Royal Milk Xxx
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チームメンバーに承認が下りた時、彼の顔が真っ先に浮かんだ。
早く報告したい、一緒に頑張ろうと言いたい。
気付いた時にはもう、資料を抱え彼の元へと走っていた。
14
「やっぱりまだ残ってたよね……良かった」
「、えっ!?」
大きく肩が跳ねた柔太朗はキーボードから手を離す。振り返ると、息を切らしたなまえがドアの横で立っていた。
目が合うとなまえは、大量の資料を大事そうに抱え柔らかく微笑んだ。
「なにかウチに用ですか?」
「総務部にっていうか、山中くんに?」
「お、俺!?」
なまえの元へと駆け寄った柔太朗は、思わず声が裏返る。慌てて口を押さえ、気まずそうに周囲を見まわすとなまえと共に廊下へと出た。
「この間の内定式、なにかやってしまいましたか?」
「ううん、なにもないと思うよ」
「じゃあ……」
柔太朗の表情が一瞬だけ曇る。その顔を見てなまえは笑った。資料を片手で持ち直すと、開いた右手を口元に添え、踵を上げる。
「山中くんを、ウチに引き抜きに来ちゃった♡」
「…………え?」
耳元になまえの声が反響する。
「え、あの、どう……それって、……え?」
「あはは、落ち着いて。もう上から許可は貰っててあとは山中くん次第なんだけどね」
なまえはもう一度資料を両手で抱え直すので、慌てて柔太朗はその資料を代わりに持つ。
お礼と共に目を細めるとなまえは続けた。
「来月から新しいプロジェクトを任される事になって、メンバーを集めてるの。そこで山中くんに、わたしの元で働いてほしいなって思ったんだ」
「……俺で、良いんですか?」
「うん!山中くんが良い!」
その言葉でパッと表情を明るくさせる。
「勿論、君が嫌じゃなければ、の話」
なまえは指で廊下の奥のベンチを指差した。
まばらになったフロアの明かりが、二人の影を長く伸ばす。コツコツと廊下を鳴らす足音が妙に反響し、柔太朗の脈を早くした。
「お父様の関係で、わたしがいつまでこのプロジェクトに関われるか分からないんだけど、勇斗もサポートしてくれるって言うし、ここで頑張ってみたいんだ」
「それこそ俺なんかで……」
「そんな言い方しないで?わたし、初めて会った時から自分のチームに入れるならこの人が良いって思ってたの」
思わず柔太朗の足が止まる。半歩先を進んでいたなまえは振り返った。
「あの日、廊下でぶつかって、休憩室で君にコーヒーを渡した時に直接会って、社員証確認して……」
「……」
「創立記念パーティや内定式で頑張ってる姿見て、わたしの直感、間違ってなかったなって」
くるりと踵を返したなまえは自販機へと向かった。コインを入れ、ボタンを押す。ミルクティーとカフェオレが一本ずつ落ちてきた。
柔太朗が抱えていた資料を半分受け取ると、カフェオレを差し出した。
「どう?わたしと一緒にやってみない?」
「……はい。一生懸命頑張ります!」
カフェオレを受け取った柔太朗は精一杯の笑顔を向ける。
柔太朗の返事になまえは大きく息を吐くと、すとんとベンチに座った。足を投げ出し壁に頭を預け、ゆっくりと瞬きをする。
大きな瞳が柔太朗を映して細められた。
「はぁー……断られなくって良かったぁ……」
「緊張してたんですか?」
「してたよ、ずっと」
なまえの隣に腰を下ろした柔太朗はベンチの端に資料を置く。落ちない様に、少し内側に寄せて。縮まる距離に、鼓動が強くなる。
「ほら、」
伸ばしたなまえの右手の指先は小さく震えていた。
そのままなまえは、その手を柔太朗の手に重ねる。
「冷たいでしょ、わたしの指先」
「そう、ですね……」
氷の様に冷たい指先とは対照的に、柔太朗の手は焼ける様に熱を持つ。
「、どうして俺を選んでくれたんですか?俺はまだ一年目ですし、もっと優秀な先輩はたくさんいる中で……」
「んー、優秀って言っても相性ってあるからなー」
「相性?」
「仕事とか、人とか。その人に合うかどうかあるじゃん?能力があってもそこが合わないとダメだから」
