淡雪は海に溶けた
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翌日、女性が一人部屋を訪れて、まず何事かを言っていたが、さっぱりわからなかった。たぶん挨拶なのだと思う。目が合ったらできるだけ微笑むことを意識する。笑顔はどの国の常識でも通じるだろう。その後着替えをさせてくれたが、赤ん坊のようにされるがままになっていた。昨日のものは夜着であったらしい。今度はうっすらベージュ色の着物とワンピースの間のような服をもらった。彼女は扉のところで着いてくるように、と手招きの仕草をする。ぶつかってしまわなよう数歩の間をあけて着いていき長い廊下を渡ると、人々がどこそこから集まってきだして、にぎやかな声がだんだんと大きくなってきた。
大広間に机がたくさん並んで、美味しそうな香りがただよう。食堂のようだ。大皿に盛られた料理が、それぞれ湯気を立てている。
とある机の前で立ち止まり、椅子を引いてくれたので座ると、女性が料理をとりわけ、食膳を整えてくれた。
「――」
<ありがとうございます>
相手の言葉は相変わらずわからなかったが、お礼を言うと、そのときだけは笑ってくれた。
<どういたしまして>
彼女の口からとびでた言葉に、目を丸くする。聞きなれた言葉だった。思わず椅子から立ち上がり、直視したが、今度は通じていないようだった。
<えっ、わかるの?!>
「―――――、―」
なにごともなかったかのように食事を差し出して、促した。まともな会話どころかあいさつさえもできないのだ、このやりとりは不毛だ。
肩を落として、大人しく眼の前のご飯に集中することにした。両手を合わせる姿に、女性が少し好奇心を持ったようだった。言語も違えば、似通った習慣はないのだろうか。見られていると思えば恥ずかしくなり、大人しく食事に手をつけた。
物珍しそうに刺さってくる視線に、振り返らぬように耐える。付き添ってくれたなまえの世話係に声をかけてくるのは大抵女性で、雑談なのか挨拶なのかわからないが、会話の前後にちらりと同情や好奇の目を向けられる。目が合うとみな微笑んでくれるので、悪い話はきっとしていないのだろう。愛想よくしているように努めると、返ってくる笑顔。たまになぐさめるように肩をたたいてくる者もあった。
**
女性と並んで食事を終えて食堂部屋を出るとき、青いゆらゆらした三つ編みを見つけた。あのときのつんとした金髪の少年と赤毛の少女もいっしょだった。
<ねぇ!>
思わず声をかけて、かけよる。小さな彼だけはぱっと顔を輝かせたが、うしろの二人は少し引いたところで立ちすくんでいる。
<あのときは、親切にしてくれてありがとう。ずっとお礼を言いたかったの。ほんとにありがとう>
努めて笑顔をつくると、彼も喜んだ。手を掴まれ、後ろの二人の立つ場所へとひっぱられた。
<あのね、私、なまえ>
「なまえ?」
<そう、なまえ。あなたの名前は?>
自分を指さして、もう一度名前をゆっくりと発音し、次に男の子を指さした。
「――――――?アラジン!アラジン、――」
<アラジン?あなたの名前ね?……>
「なまえ、――アリババ!――モルジアナ!」
アラジンは嬉しそうに、二人を順に指さして紹介した。名前をきいて頭に浮かんだ二人。金髪の、晴れやかな笑顔が似合う正義感の強い少年アリババと、鮮やかな赤の似合うかわいらしくもたくましい少女モルジアナ。いまの彼らの表情からはかけ離れているが、いつかきっと二人の笑顔がみれたらいいのに。
<どうぞよろしく>
<……――>
<―>
アラジンが仲介し、二人と握手を交わしたが、かたい態度はくずれない。軽く触れるだけのぬくもりのない握手。目をそらされることはなかったがそれは好意的なものではなく、なにかを探っているような。
<アラジン、二人を紹介してくれてありがとう>
礼を告げるとともに頭を軽く下げると、アラジンがぽんぽん、と腕を叩いてくれた。元気を出して、と言ってくれているようで胸があたたかくなった。
本当に優しい子だ。見た目からして非力な女性とはいえ見ず知らずの人間にこんなに親切にしてくれるなんて。二人の態度には少しさみしくなったが、初対面なら仕方ない。そもそも出会いが普通ではなかった。自分でもどうしてこの島国に来てしまったのか、あれは多分事故だったのだと説明する術も言葉も持たないのだ。あなたたちを傷つけるつもりも、ましてや敵でもないと言いたいけれど。
それで言葉も通じない、見たこともないまったくもって謎の人種をめのまえに、急に仲良くしろと言われても無理だろう。
<アラジンくん、アリババくん、モルジアナちゃん……>
教えてもらった名前をかみしめながら、またね、と言って手を振りあった。
待っていてくれていた彼女に頭を下げると、にこやかに次の目的地の方向を示された。
