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部活終わりの男臭い部室の中で、灰羽が先輩らの休日の予定を聞く。弧爪ならゲーム三昧かな、と予想していたら意外にもほかの回答があった。
「同い年の親戚がくるから相手しなくちゃいけない…」
「研磨さんが他人の面倒見るとか珍しいッスね。仲良いんですか?」
普段の様子から友達といえば黒尾ひとりが幼馴染と呼べる間柄で、学校外の知り合いや交友を積極的に広めようとしない弧爪にしたら大変珍しい。
「別に…気が向いたらネットで一緒にゲームするくらい」
連絡はわりと相手からくるが、研磨が返すのはたまのゲームの話題に食いつく程度。実際に顔を合わせるのは、盆と正月がせいぜい。
これからのことを考えて、深くため息をつく。せっかく一日中ゲームができる機会だったのに、計画が丸潰れだ。
「東京慣れないから行きたいとこ連れてってって頼まれて…めんどくさい」
「研磨さんの親戚とか気になるー!似てるんすか?」
「遠い血縁だからぜんぜん似てないよ」
外見からして彼女は髪をプリンにしたりしていないし、サボり癖はないし、…ただ少し人を厭うかもしれない。
「なんなら暇なヤツで集まって、みんなで遊びません?」
「ひとりで相手するの疲れそうだから助かる」
女性の買い物に連れ回されることほど疲れるものはない。
「おい、来るのなまえちゃんなんだろ?ちゃんと付いててやれよ」
黒尾に確認されて、すっと目をそらす孤爪。
「えーっ!親戚って、女の子?!」
リエーフが大仰に反応した。
「さすがの研磨さんも女の子には優しいんすね!休日にゲームを諦めて街案内するとか」
「違う…家に泊まるから逃げ場がないだけ」
「なんならウチで引き取ってもイイんだぜ?」
黒尾がなにかを企んでいるように、目を細める。
「それは…だめ。もうおれん家に来ることに決まってるから。いまさら変えたらなまえ怒る」
「どうだかな」
いままで一度だって、なまえが黒尾の家に泊まっていいか、なんて頼んできたことなどない。研磨となまえを泊まらせたこともある黒尾家だが、なまえ単体で宿泊させたことはなかった。彼女が選ぶのは必ず弧爪家。研磨となまえの両親同士が親戚つながりで仲が良いことも要因だろう。きっとなまえは、黒尾が言えば疑問もなく荷物を持って泊まりにくる。そしてそれで機嫌を損ねるのはきっと研磨なんだと予想している。
「クロ、一緒にくるならなまえに連絡しといて…おれ忘れそう」
「お前なー、なまえちゃんがお前を誘ったんだろ。しょっちゅう研磨に既読スルーされたって泣き顔のスタンプくるぞ、メッセでなくてもスタンプくらい返せよ」
「だってなまえ絶対返信してくるから終わりがない…ゲームに集中したいし、どうせゲーム内で会えるんだし良いじゃん」
「ゲームやんのは止めねぇけどさ、研磨のことちゃんと理解してつるんでくれる数少ない友達…しかも女の子なんだから、大事にしてやれよ」
たいていは弧爪の他人を寄せ付けず接触を避けようとする態度から、仲良くなることは自然と無理だと察知し去っていくからだ。だから黒尾の言う通り、弧爪の性格を理解してそれでも友達として接してくれる人間は希少で、大切にすべき対象である。
「…わかった」
弧爪に言われずとも、定期的に連絡をとっている相手だ。家に帰ってさっそく、黒尾はメッセージを送った。彼女の返事も早い。
『なまえちゃん、今度こっちにくるんだって?』
『うん、そうなの。クロにも会える?バレー忙しいかな?』
『連休なら部活休みの日あるから遊ぼうぜ』
『ほんとー?やった!遊びたーい!』
『たぶん俺と研磨の後輩ついてくるけど、良いか?やたら背がでけーヤツだけど面白いヤツだからビビんなくて良い』
