Say those three little words.
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**
影山が遠征から戻り、休みの日程を合わせてのデート。
わかりたくはなかったが数年前にも同じものを目撃したのでわかってしまった。
「影山君、もしかして変装したつもりでいる?」
「ウス」
服装はかっこいいのに、家に適当にあった野球帽と走者用サングラスは組み合わせに違和感がある。
「ちょっと……帽子はそのままで、サングラスは外してみましょうか」
「はい」
正直に外したサングラスを折りたたんで、ツルをシャツに引っ掛ける。雰囲気が改善した。身長が高いのでどうしても人の目を引くが、それを差し引いてもサングラスは怪しすぎる。
「今日は先にお買い物行きましょう。眼鏡とか」
「俺、目ぇ悪くないです」
「度入りじゃない伊達眼鏡を探しに行くの。変装したいならそのサングラスは浮くでしょう」
「あぁ、はい」
**
影山選手。との声に思わず反応してしまった。しっかりその目に捉えられて、しまったと思ったときには遅かった。
やっぱり、影山選手ですよね。バレーの、と続く。
「はい」
今更否定できないので、それだけ返す。無表情ながら握手にも応えるし写真にも一緒に映った。写真を撮った礼を言いながらスマホを渡すなまえを見て、お姉さんですか、と訊いた。影山よりも先になまえが口を開いた。
「あ、いえ。影山くんは高校時代の後輩で、今も仲良くしてくれてるんです」
あぁ~と相手が相槌打ったりしてあっけにとられる。なまえの手を掴んで引く。
「失礼します」
それだけ言い残すのがやっとだった。
彼が目指している場所がわからない。ただざかざか足を動かして進んでいく。人のいない公園。並木道。木の裏に隠れたところで、影山は振り返った。
「なまえさん、なんすかさっきの」
「騒がれたら影山君が困るでしょ」
「困りません」
「でも嫌そうな顔してた」
唇を噛んで、噛みつくのを堪えているようだった。
「デートを邪魔されたからです。だって、なまえさんは俺の婚約者なのに」
「えっ」
「は?」
「……告白は受けたし答えたけど、婚約はまだした覚えがないかも……」
「俺はちゃんとプロポーズしました」
……していた。
「してくれた、けど。まだそこまで覚悟できないよ」
「急だったのは認めます。でも俺らのいまの関係ってなんですか」
「彼氏……彼女?でも、公にするのは控えるでしょう。影山君だって変装しようとしてたし」
「デート中にファンに掴まると対応が面倒くせぇから避けたいだけであって、なまえさんとの関係を隠したくて変装しようと思ったわけじゃないです」
煩わしいのならやはり関係をファンに打ち明けるのは難しいんじゃないか。訊こうとして遮られた。
「面倒っていうのはファンが嫌いだとかじゃなくてデート中はなまえさんに集中したいからです。他の人間に笑顔で受け答えとかする余裕ないです」
影山らしくはあるがにこやかとは程遠い態度だった。あれで精一杯愛想よくしていたのだろう。
「ちゃんと正式に決まるまで、交際は大っぴらにしないほうがいいよ」
「正式ってどうやって決めるんすか。親に挨拶してないからすか。すれば正式になるんすか」
「ちょっと、影山君。話の要旨が変わってる。怒らないで」
「怒ってないです。でもイライラする」
目が吊り上がっている。
「私が勝手に行動したから嫌だったの?ごめんね。事前にファンに掴まったときどうしようか話しておくべきだったね」
「違ぇ。俺のことただの後輩で友達の延長みたいな言い方したから」
ちゃんと言葉にして態度にして想いを伝えてたのに、それをなかったことにされた。
「……ごめんなさい。嘘をつきたかったわけじゃないの」
一歩踏み込んで、大きな体に手を回す。胸板が想像以上に厚くて、びっくりして、ドキドキする。
「前から影山君のこと好きだし、今は恋人だと思ってるよ」
少し、眼光が和らいだ。強く強く抱擁が返ってくる。
「俺は誰にも隠すつもりないんで覚悟してください」
「わかった。でも人に聞かれて答えるのと、自分から言いふらすのは違うからね?」
念のため釘を刺しておく。
