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ソイツが視界に入った瞬間、静かな衝撃が身体を走った。
ガチガチに3枚ブロックして、絶対弾いてやる、もうこれは真っ向勝負ではボールこっちのコートに入んねぇだろってときに、フェイントで細い山なりにボール入れられて、自分の手を超えて背後にふんわりと落ちてったときの、そんな衝撃が胸を打つ。
サーブやスパイク打つときのバシン、とかじゃない。
周囲のざわめきも風の音さえ消え失せてしまう。
あ、しまった、と横目で見えて床に着く瞬間までくっきり追えるのに、すでに飛んでしまっているから体が動かない。どうあってもとれないボール。
そんなものに、出逢った。
「うす!1年3組の影山飛雄ッス。バレー部見にきませんか」
ここがどこなのかも忘れて、 その子の行き先をブロックして話しかけていた。周囲の何人かがなにごとかと振り返る。
突然立ちはだかった高い壁に、女生徒は少しひるんだ。見も知りもしない男子生徒が話しかけてくるというイベントは、彼女にとって本日最大の、もしかしたらこの数ヶ月、高校生活始まって以来の一大事だったかもしれない。
まず驚いたのは背の高さ。高校一年生でこの高さはなかなかいないのではないだろうか。
くせのないまっすぐな、短く整えられた烏の濡れ羽色をした髪。視線を据えて、睨むような目は切れ長だが、わりと均整のとれた顔立ちをしている。
「…バレー部?ですか?」
「ウス。もしかしてもう部活入ってますか?」
「いい、え…」
「今日放課後空いてますか」
空いてません、と断ることは許されない空気だったので控えめにうなずいた。
「放課後第二体育館に来てください、待ってます」
ビシっときれいな一礼をして、去ってしまう。
「え、なまえちゃん大丈夫?なにあれ?」
友達がクラスから飛び出して、廊下のど真ん中で立ちすくむなまえに近寄った。
まだ困惑から抜け出せはしないが、その心配顔を見てほっとした。
「うーん、多分、部活勧誘…?」
「はぁ?あいつ、影山とかいってなかった?バレー部なんでしょ。すごく馬鹿らしいよ」
「そうなの?確かにバレー部って言ってたね」
「なんでなまえちゃん?」
「わかんない…ね、第二体育館ってどこだっけ?」
「え、なまえちゃん行くの?」
「ちょっと、行ってみようかな」
「どうして?」
「無視するのも失礼だし…あんなに真剣だったから」
思い返せば彼の姿勢はそう悪いものではなかった。はじめに名前を名乗り、おそらくそこまで使い慣れてないだろう敬語を使い、最後は頭まで下げて。
怖かったのはあの、獲物を狙ったどう猛な野獣のように光る目。それがアーモンドの形をしている、と思ったらとたんにどうしてだろう、高みから見下ろすライオンからすり寄る猫に代わってしまった。
爛々としたミッドナイトブルーの瞳が脳裏に焼きついている。
****
部活に行こうと体育館まで歩いているときにふと思い出した。
「そういや名前きいてなかった…」
まぁいっか、後でまた会えるし、と彼女が来ることを疑いもしなかった。
あの瞬間が脳裏に浮かんで、まだ動悸が戻ってきた。サーブが決まったときや思い通りのトスを上げることができたときのような高揚感をなぜ、コートにも立っていない今、感じるのだろうか。
影山は首をかしげた。
****
「あの、すみません。バレー部の方ですか?」
「はい。キャプテンの澤村です」
第二体育館の扉に手をかける、ティーシャツに短パン、膝にはサポーターという出で立ちの男子生徒を捕まえると、都合よくバレー部主将だった。歯切れ良いかつ穏やかな声音に、優しそうな人という印象を植え付ける。
「苗字といいます。影山くん…に誘われて、部の見学に来たんですが」
部の見学、ということはマネージャー勧誘したのか。あの、友達いなさそうなバレー馬鹿がどうやったら女子に声をかけられたのだろう。
「影山がプレー以外で部に貢献を…?!」
思わず声を荒げると、彼女はびくりとした。
セッターとしてはもちろん、バレー選手として平均以上、いや怪物と呼んでも良い才能をほしいままにしている影山は中学時代にチームメイトと衝突し、孤立してしまった過去がある。そんなバレー関連以外で他人に興味を示すとも思えない、協調性に欠ける奴が…
