番外編/本編没ネタ/if
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薄暗いシャンデリア。甘ったるい香水。静かすぎる弦楽器の音。
“まともではない社交界”特有の空気だった。
仮面の奥からこちらを値踏みする様な視線が刺さり、なまえは眉を寄せる。
「……帰りたい」
「ダメです」
なまえが小さく呟くと隣にいた仁人が短く答えた。
いつもの執事服ではなく、黒のスーツ。そのせいで“裏社会の男”感が増していた。
「なんでダンスまであるの……」
「"仮面舞踏会"ですのでね」
会場にいる全員が仮面を付けており、非日常を演出している。
表向きにはその非日常を売りにしているが、裏では数々の違法行為が横行していた。そしてなまえ達は捜査協力をする為パーティーに参加していた。
「今夜は“みょうじ家の娘”ではなく、ただの上流階級の令嬢です」
「うん」
「堂々と」
「、うん」
「足踏まないでください」
「分かってるって!!」
次の瞬間、音楽が変わる。そのタイミングを読み仁人はなまえの手を取った。
仁人のリードで不慣れななまえでも上手く踊れている。会場内の視線が集まりなまえは軽いパニックを起こす。
「っ、むりむりむり」
「喋らない」
「だって!」
「右」
「えっ」
「次、回転」
「急に言わ――」
くるり、と身体が回る。
転びかけた腰を仁人が即座に支えた。
「前、ちゃんと見て」
思わず顔を上げると仮面越しに目が合う。
耳元に落ちる低い声。
「俺だけ見てればいい」
「ッ……」
一瞬だけ呼吸が止まる。
その間にまたステップが進む。仁人のリードは迷いがなく完璧だった。しなやかなのに強引で、なまえが多少間違えても全部“最初からその振りだった”様に修正してしまう。
「左……次、下がって……目線はそのまま」
「、……」
完全に指示に従うのがやっとのなまえにとって、この一曲が地獄の様に長く感じる。
「……仁人ってダンス上手いんだね」
「教育課程にありましたので。練習はたくさんしましたよ」
「それならさぞモテたでしょうに」
「、集中してください」
「してるよ」
「してません」
その時、仁人の体が少し強張る。目線は奥の部屋に注がれ、調査対象もそこにいた。
「お嬢様、少しだけ合わせてください」
「え?」
「調査対象が動きます」
そう言った瞬間、仁人が自然になまえをターンさせ、そのまま調査対象者へと視線を流す。鋭い目付きで、全ての行動を確認していた。
「え、仁人!?」
「前見て」
「今調査してるの!?」
「はい」
「それわたし達の仕事じゃないよ!?」
「——静かに」
先程までとは違う低い声に、なまえは思わず息を呑む。
意味が分からず困惑しているなまえは、不安そうに仁人の手を握る。
「次、彼女をお借りしても?」
仁人の眉が一瞬動く。ここで拒否は不自然で、周りに怪しまれてしまう。
「……少しだけですよ」
貼り付けた笑顔で仁人は言った。その声の圧に不安を覚えたなまえは、繋いだ手をぎゅっと握った。一瞬だけその指先に力が返された。
「——待ってくださいよ、俺が先でしたよね?」
現れた太智が男となまえの間に割って入る。そのまま男を一瞥すると、なまえの手を握り、強引に男との距離を取った。
「え、太智、今までどこにいたの!?」
「ちょっと吉田さんに頼まれて仕事を、ね?」
その笑顔はいつもと変わらなかった。だが直ぐになまえも知らない表情に変わる。
「ほら、ちゃんと合わせて」
「いや、え、なんで踊れるの!?」
「俺だって執事やで?」
「そうだけど!」
「お嬢様の横立つなら出来て当然!」
太智のリードは仁人とは違い、言葉ではなく身体で伝える。握る手や支える腰にかかる圧が、次の動きを示していた。
大胆だがそれでいて繊細で、失敗しても笑って誤魔化してくれる。先程までの緊張がゆっくりと解けていく。
「、来てくれてありがとね」
「どーいたしまして」
「わっ……!」
隣で踊るペアと危うくぶつかりそうになり、太智はなまえの腰を優しく引き寄せる。
「もっと俺に体預けて」
「……そもそも、なんで太智はそんなに余裕なの?」
「まぁ、なまえと違ってレッスンサボっとらんかったし」
「煩いな!っていうか太智だってサボってたじゃん!」
踊りながらも二人は小声で騒いでる。ダンスに苦手意識があり表情が暗かったなまえだったが、太智のおかげかいつもの笑顔に戻っていた。
その姿は周囲から見ると、仲の良い上流カップルだった。
遠くでそれを見ていた仁人が、小さく舌打ちする。調査対象より、そっちが気になって仕方ない様だ。
「……距離が近いんだよ、あいつは」
ぼそっと漏れる本音。
その瞬間、太智がこちらを見てニヤリと笑う。それを見た仁人は僅かに顎を上げ、目を細めた。
本当の「事件」は、まだ誰にも気付かれていない所で静かに動き出していた。