Royal Milk Xxx
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誰かが支えてやらないと折れてしまいそうに細く、頼りない印象がした。
でも今はどうだろう。
細く小さかったそれは一人で立とうと頑張っている。
見上げる度に思う。俺に出来ることはなんだろうか、と。
「フォローするのが俺の役目です」
ゆっくりと噛み締める様に勇斗は言った。
視線は揺らがず真っ直ぐに。それは自分にも言い聞かせる様に。
◆ ◆
――珍しく自分で起き、身支度を済ませ大人しく食事をするなまえはどこからどう見ても由緒正しい家の令嬢だった。だがその表情は暗く、いつもの明るさはない。新人のメイドですらこの空気を察し口数が減る。
「お嬢様、本日の資料です」
「ありがとう」
「……体調が優れない様でしたら俺の方から」
「大丈夫だよ。そろそろ時間だよね?」
「そうですね。では本邸へと参りましょう」
仁人の言葉に小さく頷くと、なまえは席を立つ。
用意された上着を羽織り、廊下へと足を向けた。
カツカツと床を蹴る音だけが反響する。
廊下の窓から見える本邸は今日はやけに遠く感じられ、ならば一層の事このまま辿り着かなければいいのにとさえ思う程。
ギィギィと耳に付く音を立てるエントランスドアになまえは拒まれている気がした。
屋敷の奥の奥、重厚感のある扉の前でなまえは一度深く呼吸する。浅い息を整える様に。震える手を握り、仁人の方を向く。彼は黙って頷くとドアノブに手を掛けた。開かれた瞬間から一斉に刺さる視線はなまえの胃を貫く。「うっ……」と鈍い声を漏らすがそのまま飲み込み足を踏み入れる。
わざとらしく残された上座の一席。
そこは父がいつも座っていた場所だ。
不安を悟られない様ゆっくりと席に付く。
「ではみょうじ家親会議をはじめよう」
叔父の言葉を皮切りになまえにとって興味のない話が繰り広げられた。冒頭では現当主の病状が触れられたがそれもさらっと流され、代表が不在の会社の話題ばかりだ。資料に目を落としてもさっぱり分からず、話は右から左へとすり抜けていく。水中で話を聞いている様に声に靄がかかり息が詰まる。
「そういえばなまえお嬢様、先日社交界復帰をなさった様で」
「え、あ……はい」
それまでの流れのまま、別の話題――彼らが話したかった“本題”が持ち出された。
「勇斗さんもご一緒だったとか?」
「ええ、一曲踊らせて頂いて俺も鼻が高かったです。お嬢様も久しぶりだったのに、ブランクを感じさせない素晴らしいものでしたよ」
「ほう、つまり二人は余程仲がよろしいと」
その言葉に勇斗の眉が少しだけ動いた。
「なーに言ってるんですか叔父さん!俺は許婚ですよ!?仲が良いのは当たり前、フォローするのが俺の役目です」
「ではそろそろ祝言の準備も始めないとね」
「二人ともいい年齢だしな」
「そーなんですよ!でもさっきも皆さんで話した通り、旦那様は入院中ですし、会社の方もまだ動揺が残ってますし、急いでも良い事ないと俺は思いますよ!」
先程よりも会話はクリアになったが、なまえはそれどころではない。俯いた瞳の奥は小刻みに揺れている。
この感じだ。自分を一人の人間として扱わず、勝手に話が進む。
入室時に感じた胃の不快感が喉に押し寄せ、呼吸が浅くなる。
「――申し訳ございませんが、お嬢様はこれにて失礼いたします」
「なにを言っているんだ、会議はまだ――」
「恐れ入りますが、その件は既にお嬢様の予定に含まれております。これ以上はお時間を頂戴できません」
「吉田!お前執事だろ!?家の人間に逆らうのか!?」
「私はなまえお嬢様の執事ですので」
叔父の言葉を聞かず資料をまとめる仁人。少し怒っている様に見える横顔になまえは瞬きを繰り返す。
「仁人?」
「参りましょう、なまえお嬢様」
「、うん」
仁人に手を引かれなまえは立ち上がる。
