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「なー今日坂ノ下商店寄ってく?腹減ったー」
部室で汗まみれになった練習着をとっぱらいつつ、日向が尋ねた。
「俺パス」
「日向のおごりなら行く」
「俺もー」
「お前らふざけんな!…っておい、影山大丈夫か?なんかあった?」
パス、と言ったきり青いケータイ片手に固まる影山に恐るおそる声をかけるが、気のせいか青ざめた険しい顔は晴れない。
肩掛けバッグに畳みもせず荷物を詰め込んで、先輩にお疲れっした!と頭を下げて部室を出る。
「あっ影山てめー!校門くぐるのはおれが先だかんな!お疲れっした!」
なぜかくだらないことに対抗心を燃やして、二人で勝負する。
「いまは勝負してるわけじゃねーんだよついてくんな!」
全速力で引き離そうとするが、そこは日向、食いついてくる。
「ボゲェ日向ボゲェ!!」
校門の前に見慣れないシルエットが立っている。こちらを見て、手を上げた。
「とびおー。早かったね」
「ぅげっ、なまえ…」
「影山に女の子の知り合い?!」
二人とも肩で息をあげていると、ペットボトルの水を差し出された。
「はい、飛雄…と、赤毛くんにも」
「え、いいの?あざっす!!」
新品の蓋を開けて遠慮なくいただく。
呼吸を整えたところでふと隣を見上げると、影山の手には、日向に向けられたペットボトルではなく、透明な水筒に、切り分けられたフルーツが浸されたものが握られており、もう口をつけて飲み干す勢いだ。市販のものではない、手のかかった一品。
「元気良いねー。じゃあ肉まんおまけしちゃお。飛雄はカレーまんね」
紙袋から出されたほかほかの肉まんを見て、日向は簡単に復活した。
「やったー!あざっす!いただきます!!」
「サンキュ…」
影山はまず水を飲んで、素直に礼を言った。しかし日向を恨めしそうに見ている。
「あの、影山の知り合いですか…?」
もぐもぐ、ゴックンと擬音語が聞こえそうなくらい気持ちよく肉まんにパクついて、日向はきいた。
影山とその女子は向かい合って、影山がヤベっ、という顔をし、反対に彼女は静かに見つめている。
あ、横顔の線がそっくり。そういえば眉毛の形も、唇の薄さも似通っている。ただ目だけはもっと柔らかい。
「いいから、なまえ、帰るぞ」
「なんで?ちゃんと自己紹介させてよ。飛雄のお友達でしょ?」
「ただの部活仲間だ」
「そう、君もバレー部なのね。私は飛雄の姉のなまえといいます。いつも飛雄が迷惑かけてます。君はえぇと、ヒナタくん?」
「はい!日向翔陽です」
「やった、合ってたー。元気がいいってきいてたけど、ほんとだねぇ」
「影山の…お姉さん…」
急にもじもじしだした。なんだコイツ、と影山が怪訝な表情をする。清水に話しかけられてどもっているときと同じ。
「せっかくだから日向くんも一緒に帰ろうよ」
「あっおれ、チャリとってきます」
その存在すら忘れていた。慌てて引き返し、自転車置場へと走り去ってしまう。
「わー、速い」
「なまえ、あいつは置いてて良いから帰ろうぜ」
「もーお腹空いてイライラするのもわかるけど、ほんの数分くらい待ってなきゃ。カレーまんあげたでしょ」
「さっき日向にやった肉まん、ほんとは俺のだったんだろ」
「それはそうだけど…やだ、飛雄そんなことで怒ってたの?仕方ないなぁ、また今度買ってあげるわ。だから日向くんに当たっちゃダメよ?」
「約束だからな」
「もちろん」
その言葉で満足したのか、まげかけた機嫌を直した。
「で、なんで急に俺の学校まできたんだよ」
「メールしたじゃない。バイト早く終わったから飛雄のお迎え行くねって。ちょうど部活終わるころかなーって。飛雄の通う烏野高校見てみたかったし。差し入れまで買ってきたのよ?」
そのありがたい差し入れは、とっくに飛雄の胃の中に収まっている。が、これっぽっちではとてもじゃないが足りない、と腹の虫が暴れそうだ。
「俺の迎えとかしてねーでまっすぐ帰れよ。もう暗いだろ」
「かわいい弟が行き倒れないで帰ってくるか心配なのよ」
「ボゲェ、なまえのほうが危ないだろ」
「遅くなったら、お迎えきてくれる弟がいてくれるから安心ですー。だから今日は逆に私がお迎えきちゃった」
ふふ、と勝気に笑うと飛雄が行き場のないストレスを発散させるため、聞こえるようにため息をついた。
