踊り子とジャーファルさま
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ジャーファルとなまえは出勤も退勤も合わせるようになった。心なしか歩くときの距離が近い。それはできるだけなまえから離れてはならない、という思いからだ。
こうして歩いているとなるほど、すれ違う男たちからの意味ありげな視線はときおりなまえに向いている。ジャーファルがそばにいるから声こそかけないが、離れたらどうなることやら。
なので、恒例行事となっているシンドバッドに強制的に参加させられた飲み会に、なまえも連れて来るしかなかった。
飲み会が開催された理由はよくわからない。誰かが昇進しただとか、結婚しただとか、酒を飲める席にちゃっかり居座る偉い人枠のシンドバッドは基本楽しいことを断らない。もとよりジャーファルにはシンドバッドの暴走を止める役割がある。今回は他の八人将が同席しているから羽目を外しすぎることもないとは思うが。
「私も参加してしまってよかったのでしょうか……」
みなが盛り上がる頃になっても、隅っこで満杯のグラスを両手にするなまえは肩身が狭そうにしている。彼女の隣で、水の入ったグラスを置いて主人を見張りながらジャーファルは答える。
「付き合わせてすみません。でもあなたを一人にさせておくほうが危ないと思ったので」
「一人でいるのは不安なので、私は嬉しいです」
穏やかに笑うなまえに、微笑み返す。
その向こうから肩を組みあった男二人が近付いてきた。
「いやーめでたいっすね! ジャーファル様もどうぞ一杯!」
テーブルに置かれたグラスから、勢いで酒がこぼれる。服にかからなかったのは幸いだ。
「せっかくですが、私は……」
穏便に断ろうとしたが、細い腕が伸びてきた。
「あの、私がいただきます!」
手首が返されれば、グラスは空になる。飲み切って、なまえは息を吐いた。
「ごちそうさまでした!」
豪快さに、男達は喜んだ。
「いいじゃねーか、次を持って来なくっちゃあなぁ!」
「おうよ!」
また肩を組んだまま、酒を取りに行ってしまったらしい。
「いまのうちに、帰りませんか旦那様」
彼らを追い払うために飲み干したのか。呆気にとられたのも束の間。
「そうですね」
と立ち上がって、彼女の体を支えるようにしながらも誰にも引き止められないうちに会場を後にした。
「あんな飲み方は危険ですよ。大丈夫ですか?」
影になったところで立ち止まる。アルコールに濡れた唇にはまだ紅が鮮やかだ。
「だって、旦那様、お酒は、お好きではないでしょう……」
会場からはほんの一歩引いただけで、まだ歌い踊る騒ぎは聞こえている。自分たちは建物の影にいるだけであって、誰が通りすがってもおかしくない。
酒が苦手だと伝えたことがあっただろうか。部下が教えたのかもしれず、気を遣わせてしまったらしい。彼女にかばわれるとは予想だにしていなかった。
「あの、旦那様」
「はい、気分でも悪くなりましたか?」
彼女の指で、クーフィーヤがずれた。まぶたを半分伏した下では瞳孔が開いていて、頬は温まった血色で染まっている。酒のせいだけではないような、と考えてしまうのは己の欲望からか。
「すみません……お許しを、旦那様」
小さな呟きとともに急激に上がった体温が柔らかくジャーファルを包み込む。緩慢ななまえの動作をとっさに避けてしまった。鍛え抜いた反射神経のおかげで唇は触れずに済んだ。
それでも彼女の行動の意図を読み取って、ジャーファルはなまえの腰を抱きかかえていた。視線はいくつか感じる。
「見られていますよ」
「見せつけているのです。私は旦那様だけのものだと、みなさんにわかってほしいから」
なまえはジャーファルしか男として受け入れない。だから他は近寄ってくれるなと警告している。
この触れ合いは観客ありきの座興、なのだ。近寄る男たちを追い払うには、なまえとジャーファルがいかに親密に振る舞えるかにかかっている。
こんな、彼女は身体を張ってまでーージャーファルも巻き込んで。女性としての計算高さに背筋が冷える気がした。と同時に、無垢だと信じていたなまえのずる賢い側面も、悪くないように感じられる。行動を起こすまで思い詰めてしまっているのは悲しいとは思うけれど。
ジャーファルが失うものはあっただろうか。男女関連の失態ではシンドバッドやピスティを上回る者などいない。まさかあのお目付役が、とは言われそうだがシンドバッドの側近だし影響を受けたのだろう、で済みそうでもある。何人もの女性を相手にしているなら悪い噂にもなろうが、ジャーファルは仕事一筋で通してきたため、たった一人と付き合おうが遊ぼうが咎められることはない。むしろ祝われるのでは?
