Royal Milk Xxx
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コーヒー一杯で、こんなに浮かれるなんて思わなかった。
たった数分の会話。
それだけのはずなのに。
あの日から時々、思い出してしまう。
「——こちらへご案内します」
小さいながらも良く通る声に、なまえは思わず振り返る。端正な顔立ちをした、あの時の総務の新人だった。
足を止めたなまえに、勇斗もその視線の先を追う。
「気になるのか、あの新人」
「この間頑張ってたから記憶に残ってるだけだよ。えっと確か、山中柔太朗さんだよね?」
「そう、この間の頑張ってた新人くん」
本社視察の日は準備に追われ、酷く疲れた様子をしていた。それが今日は来賓対応に回っている。
「期待の新人ってわけだね」
確認する様に呟くとなまえは挨拶回りへと戻った。
勇斗が度々フォローをしてくれるが、それでも慣れない会話は続く。なまえの笑顔はどんどん引き攣っていった。
「、ごめん、一旦休憩挟んでいい?」
「ああ、悪い、気付かなくて」
いいの、と短く言うと会場を出てロビーの長椅子に座った。会場内の騒がしさとは切り離された空間に、なまえの心はスッと軽くなる。クリアになった視界で辺りを見回すと、ロビーを行き交う若手社員達が休みなく働いていた。
「……、?」
自分ももう一仕事頑張るか、と立ち上がると通路で誰かの話し声が聞こえてくる。なまえはそちらを振り返ると、またもや柔太朗の姿があった。ゆっくりと近付き聞き耳を立てる。いざとなれば自分がフォローに入れる様に。
「聞いたよ、山中くん!今回の件、君が最初に気付いたんだって?」
「たまたま資料を確認していた時に違和感がありまして。それを先輩に確認しただけです」
「確認してくれたおかげで大事にならずに済んだ。次も期待してるよ」
自分が出る幕ではないと悟ったなまえは、一度深呼吸をして会場内へと戻った。
◆ ◆
盛大に行われた創立記念パーティも終わり、新人達は後片付けに勤しむ。運営チームの柔太朗は、それに加え二次会の進行にも関わっており忙しなく動いていた。
パーティ会場と二次会会場を行き来している中、柔太朗はなまえの姿が無いことに気付く。どこを見渡しても見つける事が出来ず、少しだけ肩を落とした。
その時、誰かの視線を感じて顔を上げると、バッチリと勇斗と目が合った。
「手が空いたらで良いんだけど、よかったらなまえを探してきてくれないか?」
「分かりました」
「探すついでに、時間見てお前も休めよ」
柔太朗の肩を軽く叩くと勇斗はまた役員達の輪の中に戻った。その時、柔太朗は漸く自分が休憩を取っていないことに気が付く。
フロアを見渡し、不足が無いことを確認しているとある一角に目が止まる。女性陣が有名パティシエのケーキに集まっていたのだ。柔太朗は少し考えてから小さく頷くと、軽い足取りで会場を後にする。
だが、ラウンジやテラス、ロビーなど行きそうな所を探したが、どこにもなまえの姿はなかった。
柔太朗は俯きながら時間を確認する。会場を出てから思いの外時間が経っていた。
「いくら佐野室長の頼みとは言え、さすがに一旦戻るか……」
小さく呟くとため息も一緒に出てしまった。
せっかく持ち出した箱も、結局渡せそうにない。柔太朗は寂しそうな瞳で箱を見つめると、重い足取りで自身の休憩スペースへと向かう。
だがその休憩スペースとしていた宴会場裏の搬入口付近に、壁際に小さくしゃがみ込んだなまえが居た。
「え、なまえさん?」
柔太朗の声に顔を上げたなまえは小さく欠伸をした。
