HQ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつものように自販機の前でパックの飲み物を購入し、その場ですすっていると、日向が近づいてきた。隣に珍しくも女生徒を連れてきている。どちらかといえば大人しそうな、でも背筋だけはしゃんと伸びており、目が合うと惜しげもない笑みをくれた。
「なまえ、コイツがセッターの影山」
「影山飛雄?じゃあ君が?
Wow, It's a pleasure to mee you, Your Majesty!
私はなまえです」
目の前の相手が何と言っているのか、全く理解できなかった。たまに日本語でも不自由することはあるが、いまのは発音としても日本語ではなかった。
「…なまえ?」
かろうじて最後に名前を名乗ったのがききとれたので、それだけ聞き返した。好意的な態度とはうらはらに、彼女はさも軽やかに爆弾を落としてしまった。
「えっと、君が『王様』なんでしょう?翔陽が言ってた」
ぽかん、と口を開けて質問すら返せずにいると、日向が何かコートでしくじったときのような顔をしていた。
「おい日向ボゲェッ!!なに人に教えてんだ!!」
カッとなって右手を突き出し、日向の頭をバレーボールさながら渾身の握力を持ってして罰を与える。自身がつけられたそのあだ名を心底嫌っていることは明白にしており、この馬鹿も身を染みて理解しているはずなのに。手の中で奴は歯を食いしばって痛みに耐えている。
「いでででででっ!!違っおれ、言った!ちゃんとなまえに教えた!王様って呼んじゃダメって!」
「えっごめんね。トビオ、ショウヨ、ケンカダメだよ!」
見知らぬ女子に急に下の名前で呼ばれて、驚いてつい力を緩めてしまった。日向がするりと抜けて捕まらないように引いた。
「ごめんなさい、トビオ」
「…勝手に名前で呼んでんじゃねぇよ」
吐き捨てるように低くつぶやくと、彼女ははっと目を瞠って、頭を下げた。
日向は影山の女の子に対してその殺人者のような目を差し向けるなんて、とあわあわしていたが、恐ろしくて止められなかった。
「まだ慣れなくて。ごめんね、影山くん」
素直に間違いを正してくれた。わざと王様と呼んだわけでも、初対面との相手とのとるべき距離を間違えて下の名前を使ったわけでもなさそうだ。
それよりどういう意味だろう、まだ慣れない、とは。
「もう影山くん変なあだ名で呼ばないから。ショウヨも、ごめんね」
「いや、おれはいいよ。なまえわざとじゃないんだし仕方ないって」
「ありがとう、翔陽」
ほっとして、日向に笑顔を向ける。それから影山くん、と改めて彼女は自己紹介を始めた。
「私、しばらく英語環境にいて、日本語少しわからないの。気分悪くさせてごめんなさい」
「…英語って、海外にいたのか」
「うん。でも、かっこいいと思うけどな。あだ名。影山くん堂々としてるし、似合ってるよ。 Your Majesty」
「なんだ、そのゆあまじぇすてぃっての。さっきもなんて言ってたんだ?」
「Your Majestyっていうのは、王様とか陛下に対する呼びかけ。
It's a pleasure to meet youでお会いできて光栄です、陛下ってカンジかな」
「ヘイカ…コウエイ…」
ヘイカの漢字すら思い出せず、もやっとする。
「ねぇなまえ、王様はキングじゃないの?」
「位の名称としてはね。直接話しかけるときには、Your Majestyとかなの」
「マジで?」
「王様がやだなら、Your Highness, My Lordもいいんじゃないかな」
意味は同じでも、異国の言葉となればこんなにも響きが変わるとは。加えて彼女は、侮蔑の意味で王様に成り代わる言葉を影山にかけているわけでは決していなかった。きっと、その不名誉なあだ名の由来を知らないであろうことはほぼ間違いない。そう思いいたると、怒りは尾を引くことはなかった。日向は関心したようになまえのことを尊敬の目で見つめる。
「へー。いっぱい呼び名あるんだな。すげー」
「日本語もあるでしょ?一人称も二人称も。私、僕、俺、君、あなた、貴様…?英語だとたいてい I と you で済んじゃう」
「ん、んー…そっか。そう言われれば、たくさんあるかも」
「影山くんは、どっちがいい?」
「どれもよくわかんねぇ。から、どれだっていい」
「ほんと?じゃあ、たまになら呼んでもいい?」
「お、おう…」
にこっと飾り気のない笑顔が輝く。彼女のそれは少し、なんというか、迫力がある。押し付けるものではない。作り物ではない。そして心に強く残る。
「お前、苗字は?」
「なまえ、って名前で呼んでよ。苗字呼ばれるの、ちょっと苦手なんだ」
「じゃあ、なまえさん」
「さんも要らないよ。翔陽も呼び捨てだもんね」
「うん。あっ、そうそう、なまえが今日部活見学にくるから。それ言いにきたんだ」
「なまえ…は、マネ志望か?」
数分前まで赤の他人だった女子をいきなり呼び捨てにするのもためらわれたが、本人がそうしてくれというのだからと呼んでみる。彼女は一切気にも留めていない様子で、会話を続けた。
「まだわかんない。とりあえず見学だけ。翔陽が誘ってくれたから」
「先輩もみんなイイ人だし、なまえがマネになってくれると嬉しい」
「うん」
「じゃあそろそろ3年の先輩に挨拶しにいこ!」
「Yes, Sir! 影山くん、さっきは本当にヤダだったでしょ?ごめんね」
一瞬、うなずきかけて、違和感を覚える。微妙に日本語が不自由なのか、意識的にしているのか。
「お、いや、もういい」