要は、失うものなどなかった。築き上げた地位と信頼が全て。
だから、なまえに有利に働くように動くことにした。
「かわいいことを言いますね。もちろん、他の男なんて考えられなくしてあげます」
シンドバッドならこれくらいの睦言、序の口だろう。
ええいままよ。
ぴったりくっついたまま、塔を移って自室を目指す。
慣れないことはするもんじゃない。じとりとする手でドアは滑りそうになった。
こうして歩いているとなるほど、すれ違う男たちからの意味ありげな視線はときおりなまえに向いている。ジャーファルがそばにいるから声こそかけないが、離れたらどうなることやら。
なので、恒例行事となっているシンドバッドに強制的に参加させられた飲み会に、なまえも連れて来るしかなかった。
飲み会が開催された理由はよくわからない。誰かが昇進しただとか、結婚しただとか、酒を飲める席にちゃっかり居座る偉い人枠のシンドバッドは基本楽しいことを断らない。もとよりジャーファルにはシンドバッドの暴走を止める役割がある。今回は他の八人将が同席しているから羽目を外しすぎることもないとは思うが。
「私も参加してしまってよかったのでしょうか……」
みなが盛り上がる頃になっても、隅っこで満杯のグラスを両手にするなまえは肩身が狭そうにしている。彼女の隣で、水の入ったグラスを置いて主人を見張りながらジャーファルは答える。
「付き合わせてすみません。でもあなたを一人にさせておくほうが危ないと思ったので」
「一人でいるのは不安なので、私は嬉しいです」
穏やかに笑うなまえに、微笑み返す。
その向こうから肩を組みあった男二人が近付いてきた。
「いやーめでたいっすね! ジャーファル様もどうぞ一杯!」
テーブルに置かれたグラスから、勢いで酒がこぼれる。服にかからなかったのは幸いだ。
「せっかくですが、私は……」
穏便に断ろうとしたが、細い腕が伸びてきた。
「あの、私がいただきます!」
手首が返されれば、グラスは空になる。飲み切って、なまえは息を吐いた。
「ごちそうさまでした!」
豪快さに、男達は喜んだ。
「いいじゃねーか、次を持って来なくっちゃあなぁ!」
「おうよ!」
また肩を組んだまま、酒を取りに行ってしまったらしい。
「いまのうちに、帰りませんか旦那様」
彼らを追い払うために飲み干したのか。呆気にとられたのも束の間。
「そうですね」
と立ち上がって、彼女の体を支えるようにしながらも誰にも引き止められないうちに会場を後にした。
「あんな飲み方は危険ですよ。大丈夫ですか?」
影になったところで立ち止まる。アルコールに濡れた唇にはまだ紅が鮮やかだ。
「だって、旦那様、お酒は、お好きではないでしょう……」
会場からはほんの一歩引いただけで、まだ歌い踊る騒ぎは聞こえている。自分たちは建物の影にいるだけであって、誰が通りすがってもおかしくない。
酒が苦手だと伝えたことがあっただろうか。部下が教えたのかもしれず、気を遣わせてしまったらしい。彼女にかばわれるとは予想だにしていなかった。
「あの、旦那様」
「はい、気分でも悪くなりましたか?」
彼女の指で、クーフィーヤがずれた。まぶたを半分伏した下では瞳孔が開いていて、頬は温まった血色で染まっている。酒のせいだけではないような、と考えてしまうのは己の欲望からか。
「すみません……お許しを、旦那様」
小さな呟きとともに急激に上がった体温が柔らかくジャーファルを包み込む。緩慢ななまえの動作をとっさに避けてしまった。鍛え抜いた反射神経のおかげで唇は触れずに済んだ。
それでも彼女の行動の意図を読み取って、ジャーファルはなまえの腰を抱きかかえていた。視線はいくつか感じる。
「見られていますよ」
「見せつけているのです。私は旦那様だけのものだと、みなさんにわかってほしいから」
なまえはジャーファルしか男として受け入れない。だから他は近寄ってくれるなと警告している。
この触れ合いは観客ありきの座興、なのだ。近寄る男たちを追い払うには、なまえとジャーファルがいかに親密に振る舞えるかにかかっている。
こんな、彼女は身体を張ってまでーージャーファルも巻き込んで。女性としての計算高さに背筋が冷える気がした。と同時に、無垢だと信じていたなまえのずる賢い側面も、悪くないように感じられる。行動を起こすまで思い詰めてしまっているのは悲しいとは思うけれど。
ジャーファルが失うものはあっただろうか。男女関連の失態ではシンドバッドやピスティを上回る者などいない。まさかあのお目付役が、とは言われそうだがシンドバッドの側近だし影響を受けたのだろう、で済みそうでもある。何人もの女性を相手にしているなら悪い噂にもなろうが、ジャーファルは仕事一筋で通してきたため、たった一人と付き合おうが遊ぼうが咎められることはない。むしろ祝われるのでは?
要は、失うものなどなかった。築き上げた地位と信頼が全て。
だから、なまえに有利に働くように動くことにした。
「かわいいことを言いますね。もちろん、他の男なんて考えられなくしてあげます」
シンドバッドならこれくらいの睦言、序の口だろう。
ええいままよ。
ぴったりくっついたまま、塔を移って自室を目指す。
慣れないことはするもんじゃない。じとりとする手でドアは滑りそうになった。
