Say those three little words.
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「苗字先輩」
彼に初めて名前を呼ばれ、一種の感動とともに快感を覚えた。猛獣を手懐けた感覚に近い。名字ですらきっと記憶にないと思っていたのに。ふとバレー部員に名前を呼ばれたとき、そういえばそんな名前だっけ、ぐらいの認識でいそう。
市内での練習試合が終わり、帰路につこうとしていた。
もともとその日は店の仕込みを手伝う予定だったので監督にも遅刻は承知してもらっていた。今は谷地さんもいるし土日に無理しなくてもいい、とは言われたが、できるだけ彼らにはかかわっていたかった。休日に他校を尋ねるのは勇気がいるが、潔子が手引きしてくれて体育館の2階に上がり、大声は出さないまでも拍手をしたり、がんばれ、ナイスキー、と声かけをしていた。こちらをちらちら確認してよく跳ねる2年生にも特別気を配りながら。彼らが元気なうちはチームの調子が良い。
みんながバスに乗り込んでいく中、わざわざチームの固まりから離れて話しかけられた。
「応援、アザした」
「ううん……というか、影山君って私の名前覚えてたの?」
「 ? 初めて会ったときに自己紹介してもらいました」
「忘れてると思ってた」
「マネージャー業してくれてるし、お世話になってる人のこと忘れたりしません」
立場は練習試合まで見に来る律儀な先輩?おせっかい?しつこい?
「そっか、嬉しい」
彼女はいつも優しく、周囲をあたためてくれる笑顔を振りまく。けれど今のはそれ以上だった。
影山は胸の奥がうずくので、さらに首を傾げた。なんか変なもん食ったかな。だとしたら痛くなるのは腹だろ。朝から好調だったし試合中も力を発揮できた。なのにどうして。いや、腹が減ってるのか?
「みんなバスで待ってるよ。お疲れさま、また応援させてね」
ぺこりとお辞儀をする後輩に手を振る。
3年生が揃って親指を立てているのがバスの車内から見えた。
やめてよ、なにかのフラグ立ててるみたいじゃない。
あのバスの中に私の席はない。正マネージャーではないから。
**
1年生マネージャーとして谷地が正式入部した後も、清水が彼女に業務を教えている間に通常のマネージャー業を請け負ったり、なまえが谷地に解説することもあった。
とくになまえの実家が商店街にあることから、もとから備品の買い出しなどは任されていて、それはマネージャーが増えようが関係なかった。
「潔子も仁花ちゃんも、ジャージ似合うね」
「ありがとうございます!」
「なまえも着てみたい?」
「ううん、私には重すぎるよ。ふたりは器があるけど、私には覚悟が足りないのかも」
遠いところで、応援するぐらいしかできない。
コートの傍で選手とともにサーブをレシーブを失敗するたび点を取られるたび、肉をかみちぎられ骨を折られる気持ちになり、私は尻込みしてしまう。歯を食いしばって選手を支えるには精神がやわすぎる。
弱い。こんな私はマネージャーにも相応しくない。
実質的に正式マネージャーとしてみんなから認められているのに、と谷地は不思議そうにした。
武田先生からも届出用紙を渡されていたが、首を横に振っていた。
内申にも残せるよう便宜を図りますよ。…わかりました、君の考えを尊重します。
先生の少し残念そうな声に、感謝の言葉がかぶさった。
お母さんに言われた言葉がよぎる。
中途半端にするのが一番失礼だ、と。それで谷地も一度は入部をためらった。確かにまとめた話だけ聞けば、苗字先輩のやっていることは中途半端なのかもしれない。でも傍でみている分には、手を抜いた姿は見たことがない。部員とも信頼関係を築いているし、マネージャーとして何かを質問して答えに詰まることがない。谷地が作ったポスターを家の店の目立つところに貼ったり、募金を呼び掛けて近所に募金箱の設置を交渉してくれたりもした。
烏の折れた羽を癒して、新しい雛たちを世話して空に放つ。
彼女は疑うことなくその一端を担っていた。
「先輩はお店も部活も勉学も両立しててすごいですね」
「すごいかな?どれも手を抜いていいってことはないから、できる範囲をやってるだけだよ。やることが明確だからやりやすいし、楽しいもの」
「部活も大事だし、お家も大事ってことですよね」
「うん。私は将来、どっちも役に立つと思うし、どちらかが欠けてもダメだし、いましかできないことだから全力でやり遂げたいの」
自分ができるからといって、他人にやってみろと強要することは決してしない人だった。でもこちらが一歩をためらっていると、やってごらん。と手を引いて後押ししてくれる。
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「苗字先輩」