「うん、影山くんがヤダなの、もうしないから。じゃあまたね!」
そう元気よく手を振って、日向についていってしまった。
ヤダだったの…、ヤダなのもうしないから。
なぜだかそのフレーズだけが頭の中で繰り返されて、彼女のイメージをかためてしまった。気が抜けるというか、意表を突かれるというか。少しだけ、かわいいと思ってしまったのは、誰にも教えられないだろう。
なまえが放課後部活を見学にくるときいて、緊張にも似たものが残り、午後の授業は珍しく眠らずにいた。内容はさっぱり頭に入ってこなかったが。
****
「澤村、1年がきてるぞ」
クラスメイトに呼ばれて、廊下にでると、日向がキャプテン!といつものように高いテンションで挨拶する。なんだ、一年って日向のことだったか、と疑問が解けるのもつかの間、隣に並ぶ姿に驚く。なんだかんだ言って、いつも影山と一緒な気がしたから。その人物は影山とはいろんな意味で正反対な姿をしていた。
「どうした日向、女子連れて」
「はい!今日部活に見学に連れてきたいんですけど、同じクラスのなまえ…っと、苗字 なまえさん」
「苗字 なまえです。初めまして」
「どうも、キャプテンの澤村大地です。ということは、苗字さんはマネージャー志望かな」
「まだ決めてないですけど、見学だけお願いできますか?」
「もちろん、じっくり部の様子を見てゆっくり考えて決めてもらえればいいから、気負わずにきてくれ」
「ありがとうございます、大地センパイ」
やはり名前呼びするなまえに、横からすかさず訂正が入った。
「なまえ、澤村先輩っだよっ」
「え、あっ、ごめんなさい、澤村先輩」
あまり突っ込まれなかった。おいおい経歴も別な機会に説明できるとしていいだろう。
「いや、いいよ。他の3年メンバーには俺から話しておくから」
「ありがとうございます」
「あざっす!」
頭を下げる日向に倣って、なまえはもう一度言い直した。
「…あざっす!」
女子の声で乱雑な挨拶を繰り返されて、日向も澤村もびっくりしてしまった。なぜか日向があせってなまえを注意する。
「いやっ、なまえはおれの真似しなくていいんだよ」
「そうなの?それいいなって思って」
「ははっ…なんだお前ら。影山と日向もいいコンビだと思ったが、苗字さんと日向も面白いな」
「えぇー。いや、これはその」
「なんか嬉しいな」
「ほら、もう昼休み終わっちまうからまた放課後な」
「はい」
「ウスっ!」
澤村は教室に戻っていく。
「武ちゃん先生にも挨拶しときたかったんだけど、時間ねー。休み時間にいけるかな?」
「タケちゃん先生?」
「あぁ、武田先生って、バレー部の顧問なんだ。部活にきたときでいいかな。きっと良いって言ってくれるし」
言っているそばからチャイムが鳴り響き、昼休み終わりを告げる。
「ヤベッ、なまえ、急ごう!」
「うん!」
授業には間に合ったが、結局武田先生は次の合間にも捕まえられなかった。
****
「部活おーくーれーるー!!」
少し長引いたHRの終了直後、飛び出すようにして体育館に向かって走る日向が、ときおり足を止めて、追いついてくるなまえをちらちらと見る。
授業中とは違う表情に、いますぐにでもボールに触りたい、とでもいう焦り。ほんとうに日向はバレーへの愛を全身で表現している。
「ごめんね翔陽、先に行ってていいよ。私遅いし」
「いや、おれがなまえ連れてくって言ったんだから、いっしょ行かないと」
体育館前にようやく着くと、翔陽はその場で駆け足をしながらなまえに短い別れを告げる。
「おれ、部室で着替えてくるから。じゃあね!」
「Copy that!」
風のように去るちいさな姿にくすりと笑った。肩から下がる鞄を持ち直して、体育館の扉を開ける。遅刻と騒いでいたわりには、がらんとしたそこに、いくつかのバレーボールが転がっていた。一定の間隔で、ボールが打ち返される音が響く。一瞬、声をかけるのをためらった。
まあるい頭をした黒髪の彼は、しなやかに動く腕で、そこでただ一人壁打ちをしていた。
「影山くん」
「なまえか。おつかれ」
返ってきたボールを片手に収めて、なまえに目を向けた。
「おつかれさま。影山くん一番なんだ」
「おう。日向は」
「いま部室行ってるよ。私着替えてくる」
「…おう」
手を挙げると、すぐにまたボールの反響が背中にきこえてくるようになった。
誰も来ないうちから体育館でああして真っ先にボールに触れて練習を始めるとは、影山も日向に負けず劣らずバレー好きのようだ。
****
ジャージに着替えてコート側に戻ると、見慣れたオレンジ頭がすでにそこにいて、レシーブの練習をしていた。
影山のサーブはきれいな線を描いて日向に向かうが、レシーブされたボールは前後左右に散らばる。たまにちゃんと上にあがって、たまに顔面でも受ける。
「えっ」
思わず声を漏らしたが、ふたりにはきこえなかったらしい。
「バーカ。顔面で受けてんじゃねぇよ」
日向は悔しそうにうなって、もういっぽん!と叫ぶ。
影山が後ろに下がり、ぽーん、と高くボールを投げた。そこから軽く駆けるように中心に向かい、ぐっと足を曲げ、飛ぶ。腕を振りかぶって――
目を見開いてその情景を見つめる。言葉を失った。
その手が生んだのは乾いた、きれいな音だった。弾丸のような剛速球が向かってくる。コートの端から端までを瞬き一つの間に走り抜ける。と、それは静かに真ん中に…セッターのいるべき位置にふんわりと返った。日向の仕業ではない。ボールの動きだけに目を奪われていたから忍び込んだ小柄な人物に気が付かなかった。四字熟語の印刷されたシャツを着たその男は腰に左手を当てて、ぐっと右手の親指を立てた。