『クロがそう言うんなら、わかった。教えてくれてありがとう』
*****
孤爪が待ち合わせ場所にやってきた。いつもは平気で寄り道したりして遅れてくる灰羽が、きちんと黒尾の隣で立っていた。おおかた黒尾に注意されたのだろう。そのため予定の時間前ではあったが、最後に集まったのは弧爪たちだった。
その大して広くない背中からひょっこり顔をだしたのは、紛れもない女の子。少し気を張っておしゃれしている。黒尾から声をかけた。
「なまえちゃん久しぶり」
「うん。久しぶりクロ、寝癖元気?」
「おー元気げんき。これはもう直んねーわ。そんでまぁ、今日は俺らの後輩いるけど良いか?」
「灰羽リエーフです!はじめまして」
はきはきとした声に驚いて、がっしりと研磨の腕にしがみついた。
「うわっ…なまえ、びっくりするからそれやめて」
「はじ…はじめまして…」
目を合わせず、かろうじて聞こえるか聞こえないかの声量でようやく返事をした。ちなみにリエーフには残念ながら届かなかった。
「あ、あれ?俺、やっちゃいました?」
頭をかきながら黒尾を見やる灰羽に苦笑が返ってきた。
「いや、最初はそんなもんだろ、大丈夫だ。なまえちゃん、行きたいとこあるんだろ?どこ?」
なまえはスマホを取り出して、スクリーンショットの画像を黒尾に差し出してみせた。
「ここ。お店の中まで来てくれなくても良いから、お願いします」
「当たり前じゃん…ここに男3人入れない」
なまえが行きたいという場所は、一件の女性服中心のセレクトショップだった。ユニセックスの品物も置いてはあるだろうが、年頃の男が群がってはとてつもないが入りがたい。
「わかった、じゃあ行こうぜ」
「ありがとう」
なまえは内弁慶だ。一度心を開いたらべったりだが、人見知りが激しい。
灰羽がその無邪気さで話しかけても、言葉の返事はなく、かろうじて頭を振って肯定か否定かをするだけ。孤爪を間に盾のように挟んで、目を合わせようともしない。
「…なんか俺、嫌われてます?」
「気にすんなリエーフ、この子は研磨以上に人見知り激しいから、慣れるまで時間かかるんだ。な、なまえちゃん」
「うん。その…ごめんなさい…」
なまえがとっさに謝ると、灰羽はいーよ、と手を振る。謝罪するところを見ると、わざと無視したりするのではなく、言葉を吟味して答えあぐねている顔もみれたので、悪い子ではないのだろう。
「俺もしつこくしてすみません」
高身長組を先頭に、二人組ずつ並んで歩く。
こっそりと隣に耳打ちする。
「研磨、あの人…背高すぎて威圧感がすごい」
「だいじょうぶ、ハーフだしタッパあるけどリエーフはただの馬鹿だから。脳みそに使うはずの栄養をぜんぶ体の成長に使っちゃっただけ」
「う、うん…。ごめんね、研磨の友達を悪く言うつもりじゃなかったの」
「いいよ、別に。リエーフの相手、おれも疲れるし。一回リエーフのせいで鼻血でた」
「研磨殴られたの?!」
「ケンカじゃない。木の上から降りれなくなった猫助けようとして、リエーフに肩車されたんだけど落ちた」
「喧嘩じゃなくてよかったぁ…」
「よくない…」
「鼻血で済んだだけマシだよ。脳しんとうとかなかったんでしょ?それに研磨、腕力で勝てそうには見えないもん」
「厄介ごとは避けるようにしてるから大丈夫」
黒尾ならともかく、孤爪が人を挑発している姿などこれまでも見たことないし、まず想像がつかない。最低限人と関わらず、波風立てず生きている彼のことだ。そのやる気の感じられない瞳が憤怒に染まり彼が拳を振るうところなんて、見たくない。
*****
うきうきした様子でお店から出てきたなまえの手には、ふくらんだ紙袋が握られていた。先にほしいものはチェック済だったのか、荷物のわりにそこまで長い時間をつぶす必要はなかった。
