南国の淡雪
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数日のうちに街までも侵食していた雪の勢いは衰え、災害前とほぼ変わらず生活できるようになっていた。山の上にはいまだにぽつぽつとまだらに雪は残っているものの、国民への影響はほぼなくなったので、調査隊も様子見という体をとり、みなもとの生活へ戻っていった。
ジャーファルは困惑していた。もしこの現状が白い女性に「止めてくれ」と頼んだから収まっているのだとしたら、あの山の上でのできごとを現実として受け止めなくてはいけない。
森に入ったものはみな一様に被害とみせつつ救済にあっているのでだいたいの間違いはないだろうが、それでもジャーファルの様子はそれからおかしかった。ただ周囲からはこのシンドリアを襲った大雪の原因究明と解決にやっきになっているのだろうと思われていた。
空いた時間を使って書庫にこもって古い書籍をしらべている様子は、本職である政と同様に真剣な様子。それから黒秤塔にいる留学生や教師にかたっぱしからあることについて話しかけてまわっていた。あるとき教師の一人と話が合った。
ジャーファルが―――という言葉を知っているか、聞き覚えはないかと尋ねたとき、男性は唸って「確か、それはしたたか、強者だとかそういう意味だったと思う」と答えた。それにジャーファルは敵の尻尾をつかんだとばりに、もっとその言語について詳しく教えてくれと頼んだ。それはいまは大陸に住む絶滅しかけの一族の言語で、かつては大きな部族だったが戦で淘汰されその一族でさえいまはもう話せるものは少ないとのことだった。かけらでもいい、手がかりをつかめたことに心が躍った。
****
しばらくしてもう一度、今度はジャーファル一人で山へ登った。相変わらず雪はふぶいていたが、以前のようにジャーファルの立ち入りを拒絶する様子はなかった。
確かこのあたり、と遭難しかけた場所を探し当て、歩き回ってみたがこうも景色が真っ白だと難しい。帰りの目印になるようにと赤い布を木々にまいたりしていたが、雪でまばらにしかみえない。
どうしたものかと、今回はここで引き上げようと周りを見渡したところで、静かに声がかかった。
「……つよいひと」
待ちに待ったその姿に、深呼吸する。冷たく刺さるような空気が喉元をすぎ肺に満ちる。登山をし火照った体を冷やすのにちょうどいい。
<こんにちは>
<こんにちは。わかるの?>
「少しだけ」
「そう……もうみんな忘れたのだと思った。ずいぶんと昔の言葉」
「えぇ。あなたが何者なのか知りたくて。でもやはり、私の話すこともわかるんですね」
彼女はじっと目線ををからめてきたが、そのことについてちゃんとした答えを教えてくれそうにもなかった。
「あのときのような雪はもう、やめました」
まえと会ったときと同じ、白い外見そのままに、落ち着いた、雪に吸収されてしまいそうな声。それでも、少しさびしい響きは消え去った。
「そのようですね。ありがとうございます。またお会いできてよかった」
「よかった?なぜ?変な人……でも、あなたは嫌じゃない。私の雪に負けなかった、つよいひと」
感情のこもらない話し方でそう告げられ、ジャーファルはにっこり笑った。
「私はジャーファルといいます。お名前をきかせてもらえませんか?」
そうきくと少し警戒するような、ためらうようなそぶりをみせた。
「私の名前を?」
「はい、あなたのお名前です」
「……なまえ」
「ではなまえさん。つぎにあなたを探すのに手間取るので、こちらを身に着けていてもらえませんか」
ジャーファルがクーフィーヤから止め具を外し、紐を通して簡単な玉の首飾りを作った。
「赤い……きらきらしてる。ジャーファルはこれがなくて困らないですか?」
「代わりはあるので心配しないでください」
「そう……」
「また、ここにきてもいいですか?あなたのことは誰にも話していませんし、嫌だというのならこれからも誰にも教えません」
「また、きてくれるの……」
「あなたがよければ。それが約束です」
<ありがとう>
<ありがとう?>
<うん。ありがとう>
流れからして<ありがとう>の意味を読み取ったのか、彼は二度もきかなかった。
手の中で光を放つ宝玉をそうっと白い指が包み込んだ。色の効果か、ジャーファルの体温が移っているのか、それはほんのりとした温もりを持っているような気がした。けれどもなまえの温度にすぐ馴染み、氷のように冷えた。首からさげると、くっきりと白の衣装から浮かび上がる。
「では、預かっておきます。あの、あなたがつけた目印は」
「はい。回収しておきます。誰かに見つからないように」
なまえがこっくりと首を縦に振った。
「ではまた、お会いしましょう」
「えぇ、もちろん」