「いいサーブだ、影山!」
「アザッス…」
「ノヤっさーん!!!おつかれっす!やっぱノヤさんのレシーブすっげー!」
「おーいお前ら、さっさとネット張るぞおおおおおおおおおおぇええええええええええあああ女子がいるううううう?!?!」
坊主頭が乗り込んできて、ボールを拾い、振り返ってなまえにきづいた。三白眼をこぼれんばかりに見開いて、せっかく拾ったボールを落とした。
「うおっマジだ女子がいる!!」
一気に4人の視線が集まった。
「はい…」
「お、お名前はなんですか…コラ」
素早い動きで近寄ったものの、触れないほどの距離を開けている。
ずいぶん取り乱した様子で、丁寧なのか喧嘩を売っているのかわからない話し方。
「苗字 なまえです、…こら?」
「ああああ、田中さん、ノヤっさん、紹介します。同じクラスの苗字 なまえで、今日は見学にきたんです。んでなまえ、田中先輩と、西谷先輩」
二人はそれぞれ日向に名前をよばれたときに元気よく手を挙げた。
「田中龍之介だ」
「西谷夕、俺たち2年な」
「よろしくお願いします。田中先輩、西谷先輩」
後輩の女子からの『先輩』の甘い響きに浮かれている2年コンビをよそにこっそり日向がささやく。
「あの、なまえ、先輩にコラとか言っちゃダメだから!」
「そうなの?ごめん、つい」
「苗字さんは…マネージャー志望?マネージャーになってくれますかコラ?」
「あ、それはまだ…」
「おい日向、ネット張るぞ」
影山が割り込んできて、日向を連れ出そうとする。このままでは2年に食われんばかりに質問攻めにされそうだったので、回避すべくすかさず申し出た。
「私も手伝う」
「じゃあなまえはネット運んでくれる?おれたちポール運ぶから」
「わかった」
「そうだな、俺らも!」
結局みんなでネットを張り、その間にメンバーが続々と体育館に集まってきた。
「潔子さん!今日もお美しいッス!」
「潔子さーん!俺らの女神!」
西谷と田中が目に見えぬ速さでかけより、女性に前のめりで挨拶していた。彼女は両者が見えているのかいないのか、何も言わずにふいと横を通り過ぎた。
「あぁ、潔子さんにガン無視された!」
「クールビューティーたまんねー!」
あの二人は、女性に対してはみんなああいった態度なのだろうか。疑問に思っていると、その女神が目の前にやってきた。流れるような黒髪、縁のない透明なグラスから通して見える長いまつげに縁どられた、やや切れ長ともいえる瞳。眼鏡ですら大人びた雰囲気を増長させ、その美貌をかくしてしまうことがない。
「苗字 なまえさん?」
「はい」
「バレー部マネージャーの清水潔子です。キャプテンからきいたわ。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします、清水先輩」
少し表情を和らげた。
「私もジャージに着替えてくるから、少し待っててくれる?」
「はい」
****
「全員集合!」
烏養監督も、武田先生もそろい、キャプテンから号令がかかった。清水に促されるまま、澤村と清水の間に立たされる。全体的に、なまえを中心にどこかそわそわとしていた。
「武田先生、烏養監督、マネージャー志望の苗字さんです」
ふたりに向かって一礼して、にっこりとしてみせた。
「そうか。がんばってね」
「おう、よろしくな」
「はい、お願いします」
「何人かはもう知ってるようだが、今日見学にきてくれた苗字 なまえさんだ。みんな普段通り、気合入れて練習するように」
ウス!、と全員から力強い声が返ってきて、驚いてしまった。統率されたこの人数の野太い声が重なる様は、動物の威嚇にもにている。隣の清水は涼しい顔で微動だにしていない。さすが、獰猛な2年組を飼いならすしたたかな精神をお持ちの女性だ。横に立っていてもらえるだけで、心強い。
「まずは今日の練習メニューだ」
清水がノートを取り出し、読み上げる。
試合形式の練習の合間に、点数をつけながら清水から選手について説明を受ける。
正セッターは菅原だが、セッター中心に一通りなんでもこなせる影山から始まり、安定したレシーブのできる澤村、守備なら任せろな西谷に対して、高みからスパイクを打てる東峰、緊張する場面でも精神面で力強い田中、そして変人速攻の日向。烏野レギュラーは攻撃特化のチームらしい。これからは守備も伸ばしていかないとね、と清水に選手それぞれの特長を教えてもらい、みんなの癖を見る。
清水の後をついてまわり、言われるがまま動く。
休憩時間になると、みんな息が上がっている。たいていは床にへばって、ドリンク片手にタオルで汗をぬぐっていた。
「それで、どう思う?いまのところのバレー部見てて」
「バレーのこと詳しくはないですけど、見ていてみんな上手…、だと思います。早くて強いボールもレシーブするし、試合形式のときラリーも続いていてすごい。私だったらぜったいできない。みんなの雰囲気もいいです。
でもちょっと、影山くんはバカとかボゲェとか翔陽に言いすぎ。嫌いなの?」
最後の一言でなまえを囲んだ連中が噴き出した。顔を赤くした影山と日向以外。
「確かに。あれでいて仲がいいんだけどな」
菅原がフォローのつもりでつけくわえたが、本人たちが真向から否定する。
「そ「ンなワケねぇッ…ス!」です!」
きっ、とお互いを睨みつけあって、フン!と目をそらす。影山がなまえに口をとがらせながら質問した。
「じゃあ英語でバカとかってなんて言うんだよ」
「英語で?そうだなー…」
目を閉じて、数秒黙った。かと思ったら、変人速攻セッターとスパイカーの二人を見つめる。