「待っててくれてありがとう」
「おう。なまえちゃん、ほかには?」
一番に立ち上がった黒尾が、なまえの手から紙袋をさらう。と、それをそのまま弧爪の手に握らせた。弧爪は抗議の声を上げそうになったが、黒尾に『ずっとゲームばっかしやがって』と指摘され、それを飲み込んだ。
手の空いたなまえがもう一度ありがとう、と繰り返した。
「この近くにカフェがあるはずだから、みんなが良ければ行ってみたい。私がおごるから」
「いや、カフェ行くのは構わないけどなまえちゃんがおごる必要ないだろ」
「ううん、今日付き合わせちゃったし、私バイトしてるから心配しないで、払わせて。みんなの飲み物とデザートくらいなんともないよ」
*****
テーブルクロスのかかった円卓に4人が座る。孤爪と黒尾がなまえの両隣にいて、対面に灰羽が座る形になった。広いように見えるテーブルも、体格のよい男のおかげで手狭になってしまっている。
メニューとにらめっこする灰羽に、この日はじめてなまえから話しかけた。
「灰羽くん、好きなの頼んでください」
いままでほとんど無視に近い対応を受けてきた相手からの優しい声かけに、感動を覚える。目を輝かせて返事をした。
「あ…あざっす!」
「遠慮しろよリエーフ」
「う、はいっす…」
「ほんとに気にしないで。私がここにきたかっただけなの」
それから四人はメニューに没頭した。
「なまえ、決まった?」
「ううんー、王道のアップルパイかブラックフォレストかで迷ってる。どうしよう、研磨」
写真にあるシナモンの効いていそうなアップルパイと、アメリカンチェリーの断面が見えるブラックフォレストを交互に指さす。
「おれはアップルパイにするから、なまえは別なほう頼めば?分けてあげる」
「やったーありがとう研磨!!そうする」
孤爪がアップルパイ好きなのは周知の事実で、孤爪がそう言いだすのを期待していた。もちろん本当に迷ってもいたのだが、きっと分けてくれると信じていた。兄弟っぽいというか、恋人でもいいんじゃないかと思えるやりとりをきいて灰羽は黒尾の反応を見たが、何もきこえていないようだった。
みんなのメニューが揃ったとき、テーブルの上がカラフルに染まった。
なまえが皿の上のケーキに恋したような目で向かい合って、フォークを向ける。添えられたアイスクリームをすくい、ごろごろとした果実を混ぜたチェリージャムの挟まったチョコレートケーキの端を少し大きめに切り分けて、自分の口ではなく、隣にそれを差し出した。
孤爪もどこかそれを待っていたそぶりで眺めていて、ためらいなく口を開けてかぶりつく。
「ん、まあまあ」
「良かったー。じゃあいただきます」
「え、え?なにいまの」
灰羽だけがぽかんとしており、精神的においてけぼりをくらっている。
「こいつらいつもこんなだぞ」
黒尾もすでに自分のぶんのケーキに口をつけ、お、うめぇと呟いた。
自己主張のない孤爪と、迷い症のなまえ。たいてい二つまで候補をしぼるのだが決めかね、孤爪と共有するのが常のこと。なまえはお礼といってはなんだが、一口目は必ず孤爪に譲る。
「クロもいる?」
「俺のことはいいから、なまえちゃん食え。それよりこっちのケーキ食うか?」
「良いの?食べたい!一口もらって良い?」
瞳がきらりとした。
何食わぬ顔で一口ぶんだけ分けてフォークをなまえのほうへ向けると、口に受け入れた。
「ほらな、こんな感じだ」
わかったか、と灰羽を振り返ると、なんとも言えない表情をしていた。
「研磨、アップルパイ良い?」
半分残った皿をなまえのほうに押しやる。
「良いよ、あとぜんぶ食べて。なまえのケーキちょうだい」
「うん!ありがとう」
当然のように皿を交換する二人。
兄妹のように振る舞う三人に、灰羽は尋ねた。
