踊り子とジャーファルさま
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押し倒されて、嫌悪感など一瞬も浮かばなかった。体に乗り上げられて、胸は鼓動を大きくするばかり。
おかしい、おかしい、もっと頑張って抵抗しないと、と焦って追い込まれるうちに、自分の核心へ辿り着いた。
ジャーファルが好き。
よりにもよってこんなときに自覚するなんて。
腕を引き起こされて、勢いで抱きついた。
子供をなぐさめるように、背中をさすられる。見下ろす目線も手つきも純粋な優しさでしかない。ジャーファルの目には、なまえは未熟な者として映っている。
肩を並べたり、同じ土俵に立つことができない、それが悲しかった。
さきほど両手を封じられて、見上げた瞳。欲がないのはもちろん、なんの情も絞り出せない淡白な凪は恐怖も与えてこなかった。男ならこんな状況になればちょっと勘違いしそうになったりするものではないのか。それがちっとも顔色も変えずまるでつまらない義務のようにベッドの上にいる。
この人は、なまえに恋をすることなどない。
「酷いです……」
「すみません。あなたの底力が知れるかと思って侮辱の言葉を口にしたのであって、本心からではありませんでした」
そうではない。なまえが想いを告げたとして、ジャーファルが振り向くことなどないとわかっているから。
「悲しい……です」
「気落ちすることはありませんよ。戦えなくてもあなたには別な才能がありますから」
仕事っぷりは認めてもらえた。しかしそれは、ジャーファルの恋心を咲かせる種にはならないのか。いやその前に、もとが商売女だったから。お金をもらえれば誰にでも媚びを売って体を触らせる、ことを知られている。最悪だ。そんな女に同情はできても、恋はしづらいだろう。
好きな人の腕の中にいられて幸せなのに、反面どうしようもなくつらかった。
ああでも、くっついて甘えさせてくれるのが嬉しくてたまらない。べたべたの下心なのに、ジャーファルはちっともなまえの涙を彼が与えた恐怖からだと疑わないのだから。
なまえのものにならないのなら、誰のものにもならないで欲しい。そんな醜い的外れな独占欲を隠そうと俯いた。
****
なまえに事実確認をして対策を、とは考えていたものの、泣かせてしまっては話を詰めるどころではなかった。
なまえに戦闘は無理だ、と言い渡したときから、彼女は日に日に痩せていった。八人将のように迷宮を制覇する、つまりあれほど戦える人間の方が稀なのであり、シンドバッドなどもはや人間はやめていると言っていい、なまえは一般的な人間なのだから気にするなと説明もしたが、あまり効果はなかった。
「戦うことは向いてないのはわかりましたし、諦めました」と言うわりに、ショックを引きずっているようで。
かといって彼女への嫌がらせが終わるわけでなく、周囲に目を光らせ、できるだけ付き添うようにはしていた。それでだいぶ近寄る男は目減りした。
弱っていきながらも仕事はこなす姿は周囲からも同情を集める。ジャーファルが引き取ってきたのだし、責任を取り守りながら最低限の世話をしなければとかつてのアリババやアラジンへやったように彼女へ接した。
チャンスは少なくとも一日三回ある。
連れ立って食堂へ行き、お皿に持った料理をなまえへ渡す。
「さぁどうぞ」
「ありがとうございます……、ですが、こんなには食べられません」
「食べられるだけ食べれば良いのですよ」
ジャーファルはにっこりと皿を押し出した。彼女はカトラリーを手にして、ゆっくりと料理を口に運ぶ。
要は、隙あらば食べ物を与えて与えて与えた。結果的に、なまえには逆効果だったわけだが。ジャーファルの勧める食事量は彼女の許容量を超えており、それでもジャーファルの顔を立ててなんとか食べようとする。これを毎日繰り返した。ただ気遣いは重荷だったらしく、体重も戻らず、ついには倒れた。
彼女の膝が折れたとき、またやってしまった、と思った。彼女を抱えて「なぜ」「どうすれば」とジャーファルが右往左往しているとヤムライハやピスティにまで殴られて止められた。