「とりあえず二人はバレーではコンビなんでしょう?だったら、Hey Bestie…My Bestie!とかどうかな」
「べすてぃ?それがバカとかアホって意味なのか?」
「うん、まぁね。My Bestieって言ってみて。できるでしょ? Your Majesty」
ニッと歯を見せるなまえを、影山と日向は頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、信じ切った。
「おい日向 My Bestie…か?」
「なんだよ影山 My Bestie!…なんかイイ感じじゃね?英語使うとかかっこいいんじゃね?おおおおおお!」
テンションが上がった二人はその勢いでサーブとレシーブ練習に入った。繰り返しもういっぽん、My Bestie影山! うるせぇちゃんとセッターに返せ日向コラMy Bestie!と合間に叫んでいる。それを見守るなまえは楽しそうで、ただ疑念を持った山口に尋ねられて、肩をすくめた。
「ねぇ苗字さん。Bestieってさぁ…その、意味違うよね?」
「Bestieっていうのは大親友だよ。影山くんと翔陽、ケンカするけど、バレーだと仲良しでしょ?」
月島と山口が噴き出し、口を押えて笑いをこらえている。
「やっぱり、君もいい性格してるよ」
「私は二人に仲良くしてほしかっただけだよ!二人とも楽しそうだしいいじゃない。ほんとにswear word教えてほしいならFでもCでも教えるけど、学校では絶対使わないでね。停学になっちゃうよ」
「Fって…」
言わずもがな、Fから始まる4文字の放送禁止用語である。
「学校とか公共の場では使っちゃダメだよ。もし学校で使ったら校長に親も呼び出されて怒られるくらい。男の子はすぐ興味持つけどさ、気を付けないと。やっぱり良い言葉じゃないから」
それだけは真顔で、冗談抜きで諭されたので山口はうなずいた。
Bestie, Bestieと叫びあう二人の少年を、ほほえましいとみていいのかどうか。
「これは…教えるべきなのか?」
東峰が先輩としての優しさから世話を焼くべきか悩んでいると、菅原がそれを笑顔で止めた。
「このままでいんじゃね?面白いし」
「えぇー…」
**
ひとまず終わりです。
どちらかというと、Buddyのほうが良いのかもしれないけど面白そうだったのでBestieに。
BFF!(Best Friends Forever!)
↓ 谷地さんとご対面
****
日向に連れられて見学に来たが、練習を見ていて時間はあっという間に過ぎた。片付けもすっかり終わって、清水とともに更衣室から出ると、彼女が一緒に帰ろうと誘ってくれた。
「なまえちゃん、よかったら明日もきてくれない?」
「はい、よろこんで」
武田先生からまっさらな入部届の紙を預かっていた。急いで決めなくていいから、と言い添えられて、はいと返事をした。ただ一日二日のことで入部を覚悟することはしたくないけれど、バレー部にはがぜん興味がわいてきてる。
「良かった」
この数時間で一気に知り合いができた。
全員の名前を覚えるのもおぼつかないが、清水とずいぶん近しくなれたことが今日の大きな収穫だと思う。田中と西谷の変な冗談に付き合ったりはしないが、なまえのことをまず無視することはない。どころかとんでもなく優しい。教え方も丁寧だし、ちゃんとこちらのことを考えてくれているのがわかる。
「今日はありがとうございました。清水先輩にはいろいろ教えていただきました」
「ううん、こちらこそありがとう。
ちょっとききたいんだけど、なまえちゃん、もう一人マネージャーがいたらどう思う?」
「私ひとりだと、ちょっと心細いです。誰かいてくれたらそれだけでうれしいです」
「そっか…メンバーも増えたし、後々なまえちゃん一人だと大変だよね。やっぱりまた誰か探そう」
うん、と清水はひとりごちて、両手で拳をつくり、こっそり気合を入れた。
「じゃあ、また明日ね」
「はい、送ってくださってありがとうございました」
百合の花のように可憐に歩き去る姿を、また身近で見れるのだなぁ、と家のドアを閉じた。明日は何が起こるのだろう、とわくわくする。
**
翌日早速、清水が背後に連れてきた小柄な人物に、なまえは目を見開いて、嬉しさに輝かせた。入口付近に立っていたなまえが、まっさきにふたりを迎え入れる。
「今日は顔見せだけなんだけど、谷地 仁花ちゃん。こっちは苗字 なまえちゃん。二人とも1年生だね。マネ志望同士仲良くね」
「谷地さん。 Nice to meetya!」
「ナイストゥミーチュー?」
交わされた握手には、好意が思い切り込められていた。なんだかこのぐいぐいくる感じ、日向と似ている。でも、こちらはもうすこし柔らかい。日向が真夏にさんさんと降り注ぐ直射日光なら、彼女はもっと春の日差しくらいのやわらかさ。
「なまえって呼んで」
「シャチッ?!」
なまえの迫るような笑顔に押されて、変な返事をしてしまった。
「しゃち?」
「ううん!苗字さ…、なまえ…ちゃん?」
「うん、仁花ちゃん、一緒にがんばろうね!私も昨日見学にきたばっかりなんだ」
「そうなんだ…はい、ガンバリマス」
引き気味というか、どこかおびえているような姿に、なまえは首を傾げた。
「みんな、ちょっといい?」
声を張り上げた清水に、男衆がバタバタと集合する。囲まれて恐怖に震える谷地。もともと人見知りなのかしら、と彼女をほほえましく見守った。
****
ほんとの終わりです。
読んでくださりありがとうございました。
「なまえ、コイツがセッターの影山」
「影山飛雄?じゃあ君が?
