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のっぺらぼう

「いやぁ、このボンドというものは本当にすごい。
全く離せる気がしませんわ」

数刻後、とある大きな旅籠の部屋にて。
用意してもらった商品の試供品で自身の指と指をくっつけて、性能を確かめた土瓶蒸しは感嘆の息をもらした。

「お気に召してもらえたようで、何よりだ」

机を挟んで彼の向かいに座る佛跳墻は、出されたお茶をすすりながら相手の反応に満足した。

「しかしまた、変わった物を依頼してきたな。
『数十分だけ効果がある、つけた部分がまるで一体化するようなボンド』だなんて。
うちの獅子頭が特殊加工の方法を知っていたから、どうにかなったが……」
「ふふっ……あんさんとこの子らには、ほんまに感謝しますわ。
難儀な物を用意してもらっただけでなく、怪異の芝居にも手を貸してもらいましたからな」

時間が立ち、効能が切れて離せた指をぴこぴこと動かしながら、土瓶蒸しは新しいお茶を淹れる。

「しかし、怪異ねぇ……
堕神の方が、余程脅威だと思うけどな」
「他所の大陸の方には馴染みがないかもしれませんが、ここ桜の島では怪異というものは特別な存在。ただの怖い話とは訳が違います。
常に身近に存在し、時に幸いをもたらし時に災いを招く。
ヘタな堕神よりよっぽど厄介なものなんですよ。
だからこそ、あないな悪事に使われては困るんですわ」

急須を置き、ずずっとお茶を飲みながら土瓶蒸しはため息をついた。

「あの兄さん、これで懲りて怪異騙りをやめてもらいませんとな。
贔屓のお客さんが怖がって引き込もって、いつまでも商いが出来ないのは堪忍やで」
「本当に、脅かすだけで良かったのか?
そういった輩は、同じ犯罪を繰り返すだけだと思うが……」
「捕らえてもろても反省無しに出てこられたら、意味がありませんからな。
それならいっそ、二度と悪さをする気も失せるぐらい怖い目見した方が効きますわ」

土瓶蒸しの言葉に、まぁ一理あるかと佛跳墻が納得していると……

ダダダダダッ

数人が走る音と声が廊下から聞こえ、土瓶蒸しと佛跳墻の二人は顔を見合わせる。

「何ですやろか……」
「待て、俺が行こう」

声に聞き覚えがある佛跳墻は土瓶蒸しを制止して立ち上がり、襖を開ける。

「お前達、宿で騒ぐんじゃ……ぶっ!!」

ガラッと開けたその瞬間、ビタンッと勢い良くしっとりひんやりとした何かが佛跳墻の顔面に貼りついた。

「佛跳墻、土瓶蒸しさん、大変だよ!!」
「例の悪いお兄さん、いなくなっちゃった!!」
「ちょっと目を離した隙にだぜ?
影も形も無いとか、あり得ないだろ!?」

余程焦って走ってきたのだろう、息を切らした様子で獅子頭、松鼠桂魚、叫化鶏の景安商会メンバー三人は口々に騒ぎ始めた。

「……色々と言いたい事があるのはわかった。
だがその前に、だ。松鼠桂魚、何だこれは!?」
「え、コンニャクだよ」
「それはわかってる、何でこんなものを釣糸の先につけて振り回しているのか聞いているんだ!!」
「お兄さんを脅かす為だよ!!
いきなり首筋にピタッてくっついたら、ビックリするでしょ?」
「確かに驚くがな、わざわざ俺につける必要はないだろう!!」
「偶然だもん!!」
「まぁまぁ佛跳墻はん、落ち着いて。
それで、皆さん慌ててどないしはったん?」

顔から剥がしたコンニャクを片手に怒鳴る佛跳墻におしぼりを渡しながら、土瓶蒸しは三人に事の顛末を尋ねた。

「あのね、僕達土瓶蒸しさんに言われて、路地裏で悪いお兄さんを待ち伏せしていたんだ」
「もしかして、会えなかったんですか?」
「ううん、ちゃんと来たんだけど……」
「突然、消えちまったんだよ」