「三人はいつから知り合いなんですか?」
「おれとなまえは親戚で、生まれてからずっと一緒だったし…クロともいつ知り合ったか覚えてないくらい」
「俺らの実家が近くて、よく遊んでたんだよ。なまえちゃんが幼稚園卒園して引っ越しちまってからあとはあんま会えてねぇけど。あのときなまえちゃん大号泣してたなー」
「だってすっごく悲しかったんだよ。研磨もクロもいないとこなんて。しばらく友達できなかったし」
昔話をはじめる三人の会話に、灰羽がときおり相槌をうつ。
「研磨、やっぱりお皿戻して良い?」
「良いけど…」
どうして、とわけを言外に尋ねる。
「だって研磨、アップルパイ好きでしょ」
「うん、まぁ…じゃあもらっとく」
アップルパイを取り戻した研磨はやはり少し嬉しそうだった。
「なまえさん、彼氏いないんですか?」
突然の疑問に、首がちぎれそうな勢いで頭を振って、沸騰しそうな顔を両手で抑える。質問をしかけた当人は孤爪の反応を確認した。
「…なんでこっち見るの」
「え、いや。だって」
「まーまー。なまえちゃん、この後どうするの?まだ気になるお店ある?」
黒尾が話題を変えて、灰羽は難を逃れた。
「ううん、もう欲しいものは手に入ったから満足」
「じゃあ、そろそろ出ようか。ゲーセンでも行こうぜ」
さっとレシートを掴んで四人分の会計をすませてたなまえに、男三人が礼を告げる。
「ありがと、なまえ」
「なまえちゃんゴチっした」
「ほんとにごちそうになりました」
「ううん。きてくれてありがとう」
先ほどのように二人一組になって歩いて帰路に就く。
「クロさん、あのふたり…ほんとに付き合ってないんですか?」
「いーや。なまえちゃんの片想いだな、いまのところ」
「え、マジっすか!あんなにうまくいってるのに」
「研磨がなまえちゃんの気持ちに気づいたら何か変化あるかも知らんが、まだ期待はできねぇだろうな」
しばらくは平行線のままでいそうな気がするわ、と黒尾はそっと後ろを振り返った。飄々とする研磨になまえのほうからひっついてゆく形でいまの関係が保たれているが、なまえが諦めてしまったら研磨のことだ、去る者追わず精神で自然消滅してしまうのが目に見えるようだ。
「もったいねー。ゲーム好きみたいだし、あんな風に研磨さんに迫って拒否されないの、ないっすよね」
「まったくもって俺も同じ意見だ」
俺はいつからなまえの研磨への気持ちに気付いたのだろう。あのふたりは血縁ということもあって、とくに母親の腹のなかにいるときからの付き合いだ。自我が芽生える前からともに育って来た。小学校に上がる直前になまえが引っ越してしまってから会えるのは夏休みに冬休み、そしてたまの連休。そのうち黒尾と孤爪がバレーを始めて、なまえは取り残されることもあった。
研磨とは毎日のように時間を共にしているから変化がわかりづらいが、間を置いて会うなまえがどんどん成長して大人の女性に近づいてゆくのがよくわかった。体だけではなく、心までも変化していったようだ。
幼なじみだから黒尾にとって研磨が隣にいるのが当たり前。ところがなまえにとってそうではない。あんなにべったりだったのに、それがある日突然つながりを断ち切られた。
いったいどこが分かれ道だったのだろう。状況は黒尾にとっても同じだったのに、なまえの心を本人も知らないうちに射止めたのはなんと研磨だった。
あれだけ観察眼のある研磨が、その心の動きを見抜けない相手。灯台下暗しとでも言うのだろうか。近すぎて、その感情を兄妹間のものであると勘違いしているのかもしれない。
ゲームセンターで数時間を過ごし、研磨の両親がごちそうとともになまえをもてなすために待っているらしいとのことなので、その場で解散となった。
*****
連休の最終日に、黒尾と研磨はなまえを送って駅まで歩いた。