青ざめているような、感涙しそうになっているような。取り乱したのはしばしの間、すぐに正気を取り戻して対話をはじめてくれた。
「すまない。シューズは持ってきてるかな?」
「はい、一応…ジャージもありますが…」
幸いにも、日中体育の授業があったのでちょうど持っていた。
「良かった。そうだな、ちょっと待っててね。…清水!」
体育館の中の誰かに話しかけた。扉からその人が出てきた瞬間、冷たい風が吹いたのかと思った。鳥肌が立つほどの美人なんて、初めてだ。
澤村と、清水と呼ばれたこの女性のやりとりは頭に入ってこなかった。
目が合って、雰囲気に圧倒される。
「着いてきて。更衣室に案内するから」
「…はいっ」
****
ジャージに装いを改め、清水と共に体育館の中に入ると、それを察知した影山が駆け寄ってきた。
「来てくれたんスね」
「はい。お誘いありがとうございます、影山くん」
「名前…きいていいスか?」
「苗字 なまえです」
「清水先輩、苗字さんのことはお願いしていいスか」
こくりと頭を縦にふる。心なしかニヤリとしたような。
「あざっす!」
****
急に抜け出したと思った影山はすぐに練習に戻ってきた。
「なーなー、あの子だれ?だれ??」
「苗字さん」
「影山、苗字さんとどうやって知り合ったんだよ」
さすがは日向、新しくメンバーに加わるかもしれない女子に興味津々だ。他の一年生も会話にそれとなく聞き耳を立てている。影山は面倒くさそうな表情を隠そうとせず、しぶしぶ答えた。
「…今日廊下で見かけた」
「は?初めて会ったのって…今日?」
「あぁ」
「なんて言って誘ったんだよ?」
「普通に…バレー部見にきませんかって」
影山くん、勇気あるなぁと谷地はぱちぱちと目をしばたかせた。大胆不敵、猪突猛進、そんな言葉が浮かんで来る。
「んで当日の今日とか…」
「来てくれたんだから良いだろ」
「無理させたとか考えないところが『王様』だよね」
「ンだとゴラ月島ァ」
「さっき初めて名前きいてたみたいだけど。名前もクラスもわからないで、もし苗字さんが今日来なかったらどうしてたの?馬鹿なの?」
「ンなの顔は覚えたし、同じ学校なら探せば見つかるだろ」
自信たっぷりに返されて月島は呆れた。
探すのかよ…、誘って来ないっていうのは脈なし、拒否られた、嫌がってるって思うのが常識なのに。いや、常識が通じないのがこの王様だった。
と、今度は山口が質問をはじめた。
「マネ勧誘って、他の子にも声かけたの?」
「いや、苗字さんだけ」
「ピンポイントで苗字さん?どうしてまた…」
「よくわかんねーけど…。完璧にブロックついたのに、相手スパイカーにフェイントでふわっとボール落とされたときみたいな」
突如バレーの話になり、みんなの頭をクエスチョンマークが埋め尽くす。
「目にはスローモーションで見えるのに、取りたくても体が動かないんだよな。音もなくなって、もうそれしか見えない、っつーか」
「あれはやられたー!って思うよな」
「苗字さん見た瞬間、あんな感じになった。スポットライト当ててるみたいに光ってて」
「ちょっと待って王様、どうして例えがよりによってバレーなの。意味わかんないんだけど」
自らの力であらがえない、突然襲ってきた何か、を言い表したかったらしい。己の胸を叩き、鼓動を確かめた。
「なんつーか、こう胸にドンってきた。見た瞬間にこの人しかいない…って思った?」
「そこ疑問形にするのやめてくれる」
頭の中で様々な足りない言葉を想像で補おうとしたが、さらにこんがらがるのでやめて、改めて影山の言葉を思い出し、整理した。
出会ったとき動けなくなるほどの驚き、周囲が見えなくなる、この人しかいない。
そして谷地はほぼ勘で一つの可能性に行き着いた。
「影山くん、それもしかして一目惚れというものなのでは…?」
静かに、ぼそりとこぼしたが、みんなそれをちゃんと拾った。一番に反応したのは日向。
「はっ?コイツが?恋??とかできるの?」
日向が人差し指を向けて笑えない冗談だ、と顔をひきつらせる。セッターはもちろん、サーブも殺人並み、スパイクもコース打ち分けお手の物、レシーブだって抜け目がない。時折、こいつは改良されでもしたサイボーグなんじゃないかって思うときすらある。そんな男にも喜怒哀楽は備わっている。だが影山が人を愛おしいと感じたり、労わりなぐさめることはあるのか、想像がつかない。