事の発端はなまえがバイトを始めたことにある。あるときたまたま夕方のシフトになって、遅くなったときに母に言われてなまえをバイト先まで迎えに行った。その日なまえは大げさに喜んで、夜食を奮発してくれた。
それ以降、なまえがバイトでたまに遅くなるときには、頼まれずとも迎えに行くことにしている。そのときなまえは必ず寄り道して、弟におやつや飲み物を奢ってやるのが習慣になっていた。それが目当てといっても間違いはないが、根本的にはなによりなまえが女性であり、夜道を一人で歩かせるのがなんとなく良い気がしないから、というのもある。
****
「すんません、お待たせして」
カラカラと車輪の回る音をさせながら、日向が手で自転車を押してきた。謝罪に首を振る。
「いいえ、忘れ物はない?」
「ないっす!」
気持ちの良い答えになまえはにっこりした。
その反応は、ほんとにぜんぜん、弟とは違う。これで彼らは半分同じ遺伝子を持っているのかと疑いたくなる。
「お姉さんは、バレーするんですか?」
「私?私はね…飛雄ってバレー上手いでしょう」
答えるのが億劫そうには見えないが、はぐらかすように話を進められた。
本人を目の前にして褒めるのも癪だが、いやいや肯定する。
「ムカつくほど上手い…です」
バレーの技術に飽き足らず、体格にもめぐまれている。彼はきっと、バレーの神様にでも愛されているのだろう。
「あはは、飛雄はバレーだけはすごいからね。私が小さいころに、私が持ち得る限りの運動の才覚を、全て飛雄にあげてくださいって神様にお願いしたの」
「えっ…お姉さん優しいッスね」
ここに月島がいればきっと冷酷に日向の頭の悪さを指摘するのだろうが、残念ながら突っ込む者はいない。
「きっとね、私はお母さんのお腹の中に、運動神経を置いてきちゃったんだよ。飛雄にあげるために」
そんなことは現実にありえないだろう。だがしかし影山のバレーへの才能はそれを裏付けるかのように目覚めている。逆に社交性などは犠牲にしたか置き去りにしたかのようだが。
「ね、飛雄」
「…知るか」
冷たい態度にも、けらけらと笑っているなまえは懐が広いな、と日向は感心した。おれだったらとびかかってる。
「あ、じゃあおれ、こっからチャリに乗るんで」
「そう。暗いから車に気を付けてね」
「うす。じゃーな影山、また明日」
「おう」
日向とあっさりと別れたのち、なまえはご機嫌だった。飛雄が日向と帰り道をともにするくらい、仲良くしている事実に顔がにやけるのを隠しきれない。中学のころとは違い、飛雄を理解してくれる友達がいてくれることが嬉しかった。
晩御飯なんだろうね、とか話しかけてくるなまえを上の空できく飛雄だったがなまえは今日一緒に帰れて良かった、とそればかりだった。
****
バレーを始めたくらいのころから、飛雄はそれはそれは毎日が楽しそうで、バレーに夢中になっていた。姉にもねだって、練習相手にもよく付き合わせていた。そんなときにレシーブでのラリーを声を出して数えながら、なまえは質問したのだ。
「飛雄、バレー好き?」
「大好き!楽しい!」
息をきらせながら、ラリーを続ける飛雄。
「バレーもっと上手になりたい?」
「なりたい!もっとでっかくなって、スパイク打てるようになって、勝ちたい!」
「わかった。じゃあおねえちゃんのぶんの運動能力、ぜーんぶ飛雄にあげる!」
「良いの?ありがとうおねえちゃん」
日を重ねるごとにレシーブだったり、サーブだったりがうまくなる小さな弟。その成長をそばで見守ることはなまえの喜びだった。
その日、私はかわいい弟のため、神様に祈った。
飛雄の背がぐんぐん伸びて、大好きなバレーが、もっともっと上手になって、できるだけたくさん勝たせてあげてくださいと。
不思議なことに、それまで人並みにはあったはずの運動神経は私の体から徐々に抜け出すように、私はにぶくなっていった。
まっすぐ純粋な瞳の飛雄を回想して、幸せに浸った。いまでもかわいいには変わりないが、あの頃は身長もなまえより低く、声もかわいらしかった。それがたった一、二年の間に身長を追い越され、声変わりを経て、もうあの頃のように『おねえちゃん』とは呼んでくれなくなった。
もともと飛雄のようにバレーに身を捧げたように熱中することもなかったので、私としては一向に構わなかった。ただ飛雄が愛おしくてあんなことを言っただけ。
****
あれはバレーを始めて間もないころ、いま思えば姉は冗談だったのだろうが、姉は、姉の運動の才能を全て俺にくれると言った。