「……」
「なんとなくだけど、分かるんだよね、そういうの」
二人の体温が淡く混ざり合う。
なまえの指先に熱が戻り始め、スッと手を離しミルクティを開ける。柔太朗もカフェオレを開けようとプルタブに指を掛け、その指を止めた。
「、あれ?」
「ん?」
「カフェオレ……」
「この間ケーキご馳走になった時にそれ選んでたから……好きなんでしょ?」
小首を傾げたなまえと目が合う。柔太朗は唇を内側に巻き込み、口を真一文字に結んで視線を外した。
「覚えててくれたんですね」
「くだらない事ばっか覚えてて肝心な事よく忘れるんだけどね」
「くだらなく、ないですよ」
プルタブを引き、カフェオレを一気に口へと入れる。ごくりと喉を鳴らし、柔太朗は俯いた。
「あ、そうだ!ごめん、大事な事忘れてた!」
なまえは慌ててジャケットのポケットに手を入れる。綺麗にアイロンが掛かったハンカチを取り出すと柔太朗の手に握らせた。
「ずっと持っててごめんね!本社来る時は絶対に持ってきてたんだけど、中々会いに来るタイミングがなくて!」
「あ、いえ……べつに大丈夫ですよ」
ふわりと、甘い柔軟剤の香りが漂う。惜しむように眺めたその香りは、今は自分の手の中に残った。
「……今度は俺の番ですね」
「、山中くんの番?」
「あ、いえ……えっと、つまり、なまえさんに選んでいただいたのだから、頑張らないとな、って事です!」
眉を下げた柔太朗に、なまえは首を振る。
「そんなに頑張らなくて大丈夫、そのままの君で十分素敵だから」
「……」
もう一度、なまえは柔太朗の手に自身の手を重ねた。
「……その言葉、」
視線が、重なった手の上からなまえに移る。普段は気にしない自販機の稼働音が耳につく。
長い睫毛がゆっくりと持ち上がり、真っ直ぐな瞳で柔太朗は続けた。
「前に誰かに言った事、ありますか?」
「え?どうだろう……分かんない、かも」
「……そうですか」
「、ごめん、何か気に障ること言っちゃったかな?」
「いえ、大丈夫です。『そのままの俺で良い』って言ってもらえて、嬉しいです……すごく」
穏やかな笑みのまま、視線だけがそっと落ちた。
「中学生の頃にも言われたことがあるんです。『そのままの君で良いんだよ』って」
「……そう、なの?」
「はい、その人の言葉を聞かずに頑張ってたら、壊れてたかもしれなくて」
「……」
「だからまた『頑張りすぎなくて大丈夫』って言ってもらえて、めっちゃ嬉しいです。それだけで頑張れます」
「、頑張らなくてもいいのに?」
「あ、」
「……」
伏せていた睫毛が跳ね上がる。目が合ったまま、言葉に詰まってしまう。
短い沈黙の後、どちらからともなく吹き出した。
「山中くんってもしかして天然?」
「いや、天然じゃないですよ。だって天然って、舜太みたいな人間の事じゃないですか」
「あはは、確かに!舜太と比べたら全然天然じゃないや」
なまえはミルクティを一口飲むと、隣に置いた資料を撫でる。
「、今回のプロジェクトは……家を出て、舜太と出会ったからこそ気付けた事だなって思ってるんだ」
「じゃあ、絶対良いプロジェクトになりそうですね」
「……うん!絶対成功させる!」
小さく拳を握り気合を入れると、そのまま一気にミルクティを飲み干した。
「内定式の後、舜太と山中くんが友達だって知って、山中くんを選んで良かったって思ったの!」
「あの時に?」
「そう!だって、舜太と仲が——」
「——なまえさん」
空き缶を捨てようと立ち上がったなまえの手首を、柔太朗が掴んだ。ベンチに座ったまま、ゆっくりとなまえを見上げる。
「……」
離れかけた体温が、指の下に留まる。強くはない。けれど、振りほどけない力だった。
「、山中くん?」
「……こっち、見てください」
「え?」
「——こんな所にいたのか」
振り向いたなまえの肩が小さく跳ねる。柔太朗は動かなかった。
声の主は息一つ乱さず、繋がれた手首に視線を落とす。
「急にいなくなるから探したぞ、なまえ」
振り向いたなまえに向けた笑顔は、いつもの勇斗のままだ。
