輪郭のない証拠
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「にしても舜ちゃんの指輪、そんなとこにあったんやなぁ」
リハーサル後に太智が思い出したかの様に呟いた。その言葉に舜太は眉を下げて頭を掻くが、楽屋へ向かう足取りは軽い。
「あの時は、ほんまお騒がせしました!」
「逆によっしーはよく気がついたね、ペンケースの中にあるって」
「まあ、ある人からアドバイス貰って」
柔太朗の問いに、仁人はどかりと大胆に足を広げソファに座りながら答える。
「凄いな、その人。仁人の新しい彼女?」
勇斗が興味津々といった様子で背もたれに肘をつく。
「な訳ねぇだろ!ミステリー好きなただの昔馴染みだよ」
「フーン……」
納得がいかない様子で口角を上げるが、眉を一度上げすぐに気持ちを切り替える。
「じゃあ話変わるけど、仁人の名前でパブサしたら、女の人と親密そうに街中歩いてたってポスト見たんだけど」
「え!?仁ちゃんったら大胆!」
「ポストされるくらいなんやから、親密っていうからにはめっちゃ距離近かったんちゃう!?」
舜太と太智が話に乗っかかり盛り上がる。
「あーもう、煩いなぁ!!しかも話が一個も変わってないし……」
項垂れる様に膝を抱えた仁人は絞り出すように呟いた。
「幼なじみだから、向こうが距離バグってるだけだよ」
「え、なにそれ。初耳なんだけど」
傍観を貫いていた柔太朗も話に加わり、仁人はきつく眉を寄せる。
「なんか、こう……距離感が近いんだよ。他意全くないんだろうけど」
仁人は言葉を選びながら、少しだけ視線を逸らした。
「へぇ……」
勇斗はそれ以上追及せず、また自分の台本に視線を落とす。
話はそこで、緩やかに別の話題へと移っていった。
◇ ◇
今回の発端は、休憩後の衣装チェンジで起こった。
俺たちのシューズケースを囲む様にスタッフが集まってて、何かあったのかマネージャーに確認しようにも慌てて話にならなかったんだよ。
『え、嘘!?この前まで普通に使えたのに!?俺、壊してへんよ!』
『太ちゃんが壊してないのは分かるよ』
輪の中心から聞こえて来た太智の声は、離れた俺でも分かるくらいパニックになってて、慌てて柔太朗がすぐにフォローに入ってたんだ。
衣装担当だから、他の人よりも真剣にシューズケースの中の靴を確認してて、俺が盗み見た時には靴は踵がパックリ折れている感じ。
それから少し遅れて勇斗が来た。いつもなら全体を把握するように動くのに、この日は妙に早足、というか落ち着きがなかった。
あいつは冷静にスタッフさんとやり取りしながら、興奮気味の太智を諌めてた。
『あまり事を大きくしない方がいい。このタイミングでこんな嫌がらせが行われたって、マスコミに知られたらマズいから』
正論っちゃ正論なんだけど、俺からしてみたら勇斗も必要以上に焦ってるように見えた。勇斗が理由もなく誰かを疑うなんて珍しいから。
太智は「俺は何もしてない」って言いたいだけなのに、勇斗の言葉のせいで、逆に「この件は表沙汰にできない何かがある」みたいな空気になっちゃって。
そんな中、舜太がぽつりと言った。
『身内の誰かがやったんじゃないなら、多分、太ちゃんの物にだけある"違い"が原因だと思う』
こういう時、あいつの頭の良さに感心する。
誰かを疑うより先に、何が違うのかを考える。素直っていうか、まっすぐなんだよな。
それを聞いた柔太朗が、少し考えてから言った。
『あるとすれば……太ちゃんのだけ、素材の関係で現物が届くの遅かったんだよね』
俺はその時、正直あんまり気にしてなかった。単なる納期の話だと思ってたから。
現場はその後、なんとなく気まずい空気のまま撮影をして解散になった。
帰り際、俺は勇斗に呼び止められた。
『仁人、ちょっといいか』
いつもと違う、低い声だった。
『実は……確信が持てないから詳しくは言えないんだけど』
そこまで言って、勇斗は言葉を切った。何か言いたそうにしてるのに、続きが出てこない。
