Say those three little words.
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彼氏はバレー観戦に連れて来ないことを決めたので、一人で観客席に座る。寂しさよりも気楽さが勝った。
見る度に鋭くなるボールさばきに、これ以上ないくらい精密なトスに声援をかけていたら試合は終わった。筋肉がついて横にがっしりしてきている。ひょろりと細かったイメージが払拭された。プレーにも泰然と余裕を見せるようになってきた。
電車やバスが込む前にそそくさと席を立つ。出口に向かう手洗い前で、女性と目があった。
「仁花ちゃんもいたんだ」
「はい!なまえ先輩もいたなら一緒に観れば良かったですね」
「ほんと。次は一緒に観ましょう」
「やった!」
話し込んでいると、低い声で名前を呼ばれた。ぎくり、と体がきしむ。
「……久しぶり影山君」
「来てくれてたんすね」
TVでもネットでも生中継で観れるのに。わざわざ足を運んで。
「うん、臨場感が違うからやっぱり来ちゃうよね」
「この後、予定空いてますか」
「……え?」
**
「誘ったの俺ですけど、彼氏怒りませんか」
ひとつのテーブルに影山となまえだけ。谷地も着いてくるよう言ったのだが予定があるからと断られてしまった。
おしぼりで手を拭きながら、気づかいする影山に一瞬呆ける。ここ数時間、頭から吹き飛んでいた存在を確認されてぎくりとした。
「……大丈夫だよ。束縛する人じゃないし。影山君は大事な後輩だもの。久しぶりに会ったんだから、ここは社会人の先輩が驕ってあげる」
どうしてだか、彼は月島に褒められたみたいな顔をしている。非常に不服そうだ。
「……、……あざす」
「いっぱい食べて」
**
ふくらむほっぺたを眺めて、食べクズ口の周りについてるよ、と指摘するだけにとどめる。
「相変わらずたくさん食べるね。見てて気持ちいいわ」
「苗字先輩、全然食ってないですけど。腹減ってないんすか」
「食べたよ。お腹いっぱい」
「その量で?」
「もう成長期でもないし、運動もしてないからそんなに入らないよ」
影山は大人になるにつれ自炊も覚え、摂取する物の味も変え質も向上した。けれど量はほとんど変わらない。スポーツをしない人間の胃の大きさをうっかり忘れがちになる。
なんでもない話をするのが懐かしくて、つい見つめてしまう。化粧を覚えても色づく唇から零れる言葉は、雰囲気は仕草は変わらない。
他の男のモンなのかよ、クソが。
出遅れたとはいえ、悔しい。
年下の財布を押しのけて請求書をかたくなに離さないでいた。
「私が驕りたいの。それに、たまに実家に来てくれてたでしょう?お礼させて」
定食屋の唐揚げに嵌り、定期的に訪れていた。それを親越しに伝え聞いていた。今回はそのお礼だという。
「イイエ、ハイ。ごちそうさまでした」
「うん。元気でね。これからも頑張って」
「先輩もオゲンキで」
「またみんなで集まれるといいな」
また、みんなで。
ふたりきりで会うのはこれっきりという意味だろうか。
間が悪い。
その一言に尽きた。
試合を見に来たときは逃げるように帰るので話もできない。
やっと捕まえたと思ったら、付き合っている男がいるという。だから新しい電話番号もSNSもきけず仕舞い。それで良かったのかもしれない。連絡先をきいてしまったら、きっとかつての先輩後輩での関係に満足できなくなる。幸せであろう関係を力づくで壊してしまいそうだ。
**
一人暮らしのアパート入口に、見知った人影が立っている。
「どうしたの」
いまから行くって連絡したぞ。読んでなかったみたいだけどな。
「後輩とご飯食べてたの。急に行くことになったから、連絡できなくてごめん」
無視してたんじゃなきゃいい。会いたくて来た。
「あ、ありがとう。上がる?」
ここでいい。なまえはさ、そうやってオレが好きだよって言っても、ありがとうしか返さないじゃん。オレのこと好きじゃないの?
「ごめん。正直……わからない」
なんだよそれ。告白したとき忘れられない男がいるとはきいてたけど、オレら付き合って2か月じゃん。告白オッケーした時点でオレのことも悪くないとは思ってくれてたんだろ?
