Hug〇Hug
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お前を襲ったあの子な、なまえというらしい」
翌日侍女たちから得た情報をシンは楽しげに話しだした。朝から気を良くしているものだとは態度から読み取っていたものの、また瑣末だったものだ。これからどういった展開に彼が話を持っていくのか、ジャーファルにとっては歓迎しづらいことになるのは想像がついたものの、いちおう話をあわせる。
「なまえ……たしか新しく採用した侍女に名前が挙がっていましたね」
うっすらと記憶のすみにある一覧表をおもいだし、なんとなく聞き覚えがある名前だったとシンもうなずく。
「ああ。仕事ぶりは真面目で目立つことのない子のようだが、何を思ったか……お前、なにかしたんじゃないか」
「何か、と言われても……。されたのはむしろ私でしょう。
いや。……したといえば。したのかもしれません」
はっきりとした日時は覚えていないが、あの顔を見たときの既視感。ピンときて、記憶がよみがえった。
石畳を歩いているときのこと。後ろからあわただしく駆けてくるのが聞こえてきた。すぐに通り過ぎるだろうが、すぐ肩の下あたりで悲鳴が上がり、崩れ落ちる彼女の体へ反射で腕を出していた。彼女の胸元から巻物が転がっていく。
ぎゅっと閉じられた瞼。まつげが動いた。あどけない子供のような表情がさっと変わった。
いたわる言葉をかけて、その場で別れたのだが。
よもやその数歩さきで今度こそ、いっそすがすがしいほどにこけたのを目撃してしまうとは予想だにしておらず、あごの筋肉が弛緩した。身を起こしたときに足首を押さえていたから、足をひねっているかもしれない。涙の浮かぶ目じりは赤い。慎重に立ち上がろうとしたときに視線が交差する。染まった頬がぷっくりと膨らんだのもみえてしまった。
無事かどうか再び確認する間もなく、彼女は去ってしまった。
言い淀むジャーファルに、シンはニヤリと口元をゆがめる。
「ほう、なんだ。隅に置けないじゃないか」
「シンが思ってるようなことじゃないですよ。行きがかり上、少し手を貸したといいますか。それ以上のことはありません。
会ったのもその一度だけ。……と、今回のことで二度目ですね」
記憶を探るように顔を上げて、考えこんでしまった。
「なんだ、お前も気になっているんじゃないか」
「そりゃあ、あんなことされれば印象に残りますよ」
「それだけじゃあないだろうに」
「馬鹿なこと言ってないで、ほら次は八人将との会議ですよ」
「お、本題をすり替えたな」
「シンドバッド、」
「おお、俺が悪かった」
「まったく……」
仕事が終わり一息ついたところ、煮え切らないジャーファルを思って、シンは直接なまえへの接触を試みた。
宮殿内を散歩していたふうを装い、侍女たちがよく集まる部屋を訪れた。交代で休憩に入る彼女達がいまも数人、くつろいでいる。もちろん侍女たちは歓迎する。取り囲まれるシンから少し離れたところに、目的の女性はいた。
挨拶をしたきり、こちらにとくに興味を示したりはせず、その場から離れてしまった。それとなく部屋を見渡してから椅子に座ると、彼女から飲物を差し出された。
「どうぞごゆっくり」
控えめな笑みとともにグラスから指が離れるときに、こちらから礼を告げた。
「ああ、ありがとう、なまえ」
「……私の名前、ご存知なんですか?」
そうとう驚いたようで、大きく開いた口をお盆で隠した。 一介の女官でしかない女を王が覚えていようとは。
「覚えているさ。みなとともによく働いてくれているときく」
「そのような……、みなこの国が好きなので当然です。けれど、励みになります。ありがとうございます」
しかしとくに変わったところは見受けられない。その場にいた他の侍女も交えて歓談していると、至って普通の女性のようだ。どう見ても、親しくもない男性にとつぜん抱きつくようなまねをするようにはみえない。
なんだ、かわいいじゃないか。
王の手前の遠慮もあるのかもしれないが、そういった節度もあるし冗談を言えば笑う。笑顔で頷きながら耳を傾ける姿は好感が持てた。
よし、明日また報告だ。
*
「良い知らせだ、ジャーファル」
「おや、なんでしょうか」
「なまえはかわいい子だったぞ」
ニカッと歯を見せて、立て肘に端正な顔を乗せてペンを指先で回す。対してジャーファルはため息を漏らした。
「……、どこをほっつき歩いてるかと思えばそんな報告を。もっと別件でまともなこと言えないんですか」
「至極まともだろう?安心しろ、お前の想い人ならば手は出さん」
「言われずともそういう行為は自重なさってくださいそれと信用できません。これまで私がどれほど苦労してあなたの尻拭いをしてきたと思ってるんですか。そろそろ落ち着いてください」
「なんだちょっかい出してもいいのか」
つまらなそうに、眉を上げた。ジャーファルがその態度を見て、丸めた羊紙皮を二度、机に打ち付けた。込めた皮肉がまったく効いていないとは。
「違うっつってんでしょうがやめろ。どうしてそうなる」
「あんな純真で可愛い子だ、油断してるとすぐ変なのにひっかかってかっさらわれるぞ?」
「……知りませんよ、まったく」
お、いまの間があったな。
あえて口には出さず、心の中でジャーファルの反応を確認する。
脈はなくはない。