踊り子とジャーファルさま
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他国を周遊しての帰り際、シンドバッドのせいでジャーファルはなまえを連れ帰る結果となってしまった。悩んだが、望外にも彼女は文官として働くにあたって適性があったらしく、白羊塔にも馴染んでいる。まだ慣れないところもありそうだが、努力のできる人間であった。簡単な仕事しか任せていないが、新人が入って彼らに任せる業務といえばいつも初めはこんなものだ。本人のやる気さえ持続すればいずれは成長する、心配いらないーーと安心、ほとんど放置していたのだが、これが間違いだったらしい。
部下、しかも数人の女性ばかりから相談を持ちかけられて、ただごとではないと覚悟した。
昼休憩を短くして、会議室に入ったジャーファルは複数の部下から囲まれている。
「仕事に不満がありますか? 時期的に忙しいのはいまさらなので変えられませんが」
「ジャーファルさまが率先して働いてるのに忙しいなんて言ってられませんよ。今回の相談はまったく違います」
「では……?」
「ほんとうに、心当たりありませんか?」
仕事は問題なく回っているし、むしろなまえが来てから楽になった部分もあるとみな喜んでいる。
「ありません、ね。なんでしょう」
答えると、それぞれに浮かぶ落胆。
「仕事人間だもの、仕方ないわ。単刀直入に言わないと」
気まずそうに目配せをしながら、一人が前置きした。そこから次々と言葉を浴びせられる。
「あたしたちも男女のことに首突っ込むのは悪いと思うんですけど、やっぱりジャーファルさまも関わってますし、知らないんじゃなまえちゃんがかわいそうなので」
仕事は仕事でも、なまえの名前が出るとは。
「なまえちゃん、ずっとセクハラ受けてるんですよ」
「あ、うちの部署内じゃないですからね」
生活を送る紫獅塔や業務を行う白羊塔のできことであれば、ジャーファルでも気づけていたはず。ただ、他の塔との文書を交わしての徒歩での往復はあるから、ジャーファルも把握しきれていない、なまえの部署外との接触もなくはない。
それにしても。
「そんな……はずは……」
自室に戻ってからも、なまえにとくにおかしな点はなかった。挨拶は笑顔だし、元気がないのはもともと大人しいからで、無害な同居人は慣れない仕事で疲れているのだろう、くらいにしか。
「シンドバッド王が、ジャーファルさまが女を買ったと宣言なさったことで、勘違いした男たちが多くいるんです」
「例えば……?」
「あたしたちが居合わせたのは、男の部屋に連れ込まされそうになったり」
「すれ違いざまに身体触られることも多くて」
「『一晩何人相手できる?』とか聞いたり」
「『シンドバッドとジャーファルってどっちが良かった?』とか。無礼極まります」
もっと下品なことも証言していたが、ジャーファルは衝撃から固まってしまっていた。あの笑顔の裏に事実を押し込めていたかと思うと、やるせない。
とりあえずは彼女に起こっていることを聞いてから、……聞いたとて、どう対処する。
「なまえちゃん、立ち居振る舞いもきちんとしているから高級娼婦だと間違われてるんです」
心当たりがある。シンドリアに帰国する際に船の上でジャーファルがきっちり教育したからだ。
「シンドバッド王と帰国したのがまた高級娼婦っていう信憑性を増してしまっていて」
あの色魔の素行についてはどうしようもないが。王でありつつ嫁はとらないと公言しているため、女がいても現地妻どまり、連れるなら商売女か情婦のみ、と認識が浸透しているわけだ。なにもかもが悪い方に作用した。
「わたしたちがなまえちゃんを一人にしないように気をつけてますけど、限界もありますし」
いくら複数いようとも、それぞれ業務をこなしながらのだから、目が届かないときもあるだろう。
「なまえちゃん、何も言ってないですか? 仕事の後は同じ部屋で過ごしているのに?」
「寝室は別でプライバシーもちゃんとありますから……」
むしろ、業務以外では関わらないようにしている。女性陣の困った顔は、期待が外れた、みたいにも読み取れた。身寄りもないなまえは雇い主のジャーファルに頼れないのでは誰を頼れるのか。
「改めて聞きますけど、ジャーファルさまの恋人……なんですよね?」
「いえ、そういう関係ではありません」
「書面上だけでも結婚しているとかですか?」
「それもありません」
女官たちは顔を見合わせる。
「まぁそこは論点ではありませんし。いっそ仕事を辞めてもらう、そうでなくとも末端部署に異動してもらうなりして宮城の外に出てもらっては?このままでは宮城内の風紀も乱れますし、なによりなまえちゃんがかわいそうです」
これにはとっさに反論していた。
「現在の部署でかなり貢献してもらってますし、彼女をいま手放すのは現実的ではありません」
「はい、困るのはそこなんですけど。なまえちゃんが問題起こしてるわけでもなしに」
「だからってなまえの精神に負担をかけるのはいかがなものかと思います」
「罰するべきなのは加害者であって、なまえではないでしょう」
「匿名の加害者が多すぎて、身の安全を守るために一時隔離させる意味でも、なまえちゃんをどうにか動かしたほうがいいのでは……」
ぽつり、と呟くように一人が言った。
「同じ部屋に住まわせて、恋人でも伴侶でもなければなまえの立場、って何なんですか?」
