Royal Milk Xxx
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初めてやったバイトはケーキの上にイチゴをのせる仕事。飽きて三日で辞めた。
次はファミレスのホール。これは長く続いたが、最終的にお局に振り回されて辞めた。
単発派遣は楽しかった。特別なスキルは身につかなかったけど、色んな仕事をして、色んな人に会った。
新しい価値観に触れる瞬間が、何より楽しかった。
「朝から随分忙しそうだね」
車窓の景色が、緑から徐々に無機質なビル群へと変わっていく。いつの間にか勇斗がスマホに視線を落とす回数が増えていた。親族会議の時とはまた違った姿に思わず視線がいく。
「連休明けだしな」
「あ、世間ではそうか……」
その『世間』に自分もいたはずなのに、あの家にいると感覚が薄れていく。
「今日は視察がメインだからそんなに気を張らなくても大丈夫だぞ?」
「そこは大丈夫なんだけど……」
困った様に眉を顰め胸元のブローチを触る。
未だにこの重みには慣れない。
「心配すんな!俺がいるから!」
勇斗の言葉と同時に、背中を少し強めに叩かれる。小さくよろけて、勇斗を見れば小さく手を合わせて謝るような仕草をしている。
前を向き襟を直すと、見上げる程の高いビルの威圧感は少し薄れた。
なまえは小さく頷くと一歩足を踏み入れる。
◆ ◆
キーボードを叩く音と、社員たちの話し合いが途切れる事なく続いていた。
その姿を見てガラスに反射する自身の背を伸ばす。
会議室へと向かう途中、何度か勇斗は呼び止められるが短く指示を返して足を止める事はなかった。
「さすが勇斗室長」
「惚れ直してもいいぞー」
「はいはい」
軽口を叩きながら迎えた幹部挨拶は、前日までの緊張とは裏腹にあっさりと終わる。
会議室を出ていく幹部達の背中に手を振って見送るなまえの表情は明るかった。
「……わたしに『おかえりなさい』って言ってくれる人もいるんだね」
「そりゃあいるだろ」
本社内を案内してもらう中で、社員ひとり一人に目をやりながらなまえは言った。会社でも歓迎されていないと勝手に決めつけていたが、勇斗の隣を歩いていてもすれ違う社員は笑顔で挨拶を返してくれる。
腕を組んだままモニターとにらめっこしている人、資料片手に上司と相談している人、付箋がたくさん貼られた資料に囲まれながらキーボードを打つ人。彼らひとり一人を目に焼き付けながら歩く。
「あれ、」
「あぁ。総務は来月創立記念式典があるから今は修羅場なんだよ」
「そっか……」
一際慌ただしいフロアの前で足を止めた。
他の部署より少し乱雑になっている机には、招待状や名札など細々としたものが並んでいる。それらを若い社員が一生懸命制作していた。
「――わっ!」
「あ、すみません!」
別のフロアへと行こうと角を曲がった時、勢いよく誰かとぶつかる。幸いなまえは勇斗のおかげで転ばずには済んだ。だが、相手は転び、持っていた封筒がその場に散らばってしまった。
「ごめんなさい、ちゃんと見てなくて」
「いえ、俺の方こそ……えっ、佐野室長と……なまえお嬢様!?」
ぶつかった青年の顔色はみるみる悪くなる。こんな若手にも自身の顔が知られているのか、と少し驚いた。
「気にしなくていいよ」と言い、落ちた封筒を拾う。その時に胸元のブローチが目に入った。なまえは眉間に皺を寄せた。
このブローチを付けた人間に言われても、若手からすれば気を遣うだけだろう。
どうフォローすべきかと思考を巡らせているその間に、勇斗は封筒を全て拾い上げ、青年の腕を引く。
「忙しいのは分かるが、廊下は走らない!」
「はい……」
「俺もなまえも怪我はないし、封筒も汚れてないからそんな顔するな」
トントンと肩を叩いて笑顔を向ける勇斗。その表情を見て青年の顔も穏やかになり、二人に一礼をして総務のフロアに戻る。
後輩をさりげなくフォローする勇斗の背中はたくましく見えた。