「俺が?ヒトメボレ?」
当人までもがきょとん、としていた。日向の暴言にもツッコミを忘れている。
「いや、ないでしょ王様が恋とか」
「うん、ないよね」
月島と山口は真っ向から否定する。
「一目惚れっていうほどきれいなものじゃなくてあれでしょ、動物的勘で伴侶を探し出す系の。匂いを嗅いで敵味方判別するとかの域。さすが、本能で生きている人間だよね。
百歩譲って一目惚れだとしても、口説き文句が『バレー部見にきませんか』って」
「どこまでもバレー…」
山口などは肩を震わせている。
先程から口ばかりが動いている一年生たちに、主将が背後から近づいた。
「お前ら、おしゃべりして仲良くしてくれるのは主将として嬉しいが、ちゃんと真面目に練習しろよ?」
「「「「「ウス!!!」」」」
返事は見事に合唱した。
****
部活の終わり際、主将である澤村に挨拶をした。
「今日はありがとうございました。賑やかで楽しかったです」
「いや、こちらこそ。清水も谷地さんも、苗字さんが来てくれて助かったんじゃないかな」
「私も普段できない貴重な体験ができました。ありがとうございます」
「これを日常にすることだってできるよ」
言い換えればバレー部に入部しろということだ。
「もし谷地さんで手が足りなければ…考えてみます」
「そうだな、その時はよろしく頼むよ」
はい、と頭を下げた。
それと入れ替わるように、目の前に人が立ちはだかる。
「帰り送るんで、待っててください」
返事も聞かずにさっさと部室に上がってしまった。仕方なく清水と谷地と、更衣室で制服に着替える。
「なまえちゃん帰り大丈夫?親に迎えにきてもらう?」
「あ、私どっちみちバス停まで歩くから、一緒に行きませんか」
「それが…影山くんが…」
言いよどむと、清水は意図を汲んでくれた。
「送ってくれるって?」
「はい…。そうみたいです」
「そう。良かった。暗くなると危ないから。二人とも気をつけてね」
きくと清水は家が近いらしく、谷地も結局日向にバス停まで送ってもらうらしい。
外に出ると、部室の階段下に手持ち無沙汰で待機している彼を見つけた。
「今日は来てくれてあざっす。苗字さん」
「あ、いえ。ありがたいんですが、私、ひとりで帰れますよ。影山くんも疲れてませんか?」
「大丈夫ッス。慣れてるんで」
「それなら…行きましょうか。途中までで良いですから」
「ウス」
「敬語、話しづらそうだから、なしにしませんか?そもそも同い年だし…」
「…わかった」
「うん。今日、練習中かっこよかったよ」
「あざっす」
照れたように顔の筋肉を緩めると、ちょっと幼くなる。
「私ね、ドッヂボールみたいにボール避けるのは得意なんだけど、取るのって難しいんだよね。影山くんのサーブとか特に、絶対無理!って思った。骨折しそう」
「苗字さんの腕、簡単に折れそうだな」
「え、折っちゃやだよ?」
「苗字さんに向かってサーブ打たねぇよ」
「打たれても避ける!」
その答えに影山が歯を見せて笑った。少年のような顔に見惚れる。普段はむっすりと口元を結ぶ姿しか見せないのに、この表情は大違いだ。
「バレーってボール持っちゃいけないから触れてる時間は一秒もないのに、どうしてあんなに器用にボールの行き先を操れるのかすごく不思議」
どうやって、と問われても体で覚えた感覚を文字にして説明するのは難しい。
とれないボールだってあるけれど、影山にとって向かって来たボールをレシーブやトスして上げるのは体に染み付いた、すでに脊髄反射で行うものといっても過言ではないもの。
「どうやって…、って説明はできねぇけど、思い通りにできるとめちゃくちゃ気持ち良いぜ。なんか今日は練習し足りねー」
それで腑に落ちた。できなかったことを練習を重ねて、だんだんと攻略してゆくのは気分が良い。
解けなかった問題がある日解けたように。
小さい頃読んだ謎だった本を、数年後解読できたときのように。
学ぶという行為を体で行うスポーツはとくに、その快感が目に見えてわかりやすいのかもしれない。