「こんな所にいらしたんですね。なまえさんが居なくて佐野室長が困ってましたよ」
そう言うと柔太朗はパイプ椅子を出してなまえの横に置く。
「残念、その困り顔、見たかったなぁ。でも帰ったって伝えて」
「もう戻られないのですか?」
「わたしの仕事は終わったから」
「ではこれ、よかったら一緒に食べませんか?」
探している間、ずっと持っていた箱をなまえに差し出す。その箱のロゴを見た瞬間になまえの瞳はパッと輝いた。
「え、なんで!?いいの!?」
「上長から、頑張ったご褒美にといただいたんです。こんなにあっても俺一人じゃ食べきれませんし」
それに、と柔太朗は言葉を区切る。ケーキを見る瞳は小さく揺れていた。
「、先日のコーヒーのお礼です」
「そんなの気にしなくても良いのに」
「いえ、あれがあったから頑張れました」
なまえと目線は合わせず、はにかむ様に笑う。その笑顔になまえも釣られて頬が緩む。
会場にいた柔太朗は優雅で隙がなかった。視察の日に見た、余裕もなく走り回っていた姿とはまるで別人の様だ。けれど今目の前にいる彼を見ていると、そのどちらも柔太朗なのだと思えた。
「だから是非」
「えーどっちにしようか迷うなぁ」
なまえが迷っている間に、柔太朗は自販機で飲み物を買う。子どものように無邪気にケーキを選ぶなまえの姿に柔太朗は優しい眼差しを向ける。
「ケーキ、本当にお好きなんですね」
「うん!特にここのは美味しいんだよ!甘さが控えめでスポンジもふわふわで!」
「なら良かったです」
ひとしきり悩んだあと、なまえはショートケーキを手に取った。そのままなんの躊躇いもなく、パクりと口に入れる。
幸せそうに目を細めるなまえ。
この笑顔を見ただけで柔太朗は今日の疲れが一気に吹き飛んだ。
「、クリームついてますよ」
「え!?」
自身の口元を指差した柔太朗を見て、なまえは慌てて手で口元を拭おうとした。だがその手首を握られ、なまえは固まる。
「使ってください」
柔太朗はポケットからハンカチを取り出すとなまえに差し出した。反射的に素手で拭おうとした事が恥ずかしくなり、なまえは顔を伏せる。
普段のガサツさに後悔しながらハンカチを受け取った。掴まれた手首が熱を帯びているのは、その恥ずかしさからだろう。
「なまえさんって、もっとお堅い方だと思ってました」
「わあ、やめて、もっと『はしたない』って罵って、どっかの誰かみたいに...…」
「罵りませんよ、凄く可愛かったですし」
「あ、ダメダメ。それダメ」
「えぇ?なんでですか?」
「その顔でそれ、犯罪だから」
ささやかな抵抗で、上目遣いでキッと柔太朗を睨む。
「あ、それパワハラですよ」
「え!?」
「……じゃあ俺、戻りますね」
柔太朗は立ち上がると手早くパイプ椅子を畳む。
「あ、ハンカチ、どうしよう」
「それ大事なハンカチなので、」
今度は#しっかりとなまえの目を見る。目線を合わせ、自分を忘れられない様に、ハンカチを持つなまえの手首を掴んだ。
「次会えた時に、返してくださいね」
そのまま休憩室を後にする。柔太朗なりの精一杯の行動だった。
懇親会会場に戻ってきた時に、遅れて汗が吹き出してくる。鼓動の速さは治まらず、脳裏には小動物の様に睨むなまえが焼き付いて剥がれない。
「——ゆっくり休めたか?」
「佐野室長!?」
不意に声を掛けられ心臓が跳ねる。
「なまえは?」
「それが、見つけた時にはタクシーに乗られてました」
「あいつ、逃げ足は早いからな。手間かけさせたな」
「いえ……」
「で、ゆっくり休めたか?」
再度問いかける勇斗。
口角は上がっているのに目は笑っていない。
心臓がキュッと締め付けられるその視線。