「わたしも前見てなかったし、彼に悪いことしちゃったかな」
「お互い様だろ」
そうは言っても、向こうからすればなまえは社長令嬢。怪我をさせてしまったら、と思えば肝は冷やすだろう。
それなのに気にもしていない勇斗は自身のホームフロアの紹介に入る。
「、なにか会議中?」
一つのデスクに数名の社員が集まり、モニターや資料を見ながら何か話し合いをしていた。その輪の中に勇斗も加わり、彼は腕を組んで射抜くような視線で資料を見る。長年一緒にいたなまえでも初めて見る横顔をしていた。
「なまえ、」
突然名前を呼ばれたなまえは肩を震わせハッとする。
勇斗は手招きしなまえを輪に入れた。
状況を簡単に説明し、「どう思う?」と短く問う。
「わたしならこの方を選ぶ、かな?」
「……いや彼はまだ実力が」
なまえはデスクの端に追いやられた資料を指して言う。
どよめくだけで肯定の声は上がらないが続ける。
「確かに入社してからの実績は少ないですけど、彼の学生時代の研究だと――」
最初こそ怪訝な顔をしていた面々だが、なまえの話を聞き次第に深く頷き始める。勇斗の方を向けば何も言わずにただ力強く頷いてくれた。
初めてまともに会議をしたなまえは、鼓動が早くなるのを感じる。手のひらに汗が滲み、スカートでそれを拭った。
「――俺もこの方向で良いと思う」
「〜〜〜ッ!」
誰にも見られない様になまえは小さく拳を握る。
以前勇斗が話した、「俺のチームは良い人ばかり」を信じて自分の意見をそのまま伝えた。
拍手に包まれると、なまえは勇斗を見て口角を上げた。
◆ ◆
「間違えた……コーヒー飲めないのに……」
「さっき頑張ったご褒美に俺が別の買ってやるから座って待ってろ」
「うん……」
ミーティングが成功して生き生きとしていたが、今は子供らしく口を尖らせて肩を落として席を選ぶ。気分を変えるべく、少しでも日当たりがいい席をと見回していると、先程廊下でぶつかった青年を見つける。
パンを片手に付箋だらけの資料を見てぐったりとしていた。
「コーヒー、飲める?」
コトン、と資料の上に置いた。
顔を上げた青年はパンを咥えたまま、思い切り目を見開く。
「間違えて買っちゃったんだ。良かったら貰って」
「い、良いんですか!?」
パァッと目を輝かせ、子犬のように喜ぶ姿を見てなまえも微笑んだ。
その時、彼の社員証が見え、なまえは目を細めた。
「うん、頑張ってるからわたしからのご褒美」
「じゃあねー」と後ろ手で手を振り、勇斗と合流して少し離れた席に座る。
「気になるのか、アイツのこと」
「ん?ぶつかっちゃったお詫びだよ」
「、フーン」
頬杖をついたまま、勇斗は下から覗き込むようになまえを見上げる。その口角は意地悪く上がっていた。
「勇斗言った通りだったよ」
甘いミルクティーを飲みながらなまえは言った。
ミルクティーの甘さが今まで緊張で固まっていた体を解す様で、軽く目を閉じる。
今まで感じていた不安は、もうどこかに消え去っていた。
◆ ◆
「今日どうだった?」
「やっぱり疲れたよー」
車に乗ると、先程までの少し威厳のある社長令嬢から逃げ癖のあるお嬢様に戻っている。
緊張が解けたのか、暫くするとなまえは船を漕ぎ始め、仕事のメールを確認し終えた時には完全に寝入ってしまった。そんななまえの姿を見て、勇斗もネクタイを緩める。
「悪い、少しだけゆっくり走ってくれないか?」
それでも角を曲がる度に体は揺れ、勇斗は優しく肩を支えてあげる。
資料を読み込みたいが、今の勇斗にそんな余裕はない。なまえがコツン、と窓ガラスに頭をぶつける度に勇斗の手は迷う様にと空中で動くだけだった。
「ん、……」
「そっち凭れてるとガラスに頭ぶつけるぞ」
「うん……ありがとね、今日、一緒にいてくれて……」
「バカだな……いつもそばにいるだろ」
車窓の景色にビル群の威圧感が消え始める。