彼に初めて名前を呼ばれ、一種の感動とともに快感を覚えた。猛獣を手懐けた感覚に近い。名字ですらきっと記憶にないと思っていたのに。ふとバレー部員に名前を呼ばれたとき、そういえばそんな名前だっけ、ぐらいの認識でいそう。
市内での練習試合が終わり、帰路につこうとしていた。
もともとその日は店の仕込みを手伝う予定だったので監督にも遅刻は承知してもらっていた。今は谷地さんもいるし土日に無理しなくてもいい、とは言われたが、できるだけ彼らにはかかわっていたかった。休日に他校を尋ねるのは勇気がいるが、潔子が手引きしてくれて体育館の2階に上がり、大声は出さないまでも拍手をしたり、がんばれ、ナイスキー、と声かけをしていた。こちらをちらちら確認してよく跳ねる2年生にも特別気を配りながら。彼らが元気なうちはチームの調子が良い。
みんながバスに乗り込んでいく中、わざわざチームの固まりから離れて話しかけられた。
「応援、アザした」
「ううん……というか、影山君って私の名前覚えてたの?」
「 ? 初めて会ったときに自己紹介してもらいました」
「忘れてると思ってた」
「マネージャー業してくれてるし、お世話になってる人のこと忘れたりしません」
立場は練習試合まで見に来る律儀な先輩?おせっかい?しつこい?
「そっか、嬉しい」
彼女はいつも優しく、周囲をあたためてくれる笑顔を振りまく。けれど今のはそれ以上だった。
影山は胸の奥がうずくので、さらに首を傾げた。なんか変なもん食ったかな。だとしたら痛くなるのは腹だろ。朝から好調だったし試合中も力を発揮できた。なのにどうして。いや、腹が減ってるのか?
「みんなバスで待ってるよ。お疲れさま、また応援させてね」
ぺこりとお辞儀をする後輩に手を振る。
3年生が揃って親指を立てているのがバスの車内から見えた。
やめてよ、なにかのフラグ立ててるみたいじゃない。
あのバスの中に私の席はない。正マネージャーではないから。
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1年生マネージャーとして谷地が正式入部した後も、清水が彼女に業務を教えている間に通常のマネージャー業を請け負ったり、なまえが谷地に解説することもあった。
とくになまえの実家が商店街にあることから、もとから備品の買い出しなどは任されていて、それはマネージャーが増えようが関係なかった。
「潔子も仁花ちゃんも、ジャージ似合うね」
「ありがとうございます!」
「なまえも着てみたい?」
「ううん、私には重すぎるよ。ふたりは器があるけど、私には覚悟が足りないのかも」
遠いところで、応援するぐらいしかできない。
コートの傍で選手とともにサーブをレシーブを失敗するたび点を取られるたび、肉をかみちぎられ骨を折られる気持ちになり、私は尻込みしてしまう。歯を食いしばって選手を支えるには精神がやわすぎる。
弱い。こんな私はマネージャーにも相応しくない。
実質的に正式マネージャーとしてみんなから認められているのに、と谷地は不思議そうにした。
武田先生からも届出用紙を渡されていたが、首を横に振っていた。
内申にも残せるよう便宜を図りますよ。…わかりました、君の考えを尊重します。
先生の少し残念そうな声に、感謝の言葉がかぶさった。
お母さんに言われた言葉がよぎる。
中途半端にするのが一番失礼だ、と。それで谷地も一度は入部をためらった。確かにまとめた話だけ聞けば、苗字先輩のやっていることは中途半端なのかもしれない。でも傍でみている分には、手を抜いた姿は見たことがない。部員とも信頼関係を築いているし、マネージャーとして何かを質問して答えに詰まることがない。谷地が作ったポスターを家の店の目立つところに貼ったり、募金を呼び掛けて近所に募金箱の設置を交渉してくれたりもした。
烏の折れた羽を癒して、新しい雛たちを世話して空に放つ。
彼女は疑うことなくその一端を担っていた。
「先輩はお店も部活も勉学も両立しててすごいですね」
「すごいかな?どれも手を抜いていいってことはないから、できる範囲をやってるだけだよ。やることが明確だからやりやすいし、楽しいもの」
「部活も大事だし、お家も大事ってことですよね」
「うん。私は将来、どっちも役に立つと思うし、どちらかが欠けてもダメだし、いましかできないことだから全力でやり遂げたいの」
自分ができるからといって、他人にやってみろと強要することは決してしない人だった。でもこちらが一歩をためらっていると、やってごらん。と手を引いて後押ししてくれる。
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