家事や掃除を頼むような住み込み家政婦ではない。ルームメイトというにも歪な、二人の間にあるのは友情でもなく上下関係。
もっともな疑問に、腹部を突き刺されたような痛みが襲った。帯の上からありもしない傷跡をさすりながら、懐っこいなまえの顔を思い出していた。
「とりあえず、報告に感謝します。本人に確認のうえ対策を練ります」
部下、しかも数人の女性ばかりから相談を持ちかけられて、ただごとではないと覚悟した。
昼休憩を短くして、会議室に入ったジャーファルは複数の部下から囲まれている。
「仕事に不満がありますか? 時期的に忙しいのはいまさらなので変えられませんが」
「ジャーファルさまが率先して働いてるのに忙しいなんて言ってられませんよ。今回の相談はまったく違います」
「では……?」
「ほんとうに、心当たりありませんか?」
仕事は問題なく回っているし、むしろなまえが来てから楽になった部分もあるとみな喜んでいる。
「ありません、ね。なんでしょう」
答えると、それぞれに浮かぶ落胆。
「仕事人間だもの、仕方ないわ。単刀直入に言わないと」
気まずそうに目配せをしながら、一人が前置きした。そこから次々と言葉を浴びせられる。
「あたしたちも男女のことに首突っ込むのは悪いと思うんですけど、やっぱりジャーファルさまも関わってますし、知らないんじゃなまえちゃんがかわいそうなので」
仕事は仕事でも、なまえの名前が出るとは。
「なまえちゃん、ずっとセクハラ受けてるんですよ」
「あ、うちの部署内じゃないですからね」
生活を送る紫獅塔や業務を行う白羊塔のできことであれば、ジャーファルでも気づけていたはず。ただ、他の塔との文書を交わしての徒歩での往復はあるから、ジャーファルも把握しきれていない、なまえの部署外との接触もなくはない。
それにしても。
「そんな……はずは……」
自室に戻ってからも、なまえにとくにおかしな点はなかった。挨拶は笑顔だし、元気がないのはもともと大人しいからで、無害な同居人は慣れない仕事で疲れているのだろう、くらいにしか。
「シンドバッド王が、ジャーファルさまが女を買ったと宣言なさったことで、勘違いした男たちが多くいるんです」
「例えば……?」
「あたしたちが居合わせたのは、男の部屋に連れ込まされそうになったり」
「すれ違いざまに身体触られることも多くて」
「『一晩何人相手できる?』とか聞いたり」
「『シンドバッドとジャーファルってどっちが良かった?』とか。無礼極まります」
もっと下品なことも証言していたが、ジャーファルは衝撃から固まってしまっていた。あの笑顔の裏に事実を押し込めていたかと思うと、やるせない。
とりあえずは彼女に起こっていることを聞いてから、……聞いたとて、どう対処する。
「なまえちゃん、立ち居振る舞いもきちんとしているから高級娼婦だと間違われてるんです」
心当たりがある。シンドリアに帰国する際に船の上でジャーファルがきっちり教育したからだ。
「シンドバッド王と帰国したのがまた高級娼婦っていう信憑性を増してしまっていて」
あの色魔の素行についてはどうしようもないが。王でありつつ嫁はとらないと公言しているため、女がいても現地妻どまり、連れるなら商売女か情婦のみ、と認識が浸透しているわけだ。なにもかもが悪い方に作用した。
「わたしたちがなまえちゃんを一人にしないように気をつけてますけど、限界もありますし」
いくら複数いようとも、それぞれ業務をこなしながらのだから、目が届かないときもあるだろう。
「なまえちゃん、何も言ってないですか? 仕事の後は同じ部屋で過ごしているのに?」
「寝室は別でプライバシーもちゃんとありますから……」
むしろ、業務以外では関わらないようにしている。女性陣の困った顔は、期待が外れた、みたいにも読み取れた。身寄りもないなまえは雇い主のジャーファルに頼れないのでは誰を頼れるのか。
「改めて聞きますけど、ジャーファルさまの恋人……なんですよね?」
「いえ、そういう関係ではありません」
「書面上だけでも結婚しているとかですか?」
「それもありません」
女官たちは顔を見合わせる。
「まぁそこは論点ではありませんし。いっそ仕事を辞めてもらう、そうでなくとも末端部署に異動してもらうなりして宮城の外に出てもらっては?このままでは宮城内の風紀も乱れますし、なによりなまえちゃんがかわいそうです」
これにはとっさに反論していた。
「現在の部署でかなり貢献してもらってますし、彼女をいま手放すのは現実的ではありません」
「はい、困るのはそこなんですけど。なまえちゃんが問題起こしてるわけでもなしに」
「だからってなまえの精神に負担をかけるのはいかがなものかと思います」
「罰するべきなのは加害者であって、なまえではないでしょう」
「匿名の加害者が多すぎて、身の安全を守るために一時隔離させる意味でも、なまえちゃんをどうにか動かしたほうがいいのでは……」
ぽつり、と呟くように一人が言った。
「同じ部屋に住まわせて、恋人でも伴侶でもなければなまえの立場、って何なんですか?」
家事や掃除を頼むような住み込み家政婦ではない。ルームメイトというにも歪な、二人の間にあるのは友情でもなく上下関係。
もっともな疑問に、腹部を突き刺されたような痛みが襲った。帯の上からありもしない傷跡をさすりながら、懐っこいなまえの顔を思い出していた。
「とりあえず、報告に感謝します。本人に確認のうえ対策を練ります」