黒尾がお土産も持たせない研磨に、売店になまえに持たせるお菓子を買ってきてこいとお使いに出した。そんなのいいのに、と遠慮するなまえを押えて、急かす。
「研磨でいいのか?彼氏にするなら俺にしとくか?」
口角を上げて、黒尾はわかりきった冗談を口にした。なまえもそれをわかって、笑う。研磨を遠ざけたから、何かを聞かれるのだろうと思ったらこれだ。
「クロはちょっと笑顔が信用できないからなぁ。頼り甲斐あるんだけどさ。人を食ってかかるところとか」
人を試すようなところがあったり、挑発したり。そういうところに、たまにヒヤッとしてしまう。
「ごめんね。私には向かないけど、クロはイイ男だよ」
「それはどうも。じゃあ研磨は?」
「研磨は、嘘つかないもの。一緒にいて落ち着くし、気を使わないでいられる。
私は研磨の隣にいたいし、私の隣にずっといてくれるのは研磨が良いって思う」
白いプラスチック袋を下げて、のろのろ歩いてくる研磨。電車が出る時間には間に合った。ありがたく袋をもらって、電車に乗り込んだ。
「じゃあ、またね、研磨、クロ。バレーがんばってね」
「おう。またな」
「また」
見送った帰り、研磨に心の変化はあるのかと探ってみた。
「研磨はなまえちゃんのこと、きょうだいみたいだって思うか?」
「…実際親戚だし。なまえがわがまま言うのは面倒くさいけど、仕方ないって思う。おれもメッセ無視したり、ゲーム付き合わせたりするし。そこはなまえも面倒くさがってるかもしれない。だからなまえのお願いはきくしかないなって」
「それだけかよ」
「それ以外ってなに」
「かわいいとかさ」
「クロは、なまえのことかわいいとか思うわけ」
「思うよ。なまえちゃんはかわいい」
むっとした顔をする。
「…妹みたいでね。俺でなくても、一般的に見てかわいいと思うぜ」
「気づけよ、なまえちゃんが甘えてくるのって研磨にだけだぜ」
向けられるのは訝しげな目。
「俺にはゲームしようとか誘ってこねぇし」
「クロ、そんなにゲームしないじゃん」
「まず連絡するのは研磨だろ。ろくに返事返ってこなくても」
「そうだっけ」
「なまえちゃんがもう遊びに来なくなっても、会えなくなっても良いのかよ」
「なまえが…?」
*****
「研磨、なまえちゃんから電話」
親にそう電話の子機を渡されて、なまえ?とつぶやく。
家に備え付けの電話を使ってなまえから連絡があるなんて、と研磨は怪しんだ。わざわざ家電にしなくても、スマホを使えば直接通じるのに、失くしでもしたのか。
『なまえ?どうしたの』
『ごめん研磨、この前のテストで成績下がっちゃってお父さんに怒られたー。次のテストまでしばらくゲーム付き合えない』
そういえばなまえは進学校通いだったか。このところよくゲームに付き合ってくれるし使っているキャラのレベルもだいぶ高くなっていたとは思っていたが、成績落とすまでやりこんでいたとは。
『なにそれ。まぁがんばって』
たとえそれが社交辞令だとしても、研磨からもらえる応援がなまえの士気を上げた。
『ありがと!!がんばる!!あんまりひとりだけレベル上げしないでね。追いつくの大変なんだもん』
いまでさえ大きく開いた差を、これ以上広げてもらいたくはなかった。もちろん自由にゲームをして楽しんでいてほしいのだが、あまりレベルに差があると共闘するにも足手まといになることが多いし、それで研磨に一緒にゲームをしていてなまえとゲームするのはつまらない、と思ってほしくなかった。
『それは保証できないけど』
予想通りの答えに、笑っていいのか悲しむべきなのか。
『だよね…。とにかくごめんね。来週も一緒にゲームやりたかったんだけどなぁ』
『いいよ別に。テストのが大事でしょ』
『うん…じゃあまたね』
