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のっぺらぼう

日が暮れて、夜の帳が降りる頃。
ポツリ、ポツリといくつかの建物の明かりが灯り始める。
とはいえ、光の届かぬ路地裏などは未だ薄暗くあり。
夜が更けていけばその差は益々広がるばかりで。
その酔っぱらい達が覗き込んだ時も、奥に何があるのか判断出来ない程に暗い場所になっていた。

「おいおい何やってるんだよ、そんな所に何もないだろう?
早く次の店に飲みに行こうぜ?」
「いやでもよ、何か声が聞こえた気がしてさ……」

二人組のほろ酔い男が、よせば良いのに暗い路地裏に足を踏み入れる。
するとそこには、男がいた。
彼らに背を向けしゃがみ込み、地面に置いた提灯の灯りを頼りに、無い……無い……とぶつぶつ呟きながら何かを探している。
落とし物でもしたのだろうか?そう思った酔っぱらいの一人が男に声をかけた。

「よう兄ちゃん、どうしたんだ?
何か落っことしたんなら、一緒に探してやろうか?」
「本当かい?そいつは助かるよ。
俺だけでは探せるか、自信がなかったんだ。
何せ……」


「こんな顔をしてるからねぇ」


立ち上がり振り向く男を見て、酔っぱらい達は息を飲んだ。
そこには、顔が無かった。
頭部が無いわけではない。目、鼻、口、眉。
それらの本来あるべきものは全て無く、つるりとした肌が提灯の火にチラチラと照らされていた。
その姿は、いわゆる『のっぺらぼう』といわれる存在であった。

『ぎゃあああああっっ!!!!!!』

顔面蒼白となった酔っぱらい達は悲鳴を上げ、足をもつれさせながら我先にと逃げ去っていった。

「おやおや、つれないねぁ……一緒に探しちゃくれないのかい?」

男はくくくっと無いはずの口許に手を当てながら笑い、彼らが落としていった財布を拾う。

「そこのお兄さん、そないな所で何してますの?」

不意に背後から……より路地裏側から突如聞こえた男性の声に、男はギクリと身を固くする。
だがすぐに今の自身の姿を思い出し、落ち着きを取り戻して懐に先ほどの財布を仕舞った。

「実は、大切な物を落としてしまいまして……」

男は前を向いたまま、背後の人物に言葉を返す。

「大切なものでっか……それは難儀な事ですな。
ここで会ったも何かの縁、よければ私も一緒に探しましょうか?」
「それは助かるよ、俺一人で探せるかわからなかったからねぇ。
何せ……こんな顔をしてるからな」

男は振り返りその何もない顔を相手に向け……そして凍りついた。

「おや、これは奇遇……まさか、お揃いとは」

身を強張らせるのっぺらぼうに、優男風の男は草履の先を向け近づいていく。

「私も探しきれるか自信はありませんが……何せ、こんな面をしてますからな」

優男は手に持つ提灯を高く上げ、相手に見せつけるように己の顔を照らした。
そこには、同じ様に顔がなかった。

「ひっ……うわぁぁぁあぁあっっ!!!!!!」

男は驚き悲鳴を上げ、たたらを踏んでその場に尻餅をついた。
その瞬間、カランッと音を立て男の顔から何かが外れ落ちた。

「おや、これは……」

もう一人ののっぺらぼうは栗色の着物の裾から伸びる手で男が落とした物を拾いあげる。
それは何も装飾を施されていない、ただ肌の色をしているだけのお面であった。

「失くし物、あったみたいですな。
顔につけたまま忘れてるなんて、うっかりさんやねぇ」

いやぁ見つかってよかった、とお面を返す彼に、のっぺらぼうを騙っていた男は怯えた眼差しを向けガタガタ震えるばかりで受け取ろうとしない。

「あ、あ……」
「あんさん、そないに身体震わせてどないしはったん?」
「あんた……一体何者……?」
「何者って……さっき言いましたやろ?
あんさんとお揃いやって」

苦笑しながら優男は彼の膝にお面を置き、空いた手を自身の顔にやる。
そしてカポッと、身に付けていたのっぺらぼうのお面を外し、その下にあった優しげな眼差しでニッコリと笑った。

「なっ……!!テメェ、俺を騙しやがったな!?」

男はようやく、相手は自分と同じのっぺらぼうを騙った偽者だという事に気が付いた。

「騙すなんて、人聞きの悪い……
私はただ、お面を被っていただけですよ?
何処ぞの誰かさんとは違って……ね」
「お、俺だってそうだ!!
お面をつけて、被っていただけだ!!
別にやましい事なんて、してないぞ!!」
「熱くなっとるとこすんませんが、私は『何処ぞの誰か』としか言うてませんよ?
やましいなんて、これっぽちも。
とりあえず、一旦落ち着きなはれ」
「うるせぇ!!」

宥めようと伸ばしてきた優男の手を払い、男は立ち上がり相手を睨みつける。
優男は「おお、怖い怖い」とはたかれた手を擦り、ジッと荒れる男を見据える。

「な……何だよ……」
「あんさん、何が楽しゅうてこないにけったいな事をしてるんか知りませんけど、大概にしときなはれ。
せやないとその内、手酷いしっぺ返しを食らいまっせ?」
「しっぺ返しだ?何だよそれ、訳がわからないな」

男は先程の恐怖を誤魔化すかの様に不適な態度で、彼の忠告をハッと鼻で笑う。

「俺はただお面をつけて、探し物をしていただけだ。
その姿を見てビビるのも物を落として逃げ出したのも、あっちが勝手にやった事だ。
そして俺は、善意でその落とし物を拾って有効活用しているだけ!!
やましい事なんて、何も……」
「怪異は怪異を好み、群れを成し仲間を増やそうと集まる」

開き直った態度で自己弁護をする男の台詞を遮り、栗色の着物をまとう優男は言葉を紡ぐ。

「いつか『本物』に目をつけられる前に、手を引きなはれ。
その時になって後悔しても、手遅れやさかいな。
桜の島に住んでるもんなら、わかってるとは思いますがね」
「………………兄ちゃんよ、脅しならもっと現実味のあるものでしな。
そんなのでビビるのは、ガキくらいだぜ」

地面に落ちたお面を拾い提灯を手にし、男は馬鹿にした様に笑いながら彼を残しその場を後にした。

「……ほんなら、好きな様にしはったら良いですわ。
私は、言いましたからね」

去り行く男の背を見送りながら、栗色の着物の優男は呟く。
口調こそ優しいものの、その目は鋭く冷ややかであった。
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