「はい。では仕事に戻りますね」
それでも柔太朗も臆することなく答え、踵を返した。
たった数分の会話。
それだけのはずなのに。
あの日から時々、思い出してしまう。
07
「——こちらへご案内します」
小さいながらも良く通る声に、なまえは思わず振り返る。端正な顔立ちをした、あの時の総務の新人だった。
足を止めたなまえに、勇斗もその視線の先を追う。
「気になるのか、あの新人」
「この間頑張ってたから記憶に残ってるだけだよ。えっと確か、山中柔太朗さんだよね?」
「そう、この間の頑張ってた新人くん」
本社視察の日は準備に追われ、酷く疲れた様子をしていた。それが今日は来賓対応に回っている。
「期待の新人ってわけだね」
確認する様に呟くとなまえは挨拶回りへと戻った。
勇斗が度々フォローをしてくれるが、それでも慣れない会話は続く。なまえの笑顔はどんどん引き攣っていった。
「、ごめん、一旦休憩挟んでいい?」
「ああ、悪い、気付かなくて」
いいの、と短く言うと会場を出てロビーの長椅子に座った。会場内の騒がしさとは切り離された空間に、なまえの心はスッと軽くなる。クリアになった視界で辺りを見回すと、ロビーを行き交う若手社員達が休みなく働いていた。
「……、?」
自分ももう一仕事頑張るか、と立ち上がると通路で誰かの話し声が聞こえてくる。なまえはそちらを振り返ると、またもや柔太朗の姿があった。ゆっくりと近付き聞き耳を立てる。いざとなれば自分がフォローに入れる様に。
「聞いたよ、山中くん!今回の件、君が最初に気付いたんだって?」
「たまたま資料を確認していた時に違和感がありまして。それを先輩に確認しただけです」
「確認してくれたおかげで大事にならずに済んだ。次も期待してるよ」
自分が出る幕ではないと悟ったなまえは、一度深呼吸をして会場内へと戻った。
◆ ◆
盛大に行われた創立記念パーティも終わり、新人達は後片付けに勤しむ。運営チームの柔太朗は、それに加え二次会の進行にも関わっており忙しなく動いていた。
パーティ会場と二次会会場を行き来している中、柔太朗はなまえの姿が無いことに気付く。どこを見渡しても見つける事が出来ず、少しだけ肩を落とした。
その時、誰かの視線を感じて顔を上げると、バッチリと勇斗と目が合った。
「手が空いたらで良いんだけど、よかったらなまえを探してきてくれないか?」
「分かりました」
「探すついでに、時間見てお前も休めよ」
柔太朗の肩を軽く叩くと勇斗はまた役員達の輪の中に戻った。その時、柔太朗は漸く自分が休憩を取っていないことに気が付く。
フロアを見渡し、不足が無いことを確認しているとある一角に目が止まる。女性陣が有名パティシエのケーキに集まっていたのだ。柔太朗は少し考えてから小さく頷くと、軽い足取りで会場を後にする。
だが、ラウンジやテラス、ロビーなど行きそうな所を探したが、どこにもなまえの姿はなかった。
柔太朗は俯きながら時間を確認する。会場を出てから思いの外時間が経っていた。
「いくら佐野室長の頼みとは言え、さすがに一旦戻るか……」
小さく呟くとため息も一緒に出てしまった。
せっかく持ち出した箱も、結局渡せそうにない。柔太朗は寂しそうな瞳で箱を見つめると、重い足取りで自身の休憩スペースへと向かう。
だがその休憩スペースとしていた宴会場裏の搬入口付近に、壁際に小さくしゃがみ込んだなまえが居た。
「え、なまえさん?」
柔太朗の声に顔を上げたなまえは小さく欠伸をした。
「こんな所にいらしたんですね。なまえさんが居なくて佐野室長が困ってましたよ」
そう言うと柔太朗はパイプ椅子を出してなまえの横に置く。