だけど、次の言葉を聞く前にマネージャーに急かされて、勇斗はそのまま次の現場に行ってしまった。結局、何も聞けずじまいで。
「——というのが、今回の一部始終」
「撮影もあるのに大変だったね」
彼女の声で、俺はようやく我に返った。話すのに必死で、いつの間にか目の前にいる彼女のことも忘れかけてた。
「太智の件、解決してあげたいんだけど……」
「気になるのは本当はそっちじゃないでしょ?」
彼女には全部お見通しみたいだった。
「うん……勇斗のことも、なんか引っかかってて」
◇ ◇
彼女は暫く黙っていた。
「まず、太智くんの方から整理しようか」
「うん」
「靴が壊れたのは、シューズケースを開けた時、だったよね?」
「そう。前回履いた時は、太智も違和感なかったって言ってた」
なるほど、と彼女は口元に手をやる。そして小さく唸ってから顔を上げた。
「じゃあ、劣化したのは"使ってる間"じゃなくて、"しまってる間"ってことになるね」
言われてみればそうだ、と仁人は頷く。
誰かに壊されたにしては、タイミングがおかしい。だが、経年劣化と片付けるには、あまりに急だった。
「柔太朗くんが言ってた、"素材の関係で届くのが遅かった"って話、詳しく覚えてる?」
「あー……いや、そこまでは。俺もあんまり気にしてなかったから」
「手掛かりはそこだと思うよ」
彼女は静かに言った。
「他のメンバーの分と、太智くんの分だけ、届いた時期が違う。ということは、発注のロットも別だった可能性が高い」
「ロットが違う?なんで?」
「同じデザインの物でも、染色や塗料の関係でロットが変わることはあるでしょ?」
彼女は肩を竦めて言った。そしてテーブルに身を乗り出し仁人との距離を詰める。
「靴底やヒールに使われる素材の中には、湿気で劣化するものもある。太智くんのものだけ素材が違っていたなら説明はつくよ」
「そんなに簡単になるものなのか?劣化でどうのって感じには見えなかったけど」
納得のいかない様子の仁人は眉を寄せる。
思い返してみても、劣化で壊れたよりも人為的に壊された印象に近かった。
「以前、似た様な事をドラマを聴いたことがあってね」
「ドラマで見たって言っても、そんな都合よく太智のだけ……」
「起こり得るよ。太智くんの分だけ、素材そのものが違っていたなら」
一旦言葉を区切ると、彼女は声のトーンを落とした。
「同じ時期に支給された物だから、"劣化のタイミングも同じはず"って、皆の思い込みが、"誰か一人をターゲットにした何かが起きている"という暗示をかけたんじゃないかな?」
仁人はしばらく黙り込んでから、ぽつりと言った。
「……舜太の言った通り、誰も悪くないんだ」
「そうだね」
彼女は小さく、けれども力強く頷いた。
「壊した人はいない。ただ、"違い"に気づかなかっただけ」
その言葉に、仁人は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
太智に伝えれば、あいつもきっと安心する。
「じゃあ、勇斗のことは?」
彼女は少し間を置いてから、静かに首を振った。
「それは、まだ分からない、かな?」
「だよな……」
「靴の件とは、繋がってない。でも、気になるなら、今度ちゃんと聞いてみたら?」
仁人は頷いたものの、内心では釈然としないものが残っていた。
あの時の勇斗の様子は、単なる気のせいでは片付けられない気がしていたから。
◆ ◆
数日後、久しぶりのグループ全体で集まった控室はどこか空気が重い。
少しだけ遅れてやってきた太智に普段の元気さはなく、重い足取りで入ってきた。
「なあ、太智」
「……ん?」
「あの靴の件、原因分かったわ」
「……誰かがやったんちゃうん?」
「いや、誰もやってない。素材の関係で、太智の分だけロットが違ってて、それがたまたま湿気に弱かっただけ」
「……なんや、そうなんや」
太智はしばらく黙って、それから深く息を吐いた。
「いや、でも……勇斗があんな感じで焦っとったから、なんか俺、誰かに恨み買う事とかしたんかなって思ってて」
「何言ってんだよ、それは絶ッ対にない!」
