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淡雪は海に溶けた

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おなまえ
みょうじ

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「――!―、――――!?」

 なにかしら激しい音がして、眉をひそめた。体が重い。妙にリアルな夢を見た。水におぼれる夢。いや、おぼれるというより漂っていた。流れにさからえず、体がしばられたように動かなかったのだ。それに、急に肌の感覚が戻り、すごく寒いことに気づいた。

 目を開けて視界に飛び込んだのは、青、赤、茶、金、銀、水色とカラフルな色たち。私はいったいどうしたのだろう。さっきまで何をしていたのだか。
ぼんやりとした輪郭が明瞭になってくると、それが全てそれぞれの髪の色であることがわかった。

<な、なに……>

みな物珍しげにこちらを見ていた。なぜだろう、こんな突拍子もない人間たち、一度も見たことないはずなのに、何度も見ているような気がする。
まだ夢の中なのだろうか。目にかぶさる髪をかきあげると、それがじっとり濡れていることにびっくりして反射のように手のひらを返す。
細かいしぶきが飛んで、きらきらと輝いた。指先からしたたる水、開けた口にしょっぱいものが伝ってきた。塩水、いや海水のようだ。

「―?」

 ぽん、と肩に触れられた腕をたどる。がっしりとした筋肉をまとった体は小麦色をしていて、それと対照的な銀の髪が日の光を吸いこんでまぶしい。
やや垂れ気味の細長い瞳がじっとこちらを伺っている。

<あの……私……>

かちゃり、と近くで耳慣れない金属音がした。視線をずらすと刀を肩にかけているのがみえる。その音、輝きようといったら、どうにも模型などではなさそうだ。
使用直後の色濃い鮮血の滴るそれを見て、口から悲鳴がほとばしった。



<きゃあああああああああっ、きゃああああ!!!>


殺される、と思った。
 とび起きて膝を折り曲げてその場で身をちぢこめる。頭を抱えて、防衛反応を起こした。

<いや……!これ夢でしょ……覚めてよ!>

「―――!――――――――」

「――――――――――」

 男女の言い争うような激しい声は聞こえていたが、聞いた事のない言語だ。体を小さくしてぎゅっと耐えしのんだ。

<こんな夢、いや……>

「―――?」

 背中を優しく叩かれて、おそるおそる手を下げる。

 そこにはにっこりと、無邪気さを見せる子供がいた。頭に巻かれたターバンから、長く鮮やかな海の色をした編みこみが下げられている。
同じく澄んだ水色の瞳が好奇心を隠しきれずきらりと輝いていた。その後ろに立つ短い金色の髪の男の子が、心配そうにこちらを眺める。どちらかというと、そばにいる男の子のほうを。となりには炎のように赤い髪の女の子。こちらはむすっとしているが、金髪の子にぴったりと寄り添っている。


<夢ではない>


 それまで音の羅列しか話さなかった彼らの一人から、突如、理解できる言語が放たれた。
 やわらかな緑色の、頭巾のようなものを被っている。ただ頭巾にしては異様に長い。
海色の髪の男の子然り、肌を見せるゆるめの服をまとう人間が多いなか、その人だけはきっちりと日の光を避けるように着こなしている。
周囲の人間も驚いたように彼に集中しているため、聞こえた言葉は彼のものだろう。一歩進んだ彼に、視線を定める。聞き間違いではないのか。

<え……、>

 声が上手く出せずにむせる。背中を丸めてせき込むと、青い髪の子が息をしやすいようにと肩甲骨のあたりをさすってくれた。
見上げると、ゆっくりと語りかけられた。話しなれていないかのように。

<これが、わかるか?>

 ひとつ深呼吸して、頷いた。彼の語彙は強くはないが毅然としている。座り込むシャーリンに対して伸びた背筋、読めない表情を保ち、膝をつかず心理的にも近づこうとしない態度。あえて高圧的にみせているようだった。もちろんそんなことを気にかけている余裕などない。ただ質問に短く答えるしかできなかった。

<わかります>

<我々は、あなたに危害を加えない>

 見渡すと、さきほどの刀を持った男はいつの間にか遠く離れていた。もはや刀もその手にしていない。
なぜか水色の長い髪をした女性におさえつけられている。彼女が守ってくれたのだろうか、刀もとりあげられ、おとなしくしているのでひとまず命の危険はなさそうだ。
 助かった。
 これでどうにかなる。言葉の通じる人にやっと会えた。

<まずは、あなたの出自を問おう>

ずいぶんと古臭い言葉に、理解が遅れた。出自など口語ではめったに出ないだろう。
 なにを言えばいいのか、と目を泳がせていると、質問が飛んできた。

<名前は?>

なまえ、といいます>

 己の名前は、すんなり出てきた。
なまえ。国は……>

<くに……?>

 一瞬ぽかんとし、まばたいた。そして眼球をきょろきょろと動かす。この仕草は、答えたくないというよりも。

<わからないのか?>

 顔をしかめた。

<……私の、国?>

 国とはなんだったか、概念なら理解している。ひとつの国家に統治された土地であり、人はそこに属し生活する。それでは私の国というのは、どこだろう。風のやまない草原、滝から滑る川、深いみどりの山、切り立った崖からのぞむ海、波打つ砂漠、沈む太陽、青を埋め尽くす灰色雲、足を埋めるは絨毯のような―――
 さまざまな風景が思い浮かぶが、どこか統一感がない。そしてそれらは紙を虫に食われたように、白い穴だらけ。

<私の、居るべき、ば、しょ……>

 ざわめきがしずかに取り交わされている。内容が理解できたとしても、嬉しいものではないだろう。警戒をより強めさせてしまったようだ。
 まわりが神妙な面持ちで二人を見つめるなか、豪奢な首飾りをつけた男だけが、興味深そうにやりとりを聞いていた。

「―――?―」

「―!―――――――――」

 なにごとかを二人の間で話して、大柄なほうの人が太ましい笑みをした。こちらのほうが立場が上らしく、男はどうにも険しい表情をしていたが、ようやく頷いた。

<あの、すみません>

 その一言で一気に注目を集めて、少しひるむ。いいにくそうにしていると、青い髪の男の子がなあに?と尋ねるようにしてくれたので、言葉をつづけられた。

<ここはどこですか?みなさんはなんなんでしょう……>

<ここはシンドリアだ。国王が、あなたを歓待する、と言っている>

<コクオウ?皇帝?>

<国王シンドバッド、彼だ>

 ひらり、と舞った袖の先には、さきほどまで彼と話し込んでいた腕を組んだたくましい男がいた。青い髪を背中でひとくくりにして、ゆったりとした衣装を身にまとい、周囲とまた違った空気を放っている。王となるにはずいぶんと若く見えるが、威厳は兼ねそろえているようだ。それでも近寄りがたいわけではなく、頼りがいのありそうな、人を安心させる笑みだ。傑物には一瞬にして人を惹きつけるものがあるというが、まさにその通り。

 それにしてもシンドリア、という響きに覚えがある。なにか、人から聞いたのだったか。手を地面についてふらふらと立ちあがる。なんとなく、記憶にあるようなないような。

<シンドバッド王……?>

 呆然と呟くと、名前を拾ったのか男が口端を上げた。大きな輪状の耳飾がつややかに光る。

「――――――!」




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