Hug〇Hug
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長いながい階段をすいすいのぼる。たいしてなまえは壁に手をつき、一段いちだんをやっとで上がる。少したくしあげたすそを腰の辺りで別の手でとめて。
この先は屋上。扉を開くと一気に風が迎え出た。
あんなに照らしていた太陽がおとなしくなり、過ごしやすくなったものだ。風がふくと肌寒いくらい。いつのまにこんなに時間が経っていたのか。地上をかけまわり、宮中をすべて走ったのではないかと思ったころ、ようやっと屋上まで追いつめた。改装中につき、半分は立ち入らないようにしきりがあり、木材がいくつも積み上がっている。むこうには別の塔の屋上が見えているが、渡しはなく、一般の脚力ではとても飛び移ることはできないだろう。ここからなまえを撒こうと思えば、あとは飛び降りるか目の前の建物へ飛び移るぐらいしかない。
「ジャーファルさま、もう逃げられませんよね」
目を細めて、扉を背にして立ちふさがる。なまえは肩で息をしているが、ジャーファルは焦った様子もない。
「ふむ。」
一枚の丸太棒を持ち運び、ひょいと倒した。見事塔と塔とをつなぐ簡易の橋ができた。軽い足取りで渡り終え、あちらがわでまるで来るのを待っているかのように余裕を顔に浮かべる。
シャルルカンが一人難しい顔でその様子をみつめていた。
「ジャーファルさんならあれくらい、一人で飛び越えられるだろ……わざわざ板張るなんて」
どうぞ追いかけてきてほしいと言っているようなものだ。その上で、問いかけた。
「ここまで頑張りましたね。だからなまえ、もうこのゲームを諦めませんか」
「いやです」
きっぱりと即答する。わかってはいたものの、苦笑するしかない。
「どうしても?これはただのゲームでしょう。あなたの体力も尽きたでしょうに。もう時間も迫ってきていますし」
制限時間は日の沈むまで。もう既に向こうの空は衣を変え、あざやかなグラデーションを描いている。
「疲れたってここまできてやめたら、私の気持ちが、想いが、ぜんぶ嘘だったことになるように思えるんです。それはいやです」
「もうわかりましたから、やめませんか?結果は目に見えてますよ」
「それはつまり、無駄だとおっしゃっているのですか?」
そっと目を逸らし、足元をぼんやりみつめる。
「……そうですね。半日はこうして終わってしまいました」
「私の想いが無駄だとおっしゃるんですか。私は、無駄なんて思ってませんからね。ジャーファル様をお慕いすることが私の生きがいですもの」
きっ、とにらみつける。
「どちらにしろ、これが最後です。ご安心を」
もし負けたのなら。勝負を始める前から考えていた。きっと、どうあがいてもどんな方法を使ってでも、真っ向勝負でこちらに分はない。けれど、言い出さずにはいられなかった。このまま平行線の関係でいつづけることも選べた。でも毎日好きの気持ちが重なっていくばかりで、あふれ出しそうだった。何度伝えても、足りない。この胸はきしむばかりで、どうやったら「これ以上」を伝えられただろう。負けたらもうジャーファルのそばへ近寄ることもできない。この後は実家に帰ることになるだろう。ここまでして宮殿にはいられない。
私には魔力もないし、シンドバッド王の眷属になる能力も持ち合わせていない。身体能力に優れているわけでも、とびきり頭が良いわけでも、まったくない。
ただ、ジャーファルを好きというだけのひとりの人間だ。
だから私を好きになって、なんて言えない。こちらからひたすら思いの丈をしめしてみせるしか方法はなかった。
最後に全力で追いかけて追いかけて、脇見もせずにずっとジャーファルだけを目に焼き付けたかった。クーフィーヤの色、裾のひるがえる瞬間、袖からのぞく腕に巻きついた赤い紐ですら。すべてを残らず私の中に刻んで。そうして、あなただけが好きだと伝えたかった。
それだけだ。記憶の一部においてもらうくらい、これからの人生の邪魔にはならないはずだ。
残されたなまえは、屋上の淵から動けずにいた。ジャーファルを見やり、視線をゆっくり下へ向けた。
そのずっと先には植えられた緑が日の光に照らされ、鮮やかに輝いている。くらりとめまいがして、足の力が抜けた。膝をつけた状態で深呼吸をして、板に手をかける。
彼女が怖気づく理由を知る数少ない人物が、思いとどまらせようと声をかけた。
「なまえ、無理すんな!おまえ、こんな」
「言わないで!ください……」
声を落として、なまえをにらむ。
「馬鹿じゃねぇの……高いところ、ダメなんじゃねぇか」
「ご心配ありがとうございます、シャルルカンさま。でも、ちゃんと挑まないとわかっていただけませんもの」
下の景色をみなければ良いのだ。手に触れる板の感触だけを頼りに、まっすぐ渡れば良い。少ししなるが、この木は固い。幅もじゅうぶんにある。ジャーファルも渡っていたぐらいだし、自身の体重ごときで折れることはない。
びゅおお、と風が吹いた。ぐらぐらと体が揺れて、ぱっと目を開けてしまった。飛び込んできた空間に、ぞっと鳥肌が立つ。
地面は遠く、体が芯から冷えてきた。すみやかに血の気が引いた。まるで全身が氷になってしまったかのよう。
「……っ!!」
どうしよう、こわい、こわい、こわい!
