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淡雪は海に溶けた

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おなまえ
みょうじ

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<アラジン、ありがとう>

<どういたしまして>

「アラジンもわかるの?」

「ジャーファルさんが教えてくれたんだよ。<ありがとう>っていうのはお礼の言葉だから、<どういたしまして>って返してあげなさいって」

「ジャーファルさん、が」

「アリババ、モルジアナ、きいてください。私の……私わざとじゃない。ちがうの、私この国着いた。……そういった意思のない?私は目的、持ちません。手段、知らない。私なにもできない。……わかる?」

 文法も接続詞もめちゃくちゃな、覚えたての単語を並べて必死に伝えてくる。シンドリアに漂流してきたのは計画もなく偶然であり、なにかを企てているわけではないと。あの握手を交わしたときに疑っていることが明らかだったのだろう。罪悪感を覚えて、今回はすっきりして笑う。

「ああ、わかった。ごめんな」

「そのようですね。すみません」

「ありがとうございます。私この国すきです。みんな親切なので」

「そりゃあ良かった」

「モルジアナ、あなたに会えて嬉しい。アリババも。アラジン、好きよ」

 アラジンがでれでれと目じりを下げてにやける。

 それからは3人がよく話し相手になってくれた。それぞれの話が面白くて、しょっちゅう質問ぜめにしてしまったが、積極的に会話に参加するようにして、自分から話そうとするとアラジンがとくに喜んでくれた。あるときには彼らの知る迷信をきいて、似たような話を知っている、と思い出しつつ語彙も少なく間違いだらけであろう文法だけれど、なまえの語る物語に彼らはなじることもなく興味を持ってきいてくれたので、こちらも一生懸命伝えようとすることができた。
彼らの教えてくれる世界は底なしでなまえの求知心を刺激した。



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 ジャーファルは不定期に教室へ現れ、なまえの勉学の過程を確認していた。はじめのうちは教師陣にしか話しかけなかったが、しばらくして日常会話を理解できるようになると、たまになまえにも挨拶の後、会話を続けようとしてくれることも増えた。

「シンドリアには、慣れましたか」

 ゆっくり一語ずつしっかり発音してみせると、なまえはきちんと一度でききとれたようでにっこりとした。

「なんとかやっております。お尋ねくださりありがとうございます」

 一度頭を下げると、難しい顔をされた。

「シンドリアでの正式な礼はまだ習ってませんか」

「え……わかりません」

「両手を合わせてごらんなさい」

「え?手?」

 拝むようにして手の平を合わせる。それを手首を持って引き離された。

「違います。指を交差させて……」

 ジャーファルの手がかぶさって、交差させた指で左右の甲を握りこむ形をつくる。手の甲からでもわかるように、その手はかたい豆がいくつもできていた。おおよそ文官らしくない、長い時をかけて武器を扱いなれた皮膚。あたたかいそれはなまえの両手を簡単に包み込んだ。顔の前から胸元へ移動させたところで彼の手が離れる。

<あぁ!これが……見たことあります>

「覚えておおきなさい」

「はい、ありがとうございます!ジャーファルさまから教えていただける、すごいです」

 彼女が努力して笑顔を向けることが透けて見えるようだったから、つい言ってしまった。

「取り入ろうとしても無駄ですよ」

「とりい……、それはなんという意味ですか?」

<無理に私に親しもうとしなくて結構>

<どうして無理だとおっしゃるんです?私は、本当に仲良くなりたいです>

 悲しみにしょぼくれてしまうのだろうと思ったが、意外にも答えがあった。

<だってそう仕向けたのはジャーファルさんでしょう>

<私が?>

<だって、わざわざアラジンくんとか、侍女の方に日本語を教えてくださったでしょう?ありがとう、とどういたしまして>

<私はなにもしていませんよ>

<はじめに私の知る言葉で話してくださったじゃないですか>

<たったそれだけが、なんだというんです>

<わかりませんか?ジャーファルさんは私の命の恩人なんですよ>

 大げさな、と首を振った。

<あなたを救ったのはシンドバッド王です>

 それでもなまえは食い下がる。

<いいえ。この国で初めて、あなたの声をきいたとき、ああこの人は救世主だ、ぐらいに思ってました。ジャーファルさんがいなければシンドバッド王にも何も通じなかったでしょう>

 あの日あのとき、言葉の通じないふりをして放ってくこともできただろうに。そうしたら海に投げ捨てられはしないまでも島の隅で適当に最低限生きるだけのことはできただろう。それをしなかったのは、ジャーファルが根は思いやりのある人だから。身分を明かすために公で尋問されたけれども、脅したりはされなかった。
たとえ最終的にシンドバッドの命令であったとしても、疑いながらも不自由のないように細かいところへ手を回してくれたのはこの人。

 それに一度も誰からも攻撃的なことはされなかった。どんなふうに振舞っても、周囲から変な目で見られることもなかった。それはいろんな国からの人々を受け入れているこの若い国だからこそそういった偏見のない基盤ができている、慣れているぶんもあるだろうけれど、それでもなお。

 彼女の言語を他の者に教える必要もなかったのに、なまえが少しでも気を休められるようにとどこかで配慮していたのだろう。
 ジャーファルの立場からすると敵だったときのことを鑑みて油断させるためだったりもするのだが。

<私はシンドリア大好きですよ。好きになるきっかけをくださったジャーファルさんに感謝してます>

<変な感謝の仕方ですね>

<ここにどうやってたどり着いたのかも原因もわかりませんけど、なんだか来て良かったと思えてきて……言いたいことが言葉で伝わったときってとても嬉しいんですよね>

<不便はしていないようで良かったです>

<とんでもないです>

<それよりも、アラジンたちがあなたの話が面白いと言っていました。どんな話があるんですか?>

ようやく彼の警戒がとかれた瞬間だった。
 なまえは笑みを満面に広げて、言葉をつむぎはじめた。


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