そこに、スマホで何かを確認していた柔太朗が顔を上げる。
「仁ちゃんに聞いてからスタッフさんに確認したけど、やっぱり太ちゃんのだけ少し違う素材だったっぽい」
「あいつの言った通りか」
「詳しい成分調査とかは出来ないみたいだけど、可能性は高いと思う」
柔太朗は少しホッとしたようにふわりと笑った。
「太ちゃん、良かったね」
「せやな……」
太智はまだどこか釈然としない顔をしていたけれど、それでも肩の力が抜けたのが分かった。
そこへ舜太が飲み物片手にやってきた。
「あ、解決したん?」
「おう。舜太のおかげでもあるぞ、身内の犯人はおらんって最初に言ってくれたからな」
「そうなん?なんか役に立てたなら良かったわ〜」
舜太は照れくさそうに笑って、それから思い出したように付け加えた。
「じゃあ、勇ちゃんは?」
その一言に、控室の空気が一瞬止まった。
「……それは、まだ」
仁人が答えると、誰も、それ以上は何も言わなかった。
◆ ◆
「太智の件、ちゃんと解決したよ。加水分解だって伝えたら安心してた」
「それは良かった」
彼女はカップに口をつけながら、小さく笑った。
「勇斗くんの方は?」
「……そっちは、まだ何も」
仁人は少し視線を落とした。
「あれから、いつも通りっちゃ、いつも通りなんだけど……なんか、たまに上の空になってる時があって」
「そっか……」
「気のせいだと思いたいんだけどな」
彼女はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「気のせいじゃないかもしれない。でも、今はまだ、材料が足りない」
「材料?」
「話も、証言も、何もない状態でしょう?今のわたしにできることは、ないよ」
彼女は一口珈琲を飲んだ。小さく喉が鳴り、咳払いで誤魔化す。
「気になるなら、あなたが直接、聞いてあげたら?」
「、そうする。じゃあ俺、今日は帰るわ」
「うん。頑張れ、リーダー」
仁人は残っていた珈琲を飲み干すとゆっくりと立ち上がる。
伝票を抜き取り踵を返す。その足音はいつもよりも少しだけ憂いを帯びていた。
リハーサル後に太智が思い出したかの様に呟いた。その言葉に舜太は眉を下げて頭を掻くが、楽屋へ向かう足取りは軽い。
「あの時は、ほんまお騒がせしました!」
「逆によっしーはよく気がついたね、ペンケースの中にあるって」
「まあ、ある人からアドバイス貰って」
柔太朗の問いに、仁人はどかりと大胆に足を広げソファに座りながら答える。
「凄いな、その人。仁人の新しい彼女?」
勇斗が興味津々といった様子で背もたれに肘をつく。
「な訳ねぇだろ!ミステリー好きなただの昔馴染みだよ」
「フーン……」
納得がいかない様子で口角を上げるが、眉を一度上げすぐに気持ちを切り替える。
「じゃあ話変わるけど、仁人の名前でパブサしたら、女の人と親密そうに街中歩いてたってポスト見たんだけど」
「え!?仁ちゃんったら大胆!」
「ポストされるくらいなんやから、親密っていうからにはめっちゃ距離近かったんちゃう!?」
舜太と太智が話に乗っかかり盛り上がる。
「あーもう、煩いなぁ!!しかも話が一個も変わってないし……」
項垂れる様に膝を抱えた仁人は絞り出すように呟いた。
「幼なじみだから、向こうが距離バグってるだけだよ」
「え、なにそれ。初耳なんだけど」
傍観を貫いていた柔太朗も話に加わり、仁人はきつく眉を寄せる。
「なんか、こう……距離感が近いんだよ。他意全くないんだろうけど」
仁人は言葉を選びながら、少しだけ視線を逸らした。
「へぇ……」
勇斗はそれ以上追及せず、また自分の台本に視線を落とす。
話はそこで、緩やかに別の話題へと移っていった。
◇ ◇
今回の発端は、休憩後の衣装チェンジで起こった。
俺たちのシューズケースを囲む様にスタッフが集まってて、何かあったのかマネージャーに確認しようにも慌てて話にならなかったんだよ。
『え、嘘!?この前まで普通に使えたのに!?俺、壊してへんよ!』
『太ちゃんが壊してないのは分かるよ』