それからというもの、姉はスポーツが下手になった。いや実際、運動をすることをやめたから下手になったのか、下手になったからあらゆる運動を諦めたのかわからない。
とにかく、代わりに俺の身長は面白いように伸び、練習すればするほどバレーの技術が身についた。俺はバレーにのめり込んだ。中学の終わりしてほぼ完成されたトス回しができるほどに。
ただ単に男女の成長の差なのかもしれない。姉はバレーに打ち込む俺を心から応援してくれはいたが、元から自らがスポーツをすることに興味を示していなかったから、衰えるのも自然だったんだろう。
支えてくれる姉に感謝こそすれ負い目など感じてはいない。が、バレーに負担のない範囲で姉の助けになることならばできうる限りするようにはしている。バイトの送り迎えだとか、荷物持ちだとか。
ささいなことだ。
****
そしてある日の練習試合。
「日向くん!」
「影山のお姉さん、のなまえさん。影山呼んできましょうか?」
練習試合場所の体育館に烏野チームで着いて、みんなで荷物を降ろしているところだった。扉のところで遠慮がちに手招きされて、カバンを壁際に置いて駆けよる。
きょろきょろと影山の姿を探してみわたす。
「ううん、いいの。応援にはきたけどね。日向くん、いまちょっと時間ある?」
先に着替えはさっさと済ませてしまったが、アップまではまだ余裕がある。
「あ、はい。おれに用っすか?」
「ちょっとお話したいだけ。あっち行こう」
自販機の前に連れていかれて、好きなの選んで良いよ、と爪の伸びた指が硬貨を投入していくのを目を見開いて眺めていた。ほら、と急かされて礼を告げる。紙パックが取り出し口に落ちてきたところを、すかさずなまえが拾って日向に渡す。
「日向くん、いつも飛雄とバレーしてくれてありがとう」
「オスっ、いや…え?」
返事しつつも、バレーをすることに感謝されてまず驚いた。なまえはその反応に目を細めて、自分のぶんのドリンクを購入した。
ちょっと座れるところ行こうか、と椅子が設置されている待合室のような場所に移動して、日向となまえは飲み物に口につけた。
「飛雄はね、高校入る前元気なかったんだ。第一志望の高校受験落ちたからかなって思ってたけど、その前に中学の同級生となにかあったみたい。」
弟の試合を応援しによく行った。中学3年のあの試合のときも。体育館の二階からでも飛雄は目立った。
よくイライラしてチームメイトに叫ぶ姿があった。結果、飛雄があげたトスは、誰の手にも渡らなかった。ベンチに下げられて、試合は終わってしまった。
あのとき何と言葉をかけるのが正しかったのか、いまでもわからない。彼の苛立ち、痛み、悲しみ、苦しみ、失望も、想像のうちでしかない。
それで何か決定的に彼らの内に溝を深めてしまったのだとわかったが、飛雄は姉に何も言わず、またバレーを辞めることをしなかったので、和解したのかと思ってしまっていた。
バレーに関しては自信があるぶん、他人にも妥協を認められない難儀な性格をしているため、衝突は避けられないことだった。
「強いから孤立したって平気だっただろうけど、やっぱり大好きなバレーを思ったようにできないのが辛かったんじゃないかな。
物事はっきり言うし、そもそも口が悪いから勘違いされちゃうことも多いんだけど、ただ単純に素直な子なの。
いまは烏野のみんなとバレーできて、ほんとに楽しそうにしてるのが私も嬉しいの。これからも飛雄をよろしくね」
「影山のこと、そんな風に言う人初めて見ました…お姉さんめちゃくちゃ優しいですね。天女ですか?」
ああそうだ、清水先輩は他には目もくれない上だけを見上げる女神って雰囲気だけれど、この人は少し流し目をして周囲を伺う和風な天女という言葉が似合う。
「え、どういうこと?飛雄って学校でどう見られてるの?」
「いやあいつ愛想わる…なにかと一言多…あの、えーと…あんま人と話そうとしないし、かと思ったらズバズバ言ってくるからよく読めねぇっていうか」
「うん、日向くんの正直なとこ、良いと思うよ」
愛想が悪いも、一言多い、もしっかりきこえていた。それらを否定するつもりはない。
「飛雄がむすーっとしてるのはね、頭の中でいろいろ考えてるからだよ。最後の結論だけ口に出したりするから、けっこうズバっと言ってるように聞こえるんだよね。ごめんね」
ときに素直すぎて言わなければ良いことすら口にしてしまう影山。端的に言葉を発するため誤解を生むことも多い。
だがどんなに悪評があろうと、なまえにとってはかけがえのない弟。
「お姉さんに謝ってもらうことじゃないっす」