一日練習を一時間したとして、単純計算で一年で365時間。バレーに費やした何千もの時間で、今の彼は完成されているのだ。
平然として、1日の部活が終わってしてもまだバレーがし足りないという彼に畏怖した。
「影山くん、人間の三大欲求って知ってる?」
「三大欲求?」
「人間含める動物が、生きることに必要な欲求のこと」
噛み砕いてやると、片手の指を降りながらひとつずつ挙げていく。
「あぁー。食って、寝て…あとは…」
「影山くん、バレーって言いそう」
「ダメなのか」
真面目な顔で言うから、声を出して笑ってしまった。
「それ、影山くんにしか当てはまらないからね。すごい、ほんとにバレーなんだ。影山くんにとってはそうなのかもね」
「俺のまわりはそんなヤツばっかだけどな」
日向からして、寝て食べてスパイク打てたら幸せそうにしているし、月島はともかく他の3年2年メンバーも似たり寄ったりだろう。
「みんな充実してるのね。…あ、家この辺だからもうだいじょうぶ」
付近までで構わない、と遠慮したのに、律儀に家の前までついてきてくれた。
「送ってくれてありがとう。影山くんのお家、ここから近いの?」
「俺ん家こっからすぐ」
先の方を指差した。なまえも同じ方向を見つめて、え、と返す。
「ほんと?いままで会ったことなかったね」
「俺は朝練で早いし、夕方は部活で遅くなる」
「じゃあ明日も朝練行くの?」
「あぁ」
「がんばって。おやすみなさい」
「おやすみ」
お互い手を振りあって、別れた。
朝まで知らなかった他人と夕方には帰途を共にし笑い合っているなんて、とても不思議に思えた。
それに男性と二人きりで歩くなんて初めてなのに、緊張しなかった。影山が自然体だったからか、暗い中を一人で帰らずに済んだ安心感からか。
動き回って疲れた。
その日はベットに入ってすぐ寝付いてしまった。影山につられてか、夢の中でもバレーをしているみんなを見ていた気がする。
********
おわり
ガチガチに3枚ブロックして、絶対弾いてやる、もうこれは真っ向勝負ではボールこっちのコートに入んねぇだろってときに、フェイントで細い山なりにボール入れられて、自分の手を超えて背後にふんわりと落ちてったときの、そんな衝撃が胸を打つ。
サーブやスパイク打つときのバシン、とかじゃない。
周囲のざわめきも風の音さえ消え失せてしまう。
あ、しまった、と横目で見えて床に着く瞬間までくっきり追えるのに、すでに飛んでしまっているから体が動かない。どうあってもとれないボール。
そんなものに、出逢った。
「うす!1年3組の影山飛雄ッス。バレー部見にきませんか」
ここがどこなのかも忘れて、 その子の行き先をブロックして話しかけていた。周囲の何人かがなにごとかと振り返る。
突然立ちはだかった高い壁に、女生徒は少しひるんだ。見も知りもしない男子生徒が話しかけてくるというイベントは、彼女にとって本日最大の、もしかしたらこの数ヶ月、高校生活始まって以来の一大事だったかもしれない。
まず驚いたのは背の高さ。高校一年生でこの高さはなかなかいないのではないだろうか。
くせのないまっすぐな、短く整えられた烏の濡れ羽色をした髪。視線を据えて、睨むような目は切れ長だが、わりと均整のとれた顔立ちをしている。
「…バレー部?ですか?」
「ウス。もしかしてもう部活入ってますか?」
「いい、え…」
「今日放課後空いてますか」
空いてません、と断ることは許されない空気だったので控えめにうなずいた。
「放課後第二体育館に来てください、待ってます」
ビシっときれいな一礼をして、去ってしまう。
「え、なまえちゃん大丈夫?なにあれ?」
友達がクラスから飛び出して、廊下のど真ん中で立ちすくむなまえに近寄った。
まだ困惑から抜け出せはしないが、その心配顔を見てほっとした。
「うーん、多分、部活勧誘…?」
「はぁ?あいつ、影山とかいってなかった?バレー部なんでしょ。すごく馬鹿らしいよ」
「そうなの?確かにバレー部って言ってたね」
「なんでなまえちゃん?」
「わかんない…ね、第二体育館ってどこだっけ?」
「え、なまえちゃん行くの?」
「ちょっと、行ってみようかな」
「どうして?」
「無視するのも失礼だし…あんなに真剣だったから」
