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化け狸

響く祭り囃子、回る風車、食欲を刺激する香りが辺りを漂い。
ポイですくった小さな命を、愛おし気に見つめ大切にすると親に約束する子どもの笑顔。
あちらこちらの夜店から聞こえる呼び込みの声、鳴り響く射的の音の後に聞こえてくるのは勝者の歓声。
そんな賑わいが見られる桜の島でのお祭りで、着物を纏(まと)う男が一人。
物腰が柔らかそうな仕草で、人の好い笑顔で辺りの夜店を少々物珍しげに見て回っている。

「次に流行る商品は、どれですやろなぁ」

商売人なのだろう、新たな商品を見繕いたいのか、桜の島の外から仕入れられたと思われる品を眺め独り言を呟いている。

「お、土間さんじゃないか!」
「おや、店主」

知り合いだったらしい、土間と呼ばれた着物の男はどうもと軽く挨拶をする。

「このところ見かけなかったけど、新しい商売を始めたんだってね。
どうだい、景気は?」
「ええ、おかげさんで順調ですわ。
この間も……」

夜店の店主との会話中、ふと何かを感じた土間はそちらへ視線を向ける。
そこに、一人の男が立っていた。
土間と同じ焦げ茶がかった色合いの着物、鶯色(うぐいすいろ)の羽織をまとい、秋を彷彿させる楓の様な長髪を一つにまとめ。
装飾品から草履の先まで全く瓜二つの男。
ただ違うのは、その男は顔に狐のお面をつけている事で、その表情は伺(うかが)いしれない。

「……私?」

どういう事かと土間が訝し気に見ていると、狐面の男は静かに歩き出し、スッと横を通り過ぎていった。

「土間さんが……二人?」

同じ男を見ていた店主だけではない、周囲にいた数人が先ほど現れた狐面の男の存在にざわついている。
土間が振り返れば、彼は既に人混みの中に消えてしまっていた。

「店主、話はまた今度に」

そう言い残し、土間は狐面の男を探しに行く。
しばらく歩くと、少し遠くにその背中を見つける事が出来た。
一定の距離を空けて、後を追いかける土間。
狐面の男は止まることなく歩いていき、やがて祭りの横に広がる人気(ひとけ)が無い竹林の中へ姿を消した。
土間も竹林へと足を踏み入れるが、再び見失ってしまった。
たった数分の間に、何処に行ったのだろうか。

「もし」

突然背後から声をかけられ、だが土間は驚く様子を見せず静かに振り返る。
彼から少し離れた場所に、探していた狐面の男がいた。

「兄さん、落としましたよ」

狐面の男が何かを差し出してきた。
それは、片方に指を通せる円がついている金属の棒であった。

「……これはどうも、わざわざすみませんなぁ」

おおきにと笑いながら、土間は無用心を装い狐面の男に近づきながら裾の中に手を入れ……
スッと、狐面の男の持つ金属の棒を目の前に突きつけられ、動きを制される。

「あんさんは他所の大陸の者やさかい知らへんやろが、桜の島の者にとって祭りというもんは特別なものなんですわ。
喧嘩やなんやは活気があって華やぐと歓迎されますが、刃傷沙汰は話が別。
無粋な事をして台無しにせんといてもらえますか、『もう一人の土間』さん?」

そう言いながら、狐面の男は空いている方の手でお面を外し頭に乗せる。
そこには土間と同じ、まるで鏡に写したかの様にそっくりな顔があった。
ただ違うのは、互いの表情。
そして、本物と偽物という存在の在り方か。
狐面の男ーー本物の土間こと土瓶蒸しは、偽物の土間に笑いかける。

「………………」

『もう一人の土間』と呼ばれた偽物はその真逆で表情を険しいものにしながら、裾の中で握りしめていた暗器から手を離し、何も持たないまま手を伸ばし突きつけられたままの金属の棒を受け取った。

「わざわざ遠くから来たんです、せっかくだからあんさんもこのお祭りを楽しみなはれ」

これはその足掛かりにでも、と本物の土瓶蒸しは偽物の頭に自身が身につけていた狐のお面を乗せる。

「ほな、私はこれで。
縁がありましたら、また会いましょう」

軽く会釈をし、土瓶蒸しは偽物に背を向け祭りの中へと戻っていく。
その背中に目掛けて、偽物の土間は受け取ったばかりの金属の棒を投げつけた。
だがそれは彼に届く寸前、見えない何かに叩き落とされたかの様に勢いよく地面に落ちた。
その様子をちらりと、一瞬だけ視線を向けるも何も語らずに、土瓶蒸しは賑わいの中へと戻っていった。

「………………」

土瓶蒸しの姿が完全に消えた後、残された偽物の土間は金属の棒を拾い懐に仕舞う。
落としたと彼は言っていたが、自分が仕事道具を落とすわけがない。
おそらく先ほど横を通り抜けられた時にスられていたのだろうと、偽物は当たりをつけた。

「一筋縄ではいかないという事か……」

偽物の土間はそう呟くと、顔に手を伸ばす。
そして、先ほどの土瓶蒸しと同じようにつけていた仮面を外した。
そこには、明らかに桜の島の者ではない、おそらくグルイラオ辺りの者であろう異国風の顔。
当然、土瓶蒸しとは似ても似つかない造りをしている。

(いつから、気がつかれていたんだ?)

茶色の鬘(カツラ)を取り星明かりに照らされる金糸の髪を乱暴に掻き上げ、変装を解いた。
その男の正体は、ラザニア。
暗殺を生業としている食霊である。
とある人物から商売敵を始末してほしいと依頼を受け、桜の島へとやって来た。
ラザニアは自身の『仕事』を遂行する際に相手に変装し、ドッペルゲンガーとして数日ターゲットの周囲に現れ、頃合いを見て始末するというこだわりを持つ。
今回も土瓶蒸しになりきる為に情報収集をしたのだか、何故か思いの外その成果を得る事が出来ずにいた。
一度彼に化けて付近にいれば、何か知る事が出来ないかと祭りに参加してみたのだが……まさかあちらから接触をしてくるとは。
さすがのラザニアもこれは予想外であった。

(今まで様々な反応を見てきたが……堂々と迎え撃たれたのは、初めてだな)

苦い顔をして乱れた着物の崩れを直していると、足元に何かが当たる。
見ると、先ほど鬘を外した際に落ちた狐のお面がこちらを向いていた。

「……桜の島では、ああいった者を狐やら何やらと獣で例える事が多いらしいが……」

目を細めながら足を上げ、ラザニアは勢いよく狐のお面を踏み潰した。

「奴はさしずめ、狐というより狸だな」

ふんっと悪態をついた殺し屋は、もう用は無いと祭りとは真逆の方へ足を向け、そのまま暗闇の中へと消えていった。
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