名残惜しいが、同じ空間に父がいるので長電話もはばかられる。対して気にした様子もない短い返事のあと、会話を終わり自室へ戻った。
その受話器を置いたが最後、なまえと連絡がさっぱりとれなくなった。
ゲームはできないにしろ、メッセージのひとつくらいは送ってくるだろうと甘く見ていた。これまでだってどちらかに用事があって毎週二人でやっているゲームがたまにできないことはあった。それでも連絡だけは欠かさなかったなまえから、初めてそれが途絶えた。なにか大きな怪我や病気なら必ずなまえの両親から電話の一本でもかかってくるだろうから、体調を崩したわけではないだろう。それにしても、連絡が途絶えてからが長すぎる。
そのまま流しておくところだが、さすがにしびれを切らしてクロを頼った。
「クロ、なまえからなにかきいてる?」
「は?なまえちゃん?なにも連絡ねぇけど」
「そう…」
「なんだよ、なにかあったのか?」
「学校の成績落ちたから次のテストで挽回しないとゲームさせてもらえないって言ったっきり…何も言ってこない」
「あーあ。なまえちゃんも大変だな。それいつの話だ?」
「もう…1ヶ月ちょっと?もうすぐ2ヶ月?かな」
「そんなにか」
「うん。いつもは数日置き、最低でも一週間に一度はメッセもきてたんだけど、これは最長記録」
なまえちゃん頑張ってんなぁ、とクロは心の中でなまえをなぐさめた。
黒尾とは一か月に一度か二度、対して変化のない近況報告をするくらいで今回の異変には気づかなかったらしい。それどころかなまえは、事前に弧爪に電話したようには黒尾に教えてすらいなかった。
確かにゲームをしばらくできない、ということぐらいしかきいていないし、次のテストまでのことだろうからそんなに長いことかかるとは思ってもいなかった。なまえの学校では毎月テストがあると言っていたから、待ったとしても一か月もすればすぐ元通りになると信じていた。
「一昨日連絡したけど、まだ既読にもなってねぇな。なまえちゃん大丈夫かこれ…」
****
珍しく長く鳴るスマホに手を伸ばした。クロかなと確認した画面に、手がふと止まる。震える指を液晶の上で滑らせ応答した。なにを動揺しているのだろう、自分は。
「なまえ?」
『うん…研磨、久しぶり』
「なにがあったの」
なまえの声がきけて安堵したのに、苛立ちから責めるような口調になってしまった。
『勉強してた。スマホも取り上げられて、バイトも休ませられたし勉強漬けだったの』
重いため息が電話越しにきこえた。それをかき消すように、明るく報告する。
『でも成績上がったし、スマホも返してもらえたから大丈夫。夏休みは研磨の家に行って良い?』
「夏休み、おれ部活の合宿あるけど…」
あまり歓迎している様子でない声に、なまえは出鼻をくじかれ意気消沈する。
『そっか…邪魔かな?』
前はそんなことを気にする奴じゃなかった。気弱になっているのか?らしくない。
「いや…あんまり相手できないけど、それでも良ければ来なよ」
『…バイトも調節しなきゃだし、ちょっと考えとく』
「そう。わかった」
『うん。合宿、がんばってね』
「うん」
ぷつり、と通話の切れる音がしてケータイを顔から離す。なまえのことだ、ああ言いつつきっと今年の夏休みもやってくるのだろう。
****
「なまえちゃんから連絡きたか?」
「きた…けど、なんか変だった」
「さては彼氏でもできたんじゃないすか?」
リエーフの冗談交じりのその言葉に、どうして嫌悪感を抱いたのか。なまえのあちらでの生活は見えないから、孤爪の知らないところで好きな人や彼氏ができていたっておかしいことはなにもないはず。むしろ人見知りななまえに大切な人ができたことを祝うくらいでなければならないのに。
ギリ、と口の中で歯ぎしりしてぷいと背を向ける。