「はい」
こちらが腕をゆるめても解放されないので、背中を叩く。
「そろそろ眼鏡を見に行きませんか?」
「……うす」
**
丸眼鏡、縁太眼鏡、細眼鏡、ノーフレーム。試着していくが整った顔の上ではどれも似合ってしまう。変装目的ならノーフレームは使えないだろう、と除外した。着けさせるの楽しかったけど。
「どれも同じ気がする……しっくりこねぇ」
「普段眼鏡着けないから見慣れないんだね」
いくつか違ったデザインの眼鏡を指さしながら、意見を挙げてみる。
「これだとちょっと緩い感じだし、これだとシャープかな。細フレームで丸いと印象柔らかくなるよ。インテリ系……はナシね」
インテリ、と単語に月島を想像したのか苦虫を嚙み潰したような顔をする。
トレイに確保していたいくつかの中から一つを手にとって、なまえを覗き込む。鏡ならそこにあるのに。
「なまえさんは、これ好きですか」
「影山君ならどれも似合うよ」
「好きですか」
「え、と、ハイ」
「ならこれにします」
度は入れないので、そのままフレームの調整とガラスを磨いてもらっただけで完成した。
なまえが決め手になってしまったようだが、良かったのだろうか。影山は嬉しそうにしていたので、それでいいと納得した。
**
「じゃあ、また」
頬に手を添えられて、知らないうちに目を閉じていた。こんなに心臓はうるさいのに、耳には何も入ってこない。指が髪に入り込んで、耳を挟み込む。ふ、と笑ったような気がした。
目を細めている影山がすぐそこにいる。
「……またね」
……影山とキスした。
キスできた。どんな男の人相手にも許せなかったのに。あっさりと唇を受け止めていた。
「私、どうしちゃったんだろう」
だんだんと冷静になっていく頭で、はっと気づいた。周囲に変な気配はなかったけれど、影山は有名人なのだ。パパラッチやファンがそこらじゅうにいたっておかしくない。
ぽちぽちスマホで文字を打ちながら、キスの感覚を思い出すのでなかなか進まなかった。
『影山くん、さっきは送ってくれてありがとう。でも路上ちゅーは困るからやめて。パパラッチに撮られてたらどうするの?ファンからの信頼を失っちゃうよ。』
(あれ、路上ちゅーっていうのか)
『それで俺のファン辞めるような奴らよりこあさんのほうが大事です。』
『わからないならいいからとにかくもう外でしちゃダメ。』
『こあさんが嫌ならしません。』
**
練習の休憩時に椅子に座ると、チームメイトの牛島が隣に掛けた。
「影山。調子は落としていないようだが、何かあったのか」
トスの精密さは変わらないが、コート外での彼の態度が気にかかった。
「昨日彼女に路上ちゅーして怒られました」
「路上ちゅーとは」
牛島の純粋な疑問に大きく口を開けて息も絶え絶えに笑う星海。
「影山が……路上ちゅーって、路上ちゅーって響きがもう!……つーか彼女いたのかよ」
「星海はなにか知っているのか」
「道端や人の往来でキスすることだぞ。スキャンダルだろ」
顔立ちのおかげでアイドル枠でもある存在に彼女がいるとわかっては、好ましくない行動にでるファンもいるかもしれない。
そうか、と頷いて続ける。
「お前はプロアスリートとして自覚と品格を持つべきだろう。お前の軽率な行動で大切な恋人が嫌がらせを受けたり傷ついたりしたらどうするんだ。お前は後援もあるから社会的に守られるだろうが、恋人といえどたかが一般人の女性までは保護されん。彼女を慮ってやれ」
「……はい」
おもんばかるってなんだ。
好き合って彼氏彼女になったのに、堂々と恋人らしい振る舞いをしてはいけないのか。
では。恋人で許されないのなら、結婚して公認になってしまえばいい。
**
3度目のデート。
「今日はどこ行くの?」
「ちょっと着いてきてください」
と連れられたのは有名貴石店が並ぶ通り。伝統的に選ばれてきたあの店も、映画のタイトルにもなった水色が特徴のあの店も看板が目立つ。
「どこがいいですか?」
「どこって言われても。影山くんって宝石に興味あったの?」
アクセサリー、特に手もとに着けるものは邪魔になるだろうから絶対着けなさそうなのに。保護目的のテーピングすら邪魔にしていた。
「いえ、なまえさんの好みがわからないんで。結婚指輪を選んでもらおうと思って」
