Head Over Heels In Love With You.
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宮殿をいつものルートで回っていると、揺れるグリーンのクーフィーヤを目が捕らえた。いっておくが、彼女は決して人の気配を読むのが得意なわけではない。加えてジャーファルはその育ちゆえに一般人には気配をさとるのが難しいはずなのだが、なまえは彼に対してだけは不思議と何かが働いたかのようにその存在をいちはやく察知する。彼女いわく、愛の力です、と断言する。
「ジャーファルさま、どちらに行かれるんです?」
近づいて腕をからめようとしたが、するりとかわされた。空ぶった腕を胸の前に置いて、ぷくりと頬を膨らませる。かわいくすねてみせたのだが、冷静さを失わない。
「すみませんが、これから会議です」
「避けなくったって……。」
「あなたはいつも、場所をわきまえて行動するべきですよ」
周囲に人目がないからとはいえ、ここも公のくくりに入るのだと注意される。しかしここで引き下がるなまえではない。
「ごめんなさい。会議が終わったら会いに行ってもいいですか?」
「いえ、長引くと思いますので遠慮してください」
「わかりました……だったら、」
「悪いのですが急ぎますので、もう行きます。あなたも早く仕事に戻ることですね」
「はい。ジャーファルさま……どうぞ、お疲れの出ませんように。良い日をお過ごしください」
「ありがとうございます。あなたも」
その言葉で仕方ない、と言う風に微笑んで、彼は行ってしまった。逢瀬というにはあまりにも甘みに欠ける会話。だがささやかな幸福にふんわりとため息をもらした。
さきほどまでいた彼の場所を埋めるように寄り添ったのは、
「なまえ殿、彼はいつもあんな感じなのか?」
「皇子さま。ジャーファルさまですか?忙しい方なので、そうですね。でもたまにはゆっくりお話してくださるんですよ」
「そうではなく、あなたに対してああいう態度が常なのだろうか?」
「えぇ」
「信じられない。少なくとも、好意を持ってくれている女性に対してあのようなそっけない対応をすべきではない。
あのような態度を、あなたのような素晴らしい女性が甘んじて受けてはいけない」
真剣な物言いに、まるで叱られているような錯覚を覚えた。
「そのようなことをおっしゃいましても」
「それでもあの男が好きとおっしゃるか」
急にきた質問に、迷いなく答えた。最高の笑顔で。
「好きです。最後には微笑んでくださいましたし」
「両想いなのなら、抱きしめあってキスでもするところだ、あの場面は。あの男はおかしい」
「えーと、衆目がある……かもしれない、そんな中でジャーファルさまがそんな行動すると、逆に変な気がします」
「愛し合う男女がすることに、何が変なことがあるでしょうか。俺はあなたを幸せにしたい。あなたはあの男を追いかけていてはいけない」
「私は、いまのままで良いのです」
「あなたが本当の愛を知らないだけだ」
息まいて、言いきった。失礼する、と一礼して彼は神妙な顔のまま去ってしまった。とめる気もないけれど、その肩は怒っていてあっという間に遠ざかる。
「ほんとのあい……」
ぼんやりとしか定義できない、愛という感情。
真実の愛とやらを表現するのならどのようなものになるだろうか。
相手を褒め称えること。
きれいな花をさしだすこと。
優しく抱きとめること。
四六時中そばにいること。
そういうことも含まれるときもあるだろう。けれど、なまえが思い描くものは別だ、とかぶりを振る。先ほどのジャーファルとのやりとりの中でだって、彼は決してうとましくて誘いを袖にしたわけではない。会議が長引くとわかっていて、あたりが暗くなってから女性ひとりを待たせるなどいくら平和なこの国といえど推奨されはしない。
なまえの身を案じてのあの返答。たとえジャーファルにその気がなくたって、なまえの恋情を理解し向き合っているということを瞳で伝えてくれるからなにも疑うことなく好きでいられるのだ。
別の日に、珍しくジャーファルのほうからやってきた。腕を回してきたり抱きついたりはしないものの。すべてを把握しているかのように、手の空く時間帯を見計らって訪ねてくる。
「なまえ、いま忙しいですか?」
「ジャーファルさま。いいえ、ジャーファルさまが最優先です」
さきほどまできりりとひきしまっていた仕事の顔がゆるむ。
語尾が上がった声に、ジャーファルが衝動をこらえて咳払いをする。かわいいと素直に言えない己のざわめく心をなだめる。
「この前はすみませんでした」
「お気になさらないでください。今日もお会いできて嬉しいです」
「あ、ありがとうございます。ところで、ちかごろかの皇子とあなたがご一緒しているところをよく見かけるようですが、その、なにも支障はありませんか?」
「そうですね、よくお国のお話をきかせていただいてます。この間は剣舞をみせていただいたりなど……私、初めてみましたけれど興味深いものですね。あんなに華やかだとは思いませんでした。あっ、ご心配にはおよびません、私はちゃんと職務を全うしていますよ」
「そうではなく……いえ、それは良かったです」
この様子なら杞憂だったようだ。安堵しつつ、少しあちらに腰掛けませんか、と促す。思ったとおり二度返事で誘いに応じる。
隣同士に腰を落ち着けて、すぐさまなまえが切り出した。
「ジャーファルさま、お願いがあります」
「なんでしょう」
「肩をお借りしてもよろしいですか?」
「・・・・・・、どうぞ」
「ありがとうございます」
返事のあとすぐ嬉々として寄りかかった。触れているのは布越しなのにどこかこそばゆい。はっきりと彼女の香りがとなりにあって、顔を見られぬようにと空を見上げた。
「寝ないでくださいね」
わざわざ逢いにきたのですから話していたいんです。とは言えず。
「もちろんです。あ、ジャーファルさまがかまわないのでしたら膝枕しますよ」
ぽん、と寝心地よさそうな太ももを叩いて、どうですか?とすすめてくる。
「いえ、大丈夫です」
とっさに断ったことをすこし後悔した。
「えーご遠慮なさらず」
「……、今度にしておきます」
「お待ちしてますね!」
『今度』がいつになるかはわからないが、ただ否定されないことに喜びを感じる。
膝からどかした手がすぐそばにあったジャーファルの手にあたる。小指同士が重なる程度だったが、移動させようと浮かせたそれを上から押さえつけられた。
「どうかこのままで」
すっぽりと隠れた己の手を凝視して、にやけるのをとめられなかった。
そう、お互い同じだということを知らないまま。