頬杖をついて窓の外を眺める勇斗の顔は夕日に照らされて少しだけ赤く染まっていた。
次はファミレスのホール。これは長く続いたが、最終的にお局に振り回されて辞めた。
単発派遣は楽しかった。特別なスキルは身につかなかったけど、色んな仕事をして、色んな人に会った。
新しい価値観に触れる瞬間が、何より楽しかった。
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「朝から随分忙しそうだね」
車窓の景色が、緑から徐々に無機質なビル群へと変わっていく。いつの間にか勇斗がスマホに視線を落とす回数が増えていた。親族会議の時とはまた違った姿に思わず視線がいく。
「連休明けだしな」
「あ、世間ではそうか……」
その『世間』に自分もいたはずなのに、あの家にいると感覚が薄れていく。
「今日は視察がメインだからそんなに気を張らなくても大丈夫だぞ?」
「そこは大丈夫なんだけど……」
困った様に眉を顰め胸元のブローチを触る。
未だにこの重みには慣れない。
「心配すんな!俺がいるから!」
勇斗の言葉と同時に、背中を少し強めに叩かれる。小さくよろけて、勇斗を見れば小さく手を合わせて謝るような仕草をしている。
前を向き襟を直すと、見上げる程の高いビルの威圧感は少し薄れた。
なまえは小さく頷くと一歩足を踏み入れる。
◆ ◆
キーボードを叩く音と、社員たちの話し合いが途切れる事なく続いていた。
その姿を見てガラスに反射する自身の背を伸ばす。
会議室へと向かう途中、何度か勇斗は呼び止められるが短く指示を返して足を止める事はなかった。
「さすが勇斗室長」
「惚れ直してもいいぞー」
「はいはい」
軽口を叩きながら迎えた幹部挨拶は、前日までの緊張とは裏腹にあっさりと終わる。
会議室を出ていく幹部達の背中に手を振って見送るなまえの表情は明るかった。
「……わたしに『おかえりなさい』って言ってくれる人もいるんだね」
「そりゃあいるだろ」
本社内を案内してもらう中で、社員ひとり一人に目をやりながらなまえは言った。会社でも歓迎されていないと勝手に決めつけていたが、勇斗の隣を歩いていてもすれ違う社員は笑顔で挨拶を返してくれる。
腕を組んだままモニターとにらめっこしている人、資料片手に上司と相談している人、付箋がたくさん貼られた資料に囲まれながらキーボードを打つ人。彼らひとり一人を目に焼き付けながら歩く。
「あれ、」
「あぁ。総務は来月創立記念式典があるから今は修羅場なんだよ」
「そっか……」
一際慌ただしいフロアの前で足を止めた。
他の部署より少し乱雑になっている机には、招待状や名札など細々としたものが並んでいる。それらを若い社員が一生懸命制作していた。
「――わっ!」
「あ、すみません!」
別のフロアへと行こうと角を曲がった時、勢いよく誰かとぶつかる。幸いなまえは勇斗のおかげで転ばずには済んだ。だが、相手は転び、持っていた封筒がその場に散らばってしまった。
「ごめんなさい、ちゃんと見てなくて」
「いえ、俺の方こそ……えっ、佐野室長と……なまえお嬢様!?」
ぶつかった青年の顔色はみるみる悪くなる。こんな若手にも自身の顔が知られているのか、と少し驚いた。
「気にしなくていいよ」と言い、落ちた封筒を拾う。その時に胸元のブローチが目に入った。なまえは眉間に皺を寄せた。
このブローチを付けた人間に言われても、若手からすれば気を遣うだけだろう。
どうフォローすべきかと思考を巡らせているその間に、勇斗は封筒を全て拾い上げ、青年の腕を引く。
「忙しいのは分かるが、廊下は走らない!」
「はい……」
「俺もなまえも怪我はないし、封筒も汚れてないからそんな顔するな」
トントンと肩を叩いて笑顔を向ける勇斗。その表情を見て青年の顔も穏やかになり、二人に一礼をして総務のフロアに戻る。
後輩をさりげなくフォローする勇斗の背中はたくましく見えた。
