Head Over Heels In Love With You.
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呼びつけた皇子は時間きっかりに現れた。きわめて個人的な内容だが正式な書状の形で渡したので、礼儀に従わざるをえなかったのだろう。出会いがしらに双蛇鏢をその足元へ打ち込んだ。帯刀していた武器を抜くひまもなく、後ずさりする。
「いらしたということはもちろん泣く覚悟はできてるでしょうね。いま私腹わた煮えくりかえってるんで手元狂うかもしれませんが、最悪でもお命はとりませんからご覚悟を」
「なんかおかしいだろそれ!ご安心を、っていうところだろ?!お、俺が何をしたっていうんだ!」
「私のなまえをあれだけ怯えさせて怖い思いさせた罪ですよ」
「自分の心のままに従っただけだ、彼女さえ頷いてくれればとことん愛して幸せにするさ。たかだか好きの一言も伝えられないあんたよりもな」
ジャーファルは眉ひとつ動かさず鼻で笑った。
「愛の安売りをしてる方に言われても重みがありませんね。『彼女さえ頷いてくれれば?』条件の上で成り立つ愛など、笑わせます。無理やり迫っておいて、あなたのわがままを彼女に押し付けないでください」
「安売りなんざしてないさ。いま口説いてるのはなまえひとりだけだぜ。
俺のことを真実愛してくれる女性がいるならなまえがいいと思ったんだ。正妃に迎える準備もしよう」
「はぁ?彼女にあなたへの気持ちはこれっっっぽっちもありませんからどうぞきっぱりすっぱり諦めてください。口だけのあなたのことだ、そんなこと言いつつ浮気するのが目に見えています」
「それはまた酷い言い方だな。よかろう、かかってこい」
その台詞がとびでるのも然り、そこそこ剣の扱いを心得ているようで、軽いならしをかわされた。
ところがどっこい、上等の刀もあっさりと双蛇鏢で奪われ、護身用の小刀もとりだしたが、一撃で折れた。構えをなおした敵に、くやしまぎれの一言を投げつける。
「反省してなまえに謝るのならここまでにしてさしあげましょう。もう彼女に近づきませんよね。それともまだ抵抗しますか?」
「卑劣な!丸腰の人間に武器を使うのか?!」
「ほう……直に殴られるほうがお好みですか。いいでしょう」
かけらも微笑まないジャーファルに、恐怖で吐き気すらせりあがってくる。身長はこちらのほうが幾分高いはずなのにこの威圧感、まぎれもない殺意。
物心ついたころから剣だけでなく柔術を仕込まれて大会にもでていたが、実戦でこんなにも通用しないとは思わなかった。血管の浮き出た手の甲を見て血の気が引く。
「腹が良いですか?顔はやめておきますか?骨折しない程度にしておきますが」
容赦がない。ほんとうに一ミリたりとも。
シンドリアに留学をきめて、宮殿に着いて出迎えてくれたときのあの笑みはどこへ仕舞ったのだろうと。
痛みを過ぎて衝撃をただ受け止める。これで文官なのか疑わしい。
武器の使用を禁じたとてそこは見せる武道しか習ってこなかった軟弱育ちのお坊ちゃまに、シンとともに世界をまわり闘いをこなしてきた元暗殺者が一泡もふかせられるわけがなかった。子供のチャンバラごときですませられない。
終いに頭にたんこぶをこさえ、頬も額も紫に腫らして、鼻と口からも赤いものを垂らしてひざまずく姿はこっけいだった。
自慢の髪は泥がこびりつき、上等の服もやぶれかぶれで見るも無残だ。なまえの手前意地を張りかろうじて立ち上がってはいるが。
「なまえ殿。あなたをきずつけて悪かった。それにしても俺のものにならないなんて、ほんとうに惜しい」
「それは結構ですから、早くお手当てを」
あわあわと忙しなく彼の周囲を回る。もっていたハンカチで汚れるのも気にせず顔を伝う血を拭う。
「こんな俺を許してくれるうえ、同情もしてくれるのか。やっぱりあなたは……」
まだチャンスはあると踏んで伸ばした腕は叩かれた。見るとジャーファルがなまえの手を握っている。
「彼の治療は他の者がしますから放っておきなさい。酷いのは汚れているだけで怪我なんてすぐ治りますよ」
「ジャーファルさまも。ご無事でよかった」
怪我を考慮してか抱きつくのをためらういじらしい姿を、ジャーファルは見せ付けるように抱きしめた。
「ありがとうございます、治療をお願いできますか?」
「も、もちろんです!あの、痛いですか?血は出てませんか?」
首まで真っ赤にしたなまえがジャーファルと仲良く手をつなぎながら去っていった。
「なんだ、ほんとに相思相愛なんじゃないか。ちょっとこっちにも分があるかなと思ったんだけど」
いままでいくら派手に失恋してもなにも感じなかった。それなのに痛む胸に己がどれだけなまえに本気だったのか、いまさらに思い知った。
「くそっ。なんだこれ。悔しいから、祝いには腹いせに思いきり下卑たものを送ってやるぞ」
そこでどうしてか、いままで見てきたなまえの笑顔が頭をよぎっていく。あの男は憎いが、彼女を困惑させるのは本意ではない。下手なものを贈呈すればなまえの目に触れる前に捨てられることが容易に想像できた。そしてかの皇子は馬鹿だと言いふらすようなものだろう。
「いや、皇子として、ちゃんとしたものを…俺の国の品位のためにな」
国の名前を使えばかろうじて手に届くかもしれないが、お蔵入りは確実だ。捨てられることのない、かつ彼女の喜びそうなもの。宝石にもそこまで興味を持たないようだった。あるとき剣舞を見せたときと同じアイディアだが、彼女のためだけに国一番の役者を集めて舞台をひらこうか。そんな保っても数時間で終わるものは却下だ。形としてずっと彼女のそばに置けるものが良い。
少し頭をひねらねばなるまい。