手に持つのっぺらぼうのお面を強く握り締め、どう言えば良いのかわからず戸惑う獅子頭の代わりに、叫化鶏がありのまま起こった事を伝えた。

「消えた?」
「ああ、角を曲がった先でドッキリ作戦をしようと思って後を追ったんだ。
で、俺達も角を曲がったら……もう、何処にもいなかった」
「あの道、奥が行き止まりになっていたんだよ。
私達にすれ違わないで出ることなんて、出来ないと思うんだ」
「一応箱の裏とか、壁をよじ登った跡が無いかとかも調べたけれど、何もなかったよ。
何処にいっちゃったんだろう……」
「……どういう事だ?」

うーん……と悩む三人に、顔を拭きながら佛跳墻が眉をひそめていると。



「ああ……ほんまに連れていかれたんか、気の毒に」



ふと、後ろからぽつりと聞こえてきた土瓶蒸しの言葉に、佛跳墻は寒気を感じた。
だが何故か、その言葉の真意を問い詰める気には決してならなかった。

「まぁ、おらへんのやったら仕方ありません。
また何処かで悪さし始めた話を聞いたら、改めて対策を練ることにしますわ」
「ごめんね、土瓶蒸しさん。
僕達、何も出来なかったよ」
「何を言うてますの、あんさんはこんな立派な道具を用意してくれたやないですか。
これだけでも、十分です」

申し訳なさ気な獅子頭に、土瓶蒸しはいつもと変わらぬ笑顔で答える。

「ああ、そうや。
せっかく皆さん揃いましたし、よかったら食事にでも行きませんか?
良え店、紹介しますよ」
「え、本当?」
「でも、お高いんだろー?」
「いえいえ、難儀な頼み事をしましたからな、依頼料に含ませてもらいます」
「それって、つまり……」
「奢り、という事ですわ」
『やったー!!』

太っ腹な土瓶蒸しの提案に、はしゃぐ三人だったが……

「いや、遠慮しておこう。お前ら、船に帰るぞ」

佛跳墻はその申し出を断り、おしぼりを机に戻し有無を言わせず三人を連れ出し店の外へと向かった。

「えー!!何でだよ佛跳墻!!ただ飯のチャンスなんだぜ?!」
「そうだよ、せっかくの好意を無下にするのはどうかと思うよ?」
「私も桜の島のご飯を食べたいよー」
「もう夜も遅い、これ以上暗くなる前に戻った方が良い」
「暗くなる前って、もうこれ以上暗くはならないんじゃ……」
「叫化鶏」

佛跳墻の強い視線に何かの焦りを感じ取り、叫化鶏はそれ以上騒ぐ事を諦め二人の説得に自分も加わる事にした。

「獅子頭、松鼠桂魚、今日のところは諦めろ。
船で他の奴らと一緒に飯を食おうぜ」
「えー!!」
「そんなー!!」

ぶーぶー文句を言う二人の背を押して先を行く叫化鶏。

「……悪いが、今日はこれで失礼させてもらう。
今回の仕事の話については、また明日にさせてくれ」
「そうですか、そら残念ですわ。
ほな、入り口まで見送らせてもらいます」

佛跳墻と並んで歩く土瓶蒸し。
その姿はいつもと同じ、人の良さそうな笑みを湛えた優男。
特に変わった様子はないのに、警戒する必要なんてないはずなのに。

「佛跳墻はん。
そないな怖い顔をしていたら、あの子らが不安がりますよ」
「…………」

土瓶蒸しの言葉に内心ギクリとするも、表に出さないように平然を保ちながら佛跳墻は先を進んだ。
そこまで距離がないはずの廊下が、何故かやけに長く感じた。
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