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傘小僧

通り雨に襲われて、街道を走る一人の男。
流れの商人、土瓶蒸しである。
普段は自身が食霊である事を隠し、『土間』と名乗り人間としての商売を生業としている。
だが食霊であろうと人間であろうと予想外の雨に太刀打ちが出来るわけはなく、突然の事だった為に簑などの身を守るものなど持ち合わせていなかった彼は、ただただ冷たい雨に身体を濡らすしか出来なかった。

「こら、たまらんわ……」

げんなりした口調でぼやきながら走り続け、やっと見つけた木の下に入り一息をつく。

「しばらく止みそうにないなぁ。
ずっと雨宿りしてる訳にもいかへんし……どないしたものか」

目的の町まではまだ距離があり、この雨の中を無理して行けばずぶ濡れは免れない。
だが時刻はもう遅く、このまま暗くなると厄介だと土瓶蒸しは腕を組み悩む。
ふと、視線を下に向けると、そこに一本の傘が木の幹に立てかけられていた。

「これは……」

土瓶蒸しが持ち上げ開くと、使い古されてはいるもののまだまだ丈夫そうな番傘であった。

「誰かの忘れ物やろか」

傘のあった辺りを更に調べると、拙(つたな)い文字で『ご自由に』と書かれている紙が木に貼られていた。
土瓶蒸しは傘と貼り紙とを交互に見て、ふむと一人頷く。

「……これはまた、奇特な事をしはるなぁ。
ほな、遠慮なく使わせてもらいましょうか」

傘を開いて掲げ街道に戻り、土瓶蒸しは先を進む事にした。






街道を進みしばらくして。
未だに雨脚が強い中を進む土瓶蒸し。
その手に持つ傘に、異変が起こる。
傘の内側、つまり彼の頭上。
規則正しく並ぶ竹の骨が、グニャリと歪む。
音も無く変化し奥が見えない暗い穴から無数の牙を生やし、やがて生き物の様な巨大な口へと変貌した。
『それ』は大きく顎(あぎと)を開き……

「あきまへん」

咬み千切ろうとした獲物に言葉をかけられ、『それ』は動きを止める。

「好き嫌い無く食べるのは良え事や。
せやけど、悪食は良うない。
何でもかんでも手を出して、思いがけないものを食らうて、腹やら何やら壊してから後悔しても遅いからなぁ」

こちらに視線を向けること無く、忠告をする男。
握られている柄から伝わる熱と力を感じ取ったのか、傘はしばらくそのままでいたが、やがて静かに元の姿へと戻っていった。

「随分と聞き分けが良い事で……“彼”にも見習ってもらいたかったわ」

そこでようやく傘を見上げ、飄々とした様子で土瓶蒸しは微笑を浮かべた。

「おや、いつの間に……」

気がつくと、雨は弱くなっていた。

「これならきっと止みますな。
ここまで来させてもろて、おおきに」

土瓶蒸しは街道横の茂みへ向かい傘を畳み、お礼を言って頭を下げそっと傘を地面に下ろした。
すると数分も経たないうちに、傘が立ち上がった。
まるで、自らの意思で動いたかのように。
傘は持ち手の部分をしならせぴょんぴょんと移動し、茂みの中へ飛び込む。
一瞬ひょこっとろくろ(※頭の部分)を覗かせるも、すぐに姿を消していった。

「……ちょいとやり過ぎたかいな」

怖がらせるつもりはなかったんやけどなぁ……と苦笑しながら、土瓶蒸しは曇天となった空の下を町を目指して進むのであった。
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