「残念、その困り顔、見たかったなぁ。でも帰ったって伝えて」
「もう戻られないのですか?」
「わたしの仕事は終わったから」
「ではこれ、よかったら一緒に食べませんか?」
探している間、ずっと持っていた箱をなまえに差し出す。その箱のロゴを見た瞬間になまえの瞳はパッと輝いた。
「え、なんで!?いいの!?」
「上長から、頑張ったご褒美にといただいたんです。こんなにあっても俺一人じゃ食べきれませんし」
それに、と柔太朗は言葉を区切る。ケーキを見る瞳は小さく揺れていた。
「、先日のコーヒーのお礼です」
「そんなの気にしなくても良いのに」
「いえ、あれがあったから頑張れました」
なまえと目線は合わせず、はにかむ様に笑う。その笑顔になまえも釣られて頬が緩む。
会場にいた柔太朗は優雅で隙がなかった。視察の日に見た、余裕もなく走り回っていた姿とはまるで別人の様だ。けれど今目の前にいる彼を見ていると、そのどちらも柔太朗なのだと思えた。
「だから是非」
「えーどっちにしようか迷うなぁ」
なまえが迷っている間に、柔太朗は自販機で飲み物を買う。子どものように無邪気にケーキを選ぶなまえの姿に柔太朗は優しい眼差しを向ける。
「ケーキ、本当にお好きなんですね」
「うん!特にここのは美味しいんだよ!甘さが控えめでスポンジもふわふわで!」
「なら良かったです」
ひとしきり悩んだあと、なまえはショートケーキを手に取った。そのままなんの躊躇いもなく、パクりと口に入れる。
幸せそうに目を細めるなまえ。
この笑顔を見ただけで柔太朗は今日の疲れが一気に吹き飛んだ。
「、クリームついてますよ」
「え!?」
自身の口元を指差した柔太朗を見て、なまえは慌てて手で口元を拭おうとした。だがその手首を握られ、なまえは固まる。
「使ってください」
柔太朗はポケットからハンカチを取り出すとなまえに差し出した。反射的に素手で拭おうとした事が恥ずかしくなり、なまえは顔を伏せる。
普段のガサツさに後悔しながらハンカチを受け取った。掴まれた手首が熱を帯びているのは、その恥ずかしさからだろう。
「なまえさんって、もっとお堅い方だと思ってました」
「わあ、やめて、もっと『はしたない』って罵って、どっかの誰かみたいに...…」
「罵りませんよ、凄く可愛かったですし」
「あ、ダメダメ。それダメ」
「えぇ?なんでですか?」
「その顔でそれ、犯罪だから」
ささやかな抵抗で、上目遣いでキッと柔太朗を睨む。
「あ、それパワハラですよ」
「え!?」
「……じゃあ俺、戻りますね」
柔太朗は立ち上がると手早くパイプ椅子を畳む。
「あ、ハンカチ、どうしよう」
「それ大事なハンカチなので、」
今度は#しっかりとなまえの目を見る。目線を合わせ、自分を忘れられない様に、ハンカチを持つなまえの手首を掴んだ。
「次会えた時に、返してくださいね」
そのまま休憩室を後にする。柔太朗なりの精一杯の行動だった。
懇親会会場に戻ってきた時に、遅れて汗が吹き出してくる。鼓動の速さは治まらず、脳裏には小動物の様に睨むなまえが焼き付いて剥がれない。
「——ゆっくり休めたか?」
「佐野室長!?」
不意に声を掛けられ心臓が跳ねる。
「なまえは?」
「それが、見つけた時にはタクシーに乗られてました」
「あいつ、逃げ足は早いからな。手間かけさせたな」
「いえ……」
「で、ゆっくり休めたか?」
再度問いかける勇斗。
口角は上がっているのに目は笑っていない。
心臓がキュッと締め付けられるその視線。
「はい。では仕事に戻りますね」
それでも柔太朗も臆することなく答え、踵を返した。