「仁人、それこの間の婦人会の件だろ?俺も顔を出そうと思っていたところだ」
なまえに合わせて立ち上がる勇斗は、手元の資料を手早くまとめ時間を確認する。「13時からだよな?」と言っているがそんな予定は一切ない。なまえの頭上では、勇斗と仁人が予定を勝手に組み上げていく。その勢いに負けなまえは話を合わせる為に慌てて相槌を入れる。
慌ただしく退出する三人を扉の外で待ち構えていたのは太智だった。
なまえよりも不安そうな表情を浮かべ声を必死に抑えながら動揺している太智を見た時、なまえは小さく吹き出した。
「大丈夫だよ、太ちゃん」
扉の向こうの親族に聞かれない様に小さく笑う。
「よーし、婦人会のお茶会だぞぉ!」
「何それ!?」
状況が理解出来ない太智の肩を勇斗が男らしく組み、なまえも優しく抱き寄せる。
勇斗の間抜けでふざけた声となまえと太智の笑い声が廊下に響く。
「何その声、何かの真似?」
「はやメロだよ、ぷ〜」
「かわいくないし」
なまえは勇斗の胸を押して彼の腕の中から出て一歩先を歩く。その足取りは軽く、くるりとスカートを翻し振り返り笑った。
「なんかわたしも、お腹空いてきたかも!」
「じゃあ俺が持ってきたお菓子でも食うか!会議用に持ってきたけど、まぁあっちは固い話ししかしてないしな」
「では俺が受け取って来ますので、塩﨑と先に戻っていてください」
◆ ◆
「じゃあ、ここからは二人で話そうか」
「……かしこまりました。お嬢様、何かあればすぐお呼びください」
仁人は一礼し、太智の肩を軽く押した。
扉が閉まる音と共に部屋は静かになる。この静けさがよりなまえの心を軽くした。
「パパ、戻ってくるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあなんでわたし、呼び戻されたのかね?」
「お前が必要だったからだよ」
「わたしが?会社に?」
「会社にも、みょうじにもな」
勇斗は紅茶を飲みカップをゆっくりと置いた。
「それに“みょうじ”グループに今のなまえが来てくれたらもっと面白くなると思うんだよな」
「……」
「俺のチームも良い人ばかりだし、新人も面白いのが入ってる」
「へぇ……勇斗がそんなに言う人なんてよっぽどの人なんだね」
「当たり前だろ?俺を誰だと思ってんだよ!」
なまえは口元に手を添え、小さく首を傾げた。
「うーん」と考え込む様な仕草の後、頭に浮かんだ言葉をぽつりぽつりと紡ぐ。
「、勇斗は……勇斗だよ。いつも余裕かましてて、でも裏でしっかり勉強してて、いつも皆の先頭を走ってるのに、ちゃんと後ろの事も気にかけてくれる。そんな人」
「お、おう。なんか、そこまで言われると、照れるな……」
立ち上がるとなまえに背を向ける様にバルコニーの方へと向かった。なまえも後を追う。冷たい風が心地よい。今朝は遠く感じた本邸も、今は春の柔らかな日差しに包まれて少し輝いて見えた。
視線を落とせば、庭のハナミズキが風に揺られている。
「、今度本社視察だろ?俺が同行出来るように話付けてるから」
「ありがとう」
「おう」
「えへへ」
「なんだよ」
「なんか照れてる」
「うるせぇな。お前が俺を褒めるの珍しいんだよ!」
「だって褒めるとすぐ調子に乗るじゃん」
「俺はいつでも調子に乗ります〜」
「ほらそれだよー!」
二人の笑い声が春風に溶ける。
「そうだ!ガーデンのバラ、もう少しで咲きそうなんだよ!」
「もうそんな季節か。お前ら三人、よくあそこにいたよな」
「うん、あのバラ園はママとの思い出もあるし。あとね、仁人にみっちり指導されたからもうちゃんとダンス出来るよ!」
勇斗は小さく眉を上げた。
「フーン……じゃあバラが咲いたらまた一曲踊るか」
「うん!」
「……この間だって、褒めてる人はいっぱいいたぞ。少しは自信持っても良いんじゃないか?何かあったら俺がフォローする」
「、そうかなぁ」
「そうだよ」
「えへへ、じゃあ勇斗を信じるよ」