そう言うとなまえは顔をほころばせた。
かといって影山が彼女のように腰低く謝罪する姿も想像しただけで鳥肌が立つ。
****
「おい日向ボゲェ、また腹こわしてんのかいい加減にしろ。そろそろアップとる…なまえ?」
噂をすれば、当人がやってきた。
明るい色をした頭をめがけて、影山は軽く罵声を飛ばす。
「げっ、影山…」
なまえはそれをきいて眉を寄せた。
「なに飛雄、体調壊した人にそんなこと言うの?」
「コイツのは違ぇ。緊張しすぎなだけだ。チキンすぎんだよ」
「そんな言い方ないでしょ!」
これが姉弟喧嘩というものか。日向も妹を怒らせたり、自分が妹の言動によって不機嫌になることはあるが、こんな風には、物心がやっとついたかつかないかの妹相手に本気になったりしない。
中心で、両側の押収にハラハラしてしまう。
「友達には優しくしなさいよ」
「はぁ?トモダチ?」
ますますヒートアップしそうなところを遮って、影山の背をぐいぐいと押して、なまえから引き離す。
「その、影山に気つかわれるのもおれ、嫌なんで…いいっす。じゃ、アップいってきます!」
「そか、いよいよだね。日向くんがんばって!」
「あざっす!がんばります!」
「飛雄も、ちょっと待って」
ピタリと足を止め振り返る。
なまえの手が影山の顔に伸びて、もしやビンタか?とヒヤリとしたがその手は更に上に伸び、黒い頭をふわふわと漂った。
「練習試合がんばっておいで、きっと勝てるよ」
「トーゼン」
今度は影山が難なく大きな手のひらをなまえの頭に乗せた。
彼の表情は変わらずキリリとしている。
仲間とは肩を組んで手を叩き合うことはあれ、頭を撫でてくるのは、姉のなまえだけだ。
身長差としては飛雄がなまえの頭を撫でることのほうが簡単なので、たまに理由なく撫でてやる。そうするとなまえも撫で返してくる。周囲から見るとちょっとちぐはぐな光景をつくることになる。
たったいま、この二人口喧嘩してたよな?と疑ってしまうほどの出来事だった。日向がじっと自分よりも長身の憎たらしいセッターを混乱した目で見やると、いつものように睨まれた。そこには照れ臭さも喜びの影も形もなかった。
「なんだよ日向ボゲェ」
「いや、なんでもない」
やはり通常通りの態度に、変なものを見た後は妙に安心する。
体育館の扉を潜り、チームに混じってストレッチを始めた。
この練習試合も、烏野のみんなで勝ってやる。
*****
以下、おまけです。
影山姉弟、及川さんに鉢合わせする。
**
影山が、私服で大人の女性に手を引っぱられて街を歩いている。空いた手には真新しい紙袋を下げていた。大きさの不揃いなそれらは、なにひとつとして飛雄のものではないだろう。
おやつどきかなと腹時計を探ると、なまえがそれに気づいた。
「そろそろ疲れたね。飛雄、なに食べたい?」
腹が減っているかの確認を飛ばし、食べたいものを聞く。こういうところ、姉はよく自分のことをわかっていると思う。
立ち止まって目ぼしい店を探していると、とある人物が近くでうさんくさい笑顔を浮かべていた。
「…あ。」
「トビオちゃん…、となまえさん」
「チワっす、及川さん」
「あれ、及川くん?なつかしい、久しぶりだね」
なまえは飛雄がいるバレー部の試合を応援しによく中学校にも顔をだしていたので、とくにレギュラー陣に名前は定着していた。
「お久しぶりです。お元気そうですね、また綺麗になりました?」
にこっとウィンクしたところから星が飛び出てきそうだ。なまえは慣れた様子であしらう。
「ありがとー。及川くんもかっこいいよ」
「ところでなんで姉弟で手繋いで歩いてるんですか…」
「えー?荷物持ちとナンパ防止?ウチの弟背もあるし役に立つのよ」
「いや、なまえ目を離すとすぐいなくなるんで」
「ああ、タッパある上目つき悪いし口も悪いしぴったりですね」
影山のことなど実は最初から眼中にない。
「でしょ?そこがかわいいんだけどね!」
豪快に笑う。この人には敵わないな。
「及川くんはこれからデート?」
「えぇ、まぁ」
「そう。楽しんでね」
「ありがとうございます」
じゃあ、と別れたが、及川の執拗な目線を背中で感じる。思わずなまえの手をぎゅっと握り締めると、飛雄そんなにお腹空いたの、ごめんね、と見当はずれな台詞がとんできた。
**
初めての及川さん。
休日の一コマでした。
おわります。
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