誠実な恋のはじめ方
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夕方、ヤムライハの部屋へ向かったが、まだ彼女は帰ってきていないようだった。
ときどきあることなので、いつものようにお茶の道具を机に並べる。勝手に座って、ヤムライハの到着を待った。
ドアを叩く音がして、茶器に手をつけた。
「ヤムライハさま、おかえりなさい。いまお茶を……」
「こんにちは」
穏やかな笑みで彼女の警戒心を解こうとしたものの、失敗したらしい。
「ヤムライハに頼んで、部屋をお借りしました」
なまえの手からポットのフタが落ちた。
テーブルで悲鳴を上げたフタと、ドアの前にいるジャーファルを何度も交互に見やり、ぱっと立ちあがった。
とっさに逃げようとした彼女の腕を捕まえて、座らせる。
「どうかお離しください。もうご迷惑をおかけしたくないのです。お会いしないと誓ったばかりで……とんでもない醜聞をかぶせてしまって、合わせる顔がありません。どうかお見捨ておきください」
怯えた様子で声を震わせる。
「なまえ、どうか聞いてください。私はあのときのことは怒っていませんから」
腕をそっと離すが、逃げる様子はなかった。
「すみません。怖がらせてしまいましたね」
首を横にふるも、ジャーファルのことを見られずに、自分の手元を眺めていた。カチャカチャと、茶器の音だけが響く。
ふんわりとした湯気とともに茶葉の香りが漂って、机の上にふたつ、カップが置かれた。
「どうぞ。あなたが淹れてくれるお茶には敵いませんが」
ふふ、と聞こえてようやく、なまえは警戒を解いた。
ジャーファルも向かいの椅子に座る。
「……とんでもないです。ありがとうございます」
これまでの振る舞いを見ると、怒ってはいないようだ。
あのときのことがなかったかのような流れで。
そう感じると、気が緩んで喉が渇いた。
一口お茶を含む。よく渋みを抽出せずに淹れたようで、薄っぺらい味だったが、なによりもあたたかかった。
それでやっと謝罪を口にすることができた。
「あのときは、本当に申し訳ございませんでした」
「いいえ、あの日何があったか知りませんが、あのような状態のあなたを放っておけなかったのです。
けれど私の配慮が足りず、あなたには辛い思いをさせてしまいました。すみません」
「ジャーファル様はなにも。私が一人で、勝手に……」
「あなたは何も落ち度に思うことはありません。それよりも、しばらくあなたがこないので、シンも心配していましたよ」
「すみません……」
しゅんと肩幅を狭めた。ジャーファルがあわてて弁解する。
「あぁ、違うのです。責めているわけではありませんよ。つまり、あなたの姿を見れないので寂しがっていたといいますか」
「はい……」
大人しく相槌を打つ彼女はすっかり恐縮してしまっていて、これでは何の解決にもならない、と思えば言葉が続かず、しばし沈黙してしまった。
お茶を一口二口飲み、名前を呼んだ。
「なまえ」
「……はい」
「本当は、心配していたのは私です。あの夜、見回りをしていたわけではありませんでした。外を見ていたら珍しくあなたの姿が見えたので、つい外に出ていました」
「……えっ?」
そろそろと視線を上げると、明るい瞳とかち合った。
柔らかく微笑まれれば、息が詰まった。
「あなたと話したくて。軽率でしたね。でも……」
一拍をおいて、ジャーファルは覚悟を決めた。
「好きです。あなたの作るお菓子を、実は私も心待ちにしているんですよ。これからも食べさせてくださいませんか?」
照れた笑顔に息を忘れた。
頭が真っ白になって、ジャーファルの笑顔に占領される。
二人を祝福するかのように、定時を知らせる鐘が響いた。
「ありがとうございます。私、お菓子作って良いんですね。明日は……明日はちゃんとお持ちします!」
「ええ、楽しみにお待ちしてます」
感動に昂る胸を両手で抑えて、こくこくと何度もうなずく。
ジャーファルも幸せそうになまえを見ていた。
これが、誠実な恋の始まり。
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