やってしまった、と思ったときにはもう遅く、黒尾がリエーフの肩を叩いて労った。
「いまのはグッジョブだリエーフ」
「嘘ですよね、研磨さんめちゃくちゃ睨んでましたよ」
いつも通り黒尾と帰り、家の玄関に着いてから部屋に戻る間も惜しくてなまえに電話する。呼び出し音が、やけに耳に響く。
『はい…研磨?』
驚いた声に前置きもなく、用事だけ伝える。
「今度の土日そっち行くからなまえん家泊めて」
『土日…研磨がこっちに来るの?』
「うん。良いでしょ」
『わかった、お母さんとお父さんに言っとくね』
「よろしく」
『研磨、電話してくれてありがとう。土日楽しみにしてるね』
「うん。じゃあまた」
『うん、バイバイ』
通話終了のボタンを押して、勉強机に顔を伏せる。
普段やる気のない声が、やや低かった気がする。怒っている?でも何に? ここ数ヶ月、メッセのひとつもしなかったから?前々からなまえからのほぼ一方的なメッセに辟易していることもあるのに、それはなさそうだ。
でも弧爪からこちらを訪ねて来るのは何事にも積極的ではない彼にしては珍しいこと。
頭にちらつく孤爪の顔や、ふと蘇る声に机に向かう集中力が鈍った。
次の試験でも、生半可な成績をとることは許されないのに、シャーペンを握る手にいまいち力が入らない。
****
ついに週末がきてしまった。研磨からいま電車に乗った、とメッセージがきていて、到着予定時刻を目指して駅へ向かう。改札より少し離れたところで、時間を確認する。もう着いている頃だ。
「なまえ」
人込みの中で、研磨はすぐなまえを見つけた。
「じゃ、うちに行こうか」
「うん」
弧爪に変わったようすはない。ただほんとうに遊びにきただけなのだろうか。
家について、客間に荷物を下ろしに行った彼にお茶を運ぶ。
「お茶、どうぞ」
「ありがと。夏休み来るんじゃなかったの?」
「ごめん。なんだかんだで夏休みバイト入っちゃって、行けなかったんだ。少し勉強も進めておきたかったし」
少し言い訳じみていたか。でも確かに、夏休み中は稼ぎどきかつ休む人が多かったので、休日を申請しづらかったのも事実。成績を気にかける父の目も怖かった。
「まぁおれも、バレーばっかしてたけど。来るかと思ってたのに、なまえ来ないし。なにかあったなら言えば良かったのに」
「だからテスト勉強で…うん、あと、なんか邪魔しちゃいそうで」
昔のなまえなら、練習近くで見たいし、試合の応援も行く!くらい言いだすくらいだったのに。この数ヶ月でなんの心境の変化か、弱気というか、ずいぶん遠慮をしている。
「なんで、そんな風に考えるの」
「いろいろね。クロはもう3年生で、今度の大会が高校最後に出れる試合でしょ?研磨もクロのためとか学校のために練習に集中したいだろうし」
「おれはもともと、バレーとか特別好きじゃないし。おれがいないとみんなが困るだろうから続けてるだけで」
「うん。知ってる。バレーの練習がんばるくらいならゲームするよね、研磨なら」
練習に出るには出るが、汗をかいたら休み、疲れたらすぐ休み、居残りなんてもちろん嫌がる研磨を見てきた。だからわかる。
「そう。だから、クロには悪いけど、できれば勝ちたいけど、強いやついっぱいいるしおれとしては今度の大会はどの試合で負けても仕方ないくらいでやってる」
「研磨ならそうだよね」
「わかってるなら変な気使わないでよ。そんなふうに引くのおかしいだろ」
「引いてたとかじゃないの。
ほんとはね、私が応援に行っても、研磨がバレーに対して前向きになったりやる気になるわけじゃないし、意味ないのかなって思って夏休み行かなかった」
「そんなんじゃなくて。おれはなまえにはもう、会えないんじゃないかと思ったら怖かった」
「研磨は、私が来なくても気にしてないんじゃないの…」
