第一話
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大きな円卓にぽつりと置かれた一脚の椅子。目の前には豪奢ではないが栄養バランスの考えられた料理が並ぶ。
その眼前の椅子に座る人物が一人。
2サイズほど大きいぶかぶかのTシャツとショートパンツから伸びる手足はすらりと長く、陽の光に透ける銀髪は今は小さな蛍光灯の光を受け、優しげな色へと変わる。肩につきそうな長さのミディアムヘアは動くたびに優雅に揺れ、それが邪魔なのか片耳に掛けられた。
人目を引くのは髪色だけではない。中性的な造形の整った顔立ちに長い睫毛のくりくりとした青い瞳は虚空を見つめている。
傍目には少年とも少女ともつかない風貌の少女は椅子を引いて座るが、この大きな部屋と円卓に似つかわしくない小さな体と一人前の料理は違和感しか覚えさせない。
誰もいないこの部屋で、何に手をつけることなくポツリと呟かれた言葉。
『もういらない。』
その呟きに対して返ってくる言葉はない。
ドスドスと足音を立てながら豪快な笑い声と共に円卓の上に無造作にファイルの束が置かれた。
漂う強い酒の匂い。顔を見なくてもわかる。研究所所長のマンサムだ。
「ばっはっは!相変わらず少食だなセイラ!」
『…うるさいハゲ。』
「なに!ハンサムって言った!?」
『………なにこれ。』
「なあ、ハンサムって言った!?」
『しつこ…言ってないし、聞け。』
「父親に向かってどういうクチの聞き方しとるんじゃい!」
アンタと血の繋がりはない。という言葉は飲み込まれた。めんどくさすぎる。
セイラが黙り込むとマンサムはようやく説明を始めた。
「これはお前の友達の資料だ!将来の伴侶になるかもしれんぞ!よく読んで…」
『ふーん、あっそ。』
マンサムを躱し、セイラはいつの間にか部屋の扉の前に立っていた。
『…どーでもいい。』
「ってェ、おい!待たんか!!」
マンサムの制止を無視して重厚な扉を押すと誰もいない廊下に出た。重い音をあげながら閉められた扉はセイラの沈んだ心に蓋をする様を表しているかのようだった。
なんつって。
なーんちゃって、今日はみんなが来る日だし置いてきぼりにされる前に外に行かなきゃ。しおらしくしとけば深追いしないしチョロいチョロい!
研究所内に張り巡らされている監視カメラの死角を通って廊下を進む。IGOの技術の粋を結集して、失敗に失敗を重ね、偶然にも漸く完成したバトルウルフの遺伝子を継ぐこの体も、しょーもない事にしか使われないとは浮かばれない。
まあ、人生思い通りにいかないことはあたりまえだよねと開き直る。
『さーて、今日は窓から出ようか。それとも扉から出ようかなっと…』
簡単なのは適当な窓から飛び降りる方だけどスリリングな気分を味わうなら断然、堂々と扉を使う方だ。
廊下の角を曲がるとちょうど職員が電子ロックの扉を開けたところだった。
よし。あそこの通路から外扉に向かおう。
床を蹴り上げ、降りてくる扉の下をスライディングしてくぐり抜けると職員の背中が眼前に現れる。
ぶつかる直前に斜め上に飛ぶと壁に両足を掛けて職員を跳び越す。この間わずか0.02秒。運動不足の職員に気づかれないよう走って逃げるのは朝飯前だ。
そのまま廊下を駆けていくと漸く外扉の前に出た。ズボンのポケットからバングルを取り出して飾り部分を翳すとピピッという電子音の後に扉が開かれた。
『最短記録更新ー!』
これは家出癖のある少女のお話。