思い返せば彼の姿勢はそう悪いものではなかった。はじめに名前を名乗り、おそらくそこまで使い慣れてないだろう敬語を使い、最後は頭まで下げて。
怖かったのはあの、獲物を狙ったどう猛な野獣のように光る目。それがアーモンドの形をしている、と思ったらとたんにどうしてだろう、高みから見下ろすライオンからすり寄る猫に代わってしまった。
爛々としたミッドナイトブルーの瞳が脳裏に焼きついている。
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部活に行こうと体育館まで歩いているときにふと思い出した。
「そういや名前きいてなかった…」
まぁいっか、後でまた会えるし、と彼女が来ることを疑いもしなかった。
あの瞬間が脳裏に浮かんで、まだ動悸が戻ってきた。サーブが決まったときや思い通りのトスを上げることができたときのような高揚感をなぜ、コートにも立っていない今、感じるのだろうか。
影山は首をかしげた。
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「あの、すみません。バレー部の方ですか?」
「はい。キャプテンの澤村です」
第二体育館の扉に手をかける、ティーシャツに短パン、膝にはサポーターという出で立ちの男子生徒を捕まえると、都合よくバレー部主将だった。歯切れ良いかつ穏やかな声音に、優しそうな人という印象を植え付ける。
「苗字といいます。影山くん…に誘われて、部の見学に来たんですが」
部の見学、ということはマネージャー勧誘したのか。あの、友達いなさそうなバレー馬鹿がどうやったら女子に声をかけられたのだろう。
「影山がプレー以外で部に貢献を…?!」
思わず声を荒げると、彼女はびくりとした。
セッターとしてはもちろん、バレー選手として平均以上、いや怪物と呼んでも良い才能をほしいままにしている影山は中学時代にチームメイトと衝突し、孤立してしまった過去がある。そんなバレー関連以外で他人に興味を示すとも思えない、協調性に欠ける奴が…
青ざめているような、感涙しそうになっているような。取り乱したのはしばしの間、すぐに正気を取り戻して対話をはじめてくれた。
「すまない。シューズは持ってきてるかな?」
「はい、一応…ジャージもありますが…」
幸いにも、日中体育の授業があったのでちょうど持っていた。
「良かった。そうだな、ちょっと待っててね。…清水!」
体育館の中の誰かに話しかけた。扉からその人が出てきた瞬間、冷たい風が吹いたのかと思った。鳥肌が立つほどの美人なんて、初めてだ。
澤村と、清水と呼ばれたこの女性のやりとりは頭に入ってこなかった。
目が合って、雰囲気に圧倒される。
「着いてきて。更衣室に案内するから」
「…はいっ」
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ジャージに装いを改め、清水と共に体育館の中に入ると、それを察知した影山が駆け寄ってきた。
「来てくれたんスね」
「はい。お誘いありがとうございます、影山くん」
「名前…きいていいスか?」
「苗字 なまえです」
「清水先輩、苗字さんのことはお願いしていいスか」
こくりと頭を縦にふる。心なしかニヤリとしたような。
「あざっす!」
****
急に抜け出したと思った影山はすぐに練習に戻ってきた。
「なーなー、あの子だれ?だれ??」
「苗字さん」
「影山、苗字さんとどうやって知り合ったんだよ」
さすがは日向、新しくメンバーに加わるかもしれない女子に興味津々だ。他の一年生も会話にそれとなく聞き耳を立てている。影山は面倒くさそうな表情を隠そうとせず、しぶしぶ答えた。
「…今日廊下で見かけた」
「は?初めて会ったのって…今日?」
「あぁ」
「なんて言って誘ったんだよ?」
「普通に…バレー部見にきませんかって」
影山くん、勇気あるなぁと谷地はぱちぱちと目をしばたかせた。大胆不敵、猪突猛進、そんな言葉が浮かんで来る。
「んで当日の今日とか…」
「来てくれたんだから良いだろ」
「無理させたとか考えないところが『王様』だよね」
「ンだとゴラ月島ァ」
「さっき初めて名前きいてたみたいだけど。名前もクラスもわからないで、もし苗字さんが今日来なかったらどうしてたの?馬鹿なの?」
