踊り子とジャーファルさま
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本当にジャーファルに女の相手をさせるつもりか。やれやれと視線を向けると、女性は心許なさそうに胸の谷間に手を置いた。
「あの、……すみません……私がお好みでないのですよね」
なにやら見当違いな謝罪をされたが、とくに訂正しても気まずさが増すだけだ。
時間だけが過ぎてゆき、店内の照明が絞られて、しっとりとした音楽が流れてきた。
同僚と先輩たちがもぞもぞ動き出すのを横目に、女性は意を決してジャーファルの前に立ち上がった。
「しつ、失礼、します」
声かけとともに膝にやわらかい重みが乗っかってきた。
「なにをして……」
「それでは、えーと、かっ、かわいがっテくだサイ……ね」
思いきり裏返った声の直後に俯く。明かりを当てなくとも、真っ赤になっていることだろうことが想像できた。
「ごごごめんなさい! サービスタイムの前にこう言わなきゃいけない決まりなんです、それで、……」
懸命に謝りながらもおずおずと伸ばした腕をジャーファルの首に巻きつける。しっとりとした肌は緊張に震えていた。
反対に自身は腹の前で袖に隠した指を組んで彼女と直接触れないようにして、冷静な目を向ける。
「なにもしないでください。私もなにもしません」
首周りの遠慮がちだった腕はゆるむ。
「え? ……ほんとに、触らないんですか……?」
「そんな目的で来てませんし、女にかまけている時間はありませんから」
ほーっと、細いため息がジャーファルにまで届く。
「……優しいお客様にあたってよかったです……」
果たして優しいかどうかは保証しないが。客としてなら、にこにこして楽しんでお金を落とせるだけ落とす者が正解だろう。シンドバッドのように。
「今夜はいいとして、明日からはどうやって働くんですか」
こんな調子では、客もやりづらくなる。この国にも旅人としてやってきた男が首をつっこむことではないけれども、つい口をついて疑問は出てしまった。
「そうなんですよね。明日……それは……その、が、がんばります……」
精神論を聞きたかったわけではない。手に職でもつけられないか、他の住み込みの仕事でも探せばいいのにと込めたつもりだった。
「私が言うことでもないでしょうが。あなた、この仕事向いてませんよ」
厳しいことを言った。そこで初めて反抗的な表情になり、きゅっと結んだ眉で、それでも笑顔を作ろうとした。
「向いている、いないではないのです。がんばらなきゃ……これしか、ないので」
「借金の形 に売られたと聞きましたが、事実ですか?」
真正面から問いただされるとは思ってなかったのか、目を見開いて赤い唇を歪ませた。やがて口を開く。
「本当です。両親が借金をしていたんです。私もずっとよそで働いて返済に協力していたんですが……」
「親の作った借金ならばあなたは関係ないでしょうに」
「あまつさえ育ててもらってましたから、苦しんでいるのを見てきてどうしても知らない顔はできません……」
「……それで?」
「両親が借りた先が悪かったんでしょうね。なかなか乱暴な取り立てをされていて。両親の目の前で借金取りから『少額ずつの返済では利息が膨らんでいくばかりで埒が明かない。もう親を楽にさせてやれ』と説得されたんです」
「それ、脅しですよ。あなたが同意してなければ誘拐でしょう」
「そう……なるんでしょうか?」
契約は成されてここにいるのだからいまさら議論するにも遅いが。
親に売られただけに留まらず、強制的に望んでもいない場所で働かされ、絶望していてもおかしくない境遇。それでも彼女の瞳は濁っておらず、透き通るような命の輝きが見えた。いまだ何者にも穢されていない、まっさらな体。
ここに来るまでもどう考えても楽な人生ではなかっただろうに、不思議と恨みつらみのようなものはなかった。
それは元来の性格か、まだ自覚がなく深刻さが足りないからか。
同じような雰囲気の女性など、そこらへんを歩いている。特別目を引くものすごい美人というわけでもない。とは言えシンドバッドの餌食になる体型とも違う。
とにかくこの場所は彼女に似合わない。それだけは確実だった。
「この店にあなたを借金取りから引き取った人間はいますか?」
「はい、借金取りと話をつけたのはオーナーです。いまは奥にいるかと」
「呼んできて……いえ、私を奥に案内してくれませんか」
「えっと……でも、ええと……何をなさるんですか?」
「文句を言いに」
なんとかそれまで取り繕っていた彼女の笑みがどんよりと曇った。初日とはいえ、接客の下手さを叱られると覚悟でもしていたのだろう。
他の客はお姉さま方の体に夢中で周囲など目に入っていない。騒ぎを最小限に席を外すというなら絶好の機会だ。
「……わかりました」