知らぬ間に息が上がる。酸素がうまく体に回っていないようだ。
「なまえ、一度戻ってこい!」
振り向くと、シャルルカンが丸太の端に片足をかけていた。ほら、と手を伸ばしてくる。
「だめ、こないでください」
「そんなんなってまで続けるこたねぇだろ!」
「後に引けないの。もうこれしかないんだもの」
体がカタカタと震えて、止まらない。視界を閉じると自分がどこにいるのかもうわからなくなってくる。
大丈夫だ、足場はしっかりしているのだから。そうだ、少しばかり地面が遠いだけ。
じっと眼下に広がる緑を眺めた。心臓が肥大化したみたいに、存在を主張する。硬直した体は震えてばかりで、どうにもならなかった。
前に手足をすすめれば良いだけのこと。それなのに、わかっているのに、竦んでしまい思うようにならない。
「いや、う、動いて……」
橋の途中で進むことをやめたなまえを、ジャーファルはいぶかしんだ。
「なまえ!」
真正面から呼んでも、耳にはいっていないようだ。
じっと押しも引けもせず、丸太にしがみついている。色を失った顔がこわばっている。あんなに冷や汗をかいて。
強風がまたも彼女を襲ってきた。
誰かに大きな手でぐっと押されているかのようだった。 揺れているのは意識なのか体なのか判別がつかない。風のせいか、恐怖のせいかすら。自分がバランスを崩していることも、丸太から離れたことも気付かずに、あっけなくそのまままっさかさまに落ちた。
「ジャーファルさま」
名前を呼んだつもりだったが、風にかきけされて自分では聞こえなかった。
これが私の最期なのかしら。
悔いはない、ジャーファルの姿を思う存分見ることができた。私は幸せだった。まぶたにこびりついた後姿にさよならと呟いてぷっつりと暗闇に落ちた。
この先は屋上。扉を開くと一気に風が迎え出た。
あんなに照らしていた太陽がおとなしくなり、過ごしやすくなったものだ。風がふくと肌寒いくらい。いつのまにこんなに時間が経っていたのか。地上をかけまわり、宮中をすべて走ったのではないかと思ったころ、ようやっと屋上まで追いつめた。改装中につき、半分は立ち入らないようにしきりがあり、木材がいくつも積み上がっている。むこうには別の塔の屋上が見えているが、渡しはなく、一般の脚力ではとても飛び移ることはできないだろう。ここからなまえを撒こうと思えば、あとは飛び降りるか目の前の建物へ飛び移るぐらいしかない。
「ジャーファルさま、もう逃げられませんよね」
目を細めて、扉を背にして立ちふさがる。なまえは肩で息をしているが、ジャーファルは焦った様子もない。
「ふむ。」
一枚の丸太棒を持ち運び、ひょいと倒した。見事塔と塔とをつなぐ簡易の橋ができた。軽い足取りで渡り終え、あちらがわでまるで来るのを待っているかのように余裕を顔に浮かべる。
シャルルカンが一人難しい顔でその様子をみつめていた。
「ジャーファルさんならあれくらい、一人で飛び越えられるだろ……わざわざ板張るなんて」
どうぞ追いかけてきてほしいと言っているようなものだ。その上で、問いかけた。
「ここまで頑張りましたね。だからなまえ、もうこのゲームを諦めませんか」
「いやです」
きっぱりと即答する。わかってはいたものの、苦笑するしかない。
「どうしても?これはただのゲームでしょう。あなたの体力も尽きたでしょうに。もう時間も迫ってきていますし」
制限時間は日の沈むまで。もう既に向こうの空は衣を変え、あざやかなグラデーションを描いている。
「疲れたってここまできてやめたら、私の気持ちが、想いが、ぜんぶ嘘だったことになるように思えるんです。それはいやです」
「もうわかりましたから、やめませんか?結果は目に見えてますよ」
「それはつまり、無駄だとおっしゃっているのですか?」
そっと目を逸らし、足元をぼんやりみつめる。
「……そうですね。半日はこうして終わってしまいました」
「私の想いが無駄だとおっしゃるんですか。私は、無駄なんて思ってませんからね。ジャーファル様をお慕いすることが私の生きがいですもの」
きっ、とにらみつける。
「どちらにしろ、これが最後です。ご安心を」
