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「ジャーファルさま、おいかけっこしてください!」
「……失礼ですが、いまなんと?」
「私と、おいかけっこを、してください」
「は……突然どうしましたか」
「いまいち私の思いが伝わっていないようなので、わかっていただきたいのです」
「いえ、結構です。毎回いやというほど伝えていただいてますよ」
「ほら、またそのように。流してばかりなんですもの」
シンがパチリと指を鳴らした。
「命令な。なまえとおいかけっこすること」
「シン様!ありがとうございます」
「シン、このばか、あんた何かんがえてんですか!」
「ん?俺は楽しいこと、シンドリアのためになることしか考えてないぞ」
「公平を期すため、ルールは俺が取り決めよう。
まずジャーファルは当然のことながら武器を使わないこと。なにかに隠れたりせず、なまえの視界の範囲内にいること。それから面倒だからってすぐ降参するのはなしだからな。その代わりなまえも、他の誰の助けも借りずにおいかけること。ただ相手がジャーファルだからな、罠などしかけられるだけしかけていてもかまわんぞ。まぁただ、他の者は通常通り働いているからあまり邪魔はしないようにな。
そして、なまえがジャーファルにふれた時点で、なまえの勝ちとする。逆に日が沈むまでに逃げ切れば、ジャーファルの勝ちだ。ジャーファルからの異存は認めん。なまえ、なにか不備はあるか」
「いいえなにも。このような機会をいただけただけで満足ですわ」
「まったくもう。私に拒否権がないことはわかりました。それで、あなたは何を得るんですか?」
「好きと言ったときの『はいはい』以外のちゃんとした反応が欲しいです。さらにいえば私の中のジャーファルさまへの確固たる強い想い、ですね。」
「……労力のわりに、あなたのためになるようには思えませんが」
「そうでしょうか?」
「私が勝ったら何をいただけるんでしょう?」
「ジャーファルさまのなさりたいことをなんなりとお申し付けください」
「私に有利すぎやしませんか」
「いいんです、参加してくださるのなら」
かくして始まった宮殿内でのおいかけっこ。
噂は瞬く間にかけめぐり、みなの知るところとなった。やいのやいのと見物人まででてくる始末。
まったくもって面倒な。
こうして仕事をほっぽいていてもあの馬鹿王はジャーファルの代わりに席に座ってもいないだろう。のんびり酒の肴にでもどこからか眺めているはずだ。後のことを考えると頭が痛い。
まったく気合の入らない態度で、なまえを振り返る。目が合うと、実際にはなまえから見て目が合ったかどうかわからなかったかもしれない。それぐらい離れている。それでもジャーファルからはくっきりと、結びあげた揺れる髪が輝いているのまで識別できる。
肩を上下させながらも微笑んでいる。待っていてください、と幻聴が聞こえた。いやいやそれはない、と思わず止めた足の向きを変えて、さてどちらへ行ったものか、と思案する。
素早さが売りの彼からすればそれはずいぶんのんびり無駄な動きの多いこと。それでもこちらを見つめて一心にかけてくる姿は周囲に好ましく映るのか、それとも冷やかしか、城中では彼女を応援する声が飛び交う。
戦い方どころか生まれてこの方襲われたこともない、殺気を浴びたこともないだろうに。そんな女性を尻目に逃げ続けている幾多の死闘をくぐり抜けてきたはずの自分こそが情けない気がしてくる。
しかし新鮮でもある。
暗殺者であるときから、人影に物陰に身を潜ませ、常に誰かを突き詰めることに慣れていた。
酒を求め女を求め、姿をくらませるシンを探し出しすのが仕事の一部となってどのくらい経つだろうか。そう、人を追いかけるのは得意だが、追われるのはまたちがう。危険と隣り合わせではなく、あくまで(彼女は必死なのだが)これはゲーム、楽しむためのもの。
天地がひっくりかえったって負ける気はしないが、なるほどこれは悪くないかもしれない。ジャーファルを一直線に目指してくるその瞳を見ていると、ぐっとくるものがある。
一時期秘めていた想いが戻ってくるような感覚がする。
近づいて、遠ざかって。決して触れない距離を保つ。
庭園でピクニック気分で布を広げているヤムライハとピスティが、二人を目撃して手をそよがせる。
「なまえ、がんばって!」
支援を受けて、大きく手をふりかえした。数歩どころか前方の角で立ち止まった彼は苦い表情だ。
まるでデートの待ち合わせ場所へ向かうような気分で、足取りが軽くなる。けれどたどり着く前に、すっと動き出してしまう。
そして別の場所では。
「なんだか面白いことになっているようだな。ジャーファル殿もそうそうに受け入れればよかろうに」
「ドラコーン」
妻が寄り添う彼も、恋ともなれば女性側につくのか。
「ほれ、差し入れだ」
軽く投げられた水筒を両手ですくう。
「ありがとうございます、ヒナホホさま」
誰も彼も、シンドバッドが申し渡しているせいか、仲裁する者もおらず、ジャーファルは孤立無援だ。
中立の立場であらねばならぬはずの審判でさえ。
「なまえ、罠をしかけてなくてかまわんのか?なんなら俺が」
「おいこらシン」
「あくまでおいかけっこですから。ありがとうございます」
「シン、このゲームの意義はなんですか」
「最後にはわかるさ。なまえが教えてくれるだろうよ。もうじき日も沈むだろう」