だが、その目が柔太朗へ戻った瞬間、笑みだけが残り温度が消えた。
「あ、ごめん、声掛けるの、忘れてた……」
なまえの視線は、勇斗と柔太朗とで揺れ動く。
勇斗はゆっくりとした足取りで二人に近付くと、なまえが手にしている空き缶を受け取った。
「そういうところ、昔から変わってないよな」
軽く振りも、傾けもしない。中身を確かめる素振りは最初から無かった。
缶が勇斗の手に渡る頃には、柔太朗の指がするりと滑り落ちる。
「だからごめんてば!」
「……」
よく磨かれた勇斗の革靴が柔太朗の視界の端を横切る。そのまま自販機の横へ向かう足取りに迷いはない。缶はコロンと音を立て、ゴミ箱に落ちる。
柔太朗は俯いたまま、唇を噛んだ。
「、じゃあ、なまえさん、そんなに急いで俺を引き抜きに来てくれたんですね」
ゆっくりと顔を上げた柔太朗は、なまえ越しに勇斗の眉が動いたのを見逃さなかった。
視線はなまえに戻したまま穏やかに続ける。
「ダメですよ、佐野室長にちゃんと言わなきゃ」
静かに立ち上がり、漸く勇斗と視線がぶつかる。
なまえは二人を交互に見て、口を開きかけ、そのまま閉じた。
「新人に言われてるぞ"なまえ新室長"」
「そんな事言うならこの会社にいる期間は変わらないから、山中くんとは同期だよ」
「え、流石に同期はちょっと……」
「嫌なの!?わたしと同期!?」
「嫌じゃないです!でも烏滸がましいというか」
「そういうの、わたしにはいらないから!」
柔太朗の普段よりも張りのある声を背中で流しながら、勇斗は自販機のボタンを押す。二人のやり取りを横目に、一口で半分程飲み干してしまった。
「ある程度フラットにものを言い合える現場なのは俺も良いと思うぞ」
「ほら!勇斗もこう言ってる!」
「でもですね」
「でもじゃないだろ」
キャップを閉めつつ二人の間を割って通り、ベンチに座った。
「お前、意外と遠慮しないタイプだろ」
「、っ!」
「良いと思うよ、仕事なら」
足を組み、脇に置かれた資料へ目を落とした。二人の空気を察したなまえは、一度眉を寄せてから口を開く。
「あのね、男のプライド?とかよく分からないけど、やり過ぎるとパワハラになるからね!」
「分かってないなら口挟まない」
「っていうか第一ね——」
勇斗に詰め寄った時だった。ポケットに入れていたスマホが鳴り響き、なまえは慌てて画面を見る。その顔は、先程よりも強く眉間に皺が刻まれていた。
顔の前に手刀を掲げたかと思えばくるりと半回転し、二人と距離を置いてなまえは通話に出る。
「ごめんごめん、分かってる!……はい、家で食べます。はい、はい……いや、だって!」
二人の視線はなまえの背中に向かう。
「、俺を倒した後に現れる双璧」
「……え、あッ!」
「一緒に倒さないとあいつの所には辿り着けないぜ」
楽しそうに口角を上げ、勇斗は組んだ足に手を置く。
膝に添えた指先が、少しだけ白くなっていた。
「もう子供じゃないんだから大丈夫だって!分かってるよ!忙しいから切るね!!」
「……」
「……」
「……失礼しました。」
振り返ったなまえは肩を縮こませながら距離を戻す。
「仁人から?」
「うん……帰りの連絡が遅いって……」
「あいつも相変わらずか……なら、過保護なおいちゃんが心配してるからもう帰るか」
勇斗は立ち上がると飲みかけのペットボトルをなまえに預け、資料を一つにまとめて軽々と持ち上げる。
「山中くんもごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」
「大丈夫です。カフェオレ、ご馳走様でした」
「残業し過ぎないで早く帰れよ」
柔太朗の横を二人が通り過ぎる。
「さ、佐野室長!」
「ん?」
「今はまだ最弱かもしれないですけど、絶対負けませんから」
足を止めた勇斗はニヤリと笑う。
「だってよ、なまえ」
「え、わたし!?」
驚いたなまえは少し悩むと真っ直ぐに柔太朗を見据える。
「応援してるよ!」
無邪気な笑顔が二人に突き刺さった。