いままで一度も、研磨から特においでよ、とか来ない?と誘われることはなかった。親戚の集まりのときは両親同士で連絡をとりあっていたから、わざわざお互いに尋ねることはなかったし、長い休みのときは遊びに来るのが恒例で、もうすでに決定事項として、今度の休み来るでしょ、と確認されることはあっても誘うのとは違う。
行事以外に個人的に会うときに、行って良い?とお願いするのはなまえの役目で、それがひっくり返ることはなかったのだ。
「なまえに会わないと、正月も夏休みも来たって気がしない。おれのこと理解してくれるのも、あんなにゲームに付き合ってくれるのなまえぐらいだし」
気持ちが明確になったのは、灰羽のなまえに彼氏ができたのではないか、という発言からだった。あのときに怒りにも似た憎悪が生まれたのは、きっとそういうことだ。
「なまえが、おれにするみたいに他の男に話しかけたり隣に座ってゲームしたりするの嫌だって気づいた」
真顔で正直に打ち明けると、みるみるうちに顔が赤く染まっていった。
「ちょっと、研磨あっち向いて」
言われるまま、猫背を向けると背中にぶつかるものがあった。なまえの額と、両手だ。ぴったりと張り付いて、そこだけを熱く感じる。
「そんなことしないよ。こんなにたくさん話すのも、同じ部屋でゲームするのも研磨とだけだもん」
「おれ、なまえが好き」
「…なんで、この、タイミングで言うのかなぁ」
アピールしてアピールして、もう届かないのだと一歩引いたときに、振り向くなんて。
「遅かった?」
「だって研磨はぜったい脈ないって諦めたんだよ」
だからそんな気を弱らせてこの夏休みは家に来なかったのか、と合点がいった。
「ごめん。自分でわかったの最近。なまえは家族みたいで、居心地よくて、なんでも話せた。少しくらい離れるのは仕方ない。でもいなくなるのだけはぜったい嫌だ」
なまえは静かにきいている。
「いまはあんまり一緒にはいられないけど、好きだから。なまえ、おれと付き合って」
「私も好きだよ、研磨の彼女になりたい」
「ん」
顔の火照りも収まったので、背中から離れて並んで座る。
「研磨がわざわざこっちに来た理由って、もしかしてこれ?」
「うん。なまえは、こういうことちゃんと顔を見て言わないと相手にしてくれないでしょ」
さすが人をよく見る彼のこと、なまえの気持ちをわかっていないようで、思考はよくわかっている。ちゃんと考えた上での行動に嬉しくなってニヤけそうで、もうすでにニヤけてしまっていて、うつむくことで隠した。
「う、ん。そうだよ。メールとか電話じゃ冗談だと思うとこだった」
「おれはちゃんと本気だから来た」
「ありがとう。ほんとはね、もし私から告白しても遠恋とか面倒だからって断られるんだろうなって覚悟してた」
「おれ、なまえとなら心配ないよ」
「言ったからね。…冬休みは、会いに行くね」
「おれからもたまには会いにくる」
彼がこんなことを言うなんて、大した進歩だ。
夕飯の後、そういえばクロにもしばらく連絡していない、と思い立ち、お付き合い報告を送信すると、すぐ既読がついた。しかし通知が鳴ったのは研磨のスマホで、彼は不可解そうに顔をゆがめて、なまえにやりとりを見せた。会話をぶっちぎって、なにかのキャラクターが爆笑するスタンプが何個も連続して送られてきていた。
「クロ、なんなの…」
「私が連絡したの。たぶんそのせい」
「なんて?」
それからやっとなまえのスマホが震えて、見ると『おめでとう』と一言きていた。それを研磨に差し出す。
「クロ、態度違いすぎでしょ」
「ね」
二人で顔を見合わせて笑いあった。
****
おわり
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