「ンなの顔は覚えたし、同じ学校なら探せば見つかるだろ」
自信たっぷりに返されて月島は呆れた。
探すのかよ…、誘って来ないっていうのは脈なし、拒否られた、嫌がってるって思うのが常識なのに。いや、常識が通じないのがこの王様だった。
と、今度は山口が質問をはじめた。
「マネ勧誘って、他の子にも声かけたの?」
「いや、苗字さんだけ」
「ピンポイントで苗字さん?どうしてまた…」
「よくわかんねーけど…。完璧にブロックついたのに、相手スパイカーにフェイントでふわっとボール落とされたときみたいな」
突如バレーの話になり、みんなの頭をクエスチョンマークが埋め尽くす。
「目にはスローモーションで見えるのに、取りたくても体が動かないんだよな。音もなくなって、もうそれしか見えない、っつーか」
「あれはやられたー!って思うよな」
「苗字さん見た瞬間、あんな感じになった。スポットライト当ててるみたいに光ってて」
「ちょっと待って王様、どうして例えがよりによってバレーなの。意味わかんないんだけど」
自らの力であらがえない、突然襲ってきた何か、を言い表したかったらしい。己の胸を叩き、鼓動を確かめた。
「なんつーか、こう胸にドンってきた。見た瞬間にこの人しかいない…って思った?」
「そこ疑問形にするのやめてくれる」
頭の中で様々な足りない言葉を想像で補おうとしたが、さらにこんがらがるのでやめて、改めて影山の言葉を思い出し、整理した。
出会ったとき動けなくなるほどの驚き、周囲が見えなくなる、この人しかいない。
そして谷地はほぼ勘で一つの可能性に行き着いた。
「影山くん、それもしかして一目惚れというものなのでは…?」
静かに、ぼそりとこぼしたが、みんなそれをちゃんと拾った。一番に反応したのは日向。
「はっ?コイツが?恋??とかできるの?」
日向が人差し指を向けて笑えない冗談だ、と顔をひきつらせる。セッターはもちろん、サーブも殺人並み、スパイクもコース打ち分けお手の物、レシーブだって抜け目がない。時折、こいつは改良されでもしたサイボーグなんじゃないかって思うときすらある。そんな男にも喜怒哀楽は備わっている。だが影山が人を愛おしいと感じたり、労わりなぐさめることはあるのか、想像がつかない。
「俺が?ヒトメボレ?」
当人までもがきょとん、としていた。日向の暴言にもツッコミを忘れている。
「いや、ないでしょ王様が恋とか」
「うん、ないよね」
月島と山口は真っ向から否定する。
「一目惚れっていうほどきれいなものじゃなくてあれでしょ、動物的勘で伴侶を探し出す系の。匂いを嗅いで敵味方判別するとかの域。さすが、本能で生きている人間だよね。
百歩譲って一目惚れだとしても、口説き文句が『バレー部見にきませんか』って」
「どこまでもバレー…」
山口などは肩を震わせている。
先程から口ばかりが動いている一年生たちに、主将が背後から近づいた。
「お前ら、おしゃべりして仲良くしてくれるのは主将として嬉しいが、ちゃんと真面目に練習しろよ?」
「「「「「ウス!!!」」」」
返事は見事に合唱した。
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部活の終わり際、主将である澤村に挨拶をした。
「今日はありがとうございました。賑やかで楽しかったです」
「いや、こちらこそ。清水も谷地さんも、苗字さんが来てくれて助かったんじゃないかな」
「私も普段できない貴重な体験ができました。ありがとうございます」
「これを日常にすることだってできるよ」
言い換えればバレー部に入部しろということだ。
「もし谷地さんで手が足りなければ…考えてみます」
「そうだな、その時はよろしく頼むよ」
はい、と頭を下げた。
それと入れ替わるように、目の前に人が立ちはだかる。
「帰り送るんで、待っててください」
返事も聞かずにさっさと部室に上がってしまった。仕方なく清水と谷地と、更衣室で制服に着替える。
「なまえちゃん帰り大丈夫?親に迎えにきてもらう?」
「あ、私どっちみちバス停まで歩くから、一緒に行きませんか」
「それが…影山くんが…」
言いよどむと、清水は意図を汲んでくれた。
「送ってくれるって?」
「はい…。そうみたいです」