「……おう」
なまえは緩んだ口元を隠す様に、恥ずかしそうに笑う。それにつられて勇斗も笑った。
でも今はどうだろう。
細く小さかったそれは一人で立とうと頑張っている。
見上げる度に思う。俺に出来ることはなんだろうか、と。
03
「フォローするのが俺の役目です」
ゆっくりと噛み締める様に勇斗は言った。
視線は揺らがず真っ直ぐに。それは自分にも言い聞かせる様に。
◆ ◆
――珍しく自分で起き、身支度を済ませ大人しく食事をするなまえはどこからどう見ても由緒正しい家の令嬢だった。だがその表情は暗く、いつもの明るさはない。新人のメイドですらこの空気を察し口数が減る。
「お嬢様、本日の資料です」
「ありがとう」
「……体調が優れない様でしたら俺の方から」
「大丈夫だよ。そろそろ時間だよね?」
「そうですね。では本邸へと参りましょう」
仁人の言葉に小さく頷くと、なまえは席を立つ。
用意された上着を羽織り、廊下へと足を向けた。
カツカツと床を蹴る音だけが反響する。
廊下の窓から見える本邸は今日はやけに遠く感じられ、ならば一層の事このまま辿り着かなければいいのにとさえ思う程。
ギィギィと耳に付く音を立てるエントランスドアになまえは拒まれている気がした。
屋敷の奥の奥、重厚感のある扉の前でなまえは一度深く呼吸する。浅い息を整える様に。震える手を握り、仁人の方を向く。彼は黙って頷くとドアノブに手を掛けた。開かれた瞬間から一斉に刺さる視線はなまえの胃を貫く。「うっ……」と鈍い声を漏らすがそのまま飲み込み足を踏み入れる。
わざとらしく残された上座の一席。
そこは父がいつも座っていた場所だ。
不安を悟られない様ゆっくりと席に付く。
「ではみょうじ家親会議をはじめよう」
叔父の言葉を皮切りになまえにとって興味のない話が繰り広げられた。冒頭では現当主の病状が触れられたがそれもさらっと流され、代表が不在の会社の話題ばかりだ。資料に目を落としてもさっぱり分からず、話は右から左へとすり抜けていく。水中で話を聞いている様に声に靄がかかり息が詰まる。
「そういえばなまえお嬢様、先日社交界復帰をなさった様で」
「え、あ……はい」
それまでの流れのまま、別の話題――彼らが話したかった“本題”が持ち出された。
「勇斗さんもご一緒だったとか?」
「ええ、一曲踊らせて頂いて俺も鼻が高かったです。お嬢様も久しぶりだったのに、ブランクを感じさせない素晴らしいものでしたよ」
「ほう、つまり二人は余程仲がよろしいと」
その言葉に勇斗の眉が少しだけ動いた。
「なーに言ってるんですか叔父さん!俺は許婚ですよ!?仲が良いのは当たり前、フォローするのが俺の役目です」
「ではそろそろ祝言の準備も始めないとね」
「二人ともいい年齢だしな」
「そーなんですよ!でもさっきも皆さんで話した通り、旦那様は入院中ですし、会社の方もまだ動揺が残ってますし、急いでも良い事ないと俺は思いますよ!」
先程よりも会話はクリアになったが、なまえはそれどころではない。俯いた瞳の奥は小刻みに揺れている。
この感じだ。自分を一人の人間として扱わず、勝手に話が進む。
入室時に感じた胃の不快感が喉に押し寄せ、呼吸が浅くなる。
「――申し訳ございませんが、お嬢様はこれにて失礼いたします」
「なにを言っているんだ、会議はまだ――」
「恐れ入りますが、その件は既にお嬢様の予定に含まれております。これ以上はお時間を頂戴できません」
「吉田!お前執事だろ!?家の人間に逆らうのか!?」
「私はなまえお嬢様の執事ですので」
叔父の言葉を聞かず資料をまとめる仁人。少し怒っている様に見える横顔になまえは瞬きを繰り返す。
「仁人?」
「参りましょう、なまえお嬢様」
「、うん」
仁人に手を引かれなまえは立ち上がる。
「仁人、それこの間の婦人会の件だろ?俺も顔を出そうと思っていたところだ」