食は体の資本、なのに美味しいものを食べて元気にならない人間もいるとは。女性は男と違いそんな単純なものではなかった。彼女は成長期をとっくに終えた大人だというのに、なぐさめたいがために、つい昔の悪癖が出てしまった。まるで子どものようにーー自分より小柄で、か弱く、守るべき存在だと思い込んでいたから。いや、守るべきなのは合っている。やり方を思いきり間違えた。
周囲に言われた通りなまえを自室のベッドに運び、改めてその顔を眺める。
血管が透けるほど青白く、頬はこけていた。初めて会ったときより、健康状態は悪く見える。
参った。
ジャーファルの手前、平気な振りをしていても近頃は空元気が痛ましいほどだった。そして追い込んだのはジャーファルなのだ。
彼女のまぶたが上がったとき、すんなりと謝っていた。
「すみません……」
「私が体調管理できていないだけです。申し訳ありません」
「いえ、私が無理をさせました。あなたからは断りづらいでしょうに、ずっと近くで監視しているようなものでしたよね」
「旦那様がそばにいてくださる時間が多くて、嬉しいぐらいです」
またそんな健気な言い方をする。
「気が休まらなかったでしょう。護衛は他の者に任せましょう」
「いやです。旦那様の隣が、どこよりも一番安心できる場所なんです」
そりゃあ、ジャーファルは眷属器を持っているうえ、権力の中枢にいるから他より強い。近くにいれば守ってやれるけれども。
光を取り戻した瞳の、真剣なこと。彼女の言葉は建前なんかじゃない。圧倒されて、なんだか胸の辺りが重くなった。いやこれは熱く感じているのか?
「……そう、ですか」
「はい」
うなずいてからなまえはハッと眉を上げた。
「ですが、旦那様の負担になるのでしたら……交代を……」
「いえ、昼も夜もあなたと行く場所は同じですから」
職場も家も、共にしている。だから移動も手間ではない。
「でしたら、どうかお側にいることをお許しください」
ベッドから伸ばされた手を取ると、やわらかく微笑まれた。なんだか腹がもぞもぞするような、思春期にあるような、ひねくれがちな照れを覚える。あまりにもなまえが素直で、まっすぐだから擦れた自分には初心な表情がやたら眩しい。
おかしい、おかしい、もっと頑張って抵抗しないと、と焦って追い込まれるうちに、自分の核心へ辿り着いた。
ジャーファルが好き。
よりにもよってこんなときに自覚するなんて。
腕を引き起こされて、勢いで抱きついた。
子供をなぐさめるように、背中をさすられる。見下ろす目線も手つきも純粋な優しさでしかない。ジャーファルの目には、なまえは未熟な者として映っている。
肩を並べたり、同じ土俵に立つことができない、それが悲しかった。
さきほど両手を封じられて、見上げた瞳。欲がないのはもちろん、なんの情も絞り出せない淡白な凪は恐怖も与えてこなかった。男ならこんな状況になればちょっと勘違いしそうになったりするものではないのか。それがちっとも顔色も変えずまるでつまらない義務のようにベッドの上にいる。
この人は、なまえに恋をすることなどない。
「酷いです……」
「すみません。あなたの底力が知れるかと思って侮辱の言葉を口にしたのであって、本心からではありませんでした」
そうではない。なまえが想いを告げたとして、ジャーファルが振り向くことなどないとわかっているから。
「悲しい……です」
「気落ちすることはありませんよ。戦えなくてもあなたには別な才能がありますから」
仕事っぷりは認めてもらえた。しかしそれは、ジャーファルの恋心を咲かせる種にはならないのか。いやその前に、もとが商売女だったから。お金をもらえれば誰にでも媚びを売って体を触らせる、ことを知られている。最悪だ。そんな女に同情はできても、恋はしづらいだろう。
好きな人の腕の中にいられて幸せなのに、反面どうしようもなくつらかった。
ああでも、くっついて甘えさせてくれるのが嬉しくてたまらない。べたべたの下心なのに、ジャーファルはちっともなまえの涙を彼が与えた恐怖からだと疑わないのだから。
なまえのものにならないのなら、誰のものにもならないで欲しい。そんな醜い的外れな独占欲を隠そうと俯いた。