「誰の指輪?私の好みじゃダメでしょう」
「いや、俺らです。結婚指輪の前に婚約指輪か?」
「え、えええええ今日選ぶの?」
「別な日が良ければそれでも」
プロポーズは最初からしてもらってたのと同然だが、急展開すぎて一歩引いた。
「ま、待って……」
「はい」
「私たちまだデート3回目でしょう」
「ス」
「それでもう結婚って早すぎるわ」
「早すぎますか」
「まだお互い知らないことがたくさんあるじゃない」
「そうですか?」
海を越えることは大事だと思う。それを隣町に行くぐらいの気概でいるのか。
「来年海外行くのとか、どうするの」
「知ってたんすか」
「言わないつもりだったの?いろいろ説明してもらってないのに、話し合いもしてないのに、このまま結婚はできません」
「……はい」
「考えさせてください。今日は帰ります」
「送ります」
それっきり、家に着くまで無言だった。顔も見ずに礼を告げ、なまえは家の扉を閉めた。
海外に行くのは決定事項で。それを止めるつもりはない。止められるはずがない。けれどこの時期に結婚して、すぐ単身赴任というか別居状態になるのはどうなんだろう。影山の計画は。私に日本で待っていてほしいのか、一緒に着いてきてほしいのか。今の仕事を投げ出せるのか。海外に行って、言葉は、仕事は、住居はどうする。重責が一気に落ちてきて、潰されそうだった。選択の重みに、引いたんじゃない。怖気づいてしまった。
影山のことが好き。でも彼はプロのバレー選手で、そこに自分の地位を近づけようとすると、現在の生活を一新しなければならない。生活の基盤から根こそぎ変えなければ、彼の隣にはいられない。現実に身がすくんだ。
いまだってバスの中で大口開けて爆睡している姿が思い浮かぶのに、違う人になってしまったみたい。
デートできただけで、浮かれてた。心が深く沈みこむ。
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影山が遠征から戻り、休みの日程を合わせてのデート。
わかりたくはなかったが数年前にも同じものを目撃したのでわかってしまった。
「影山君、もしかして変装したつもりでいる?」
「ウス」
服装はかっこいいのに、家に適当にあった野球帽と走者用サングラスは組み合わせに違和感がある。
「ちょっと……帽子はそのままで、サングラスは外してみましょうか」
「はい」
正直に外したサングラスを折りたたんで、ツルをシャツに引っ掛ける。雰囲気が改善した。身長が高いのでどうしても人の目を引くが、それを差し引いてもサングラスは怪しすぎる。
「今日は先にお買い物行きましょう。眼鏡とか」
「俺、目ぇ悪くないです」
「度入りじゃない伊達眼鏡を探しに行くの。変装したいならそのサングラスは浮くでしょう」
「あぁ、はい」
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影山選手。との声に思わず反応してしまった。しっかりその目に捉えられて、しまったと思ったときには遅かった。
やっぱり、影山選手ですよね。バレーの、と続く。
「はい」
今更否定できないので、それだけ返す。無表情ながら握手にも応えるし写真にも一緒に映った。写真を撮った礼を言いながらスマホを渡すなまえを見て、お姉さんですか、と訊いた。影山よりも先になまえが口を開いた。
「あ、いえ。影山くんは高校時代の後輩で、今も仲良くしてくれてるんです」
あぁ~と相手が相槌打ったりしてあっけにとられる。なまえの手を掴んで引く。
「失礼します」
それだけ言い残すのがやっとだった。
彼が目指している場所がわからない。ただざかざか足を動かして進んでいく。人のいない公園。並木道。木の裏に隠れたところで、影山は振り返った。
「なまえさん、なんすかさっきの」
「騒がれたら影山君が困るでしょ」
「困りません」
「でも嫌そうな顔してた」
唇を噛んで、噛みつくのを堪えているようだった。
「デートを邪魔されたからです。だって、なまえさんは俺の婚約者なのに」
「えっ」
「は?」
「……告白は受けたし答えたけど、婚約はまだした覚えがないかも……」