Wow, It's a pleasure to mee you, Your Majesty!
私はなまえです」
目の前の相手が何と言っているのか、全く理解できなかった。たまに日本語でも不自由することはあるが、いまのは発音としても日本語ではなかった。
「…なまえ?」
かろうじて最後に名前を名乗ったのがききとれたので、それだけ聞き返した。好意的な態度とはうらはらに、彼女はさも軽やかに爆弾を落としてしまった。
「えっと、君が『王様』なんでしょう?翔陽が言ってた」
ぽかん、と口を開けて質問すら返せずにいると、日向が何かコートでしくじったときのような顔をしていた。
「おい日向ボゲェッ!!なに人に教えてんだ!!」
カッとなって右手を突き出し、日向の頭をバレーボールさながら渾身の握力を持ってして罰を与える。自身がつけられたそのあだ名を心底嫌っていることは明白にしており、この馬鹿も身を染みて理解しているはずなのに。手の中で奴は歯を食いしばって痛みに耐えている。
「いでででででっ!!違っおれ、言った!ちゃんとなまえに教えた!王様って呼んじゃダメって!」
「えっごめんね。トビオ、ショウヨ、ケンカダメだよ!」
見知らぬ女子に急に下の名前で呼ばれて、驚いてつい力を緩めてしまった。日向がするりと抜けて捕まらないように引いた。
「ごめんなさい、トビオ」
「…勝手に名前で呼んでんじゃねぇよ」
吐き捨てるように低くつぶやくと、彼女ははっと目を瞠って、頭を下げた。
日向は影山の女の子に対してその殺人者のような目を差し向けるなんて、とあわあわしていたが、恐ろしくて止められなかった。
「まだ慣れなくて。ごめんね、影山くん」
素直に間違いを正してくれた。わざと王様と呼んだわけでも、初対面との相手とのとるべき距離を間違えて下の名前を使ったわけでもなさそうだ。
それよりどういう意味だろう、まだ慣れない、とは。
「もう影山くん変なあだ名で呼ばないから。ショウヨも、ごめんね」
「いや、おれはいいよ。なまえわざとじゃないんだし仕方ないって」
「ありがとう、翔陽」
ほっとして、日向に笑顔を向ける。それから影山くん、と改めて彼女は自己紹介を始めた。
「私、しばらく英語環境にいて、日本語少しわからないの。気分悪くさせてごめんなさい」
「…英語って、海外にいたのか」
「うん。でも、かっこいいと思うけどな。あだ名。影山くん堂々としてるし、似合ってるよ。 Your Majesty」
「なんだ、そのゆあまじぇすてぃっての。さっきもなんて言ってたんだ?」
「Your Majestyっていうのは、王様とか陛下に対する呼びかけ。
It's a pleasure to meet youでお会いできて光栄です、陛下ってカンジかな」
「ヘイカ…コウエイ…」
ヘイカの漢字すら思い出せず、もやっとする。
「ねぇなまえ、王様はキングじゃないの?」
「位の名称としてはね。直接話しかけるときには、Your Majestyとかなの」
「マジで?」
「王様がやだなら、Your Highness, My Lordもいいんじゃないかな」
意味は同じでも、異国の言葉となればこんなにも響きが変わるとは。加えて彼女は、侮蔑の意味で王様に成り代わる言葉を影山にかけているわけでは決していなかった。きっと、その不名誉なあだ名の由来を知らないであろうことはほぼ間違いない。そう思いいたると、怒りは尾を引くことはなかった。日向は関心したようになまえのことを尊敬の目で見つめる。
「へー。いっぱい呼び名あるんだな。すげー」
「日本語もあるでしょ?一人称も二人称も。私、僕、俺、君、あなた、貴様…?英語だとたいてい I と you で済んじゃう」
「ん、んー…そっか。そう言われれば、たくさんあるかも」
「影山くんは、どっちがいい?」
「どれもよくわかんねぇ。から、どれだっていい」
「ほんと?じゃあ、たまになら呼んでもいい?」
「お、おう…」
にこっと飾り気のない笑顔が輝く。彼女のそれは少し、なんというか、迫力がある。押し付けるものではない。作り物ではない。そして心に強く残る。
「お前、苗字は?」
「なまえ、って名前で呼んでよ。苗字呼ばれるの、ちょっと苦手なんだ」
「じゃあ、なまえさん」
「さんも要らないよ。翔陽も呼び捨てだもんね」
「うん。あっ、そうそう、なまえが今日部活見学にくるから。それ言いにきたんだ」
「なまえ…は、マネ志望か?」
数分前まで赤の他人だった女子をいきなり呼び捨てにするのもためらわれたが、本人がそうしてくれというのだからと呼んでみる。彼女は一切気にも留めていない様子で、会話を続けた。
「まだわかんない。とりあえず見学だけ。翔陽が誘ってくれたから」
「先輩もみんなイイ人だし、なまえがマネになってくれると嬉しい」
「うん」
「じゃあそろそろ3年の先輩に挨拶しにいこ!」
「Yes, Sir! 影山くん、さっきは本当にヤダだったでしょ?ごめんね」
一瞬、うなずきかけて、違和感を覚える。微妙に日本語が不自由なのか、意識的にしているのか。
「お、いや、もういい」
「うん、影山くんがヤダなの、もうしないから。じゃあまたね!」
そう元気よく手を振って、日向についていってしまった。
ヤダだったの…、ヤダなのもうしないから。
なぜだかそのフレーズだけが頭の中で繰り返されて、彼女のイメージをかためてしまった。気が抜けるというか、意表を突かれるというか。少しだけ、かわいいと思ってしまったのは、誰にも教えられないだろう。