****
なまえに事実確認をして対策を、とは考えていたものの、泣かせてしまっては話を詰めるどころではなかった。
なまえに戦闘は無理だ、と言い渡したときから、彼女は日に日に痩せていった。八人将のように迷宮を制覇する、つまりあれほど戦える人間の方が稀なのであり、シンドバッドなどもはや人間はやめていると言っていい、なまえは一般的な人間なのだから気にするなと説明もしたが、あまり効果はなかった。
「戦うことは向いてないのはわかりましたし、諦めました」と言うわりに、ショックを引きずっているようで。
かといって彼女への嫌がらせが終わるわけでなく、周囲に目を光らせ、できるだけ付き添うようにはしていた。それでだいぶ近寄る男は目減りした。
弱っていきながらも仕事はこなす姿は周囲からも同情を集める。ジャーファルが引き取ってきたのだし、責任を取り守りながら最低限の世話をしなければとかつてのアリババやアラジンへやったように彼女へ接した。
チャンスは少なくとも一日三回ある。
連れ立って食堂へ行き、お皿に持った料理をなまえへ渡す。
「さぁどうぞ」
「ありがとうございます……、ですが、こんなには食べられません」
「食べられるだけ食べれば良いのですよ」
ジャーファルはにっこりと皿を押し出した。彼女はカトラリーを手にして、ゆっくりと料理を口に運ぶ。
要は、隙あらば食べ物を与えて与えて与えた。結果的に、なまえには逆効果だったわけだが。ジャーファルの勧める食事量は彼女の許容量を超えており、それでもジャーファルの顔を立ててなんとか食べようとする。これを毎日繰り返した。ただ気遣いは重荷だったらしく、体重も戻らず、ついには倒れた。
彼女の膝が折れたとき、またやってしまった、と思った。彼女を抱えて「なぜ」「どうすれば」とジャーファルが右往左往しているとヤムライハやピスティにまで殴られて止められた。
食は体の資本、なのに美味しいものを食べて元気にならない人間もいるとは。女性は男と違いそんな単純なものではなかった。彼女は成長期をとっくに終えた大人だというのに、なぐさめたいがために、つい昔の悪癖が出てしまった。まるで子どものようにーー自分より小柄で、か弱く、守るべき存在だと思い込んでいたから。いや、守るべきなのは合っている。やり方を思いきり間違えた。
周囲に言われた通りなまえを自室のベッドに運び、改めてその顔を眺める。
血管が透けるほど青白く、頬はこけていた。初めて会ったときより、健康状態は悪く見える。
参った。
ジャーファルの手前、平気な振りをしていても近頃は空元気が痛ましいほどだった。そして追い込んだのはジャーファルなのだ。
彼女のまぶたが上がったとき、すんなりと謝っていた。
「すみません……」
「私が体調管理できていないだけです。申し訳ありません」
「いえ、私が無理をさせました。あなたからは断りづらいでしょうに、ずっと近くで監視しているようなものでしたよね」
「旦那様がそばにいてくださる時間が多くて、嬉しいぐらいです」
またそんな健気な言い方をする。
「気が休まらなかったでしょう。護衛は他の者に任せましょう」
「いやです。旦那様の隣が、どこよりも一番安心できる場所なんです」
そりゃあ、ジャーファルは眷属器を持っているうえ、権力の中枢にいるから他より強い。近くにいれば守ってやれるけれども。
光を取り戻した瞳の、真剣なこと。彼女の言葉は建前なんかじゃない。圧倒されて、なんだか胸の辺りが重くなった。いやこれは熱く感じているのか?
「……そう、ですか」
「はい」
うなずいてからなまえはハッと眉を上げた。
「ですが、旦那様の負担になるのでしたら……交代を……」
「いえ、昼も夜もあなたと行く場所は同じですから」
職場も家も、共にしている。だから移動も手間ではない。
「でしたら、どうかお側にいることをお許しください」
ベッドから伸ばされた手を取ると、やわらかく微笑まれた。なんだか腹がもぞもぞするような、思春期にあるような、ひねくれがちな照れを覚える。あまりにもなまえが素直で、まっすぐだから擦れた自分には初心な表情がやたら眩しい。