「うん。好きになろうとはしてたよ。優しいし、話してて気が合うし、彼女になれるかなって思ってました」
彼女だろ。手も繋げないのは嫌なんだけど。
「……ごめん」
この前は抱きしめようとしたら逃げたじゃん。冗談でも傷ついたんだけど。
「……はい。ごめんなさい」
俺のことが生理的に無理ってこと?
「それは……。頑張ってみたいとは思ってます」
もういいよ。別れよう。呆れきってついた大きなため息。
「……はい。いままでありがとうございました」
丸まった背中に、かける言葉はそれ以上なかった。
またか、と思った。
傷つけてしまったのだと嫌な気持ちにはなったものの、悲しくはない。
カフェでおしゃべりするのも、横に並んで歩くのも、食事を共にするのも、楽しかった。けれどスキンシップとなると体が違うと叫んでるみたいに逃げ出したくなった。肌が気持ちが混ざり合い溶け合うことはなかった。
**
直近で―とはいえども1年以上は経っている―別れた彼氏には、お前ストーカーじゃん。と言われたことがあった。それを幕切りに一方的に責められ、喧嘩の流れでスキンシップの問題まで及び、定型通りに破局した。
ストーカーかぁ。
仕事を無理に休むことはないけれど、観れる試合はチケット入手していたし、日帰りで行ける範囲には通っていた。ポスターを部屋に飾ることはしない。レプリカのジャージは持ってない。手紙を送ったりもしない。ただ彼の載る雑誌は購入しCMは録画してネットニュースはスクショとって保存したりするのは、付きまとっているうちに入るのだろうか。
先輩が長じてファンになっただけだと思っていた。
むしろ連絡先失くしてて良かった。手元にあるのに、メッセージも送れないと思うと寂しい。
……寂しい、ってなんだろう。
手に届く距離の相手じゃないのに。
高校生のときだって、私から送るのは部活に関する必要最低限の内容だけだった。返事も味気ないものばかりで、それでもちゃんと返信があることが嬉しかった。
**
なんだかもう、オツキアイは疲れたなぁ。
好きになれないうちは、誰かと関係を築くのやめよう。
潔子は「それでいいんじゃない。ちょっと休みなよ」と頷いていた。
**
彼氏はバレー観戦に連れて来ないことを決めたので、一人で観客席に座る。寂しさよりも気楽さが勝った。
見る度に鋭くなるボールさばきに、これ以上ないくらい精密なトスに声援をかけていたら試合は終わった。筋肉がついて横にがっしりしてきている。ひょろりと細かったイメージが払拭された。プレーにも泰然と余裕を見せるようになってきた。
電車やバスが込む前にそそくさと席を立つ。出口に向かう手洗い前で、女性と目があった。
「仁花ちゃんもいたんだ」
「はい!なまえ先輩もいたなら一緒に観れば良かったですね」
「ほんと。次は一緒に観ましょう」
「やった!」
話し込んでいると、低い声で名前を呼ばれた。ぎくり、と体がきしむ。
「……久しぶり影山君」
「来てくれてたんすね」
TVでもネットでも生中継で観れるのに。わざわざ足を運んで。
「うん、臨場感が違うからやっぱり来ちゃうよね」
「この後、予定空いてますか」
「……え?」
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「誘ったの俺ですけど、彼氏怒りませんか」
ひとつのテーブルに影山となまえだけ。谷地も着いてくるよう言ったのだが予定があるからと断られてしまった。
おしぼりで手を拭きながら、気づかいする影山に一瞬呆ける。ここ数時間、頭から吹き飛んでいた存在を確認されてぎくりとした。
「……大丈夫だよ。束縛する人じゃないし。影山君は大事な後輩だもの。久しぶりに会ったんだから、ここは社会人の先輩が驕ってあげる」
どうしてだか、彼は月島に褒められたみたいな顔をしている。非常に不服そうだ。
「……、……あざす」
「いっぱい食べて」
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ふくらむほっぺたを眺めて、食べクズ口の周りについてるよ、と指摘するだけにとどめる。
「相変わらずたくさん食べるね。見てて気持ちいいわ」
「苗字先輩、全然食ってないですけど。腹減ってないんすか」
「食べたよ。お腹いっぱい」
「その量で?」
「もう成長期でもないし、運動もしてないからそんなに入らないよ」
影山は大人になるにつれ自炊も覚え、摂取する物の味も変え質も向上した。けれど量はほとんど変わらない。スポーツをしない人間の胃の大きさをうっかり忘れがちになる。