なまえが放課後部活を見学にくるときいて、緊張にも似たものが残り、午後の授業は珍しく眠らずにいた。内容はさっぱり頭に入ってこなかったが。
****
「澤村、1年がきてるぞ」
クラスメイトに呼ばれて、廊下にでると、日向がキャプテン!といつものように高いテンションで挨拶する。なんだ、一年って日向のことだったか、と疑問が解けるのもつかの間、隣に並ぶ姿に驚く。なんだかんだ言って、いつも影山と一緒な気がしたから。その人物は影山とはいろんな意味で正反対な姿をしていた。
「どうした日向、女子連れて」
「はい!今日部活に見学に連れてきたいんですけど、同じクラスのなまえ…っと、苗字 なまえさん」
「苗字 なまえです。初めまして」
「どうも、キャプテンの澤村大地です。ということは、苗字さんはマネージャー志望かな」
「まだ決めてないですけど、見学だけお願いできますか?」
「もちろん、じっくり部の様子を見てゆっくり考えて決めてもらえればいいから、気負わずにきてくれ」
「ありがとうございます、大地センパイ」
やはり名前呼びするなまえに、横からすかさず訂正が入った。
「なまえ、澤村先輩っだよっ」
「え、あっ、ごめんなさい、澤村先輩」
あまり突っ込まれなかった。おいおい経歴も別な機会に説明できるとしていいだろう。
「いや、いいよ。他の3年メンバーには俺から話しておくから」
「ありがとうございます」
「あざっす!」
頭を下げる日向に倣って、なまえはもう一度言い直した。
「…あざっす!」
女子の声で乱雑な挨拶を繰り返されて、日向も澤村もびっくりしてしまった。なぜか日向があせってなまえを注意する。
「いやっ、なまえはおれの真似しなくていいんだよ」
「そうなの?それいいなって思って」
「ははっ…なんだお前ら。影山と日向もいいコンビだと思ったが、苗字さんと日向も面白いな」
「えぇー。いや、これはその」
「なんか嬉しいな」
「ほら、もう昼休み終わっちまうからまた放課後な」
「はい」
「ウスっ!」
澤村は教室に戻っていく。
「武ちゃん先生にも挨拶しときたかったんだけど、時間ねー。休み時間にいけるかな?」
「タケちゃん先生?」
「あぁ、武田先生って、バレー部の顧問なんだ。部活にきたときでいいかな。きっと良いって言ってくれるし」
言っているそばからチャイムが鳴り響き、昼休み終わりを告げる。
「ヤベッ、なまえ、急ごう!」
「うん!」
授業には間に合ったが、結局武田先生は次の合間にも捕まえられなかった。
****
「部活おーくーれーるー!!」
少し長引いたHRの終了直後、飛び出すようにして体育館に向かって走る日向が、ときおり足を止めて、追いついてくるなまえをちらちらと見る。
授業中とは違う表情に、いますぐにでもボールに触りたい、とでもいう焦り。ほんとうに日向はバレーへの愛を全身で表現している。
「ごめんね翔陽、先に行ってていいよ。私遅いし」
「いや、おれがなまえ連れてくって言ったんだから、いっしょ行かないと」
体育館前にようやく着くと、翔陽はその場で駆け足をしながらなまえに短い別れを告げる。
「おれ、部室で着替えてくるから。じゃあね!」
「Copy that!」
風のように去るちいさな姿にくすりと笑った。肩から下がる鞄を持ち直して、体育館の扉を開ける。遅刻と騒いでいたわりには、がらんとしたそこに、いくつかのバレーボールが転がっていた。一定の間隔で、ボールが打ち返される音が響く。一瞬、声をかけるのをためらった。
まあるい頭をした黒髪の彼は、しなやかに動く腕で、そこでただ一人壁打ちをしていた。
「影山くん」
「なまえか。おつかれ」
返ってきたボールを片手に収めて、なまえに目を向けた。
「おつかれさま。影山くん一番なんだ」
「おう。日向は」
「いま部室行ってるよ。私着替えてくる」
「…おう」
手を挙げると、すぐにまたボールの反響が背中にきこえてくるようになった。
誰も来ないうちから体育館でああして真っ先にボールに触れて練習を始めるとは、影山も日向に負けず劣らずバレー好きのようだ。
****
ジャージに着替えてコート側に戻ると、見慣れたオレンジ頭がすでにそこにいて、レシーブの練習をしていた。
影山のサーブはきれいな線を描いて日向に向かうが、レシーブされたボールは前後左右に散らばる。たまにちゃんと上にあがって、たまに顔面でも受ける。
「えっ」
思わず声を漏らしたが、ふたりにはきこえなかったらしい。
「バーカ。顔面で受けてんじゃねぇよ」
日向は悔しそうにうなって、もういっぽん!と叫ぶ。
影山が後ろに下がり、ぽーん、と高くボールを投げた。そこから軽く駆けるように中心に向かい、ぐっと足を曲げ、飛ぶ。腕を振りかぶって――
目を見開いてその情景を見つめる。言葉を失った。
その手が生んだのは乾いた、きれいな音だった。弾丸のような剛速球が向かってくる。コートの端から端までを瞬き一つの間に走り抜ける。と、それは静かに真ん中に…セッターのいるべき位置にふんわりと返った。日向の仕業ではない。ボールの動きだけに目を奪われていたから忍び込んだ小柄な人物に気が付かなかった。四字熟語の印刷されたシャツを着たその男は腰に左手を当てて、ぐっと右手の親指を立てた。
「いいサーブだ、影山!」
「アザッス…」
「ノヤっさーん!!!おつかれっす!やっぱノヤさんのレシーブすっげー!」