「そう。良かった。暗くなると危ないから。二人とも気をつけてね」
きくと清水は家が近いらしく、谷地も結局日向にバス停まで送ってもらうらしい。
外に出ると、部室の階段下に手持ち無沙汰で待機している彼を見つけた。
「今日は来てくれてあざっす。苗字さん」
「あ、いえ。ありがたいんですが、私、ひとりで帰れますよ。影山くんも疲れてませんか?」
「大丈夫ッス。慣れてるんで」
「それなら…行きましょうか。途中までで良いですから」
「ウス」
「敬語、話しづらそうだから、なしにしませんか?そもそも同い年だし…」
「…わかった」
「うん。今日、練習中かっこよかったよ」
「あざっす」
照れたように顔の筋肉を緩めると、ちょっと幼くなる。
「私ね、ドッヂボールみたいにボール避けるのは得意なんだけど、取るのって難しいんだよね。影山くんのサーブとか特に、絶対無理!って思った。骨折しそう」
「苗字さんの腕、簡単に折れそうだな」
「え、折っちゃやだよ?」
「苗字さんに向かってサーブ打たねぇよ」
「打たれても避ける!」
その答えに影山が歯を見せて笑った。少年のような顔に見惚れる。普段はむっすりと口元を結ぶ姿しか見せないのに、この表情は大違いだ。
「バレーってボール持っちゃいけないから触れてる時間は一秒もないのに、どうしてあんなに器用にボールの行き先を操れるのかすごく不思議」
どうやって、と問われても体で覚えた感覚を文字にして説明するのは難しい。
とれないボールだってあるけれど、影山にとって向かって来たボールをレシーブやトスして上げるのは体に染み付いた、すでに脊髄反射で行うものといっても過言ではないもの。
「どうやって…、って説明はできねぇけど、思い通りにできるとめちゃくちゃ気持ち良いぜ。なんか今日は練習し足りねー」
それで腑に落ちた。できなかったことを練習を重ねて、だんだんと攻略してゆくのは気分が良い。
解けなかった問題がある日解けたように。
小さい頃読んだ謎だった本を、数年後解読できたときのように。
学ぶという行為を体で行うスポーツはとくに、その快感が目に見えてわかりやすいのかもしれない。
一日練習を一時間したとして、単純計算で一年で365時間。バレーに費やした何千もの時間で、今の彼は完成されているのだ。
平然として、1日の部活が終わってしてもまだバレーがし足りないという彼に畏怖した。
「影山くん、人間の三大欲求って知ってる?」
「三大欲求?」
「人間含める動物が、生きることに必要な欲求のこと」
噛み砕いてやると、片手の指を降りながらひとつずつ挙げていく。
「あぁー。食って、寝て…あとは…」
「影山くん、バレーって言いそう」
「ダメなのか」
真面目な顔で言うから、声を出して笑ってしまった。
「それ、影山くんにしか当てはまらないからね。すごい、ほんとにバレーなんだ。影山くんにとってはそうなのかもね」
「俺のまわりはそんなヤツばっかだけどな」
日向からして、寝て食べてスパイク打てたら幸せそうにしているし、月島はともかく他の3年2年メンバーも似たり寄ったりだろう。
「みんな充実してるのね。…あ、家この辺だからもうだいじょうぶ」
付近までで構わない、と遠慮したのに、律儀に家の前までついてきてくれた。
「送ってくれてありがとう。影山くんのお家、ここから近いの?」
「俺ん家こっからすぐ」
先の方を指差した。なまえも同じ方向を見つめて、え、と返す。
「ほんと?いままで会ったことなかったね」
「俺は朝練で早いし、夕方は部活で遅くなる」
「じゃあ明日も朝練行くの?」
「あぁ」
「がんばって。おやすみなさい」
「おやすみ」
お互い手を振りあって、別れた。
朝まで知らなかった他人と夕方には帰途を共にし笑い合っているなんて、とても不思議に思えた。
それに男性と二人きりで歩くなんて初めてなのに、緊張しなかった。影山が自然体だったからか、暗い中を一人で帰らずに済んだ安心感からか。
動き回って疲れた。
その日はベットに入ってすぐ寝付いてしまった。影山につられてか、夢の中でもバレーをしているみんなを見ていた気がする。
********
おわり
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