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翌日、女性が一人部屋を訪れて、まず何事かを言っていたが、さっぱりわからなかった。たぶん挨拶なのだと思う。目が合ったらできるだけ微笑むことを意識する。笑顔はどの国の常識でも通じるだろう。その後着替えをさせてくれたが、赤ん坊のようにされるがままになっていた。昨日のものは夜着であったらしい。今度はうっすらベージュ色の着物とワンピースの間のような服をもらった。彼女は扉のところで着いてくるように、と手招きの仕草をする。ぶつかってしまわなよう数歩の間をあけて着いていき長い廊下を渡ると、人々がどこそこから集まってきだして、にぎやかな声がだんだんと大きくなってきた。
大広間に机がたくさん並んで、美味しそうな香りがただよう。食堂のようだ。大皿に盛られた料理が、それぞれ湯気を立てている。
とある机の前で立ち止まり、椅子を引いてくれたので座ると、女性が料理をとりわけ、食膳を整えてくれた。
「――」
<ありがとうございます>
相手の言葉は相変わらずわからなかったが、お礼を言うと、そのときだけは笑ってくれた。
<どういたしまして>
彼女の口からとびでた言葉に、目を丸くする。聞きなれた言葉だった。思わず椅子から立ち上がり、直視したが、今度は通じていないようだった。
<えっ、わかるの?!>
「―――――、―」
なにごともなかったかのように食事を差し出して、促した。まともな会話どころかあいさつさえもできないのだ、このやりとりは不毛だ。
肩を落として、大人しく眼の前のご飯に集中することにした。両手を合わせる姿に、女性が少し好奇心を持ったようだった。言語も違えば、似通った習慣はないのだろうか。見られていると思えば恥ずかしくなり、大人しく食事に手をつけた。
物珍しそうに刺さってくる視線に、振り返らぬように耐える。付き添ってくれたなまえの世話係に声をかけてくるのは大抵女性で、雑談なのか挨拶なのかわからないが、会話の前後にちらりと同情や好奇の目を向けられる。目が合うとみな微笑んでくれるので、悪い話はきっとしていないのだろう。愛想よくしているように努めると、返ってくる笑顔。たまになぐさめるように肩をたたいてくる者もあった。
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女性と並んで食事を終えて食堂部屋を出るとき、青いゆらゆらした三つ編みを見つけた。あのときのつんとした金髪の少年と赤毛の少女もいっしょだった。
<ねぇ!>
思わず声をかけて、かけよる。小さな彼だけはぱっと顔を輝かせたが、うしろの二人は少し引いたところで立ちすくんでいる。
<あのときは、親切にしてくれてありがとう。ずっとお礼を言いたかったの。ほんとにありがとう>
努めて笑顔をつくると、彼も喜んだ。手を掴まれ、後ろの二人の立つ場所へとひっぱられた。
<あのね、私、なまえ>
「なまえ?」
<そう、なまえ。あなたの名前は?>
自分を指さして、もう一度名前をゆっくりと発音し、次に男の子を指さした。
「――――――?アラジン!アラジン、――」
<アラジン?あなたの名前ね?……>
「なまえ、――アリババ!――モルジアナ!」
アラジンは嬉しそうに、二人を順に指さして紹介した。名前をきいて頭に浮かんだ二人。金髪の、晴れやかな笑顔が似合う正義感の強い少年アリババと、鮮やかな赤の似合うかわいらしくもたくましい少女モルジアナ。いまの彼らの表情からはかけ離れているが、いつかきっと二人の笑顔がみれたらいいのに。
<どうぞよろしく>
<……――>
<―>
アラジンが仲介し、二人と握手を交わしたが、かたい態度はくずれない。軽く触れるだけのぬくもりのない握手。目をそらされることはなかったがそれは好意的なものではなく、なにかを探っているような。
<アラジン、二人を紹介してくれてありがとう>
礼を告げるとともに頭を軽く下げると、アラジンがぽんぽん、と腕を叩いてくれた。元気を出して、と言ってくれているようで胸があたたかくなった。
本当に優しい子だ。見た目からして非力な女性とはいえ見ず知らずの人間にこんなに親切にしてくれるなんて。二人の態度には少しさみしくなったが、初対面なら仕方ない。そもそも出会いが普通ではなかった。自分でもどうしてこの島国に来てしまったのか、あれは多分事故だったのだと説明する術も言葉も持たないのだ。あなたたちを傷つけるつもりも、ましてや敵でもないと言いたいけれど。
それで言葉も通じない、見たこともないまったくもって謎の人種をめのまえに、急に仲良くしろと言われても無理だろう。
<アラジンくん、アリババくん、モルジアナちゃん……>
教えてもらった名前をかみしめながら、またね、と言って手を振りあった。
待っていてくれていた彼女に頭を下げると、にこやかに次の目的地の方向を示された。
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