輪の中心から聞こえて来た太智の声は、離れた俺でも分かるくらいパニックになってて、慌てて柔太朗がすぐにフォローに入ってたんだ。
衣装担当だから、他の人よりも真剣にシューズケースの中の靴を確認してて、俺が盗み見た時には靴は踵がパックリ折れている感じ。
それから少し遅れて勇斗が来た。いつもなら全体を把握するように動くのに、この日は妙に早足、というか落ち着きがなかった。
あいつは冷静にスタッフさんとやり取りしながら、興奮気味の太智を諌めてた。
『あまり事を大きくしない方がいい。このタイミングでこんな嫌がらせが行われたって、マスコミに知られたらマズいから』
正論っちゃ正論なんだけど、俺からしてみたら勇斗も必要以上に焦ってるように見えた。勇斗が理由もなく誰かを疑うなんて珍しいから。
太智は「俺は何もしてない」って言いたいだけなのに、勇斗の言葉のせいで、逆に「この件は表沙汰にできない何かがある」みたいな空気になっちゃって。
そんな中、舜太がぽつりと言った。
『身内の誰かがやったんじゃないなら、多分、太ちゃんの物にだけある"違い"が原因だと思う』
こういう時、あいつの頭の良さに感心する。
誰かを疑うより先に、何が違うのかを考える。素直っていうか、まっすぐなんだよな。
それを聞いた柔太朗が、少し考えてから言った。
『あるとすれば……太ちゃんのだけ、素材の関係で現物が届くの遅かったんだよね』
俺はその時、正直あんまり気にしてなかった。単なる納期の話だと思ってたから。
現場はその後、なんとなく気まずい空気のまま撮影をして解散になった。
帰り際、俺は勇斗に呼び止められた。
『仁人、ちょっといいか』
いつもと違う、低い声だった。
『実は……確信が持てないから詳しくは言えないんだけど』
そこまで言って、勇斗は言葉を切った。何か言いたそうにしてるのに、続きが出てこない。
だけど、次の言葉を聞く前にマネージャーに急かされて、勇斗はそのまま次の現場に行ってしまった。結局、何も聞けずじまいで。
「——というのが、今回の一部始終」
「撮影もあるのに大変だったね」
彼女の声で、俺はようやく我に返った。話すのに必死で、いつの間にか目の前にいる彼女のことも忘れかけてた。
「太智の件、解決してあげたいんだけど……」
「気になるのは本当はそっちじゃないでしょ?」
彼女には全部お見通しみたいだった。
「うん……勇斗のことも、なんか引っかかってて」
◇ ◇
彼女は暫く黙っていた。
「まず、太智くんの方から整理しようか」
「うん」
「靴が壊れたのは、シューズケースを開けた時、だったよね?」
「そう。前回履いた時は、太智も違和感なかったって言ってた」
なるほど、と彼女は口元に手をやる。そして小さく唸ってから顔を上げた。
「じゃあ、劣化したのは"使ってる間"じゃなくて、"しまってる間"ってことになるね」
言われてみればそうだ、と仁人は頷く。
誰かに壊されたにしては、タイミングがおかしい。だが、経年劣化と片付けるには、あまりに急だった。
「柔太朗くんが言ってた、"素材の関係で届くのが遅かった"って話、詳しく覚えてる?」
「あー……いや、そこまでは。俺もあんまり気にしてなかったから」
「手掛かりはそこだと思うよ」
彼女は静かに言った。
「他のメンバーの分と、太智くんの分だけ、届いた時期が違う。ということは、発注のロットも別だった可能性が高い」
「ロットが違う?なんで?」
「同じデザインの物でも、染色や塗料の関係でロットが変わることはあるでしょ?」
彼女は肩を竦めて言った。そしてテーブルに身を乗り出し仁人との距離を詰める。
「靴底やヒールに使われる素材の中には、湿気で劣化するものもある。太智くんのものだけ素材が違っていたなら説明はつくよ」
「そんなに簡単になるものなのか?劣化でどうのって感じには見えなかったけど」
納得のいかない様子の仁人は眉を寄せる。
思い返してみても、劣化で壊れたよりも人為的に壊された印象に近かった。
「以前、似た様な事をドラマを聴いたことがあってね」