「俺はちゃんとプロポーズしました」
……していた。
「してくれた、けど。まだそこまで覚悟できないよ」
「急だったのは認めます。でも俺らのいまの関係ってなんですか」
「彼氏……彼女?でも、公にするのは控えるでしょう。影山君だって変装しようとしてたし」
「デート中にファンに掴まると対応が面倒くせぇから避けたいだけであって、なまえさんとの関係を隠したくて変装しようと思ったわけじゃないです」
煩わしいのならやはり関係をファンに打ち明けるのは難しいんじゃないか。訊こうとして遮られた。
「面倒っていうのはファンが嫌いだとかじゃなくてデート中はなまえさんに集中したいからです。他の人間に笑顔で受け答えとかする余裕ないです」
影山らしくはあるがにこやかとは程遠い態度だった。あれで精一杯愛想よくしていたのだろう。
「ちゃんと正式に決まるまで、交際は大っぴらにしないほうがいいよ」
「正式ってどうやって決めるんすか。親に挨拶してないからすか。すれば正式になるんすか」
「ちょっと、影山君。話の要旨が変わってる。怒らないで」
「怒ってないです。でもイライラする」
目が吊り上がっている。
「私が勝手に行動したから嫌だったの?ごめんね。事前にファンに掴まったときどうしようか話しておくべきだったね」
「違ぇ。俺のことただの後輩で友達の延長みたいな言い方したから」
ちゃんと言葉にして態度にして想いを伝えてたのに、それをなかったことにされた。
「……ごめんなさい。嘘をつきたかったわけじゃないの」
一歩踏み込んで、大きな体に手を回す。胸板が想像以上に厚くて、びっくりして、ドキドキする。
「前から影山君のこと好きだし、今は恋人だと思ってるよ」
少し、眼光が和らいだ。強く強く抱擁が返ってくる。
「俺は誰にも隠すつもりないんで覚悟してください」
「わかった。でも人に聞かれて答えるのと、自分から言いふらすのは違うからね?」
念のため釘を刺しておく。
「はい」
こちらが腕をゆるめても解放されないので、背中を叩く。
「そろそろ眼鏡を見に行きませんか?」
「……うす」
**
丸眼鏡、縁太眼鏡、細眼鏡、ノーフレーム。試着していくが整った顔の上ではどれも似合ってしまう。変装目的ならノーフレームは使えないだろう、と除外した。着けさせるの楽しかったけど。
「どれも同じ気がする……しっくりこねぇ」
「普段眼鏡着けないから見慣れないんだね」
いくつか違ったデザインの眼鏡を指さしながら、意見を挙げてみる。
「これだとちょっと緩い感じだし、これだとシャープかな。細フレームで丸いと印象柔らかくなるよ。インテリ系……はナシね」
インテリ、と単語に月島を想像したのか苦虫を嚙み潰したような顔をする。
トレイに確保していたいくつかの中から一つを手にとって、なまえを覗き込む。鏡ならそこにあるのに。
「なまえさんは、これ好きですか」
「影山君ならどれも似合うよ」
「好きですか」
「え、と、ハイ」
「ならこれにします」
度は入れないので、そのままフレームの調整とガラスを磨いてもらっただけで完成した。
なまえが決め手になってしまったようだが、良かったのだろうか。影山は嬉しそうにしていたので、それでいいと納得した。
**
「じゃあ、また」
頬に手を添えられて、知らないうちに目を閉じていた。こんなに心臓はうるさいのに、耳には何も入ってこない。指が髪に入り込んで、耳を挟み込む。ふ、と笑ったような気がした。
目を細めている影山がすぐそこにいる。
「……またね」
……影山とキスした。
キスできた。どんな男の人相手にも許せなかったのに。あっさりと唇を受け止めていた。
「私、どうしちゃったんだろう」
だんだんと冷静になっていく頭で、はっと気づいた。周囲に変な気配はなかったけれど、影山は有名人なのだ。パパラッチやファンがそこらじゅうにいたっておかしくない。
ぽちぽちスマホで文字を打ちながら、キスの感覚を思い出すのでなかなか進まなかった。
『影山くん、さっきは送ってくれてありがとう。でも路上ちゅーは困るからやめて。パパラッチに撮られてたらどうするの?ファンからの信頼を失っちゃうよ。』
(あれ、路上ちゅーっていうのか)
『それで俺のファン辞めるような奴らよりこあさんのほうが大事です。』