いまだに半信半疑、といった体でこわごわと膝から女性が降りる。しっとりした肌が離れて急な冷えを首筋に感じた。ときおり振り返ってジャーファルがついてくるのか確認しながら歩く彼女に笑いかけるでもなく、黙って店の奥へと進んでいく。
「あの、……すみません……私がお好みでないのですよね」
なにやら見当違いな謝罪をされたが、とくに訂正しても気まずさが増すだけだ。
時間だけが過ぎてゆき、店内の照明が絞られて、しっとりとした音楽が流れてきた。
同僚と先輩たちがもぞもぞ動き出すのを横目に、女性は意を決してジャーファルの前に立ち上がった。
「しつ、失礼、します」
声かけとともに膝にやわらかい重みが乗っかってきた。
「なにをして……」
「それでは、えーと、かっ、かわいがっテくだサイ……ね」
思いきり裏返った声の直後に俯く。明かりを当てなくとも、真っ赤になっていることだろうことが想像できた。
「ごごごめんなさい! サービスタイムの前にこう言わなきゃいけない決まりなんです、それで、……」
懸命に謝りながらもおずおずと伸ばした腕をジャーファルの首に巻きつける。しっとりとした肌は緊張に震えていた。
反対に自身は腹の前で袖に隠した指を組んで彼女と直接触れないようにして、冷静な目を向ける。
「なにもしないでください。私もなにもしません」
首周りの遠慮がちだった腕はゆるむ。
「え? ……ほんとに、触らないんですか……?」
「そんな目的で来てませんし、女にかまけている時間はありませんから」
ほーっと、細いため息がジャーファルにまで届く。
「……優しいお客様にあたってよかったです……」
果たして優しいかどうかは保証しないが。客としてなら、にこにこして楽しんでお金を落とせるだけ落とす者が正解だろう。シンドバッドのように。
「今夜はいいとして、明日からはどうやって働くんですか」
こんな調子では、客もやりづらくなる。この国にも旅人としてやってきた男が首をつっこむことではないけれども、つい口をついて疑問は出てしまった。
「そうなんですよね。明日……それは……その、が、がんばります……」
精神論を聞きたかったわけではない。手に職でもつけられないか、他の住み込みの仕事でも探せばいいのにと込めたつもりだった。
「私が言うことでもないでしょうが。あなた、この仕事向いてませんよ」
厳しいことを言った。そこで初めて反抗的な表情になり、きゅっと結んだ眉で、それでも笑顔を作ろうとした。
「向いている、いないではないのです。がんばらなきゃ……これしか、ないので」
「借金の
真正面から問いただされるとは思ってなかったのか、目を見開いて赤い唇を歪ませた。やがて口を開く。
「本当です。両親が借金をしていたんです。私もずっとよそで働いて返済に協力していたんですが……」
「親の作った借金ならばあなたは関係ないでしょうに」
「あまつさえ育ててもらってましたから、苦しんでいるのを見てきてどうしても知らない顔はできません……」
「……それで?」
「両親が借りた先が悪かったんでしょうね。なかなか乱暴な取り立てをされていて。両親の目の前で借金取りから『少額ずつの返済では利息が膨らんでいくばかりで埒が明かない。もう親を楽にさせてやれ』と説得されたんです」
「それ、脅しですよ。あなたが同意してなければ誘拐でしょう」
「そう……なるんでしょうか?」
契約は成されてここにいるのだからいまさら議論するにも遅いが。
親に売られただけに留まらず、強制的に望んでもいない場所で働かされ、絶望していてもおかしくない境遇。それでも彼女の瞳は濁っておらず、透き通るような命の輝きが見えた。いまだ何者にも穢されていない、まっさらな体。
ここに来るまでもどう考えても楽な人生ではなかっただろうに、不思議と恨みつらみのようなものはなかった。
それは元来の性格か、まだ自覚がなく深刻さが足りないからか。
同じような雰囲気の女性など、そこらへんを歩いている。特別目を引くものすごい美人というわけでもない。とは言えシンドバッドの餌食になる体型とも違う。
とにかくこの場所は彼女に似合わない。それだけは確実だった。
「この店にあなたを借金取りから引き取った人間はいますか?」
「はい、借金取りと話をつけたのはオーナーです。いまは奥にいるかと」
「呼んできて……いえ、私を奥に案内してくれませんか」
「えっと……でも、ええと……何をなさるんですか?」
「文句を言いに」
なんとかそれまで取り繕っていた彼女の笑みがどんよりと曇った。初日とはいえ、接客の下手さを叱られると覚悟でもしていたのだろう。
他の客はお姉さま方の体に夢中で周囲など目に入っていない。騒ぎを最小限に席を外すというなら絶好の機会だ。
「……わかりました」
いまだに半信半疑、といった体でこわごわと膝から女性が降りる。しっとりした肌が離れて急な冷えを首筋に感じた。ときおり振り返ってジャーファルがついてくるのか確認しながら歩く彼女に笑いかけるでもなく、黙って店の奥へと進んでいく。