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早く報告したい、一緒に頑張ろうと言いたい。
気付いた時にはもう、資料を抱え彼の元へと走っていた。
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「やっぱりまだ残ってたよね……良かった」
「、えっ!?」
大きく肩が跳ねた柔太朗はキーボードから手を離す。振り返ると、息を切らしたなまえがドアの横で立っていた。
目が合うとなまえは、大量の資料を大事そうに抱え柔らかく微笑んだ。
「なにかウチに用ですか?」
「総務部にっていうか、山中くんに?」
「お、俺!?」
なまえの元へと駆け寄った柔太朗は、思わず声が裏返る。慌てて口を押さえ、気まずそうに周囲を見まわすとなまえと共に廊下へと出た。
「この間の内定式、なにかやってしまいましたか?」
「ううん、なにもないと思うよ」
「じゃあ……」
柔太朗の表情が一瞬だけ曇る。その顔を見てなまえは笑った。資料を片手で持ち直すと、開いた右手を口元に添え、踵を上げる。
「山中くんを、ウチに引き抜きに来ちゃった♡」
「…………え?」
耳元になまえの声が反響する。
「え、あの、どう……それって、……え?」
「あはは、落ち着いて。もう上から許可は貰っててあとは山中くん次第なんだけどね」
なまえはもう一度資料を両手で抱え直すので、慌てて柔太朗はその資料を代わりに持つ。
お礼と共に目を細めるとなまえは続けた。
「来月から新しいプロジェクトを任される事になって、メンバーを集めてるの。そこで山中くんに、わたしの元で働いてほしいなって思ったんだ」
「……俺で、良いんですか?」
「うん!山中くんが良い!」
その言葉でパッと表情を明るくさせる。
「勿論、君が嫌じゃなければ、の話」
なまえは指で廊下の奥のベンチを指差した。
まばらになったフロアの明かりが、二人の影を長く伸ばす。コツコツと廊下を鳴らす足音が妙に反響し、柔太朗の脈を早くした。
「お父様の関係で、わたしがいつまでこのプロジェクトに関われるか分からないんだけど、勇斗もサポートしてくれるって言うし、ここで頑張ってみたいんだ」
「それこそ俺なんかで……」
「そんな言い方しないで?わたし、初めて会った時から自分のチームに入れるならこの人が良いって思ってたの」
思わず柔太朗の足が止まる。半歩先を進んでいたなまえは振り返った。
「あの日、廊下でぶつかって、休憩室で君にコーヒーを渡した時に直接会って、社員証確認して……」
「……」
「創立記念パーティや内定式で頑張ってる姿見て、わたしの直感、間違ってなかったなって」
くるりと踵を返したなまえは自販機へと向かった。コインを入れ、ボタンを押す。ミルクティーとカフェオレが一本ずつ落ちてきた。
柔太朗が抱えていた資料を半分受け取ると、カフェオレを差し出した。
「どう?わたしと一緒にやってみない?」
「……はい。一生懸命頑張ります!」
カフェオレを受け取った柔太朗は精一杯の笑顔を向ける。
柔太朗の返事になまえは大きく息を吐くと、すとんとベンチに座った。足を投げ出し壁に頭を預け、ゆっくりと瞬きをする。
大きな瞳が柔太朗を映して細められた。
「はぁー……断られなくって良かったぁ……」
「緊張してたんですか?」
「してたよ、ずっと」
なまえの隣に腰を下ろした柔太朗はベンチの端に資料を置く。落ちない様に、少し内側に寄せて。縮まる距離に、鼓動が強くなる。
「ほら、」
伸ばしたなまえの右手の指先は小さく震えていた。
そのままなまえは、その手を柔太朗の手に重ねる。
「冷たいでしょ、わたしの指先」
「そう、ですね……」
氷の様に冷たい指先とは対照的に、柔太朗の手は焼ける様に熱を持つ。
「、どうして俺を選んでくれたんですか?俺はまだ一年目ですし、もっと優秀な先輩はたくさんいる中で……」
「んー、優秀って言っても相性ってあるからなー」
「相性?」
「仕事とか、人とか。その人に合うかどうかあるじゃん?能力があってもそこが合わないとダメだから」
「……」