「おーいお前ら、さっさとネット張るぞおおおおおおおおおおぇええええええええええあああ女子がいるううううう?!?!」
坊主頭が乗り込んできて、ボールを拾い、振り返ってなまえにきづいた。三白眼をこぼれんばかりに見開いて、せっかく拾ったボールを落とした。
「うおっマジだ女子がいる!!」
一気に4人の視線が集まった。
「はい…」
「お、お名前はなんですか…コラ」
素早い動きで近寄ったものの、触れないほどの距離を開けている。
ずいぶん取り乱した様子で、丁寧なのか喧嘩を売っているのかわからない話し方。
「苗字 なまえです、…こら?」
「ああああ、田中さん、ノヤっさん、紹介します。同じクラスの苗字 なまえで、今日は見学にきたんです。んでなまえ、田中先輩と、西谷先輩」
二人はそれぞれ日向に名前をよばれたときに元気よく手を挙げた。
「田中龍之介だ」
「西谷夕、俺たち2年な」
「よろしくお願いします。田中先輩、西谷先輩」
後輩の女子からの『先輩』の甘い響きに浮かれている2年コンビをよそにこっそり日向がささやく。
「あの、なまえ、先輩にコラとか言っちゃダメだから!」
「そうなの?ごめん、つい」
「苗字さんは…マネージャー志望?マネージャーになってくれますかコラ?」
「あ、それはまだ…」
「おい日向、ネット張るぞ」
影山が割り込んできて、日向を連れ出そうとする。このままでは2年に食われんばかりに質問攻めにされそうだったので、回避すべくすかさず申し出た。
「私も手伝う」
「じゃあなまえはネット運んでくれる?おれたちポール運ぶから」
「わかった」
「そうだな、俺らも!」
結局みんなでネットを張り、その間にメンバーが続々と体育館に集まってきた。
「潔子さん!今日もお美しいッス!」
「潔子さーん!俺らの女神!」
西谷と田中が目に見えぬ速さでかけより、女性に前のめりで挨拶していた。彼女は両者が見えているのかいないのか、何も言わずにふいと横を通り過ぎた。
「あぁ、潔子さんにガン無視された!」
「クールビューティーたまんねー!」
あの二人は、女性に対してはみんなああいった態度なのだろうか。疑問に思っていると、その女神が目の前にやってきた。流れるような黒髪、縁のない透明なグラスから通して見える長いまつげに縁どられた、やや切れ長ともいえる瞳。眼鏡ですら大人びた雰囲気を増長させ、その美貌をかくしてしまうことがない。
「苗字 なまえさん?」
「はい」
「バレー部マネージャーの清水潔子です。キャプテンからきいたわ。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします、清水先輩」
少し表情を和らげた。
「私もジャージに着替えてくるから、少し待っててくれる?」
「はい」
****
「全員集合!」
烏養監督も、武田先生もそろい、キャプテンから号令がかかった。清水に促されるまま、澤村と清水の間に立たされる。全体的に、なまえを中心にどこかそわそわとしていた。
「武田先生、烏養監督、マネージャー志望の苗字さんです」
ふたりに向かって一礼して、にっこりとしてみせた。
「そうか。がんばってね」
「おう、よろしくな」
「はい、お願いします」
「何人かはもう知ってるようだが、今日見学にきてくれた苗字 なまえさんだ。みんな普段通り、気合入れて練習するように」
ウス!、と全員から力強い声が返ってきて、驚いてしまった。統率されたこの人数の野太い声が重なる様は、動物の威嚇にもにている。隣の清水は涼しい顔で微動だにしていない。さすが、獰猛な2年組を飼いならすしたたかな精神をお持ちの女性だ。横に立っていてもらえるだけで、心強い。
「まずは今日の練習メニューだ」
清水がノートを取り出し、読み上げる。
試合形式の練習の合間に、点数をつけながら清水から選手について説明を受ける。
正セッターは菅原だが、セッター中心に一通りなんでもこなせる影山から始まり、安定したレシーブのできる澤村、守備なら任せろな西谷に対して、高みからスパイクを打てる東峰、緊張する場面でも精神面で力強い田中、そして変人速攻の日向。烏野レギュラーは攻撃特化のチームらしい。これからは守備も伸ばしていかないとね、と清水に選手それぞれの特長を教えてもらい、みんなの癖を見る。
清水の後をついてまわり、言われるがまま動く。
休憩時間になると、みんな息が上がっている。たいていは床にへばって、ドリンク片手にタオルで汗をぬぐっていた。
「それで、どう思う?いまのところのバレー部見てて」
「バレーのこと詳しくはないですけど、見ていてみんな上手…、だと思います。早くて強いボールもレシーブするし、試合形式のときラリーも続いていてすごい。私だったらぜったいできない。みんなの雰囲気もいいです。
でもちょっと、影山くんはバカとかボゲェとか翔陽に言いすぎ。嫌いなの?」
最後の一言でなまえを囲んだ連中が噴き出した。顔を赤くした影山と日向以外。
「確かに。あれでいて仲がいいんだけどな」
菅原がフォローのつもりでつけくわえたが、本人たちが真向から否定する。
「そ「ンなワケねぇッ…ス!」です!」
きっ、とお互いを睨みつけあって、フン!と目をそらす。影山がなまえに口をとがらせながら質問した。
「じゃあ英語でバカとかってなんて言うんだよ」
「英語で?そうだなー…」
目を閉じて、数秒黙った。かと思ったら、変人速攻セッターとスパイカーの二人を見つめる。
「とりあえず二人はバレーではコンビなんでしょう?だったら、Hey Bestie…My Bestie!とかどうかな」