なんでもない話をするのが懐かしくて、つい見つめてしまう。化粧を覚えても色づく唇から零れる言葉は、雰囲気は仕草は変わらない。
他の男のモンなのかよ、クソが。
出遅れたとはいえ、悔しい。
年下の財布を押しのけて請求書をかたくなに離さないでいた。
「私が驕りたいの。それに、たまに実家に来てくれてたでしょう?お礼させて」
定食屋の唐揚げに嵌り、定期的に訪れていた。それを親越しに伝え聞いていた。今回はそのお礼だという。
「イイエ、ハイ。ごちそうさまでした」
「うん。元気でね。これからも頑張って」
「先輩もオゲンキで」
「またみんなで集まれるといいな」
また、みんなで。
ふたりきりで会うのはこれっきりという意味だろうか。
間が悪い。
その一言に尽きた。
試合を見に来たときは逃げるように帰るので話もできない。
やっと捕まえたと思ったら、付き合っている男がいるという。だから新しい電話番号もSNSもきけず仕舞い。それで良かったのかもしれない。連絡先をきいてしまったら、きっとかつての先輩後輩での関係に満足できなくなる。幸せであろう関係を力づくで壊してしまいそうだ。
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一人暮らしのアパート入口に、見知った人影が立っている。
「どうしたの」
いまから行くって連絡したぞ。読んでなかったみたいだけどな。
「後輩とご飯食べてたの。急に行くことになったから、連絡できなくてごめん」
無視してたんじゃなきゃいい。会いたくて来た。
「あ、ありがとう。上がる?」
ここでいい。なまえはさ、そうやってオレが好きだよって言っても、ありがとうしか返さないじゃん。オレのこと好きじゃないの?
「ごめん。正直……わからない」
なんだよそれ。告白したとき忘れられない男がいるとはきいてたけど、オレら付き合って2か月じゃん。告白オッケーした時点でオレのことも悪くないとは思ってくれてたんだろ?
「うん。好きになろうとはしてたよ。優しいし、話してて気が合うし、彼女になれるかなって思ってました」
彼女だろ。手も繋げないのは嫌なんだけど。
「……ごめん」
この前は抱きしめようとしたら逃げたじゃん。冗談でも傷ついたんだけど。
「……はい。ごめんなさい」
俺のことが生理的に無理ってこと?
「それは……。頑張ってみたいとは思ってます」
もういいよ。別れよう。呆れきってついた大きなため息。
「……はい。いままでありがとうございました」
丸まった背中に、かける言葉はそれ以上なかった。
またか、と思った。
傷つけてしまったのだと嫌な気持ちにはなったものの、悲しくはない。
カフェでおしゃべりするのも、横に並んで歩くのも、食事を共にするのも、楽しかった。けれどスキンシップとなると体が違うと叫んでるみたいに逃げ出したくなった。肌が気持ちが混ざり合い溶け合うことはなかった。
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直近で―とはいえども1年以上は経っている―別れた彼氏には、お前ストーカーじゃん。と言われたことがあった。それを幕切りに一方的に責められ、喧嘩の流れでスキンシップの問題まで及び、定型通りに破局した。
ストーカーかぁ。
仕事を無理に休むことはないけれど、観れる試合はチケット入手していたし、日帰りで行ける範囲には通っていた。ポスターを部屋に飾ることはしない。レプリカのジャージは持ってない。手紙を送ったりもしない。ただ彼の載る雑誌は購入しCMは録画してネットニュースはスクショとって保存したりするのは、付きまとっているうちに入るのだろうか。
先輩が長じてファンになっただけだと思っていた。
むしろ連絡先失くしてて良かった。手元にあるのに、メッセージも送れないと思うと寂しい。
……寂しい、ってなんだろう。
手に届く距離の相手じゃないのに。
高校生のときだって、私から送るのは部活に関する必要最低限の内容だけだった。返事も味気ないものばかりで、それでもちゃんと返信があることが嬉しかった。
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なんだかもう、オツキアイは疲れたなぁ。
好きになれないうちは、誰かと関係を築くのやめよう。
潔子は「それでいいんじゃない。ちょっと休みなよ」と頷いていた。
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