「ドラマで見たって言っても、そんな都合よく太智のだけ……」
「起こり得るよ。太智くんの分だけ、素材そのものが違っていたなら」
一旦言葉を区切ると、彼女は声のトーンを落とした。
「同じ時期に支給された物だから、"劣化のタイミングも同じはず"って、皆の思い込みが、"誰か一人をターゲットにした何かが起きている"という暗示をかけたんじゃないかな?」
仁人はしばらく黙り込んでから、ぽつりと言った。
「……舜太の言った通り、誰も悪くないんだ」
「そうだね」
彼女は小さく、けれども力強く頷いた。
「壊した人はいない。ただ、"違い"に気づかなかっただけ」
その言葉に、仁人は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
太智に伝えれば、あいつもきっと安心する。
「じゃあ、勇斗のことは?」
彼女は少し間を置いてから、静かに首を振った。
「それは、まだ分からない、かな?」
「だよな……」
「靴の件とは、繋がってない。でも、気になるなら、今度ちゃんと聞いてみたら?」
仁人は頷いたものの、内心では釈然としないものが残っていた。
あの時の勇斗の様子は、単なる気のせいでは片付けられない気がしていたから。
◆ ◆
数日後、久しぶりのグループ全体で集まった控室はどこか空気が重い。
少しだけ遅れてやってきた太智に普段の元気さはなく、重い足取りで入ってきた。
「なあ、太智」
「……ん?」
「あの靴の件、原因分かったわ」
「……誰かがやったんちゃうん?」
「いや、誰もやってない。素材の関係で、太智の分だけロットが違ってて、それがたまたま湿気に弱かっただけ」
「……なんや、そうなんや」
太智はしばらく黙って、それから深く息を吐いた。
「いや、でも……勇斗があんな感じで焦っとったから、なんか俺、誰かに恨み買う事とかしたんかなって思ってて」
「何言ってんだよ、それは絶ッ対にない!」
そこに、スマホで何かを確認していた柔太朗が顔を上げる。
「仁ちゃんに聞いてからスタッフさんに確認したけど、やっぱり太ちゃんのだけ少し違う素材だったっぽい」
「あいつの言った通りか」
「詳しい成分調査とかは出来ないみたいだけど、可能性は高いと思う」
柔太朗は少しホッとしたようにふわりと笑った。
「太ちゃん、良かったね」
「せやな……」
太智はまだどこか釈然としない顔をしていたけれど、それでも肩の力が抜けたのが分かった。
そこへ舜太が飲み物片手にやってきた。
「あ、解決したん?」
「おう。舜太のおかげでもあるぞ、身内の犯人はおらんって最初に言ってくれたからな」
「そうなん?なんか役に立てたなら良かったわ〜」
舜太は照れくさそうに笑って、それから思い出したように付け加えた。
「じゃあ、勇ちゃんは?」
その一言に、控室の空気が一瞬止まった。
「……それは、まだ」
仁人が答えると、誰も、それ以上は何も言わなかった。
◆ ◆
「太智の件、ちゃんと解決したよ。加水分解だって伝えたら安心してた」
「それは良かった」
彼女はカップに口をつけながら、小さく笑った。
「勇斗くんの方は?」
「……そっちは、まだ何も」
仁人は少し視線を落とした。
「あれから、いつも通りっちゃ、いつも通りなんだけど……なんか、たまに上の空になってる時があって」
「そっか……」
「気のせいだと思いたいんだけどな」
彼女はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「気のせいじゃないかもしれない。でも、今はまだ、材料が足りない」
「材料?」
「話も、証言も、何もない状態でしょう?今のわたしにできることは、ないよ」
彼女は一口珈琲を飲んだ。小さく喉が鳴り、咳払いで誤魔化す。
「気になるなら、あなたが直接、聞いてあげたら?」
「、そうする。じゃあ俺、今日は帰るわ」
「うん。頑張れ、リーダー」
仁人は残っていた珈琲を飲み干すとゆっくりと立ち上がる。
伝票を抜き取り踵を返す。その足音はいつもよりも少しだけ憂いを帯びていた。