねぇか」
なまえの手芸熱中癖を知ってから、悪いクスリでも嗜んでいるようなからかい方をされる。でもそれはなまえを傷つける類ではない。悪い癖としてではなく、なまえを構成する一部として自然と受け入れてくれているから。
「も、もう、そういう言い方はやめてってば」
振り上げた拳を千空に落とす。ぽすり、と大人しく肩で受けた。
ガラリ、と戸が開いてそちらに注目した。
「千空、来たぞ!」
「おう。ずいぶん遅かったじゃねぇか」
「いや、廊下で杠と会ってな、つい話し込んでしまった」
「やっほー千空くん。なまえちゃんごめん待たせちゃったね」
「杠ちゃん、大樹くん、やっほー」
ふたりに手を上げて挨拶すると、杠がすすすと寄ってきた。
「…なにかあったのかい?なまえちゃん、顔赤い?」
「あのね。その…」
「俺が実験失敗しちまったもんでな。なまえが作ってた編み物ゴミカスにしちまって怒ってるんだろ」
「それはいかんな。なまえが怒るほどだったのか」
決して怒ってなどいない。けれど、千空がこの場をやりすごすためにすすんでついた嘘、それに甘えることにした。
「ううん、もういいの」
「…ワァオ、大変だったね」
なにかを理解したような杠と、千空気をつけるんだぞ、と真面目な顔をする大樹にも救われる。
**
読んでくださりありがとうございます。