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共歩き

大きな商談を一つ終え、その日泊まった宿場の2階、窓の縁から星空を眺め。
ふと、何とはなしに散歩してみようかと思い外に出る。
宿場の娘に貸してもらった提灯を片手に、ぶらりと大通りを歩き。
時間帯は深夜に近く、役人に見つかれば何だ貴様は、怪しい者めと取り調べを受けるかもしれない。
今のうちに言い訳でも考えておこうかと思案していると、背後から何かの気配を感じた。
ああ見つかってもうた、ついてまへんわと苦笑するも、妙な違和感を覚え表情を険しいものにする。 
普段は人間の『土間さん』と名乗ってはいるものの、その正体は食霊である土瓶蒸しには、その正体が人外のものだという事がすぐにわかった。
怪異か、妖怪か、はたまた別の存在か。
何にせよ、必要無ければ深く関わらないに越したことはない。
土瓶蒸しは気づかぬふりをして、そのまま歩みを進める。

べとっ

何やら粘着質な音が、耳に貼りつく。
思わず立ち止まりしばらく待ってみるものの、しんと無音の時間が流れるだけであった。
ならばと再び歩き出し、ぱた、ぱた、と草履を踏み鳴らせば、それに合わせる様にべとっべとっと先ほどの音が重なる。
後をつけられているな、と土瓶蒸しは察した。
静かに振り向き提灯で夜道を照らして確認してみるも、そこには何の姿もなく。
先を歩めば、再び聞こえるべとっべとっという音。
ある程度歩いたが、足音が重なるだけで何かちょっかいを出される様子はない。

「………………ふむ」

音の主の正体に思い当たる節があった土瓶蒸しは、少し悪戯心が沸き起こり、何事も無かったかの様に夜道を進む。
自身が足を踏み鳴らすタイミングに合わせ、聞こえるべとっべとっという音。
不意に、土瓶蒸しの足が止まる。
粘着質な音も、ピタリと止まる。
また歩き出せば、音もまた鳴り響き。
すぐに立ち止まる。やはり音も止まる。
三度歩き出す……ふりをして、土瓶蒸しは片足を上げた状態で動きを止めてみる。

べとっ

粘着質な音だけが響いた。
しばらく間が空きーーーーー

べとっべとっべとっべとっべとっべとっ

からかわれた事に気づいたのか、音の主が悔しそうに地団駄を踏む音を背中に聞き、土瓶蒸しは申し訳なく思うもくすりと笑ってしまった。

ぐぅー……

今までとは違う音が聞こえたかと思うと、足踏みをする音がピタリと止んだ。
その音色に心当たりがあった土瓶蒸しはしゃがんで提灯を置き、懐から小さな包みを取り出し広げた。
中には、携行食の餅がいくつか。

「先ほどは失礼しました。
これはお詫びの品です、どうぞ食べておくれやす」

餅を包みのまま道に置き、提灯を持ち立ち上がる。
すると土瓶蒸しが立ち止まっているにも係わらず、べとっべとっという足音が近づき、彼の足元で止まった。
そして代わりに聞こえる、咀嚼音。
頃合いを見て、土瓶蒸しは『それ』に言葉をかけた。

「満足しはりましたか?
『べとべとさん』、お先にお越し」

土瓶蒸しがそう言うと、再びべとっべとっと音が聞こえ始める。
その音は土瓶蒸しの前方へと消えていき、やがて何も聞こえなくなった。
土瓶蒸しが足元を確認すれば、そこにあったのは空になった唾液まみれの包みのみ。
べとべとになった部分には触れずに拾い別に持っていた袋に包みを仕舞い、先ほどまで共に歩いていた妖怪『べとべとさん』が先に行った道を進む。
ある程度進んだ所で、土瓶蒸しは地面に何か文字が書かれているのを見つけ立ち止まった。

『モチ ウマカッタ アリガト』

粘着質な液体で書かれたお礼文に、律儀やなぁと思わず笑みがもれる。
土瓶蒸しは何処から取り出したのか、持っていた長い枝を器用に使い、湿り気が濃い部分で先を湿らせ文字の隣に何かを書く。

『どういたしまして』

返事を書き終えた土瓶蒸しは枝を置き、そろそろ帰りましょうかねと、提灯で夜道を照らして宿場へと帰って行くのであった。
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