もし負けたのなら。勝負を始める前から考えていた。きっと、どうあがいてもどんな方法を使ってでも、真っ向勝負でこちらに分はない。けれど、言い出さずにはいられなかった。このまま平行線の関係でいつづけることも選べた。でも毎日好きの気持ちが重なっていくばかりで、あふれ出しそうだった。何度伝えても、足りない。この胸はきしむばかりで、どうやったら「これ以上」を伝えられただろう。負けたらもうジャーファルのそばへ近寄ることもできない。この後は実家に帰ることになるだろう。ここまでして宮殿にはいられない。
私には魔力もないし、シンドバッド王の眷属になる能力も持ち合わせていない。身体能力に優れているわけでも、とびきり頭が良いわけでも、まったくない。
ただ、ジャーファルを好きというだけのひとりの人間だ。
だから私を好きになって、なんて言えない。こちらからひたすら思いの丈をしめしてみせるしか方法はなかった。
最後に全力で追いかけて追いかけて、脇見もせずにずっとジャーファルだけを目に焼き付けたかった。クーフィーヤの色、裾のひるがえる瞬間、袖からのぞく腕に巻きついた赤い紐ですら。すべてを残らず私の中に刻んで。そうして、あなただけが好きだと伝えたかった。
それだけだ。記憶の一部においてもらうくらい、これからの人生の邪魔にはならないはずだ。
残されたなまえは、屋上の淵から動けずにいた。ジャーファルを見やり、視線をゆっくり下へ向けた。
そのずっと先には植えられた緑が日の光に照らされ、鮮やかに輝いている。くらりとめまいがして、足の力が抜けた。膝をつけた状態で深呼吸をして、板に手をかける。
彼女が怖気づく理由を知る数少ない人物が、思いとどまらせようと声をかけた。
「なまえ、無理すんな!おまえ、こんな」
「言わないで!ください……」
声を落として、なまえをにらむ。
「馬鹿じゃねぇの……高いところ、ダメなんじゃねぇか」
「ご心配ありがとうございます、シャルルカンさま。でも、ちゃんと挑まないとわかっていただけませんもの」
下の景色をみなければ良いのだ。手に触れる板の感触だけを頼りに、まっすぐ渡れば良い。少ししなるが、この木は固い。幅もじゅうぶんにある。ジャーファルも渡っていたぐらいだし、自身の体重ごときで折れることはない。
びゅおお、と風が吹いた。ぐらぐらと体が揺れて、ぱっと目を開けてしまった。飛び込んできた空間に、ぞっと鳥肌が立つ。
地面は遠く、体が芯から冷えてきた。すみやかに血の気が引いた。まるで全身が氷になってしまったかのよう。
「……っ!!」
どうしよう、こわい、こわい、こわい!
知らぬ間に息が上がる。酸素がうまく体に回っていないようだ。
「なまえ、一度戻ってこい!」
振り向くと、シャルルカンが丸太の端に片足をかけていた。ほら、と手を伸ばしてくる。
「だめ、こないでください」
「そんなんなってまで続けるこたねぇだろ!」
「後に引けないの。もうこれしかないんだもの」
体がカタカタと震えて、止まらない。視界を閉じると自分がどこにいるのかもうわからなくなってくる。
大丈夫だ、足場はしっかりしているのだから。そうだ、少しばかり地面が遠いだけ。
じっと眼下に広がる緑を眺めた。心臓が肥大化したみたいに、存在を主張する。硬直した体は震えてばかりで、どうにもならなかった。
前に手足をすすめれば良いだけのこと。それなのに、わかっているのに、竦んでしまい思うようにならない。
「いや、う、動いて……」
橋の途中で進むことをやめたなまえを、ジャーファルはいぶかしんだ。
「なまえ!」
真正面から呼んでも、耳にはいっていないようだ。
じっと押しも引けもせず、丸太にしがみついている。色を失った顔がこわばっている。あんなに冷や汗をかいて。
強風がまたも彼女を襲ってきた。
誰かに大きな手でぐっと押されているかのようだった。 揺れているのは意識なのか体なのか判別がつかない。風のせいか、恐怖のせいかすら。自分がバランスを崩していることも、丸太から離れたことも気付かずに、あっけなくそのまままっさかさまに落ちた。
「ジャーファルさま」
名前を呼んだつもりだったが、風にかきけされて自分では聞こえなかった。
これが私の最期なのかしら。
悔いはない、ジャーファルの姿を思う存分見ることができた。私は幸せだった。まぶたにこびりついた後姿にさよならと呟いてぷっつりと暗闇に落ちた。