**
数日のうちに街までも侵食していた雪の勢いは衰え、災害前とほぼ変わらず生活できるようになっていた。山の上にはいまだにぽつぽつとまだらに雪は残っているものの、国民への影響はほぼなくなったので、調査隊も様子見という体をとり、みなもとの生活へ戻っていった。
ジャーファルは困惑していた。もしこの現状が白い女性に「止めてくれ」と頼んだから収まっているのだとしたら、あの山の上でのできごとを現実として受け止めなくてはいけない。
森に入ったものはみな一様に被害とみせつつ救済にあっているのでだいたいの間違いはないだろうが、それでもジャーファルの様子はそれからおかしかった。ただ周囲からはこのシンドリアを襲った大雪の原因究明と解決にやっきになっているのだろうと思われていた。
空いた時間を使って書庫にこもって古い書籍をしらべている様子は、本職である政と同様に真剣な様子。それから黒秤塔にいる留学生や教師にかたっぱしからあることについて話しかけてまわっていた。あるとき教師の一人と話が合った。
ジャーファルが―――という言葉を知っているか、聞き覚えはないかと尋ねたとき、男性は唸って「確か、それはしたたか、強者だとかそういう意味だったと思う」と答えた。それにジャーファルは敵の尻尾をつかんだとばりに、もっとその言語について詳しく教えてくれと頼んだ。それはいまは大陸に住む絶滅しかけの一族の言語で、かつては大きな部族だったが戦で淘汰されその一族でさえいまはもう話せるものは少ないとのことだった。かけらでもいい、手がかりをつかめたことに心が躍った。
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しばらくしてもう一度、今度はジャーファル一人で山へ登った。相変わらず雪はふぶいていたが、以前のようにジャーファルの立ち入りを拒絶する様子はなかった。
確かこのあたり、と遭難しかけた場所を探し当て、歩き回ってみたがこうも景色が真っ白だと難しい。帰りの目印になるようにと赤い布を木々にまいたりしていたが、雪でまばらにしかみえない。
どうしたものかと、今回はここで引き上げようと周りを見渡したところで、静かに声がかかった。
「……つよいひと」
待ちに待ったその姿に、深呼吸する。冷たく刺さるような空気が喉元をすぎ肺に満ちる。登山をし火照った体を冷やすのにちょうどいい。
<こんにちは>
<こんにちは。わかるの?>
「少しだけ」
「そう……もうみんな忘れたのだと思った。ずいぶんと昔の言葉」
「えぇ。あなたが何者なのか知りたくて。でもやはり、私の話すこともわかるんですね」
彼女はじっと目線ををからめてきたが、そのことについてちゃんとした答えを教えてくれそうにもなかった。
「あのときのような雪はもう、やめました」
まえと会ったときと同じ、白い外見そのままに、落ち着いた、雪に吸収されてしまいそうな声。それでも、少しさびしい響きは消え去った。
「そのようですね。ありがとうございます。またお会いできてよかった」
「よかった?なぜ?変な人……でも、あなたは嫌じゃない。私の雪に負けなかった、つよいひと」
感情のこもらない話し方でそう告げられ、ジャーファルはにっこり笑った。
「私はジャーファルといいます。お名前をきかせてもらえませんか?」
そうきくと少し警戒するような、ためらうようなそぶりをみせた。
「私の名前を?」
「はい、あなたのお名前です」
「……なまえ」
「ではなまえさん。つぎにあなたを探すのに手間取るので、こちらを身に着けていてもらえませんか」
ジャーファルがクーフィーヤから止め具を外し、紐を通して簡単な玉の首飾りを作った。
「赤い……きらきらしてる。ジャーファルはこれがなくて困らないですか?」
「代わりはあるので心配しないでください」
「そう……」
「また、ここにきてもいいですか?あなたのことは誰にも話していませんし、嫌だというのならこれからも誰にも教えません」
「また、きてくれるの……」
「あなたがよければ。それが約束です」
<ありがとう>
<ありがとう?>
<うん。ありがとう>
流れからして<ありがとう>の意味を読み取ったのか、彼は二度もきかなかった。
手の中で光を放つ宝玉をそうっと白い指が包み込んだ。色の効果か、ジャーファルの体温が移っているのか、それはほんのりとした温もりを持っているような気がした。けれどもなまえの温度にすぐ馴染み、氷のように冷えた。首からさげると、くっきりと白の衣装から浮かび上がる。
「では、預かっておきます。あの、あなたがつけた目印は」
「はい。回収しておきます。誰かに見つからないように」
なまえがこっくりと首を縦に振った。
「ではまた、お会いしましょう」
「えぇ、もちろん」
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