なまえに合わせて立ち上がる勇斗は、手元の資料を手早くまとめ時間を確認する。「13時からだよな?」と言っているがそんな予定は一切ない。なまえの頭上では、勇斗と仁人が予定を勝手に組み上げていく。その勢いに負けなまえは話を合わせる為に慌てて相槌を入れる。
慌ただしく退出する三人を扉の外で待ち構えていたのは太智だった。
なまえよりも不安そうな表情を浮かべ声を必死に抑えながら動揺している太智を見た時、なまえは小さく吹き出した。
「大丈夫だよ、太ちゃん」
扉の向こうの親族に聞かれない様に小さく笑う。
「よーし、婦人会のお茶会だぞぉ!」
「何それ!?」
状況が理解出来ない太智の肩を勇斗が男らしく組み、なまえも優しく抱き寄せる。
勇斗の間抜けでふざけた声となまえと太智の笑い声が廊下に響く。
「何その声、何かの真似?」
「はやメロだよ、ぷ〜」
「かわいくないし」
なまえは勇斗の胸を押して彼の腕の中から出て一歩先を歩く。その足取りは軽く、くるりとスカートを翻し振り返り笑った。
「なんかわたしも、お腹空いてきたかも!」
「じゃあ俺が持ってきたお菓子でも食うか!会議用に持ってきたけど、まぁあっちは固い話ししかしてないしな」
「では俺が受け取って来ますので、塩﨑と先に戻っていてください」
◆ ◆
「じゃあ、ここからは二人で話そうか」
「……かしこまりました。お嬢様、何かあればすぐお呼びください」
仁人は一礼し、太智の肩を軽く押した。
扉が閉まる音と共に部屋は静かになる。この静けさがよりなまえの心を軽くした。
「パパ、戻ってくるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあなんでわたし、呼び戻されたのかね?」
「お前が必要だったからだよ」
「わたしが?会社に?」
「会社にも、みょうじにもな」
勇斗は紅茶を飲みカップをゆっくりと置いた。
「それに“みょうじ”グループに今のなまえが来てくれたらもっと面白くなると思うんだよな」
「……」
「俺のチームも良い人ばかりだし、新人も面白いのが入ってる」
「へぇ……勇斗がそんなに言う人なんてよっぽどの人なんだね」
「当たり前だろ?俺を誰だと思ってんだよ!」
なまえは口元に手を添え、小さく首を傾げた。
「うーん」と考え込む様な仕草の後、頭に浮かんだ言葉をぽつりぽつりと紡ぐ。
「、勇斗は……勇斗だよ。いつも余裕かましてて、でも裏でしっかり勉強してて、いつも皆の先頭を走ってるのに、ちゃんと後ろの事も気にかけてくれる。そんな人」
「お、おう。なんか、そこまで言われると、照れるな……」
立ち上がるとなまえに背を向ける様にバルコニーの方へと向かった。なまえも後を追う。冷たい風が心地よい。今朝は遠く感じた本邸も、今は春の柔らかな日差しに包まれて少し輝いて見えた。
視線を落とせば、庭のハナミズキが風に揺られている。
「、今度本社視察だろ?俺が同行出来るように話付けてるから」
「ありがとう」
「おう」
「えへへ」
「なんだよ」
「なんか照れてる」
「うるせぇな。お前が俺を褒めるの珍しいんだよ!」
「だって褒めるとすぐ調子に乗るじゃん」
「俺はいつでも調子に乗ります〜」
「ほらそれだよー!」
二人の笑い声が春風に溶ける。
「そうだ!ガーデンのバラ、もう少しで咲きそうなんだよ!」
「もうそんな季節か。お前ら三人、よくあそこにいたよな」
「うん、あのバラ園はママとの思い出もあるし。あとね、仁人にみっちり指導されたからもうちゃんとダンス出来るよ!」
勇斗は小さく眉を上げた。
「フーン……じゃあバラが咲いたらまた一曲踊るか」
「うん!」
「……この間だって、褒めてる人はいっぱいいたぞ。少しは自信持っても良いんじゃないか?何かあったら俺がフォローする」
「、そうかなぁ」
「そうだよ」
「えへへ、じゃあ勇斗を信じるよ」
「……おう」
なまえは緩んだ口元を隠す様に、恥ずかしそうに笑う。それにつられて勇斗も笑った。