「わたしも前見てなかったし、彼に悪いことしちゃったかな」
「お互い様だろ」
そうは言っても、向こうからすればなまえは社長令嬢。怪我をさせてしまったら、と思えば肝は冷やすだろう。
それなのに気にもしていない勇斗は自身のホームフロアの紹介に入る。
「、なにか会議中?」
一つのデスクに数名の社員が集まり、モニターや資料を見ながら何か話し合いをしていた。その輪の中に勇斗も加わり、彼は腕を組んで射抜くような視線で資料を見る。長年一緒にいたなまえでも初めて見る横顔をしていた。
「なまえ、」
突然名前を呼ばれたなまえは肩を震わせハッとする。
勇斗は手招きしなまえを輪に入れた。
状況を簡単に説明し、「どう思う?」と短く問う。
「わたしならこの方を選ぶ、かな?」
「……いや彼はまだ実力が」
なまえはデスクの端に追いやられた資料を指して言う。
どよめくだけで肯定の声は上がらないが続ける。
「確かに入社してからの実績は少ないですけど、彼の学生時代の研究だと――」
最初こそ怪訝な顔をしていた面々だが、なまえの話を聞き次第に深く頷き始める。勇斗の方を向けば何も言わずにただ力強く頷いてくれた。
初めてまともに会議をしたなまえは、鼓動が早くなるのを感じる。手のひらに汗が滲み、スカートでそれを拭った。
「――俺もこの方向で良いと思う」
「〜〜〜ッ!」
誰にも見られない様になまえは小さく拳を握る。
以前勇斗が話した、「俺のチームは良い人ばかり」を信じて自分の意見をそのまま伝えた。
拍手に包まれると、なまえは勇斗を見て口角を上げた。
◆ ◆
「間違えた……コーヒー飲めないのに……」
「さっき頑張ったご褒美に俺が別の買ってやるから座って待ってろ」
「うん……」
ミーティングが成功して生き生きとしていたが、今は子供らしく口を尖らせて肩を落として席を選ぶ。気分を変えるべく、少しでも日当たりがいい席をと見回していると、先程廊下でぶつかった青年を見つける。
パンを片手に付箋だらけの資料を見てぐったりとしていた。
「コーヒー、飲める?」
コトン、と資料の上に置いた。
顔を上げた青年はパンを咥えたまま、思い切り目を見開く。
「間違えて買っちゃったんだ。良かったら貰って」
「い、良いんですか!?」
パァッと目を輝かせ、子犬のように喜ぶ姿を見てなまえも微笑んだ。
その時、彼の社員証が見え、なまえは目を細めた。
「うん、頑張ってるからわたしからのご褒美」
「じゃあねー」と後ろ手で手を振り、勇斗と合流して少し離れた席に座る。
「気になるのか、アイツのこと」
「ん?ぶつかっちゃったお詫びだよ」
「、フーン」
頬杖をついたまま、勇斗は下から覗き込むようになまえを見上げる。その口角は意地悪く上がっていた。
「勇斗言った通りだったよ」
甘いミルクティーを飲みながらなまえは言った。
ミルクティーの甘さが今まで緊張で固まっていた体を解す様で、軽く目を閉じる。
今まで感じていた不安は、もうどこかに消え去っていた。
◆ ◆
「今日どうだった?」
「やっぱり疲れたよー」
車に乗ると、先程までの少し威厳のある社長令嬢から逃げ癖のあるお嬢様に戻っている。
緊張が解けたのか、暫くするとなまえは船を漕ぎ始め、仕事のメールを確認し終えた時には完全に寝入ってしまった。そんななまえの姿を見て、勇斗もネクタイを緩める。
「悪い、少しだけゆっくり走ってくれないか?」
それでも角を曲がる度に体は揺れ、勇斗は優しく肩を支えてあげる。
資料を読み込みたいが、今の勇斗にそんな余裕はない。なまえがコツン、と窓ガラスに頭をぶつける度に勇斗の手は迷う様にと空中で動くだけだった。
「ん、……」
「そっち凭れてるとガラスに頭ぶつけるぞ」
「うん……ありがとね、今日、一緒にいてくれて……」
「バカだな……いつもそばにいるだろ」
車窓の景色にビル群の威圧感が消え始める。
頬杖をついて窓の外を眺める勇斗の顔は夕日に照らされて少しだけ赤く染まっていた。