「なんとなくだけど、分かるんだよね、そういうの」
二人の体温が淡く混ざり合う。
なまえの指先に熱が戻り始め、スッと手を離しミルクティを開ける。柔太朗もカフェオレを開けようとプルタブに指を掛け、その指を止めた。
「、あれ?」
「ん?」
「カフェオレ……」
「この間ケーキご馳走になった時にそれ選んでたから……好きなんでしょ?」
小首を傾げたなまえと目が合う。柔太朗は唇を内側に巻き込み、口を真一文字に結んで視線を外した。
「覚えててくれたんですね」
「くだらない事ばっか覚えてて肝心な事よく忘れるんだけどね」
「くだらなく、ないですよ」
プルタブを引き、カフェオレを一気に口へと入れる。ごくりと喉を鳴らし、柔太朗は俯いた。
「あ、そうだ!ごめん、大事な事忘れてた!」
なまえは慌ててジャケットのポケットに手を入れる。綺麗にアイロンが掛かったハンカチを取り出すと柔太朗の手に握らせた。
「ずっと持っててごめんね!本社来る時は絶対に持ってきてたんだけど、中々会いに来るタイミングがなくて!」
「あ、いえ……べつに大丈夫ですよ」
ふわりと、甘い柔軟剤の香りが漂う。惜しむように眺めたその香りは、今は自分の手の中に残った。
「……今度は俺の番ですね」
「、山中くんの番?」
「あ、いえ……えっと、つまり、なまえさんに選んでいただいたのだから、頑張らないとな、って事です!」
眉を下げた柔太朗に、なまえは首を振る。
「そんなに頑張らなくて大丈夫、そのままの君で十分素敵だから」
「……」
もう一度、なまえは柔太朗の手に自身の手を重ねた。
「……その言葉、」
視線が、重なった手の上からなまえに移る。普段は気にしない自販機の稼働音が耳につく。
長い睫毛がゆっくりと持ち上がり、真っ直ぐな瞳で柔太朗は続けた。
「前に誰かに言った事、ありますか?」
「え?どうだろう……分かんない、かも」
「……そうですか」
「、ごめん、何か気に障ること言っちゃったかな?」
「いえ、大丈夫です。『そのままの俺で良い』って言ってもらえて、嬉しいです……すごく」
穏やかな笑みのまま、視線だけがそっと落ちた。
「中学生の頃にも言われたことがあるんです。『そのままの君で良いんだよ』って」
「……そう、なの?」
「はい、その人の言葉を聞かずに頑張ってたら、壊れてたかもしれなくて」
「……」
「だからまた『頑張りすぎなくて大丈夫』って言ってもらえて、めっちゃ嬉しいです。それだけで頑張れます」
「、頑張らなくてもいいのに?」
「あ、」
「……」
伏せていた睫毛が跳ね上がる。目が合ったまま、言葉に詰まってしまう。
短い沈黙の後、どちらからともなく吹き出した。
「山中くんってもしかして天然?」
「いや、天然じゃないですよ。だって天然って、舜太みたいな人間の事じゃないですか」
「あはは、確かに!舜太と比べたら全然天然じゃないや」
なまえはミルクティを一口飲むと、隣に置いた資料を撫でる。
「、今回のプロジェクトは……家を出て、舜太と出会ったからこそ気付けた事だなって思ってるんだ」
「じゃあ、絶対良いプロジェクトになりそうですね」
「……うん!絶対成功させる!」
小さく拳を握り気合を入れると、そのまま一気にミルクティを飲み干した。
「内定式の後、舜太と山中くんが友達だって知って、山中くんを選んで良かったって思ったの!」
「あの時に?」
「そう!だって、舜太と仲が——」
「——なまえさん」
空き缶を捨てようと立ち上がったなまえの手首を、柔太朗が掴んだ。ベンチに座ったまま、ゆっくりとなまえを見上げる。
「……」
離れかけた体温が、指の下に留まる。強くはない。けれど、振りほどけない力だった。
「、山中くん?」
「……こっち、見てください」
「え?」
「——こんな所にいたのか」
振り向いたなまえの肩が小さく跳ねる。柔太朗は動かなかった。
声の主は息一つ乱さず、繋がれた手首に視線を落とす。
「急にいなくなるから探したぞ、なまえ」
振り向いたなまえに向けた笑顔は、いつもの勇斗のままだ。
だが、その目が柔太朗へ戻った瞬間、笑みだけが残り温度が消えた。