『わからないならいいからとにかくもう外でしちゃダメ。』
『こあさんが嫌ならしません。』
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練習の休憩時に椅子に座ると、チームメイトの牛島が隣に掛けた。
「影山。調子は落としていないようだが、何かあったのか」
トスの精密さは変わらないが、コート外での彼の態度が気にかかった。
「昨日彼女に路上ちゅーして怒られました」
「路上ちゅーとは」
牛島の純粋な疑問に大きく口を開けて息も絶え絶えに笑う星海。
「影山が……路上ちゅーって、路上ちゅーって響きがもう!……つーか彼女いたのかよ」
「星海はなにか知っているのか」
「道端や人の往来でキスすることだぞ。スキャンダルだろ」
顔立ちのおかげでアイドル枠でもある存在に彼女がいるとわかっては、好ましくない行動にでるファンもいるかもしれない。
そうか、と頷いて続ける。
「お前はプロアスリートとして自覚と品格を持つべきだろう。お前の軽率な行動で大切な恋人が嫌がらせを受けたり傷ついたりしたらどうするんだ。お前は後援もあるから社会的に守られるだろうが、恋人といえどたかが一般人の女性までは保護されん。彼女を慮ってやれ」
「……はい」
おもんばかるってなんだ。
好き合って彼氏彼女になったのに、堂々と恋人らしい振る舞いをしてはいけないのか。
では。恋人で許されないのなら、結婚して公認になってしまえばいい。
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3度目のデート。
「今日はどこ行くの?」
「ちょっと着いてきてください」
と連れられたのは有名貴石店が並ぶ通り。伝統的に選ばれてきたあの店も、映画のタイトルにもなった水色が特徴のあの店も看板が目立つ。
「どこがいいですか?」
「どこって言われても。影山くんって宝石に興味あったの?」
アクセサリー、特に手もとに着けるものは邪魔になるだろうから絶対着けなさそうなのに。保護目的のテーピングすら邪魔にしていた。
「いえ、なまえさんの好みがわからないんで。結婚指輪を選んでもらおうと思って」
「誰の指輪?私の好みじゃダメでしょう」
「いや、俺らです。結婚指輪の前に婚約指輪か?」
「え、えええええ今日選ぶの?」
「別な日が良ければそれでも」
プロポーズは最初からしてもらってたのと同然だが、急展開すぎて一歩引いた。
「ま、待って……」
「はい」
「私たちまだデート3回目でしょう」
「ス」
「それでもう結婚って早すぎるわ」
「早すぎますか」
「まだお互い知らないことがたくさんあるじゃない」
「そうですか?」
海を越えることは大事だと思う。それを隣町に行くぐらいの気概でいるのか。
「来年海外行くのとか、どうするの」
「知ってたんすか」
「言わないつもりだったの?いろいろ説明してもらってないのに、話し合いもしてないのに、このまま結婚はできません」
「……はい」
「考えさせてください。今日は帰ります」
「送ります」
それっきり、家に着くまで無言だった。顔も見ずに礼を告げ、なまえは家の扉を閉めた。
海外に行くのは決定事項で。それを止めるつもりはない。止められるはずがない。けれどこの時期に結婚して、すぐ単身赴任というか別居状態になるのはどうなんだろう。影山の計画は。私に日本で待っていてほしいのか、一緒に着いてきてほしいのか。今の仕事を投げ出せるのか。海外に行って、言葉は、仕事は、住居はどうする。重責が一気に落ちてきて、潰されそうだった。選択の重みに、引いたんじゃない。怖気づいてしまった。
影山のことが好き。でも彼はプロのバレー選手で、そこに自分の地位を近づけようとすると、現在の生活を一新しなければならない。生活の基盤から根こそぎ変えなければ、彼の隣にはいられない。現実に身がすくんだ。
いまだってバスの中で大口開けて爆睡している姿が思い浮かぶのに、違う人になってしまったみたい。
デートできただけで、浮かれてた。心が深く沈みこむ。
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