「べすてぃ?それがバカとかアホって意味なのか?」
「うん、まぁね。My Bestieって言ってみて。できるでしょ? Your Majesty」
ニッと歯を見せるなまえを、影山と日向は頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、信じ切った。
「おい日向 My Bestie…か?」
「なんだよ影山 My Bestie!…なんかイイ感じじゃね?英語使うとかかっこいいんじゃね?おおおおおお!」
テンションが上がった二人はその勢いでサーブとレシーブ練習に入った。繰り返しもういっぽん、My Bestie影山! うるせぇちゃんとセッターに返せ日向コラMy Bestie!と合間に叫んでいる。それを見守るなまえは楽しそうで、ただ疑念を持った山口に尋ねられて、肩をすくめた。
「ねぇ苗字さん。Bestieってさぁ…その、意味違うよね?」
「Bestieっていうのは大親友だよ。影山くんと翔陽、ケンカするけど、バレーだと仲良しでしょ?」
月島と山口が噴き出し、口を押えて笑いをこらえている。
「やっぱり、君もいい性格してるよ」
「私は二人に仲良くしてほしかっただけだよ!二人とも楽しそうだしいいじゃない。ほんとにswear word教えてほしいならFでもCでも教えるけど、学校では絶対使わないでね。停学になっちゃうよ」
「Fって…」
言わずもがな、Fから始まる4文字の放送禁止用語である。
「学校とか公共の場では使っちゃダメだよ。もし学校で使ったら校長に親も呼び出されて怒られるくらい。男の子はすぐ興味持つけどさ、気を付けないと。やっぱり良い言葉じゃないから」
それだけは真顔で、冗談抜きで諭されたので山口はうなずいた。
Bestie, Bestieと叫びあう二人の少年を、ほほえましいとみていいのかどうか。
「これは…教えるべきなのか?」
東峰が先輩としての優しさから世話を焼くべきか悩んでいると、菅原がそれを笑顔で止めた。
「このままでいんじゃね?面白いし」
「えぇー…」
**
ひとまず終わりです。
どちらかというと、Buddyのほうが良いのかもしれないけど面白そうだったのでBestieに。
BFF!(Best Friends Forever!)
↓ 谷地さんとご対面
****
日向に連れられて見学に来たが、練習を見ていて時間はあっという間に過ぎた。片付けもすっかり終わって、清水とともに更衣室から出ると、彼女が一緒に帰ろうと誘ってくれた。
「なまえちゃん、よかったら明日もきてくれない?」
「はい、よろこんで」
武田先生からまっさらな入部届の紙を預かっていた。急いで決めなくていいから、と言い添えられて、はいと返事をした。ただ一日二日のことで入部を覚悟することはしたくないけれど、バレー部にはがぜん興味がわいてきてる。
「良かった」
この数時間で一気に知り合いができた。
全員の名前を覚えるのもおぼつかないが、清水とずいぶん近しくなれたことが今日の大きな収穫だと思う。田中と西谷の変な冗談に付き合ったりはしないが、なまえのことをまず無視することはない。どころかとんでもなく優しい。教え方も丁寧だし、ちゃんとこちらのことを考えてくれているのがわかる。
「今日はありがとうございました。清水先輩にはいろいろ教えていただきました」
「ううん、こちらこそありがとう。
ちょっとききたいんだけど、なまえちゃん、もう一人マネージャーがいたらどう思う?」
「私ひとりだと、ちょっと心細いです。誰かいてくれたらそれだけでうれしいです」
「そっか…メンバーも増えたし、後々なまえちゃん一人だと大変だよね。やっぱりまた誰か探そう」
うん、と清水はひとりごちて、両手で拳をつくり、こっそり気合を入れた。
「じゃあ、また明日ね」
「はい、送ってくださってありがとうございました」
百合の花のように可憐に歩き去る姿を、また身近で見れるのだなぁ、と家のドアを閉じた。明日は何が起こるのだろう、とわくわくする。
**
翌日早速、清水が背後に連れてきた小柄な人物に、なまえは目を見開いて、嬉しさに輝かせた。入口付近に立っていたなまえが、まっさきにふたりを迎え入れる。
「今日は顔見せだけなんだけど、谷地 仁花ちゃん。こっちは苗字 なまえちゃん。二人とも1年生だね。マネ志望同士仲良くね」
「谷地さん。 Nice to meetya!」
「ナイストゥミーチュー?」
交わされた握手には、好意が思い切り込められていた。なんだかこのぐいぐいくる感じ、日向と似ている。でも、こちらはもうすこし柔らかい。日向が真夏にさんさんと降り注ぐ直射日光なら、彼女はもっと春の日差しくらいのやわらかさ。
「なまえって呼んで」
「シャチッ?!」
なまえの迫るような笑顔に押されて、変な返事をしてしまった。
「しゃち?」
「ううん!苗字さ…、なまえ…ちゃん?」
「うん、仁花ちゃん、一緒にがんばろうね!私も昨日見学にきたばっかりなんだ」
「そうなんだ…はい、ガンバリマス」
引き気味というか、どこかおびえているような姿に、なまえは首を傾げた。
「みんな、ちょっといい?」
声を張り上げた清水に、男衆がバタバタと集合する。囲まれて恐怖に震える谷地。もともと人見知りなのかしら、と彼女をほほえましく見守った。
****
ほんとの終わりです。
読んでくださりありがとうございました。
5/16ページ