「あ、ごめん、声掛けるの、忘れてた……」
なまえの視線は、勇斗と柔太朗とで揺れ動く。
勇斗はゆっくりとした足取りで二人に近付くと、なまえが手にしている空き缶を受け取った。
「そういうところ、昔から変わってないよな」
軽く振りも、傾けもしない。中身を確かめる素振りは最初から無かった。
缶が勇斗の手に渡る頃には、柔太朗の指がするりと滑り落ちる。
「だからごめんてば!」
「……」
よく磨かれた勇斗の革靴が柔太朗の視界の端を横切る。そのまま自販機の横へ向かう足取りに迷いはない。缶はコロンと音を立て、ゴミ箱に落ちる。
柔太朗は俯いたまま、唇を噛んだ。
「、じゃあ、なまえさん、そんなに急いで俺を引き抜きに来てくれたんですね」
ゆっくりと顔を上げた柔太朗は、なまえ越しに勇斗の眉が動いたのを見逃さなかった。
視線はなまえに戻したまま穏やかに続ける。
「ダメですよ、佐野室長にちゃんと言わなきゃ」
静かに立ち上がり、漸く勇斗と視線がぶつかる。
なまえは二人を交互に見て、口を開きかけ、そのまま閉じた。
「新人に言われてるぞ"なまえ新室長"」
「そんな事言うならこの会社にいる期間は変わらないから、山中くんとは同期だよ」
「え、流石に同期はちょっと……」
「嫌なの!?わたしと同期!?」
「嫌じゃないです!でも烏滸がましいというか」
「そういうの、わたしにはいらないから!」
柔太朗の普段よりも張りのある声を背中で流しながら、勇斗は自販機のボタンを押す。二人のやり取りを横目に、一口で半分程飲み干してしまった。
「ある程度フラットにものを言い合える現場なのは俺も良いと思うぞ」
「ほら!勇斗もこう言ってる!」
「でもですね」
「でもじゃないだろ」
キャップを閉めつつ二人の間を割って通り、ベンチに座った。
「お前、意外と遠慮しないタイプだろ」
「、っ!」
「良いと思うよ、仕事なら」
足を組み、脇に置かれた資料へ目を落とした。二人の空気を察したなまえは、一度眉を寄せてから口を開く。
「あのね、男のプライド?とかよく分からないけど、やり過ぎるとパワハラになるからね!」
「分かってないなら口挟まない」
「っていうか第一ね——」
勇斗に詰め寄った時だった。ポケットに入れていたスマホが鳴り響き、なまえは慌てて画面を見る。その顔は、先程よりも強く眉間に皺が刻まれていた。
顔の前に手刀を掲げたかと思えばくるりと半回転し、二人と距離を置いてなまえは通話に出る。
「ごめんごめん、分かってる!……はい、家で食べます。はい、はい……いや、だって!」
二人の視線はなまえの背中に向かう。
「、俺を倒した後に現れる双璧」
「……え、あッ!」
「一緒に倒さないとあいつの所には辿り着けないぜ」
楽しそうに口角を上げ、勇斗は組んだ足に手を置く。
膝に添えた指先が、少しだけ白くなっていた。
「もう子供じゃないんだから大丈夫だって!分かってるよ!忙しいから切るね!!」
「……」
「……」
「……失礼しました。」
振り返ったなまえは肩を縮こませながら距離を戻す。
「仁人から?」
「うん……帰りの連絡が遅いって……」
「あいつも相変わらずか……なら、過保護なおいちゃんが心配してるからもう帰るか」
勇斗は立ち上がると飲みかけのペットボトルをなまえに預け、資料を一つにまとめて軽々と持ち上げる。
「山中くんもごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」
「大丈夫です。カフェオレ、ご馳走様でした」
「残業し過ぎないで早く帰れよ」
柔太朗の横を二人が通り過ぎる。
「さ、佐野室長!」
「ん?」
「今はまだ最弱かもしれないですけど、絶対負けませんから」
足を止めた勇斗はニヤリと笑う。
「だってよ、なまえ」
「え、わたし!?」
驚いたなまえは少し悩むと真っ直ぐに柔太朗を見据える。
「応援してるよ!」
無邪気な笑顔が二人に突き刺さった。
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