Royal Milk Xxx
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わたしが何かに挑戦する時、決まって彼が隣にいた。
無邪気な笑顔と、素直な言葉がいつも背中を押してくれた。
笑顔の裏の感情に気付く余裕なんて、なかったのかもしれない。
大丈夫、俺ならできる……」
小声で呟き、何度目かも分からない深呼吸をした。舜太は内ポケットに忍ばせている原稿用紙をジャケットの上から撫でる。
司会のマイクを持った友人が、噛み噛みで進行をしていて小さく笑う。
その時、彼の口から馴染みのある名前に、舜太は顔を上げた。
かっちりとしたスーツに身を包んだなまえが、『社長代理』と呼ばれて挨拶をしていた。
一瞬だけ大きく目を見開く。けれど、すぐにいつもの笑みが戻る。普段とは違い、凛々しい表情で挨拶をするなまえを、柔らかな目で見つめた。
「——内定者代表、曽野舜太」
「はい!」
精悍な声が会場に響く。
真新しいスーツが映える堂々とした足取りで登壇した舜太は、関係者席に一礼をする。限界まで目を見開いているなまえと目を合わせると、いつもの笑みを浮かべマイクの前に立った。
◆ ◆
「柔、久し振り!!」
「やっと来たな、舜太」
内定式が終了し、懇親会会場へと向かう中、柔太朗の姿を見付けた舜太は思わず声をかけた。
「一年目なのに司会してるなんて流石やん!」
「マジで緊張したけどな」
「噛み噛みだったしね」
「うるせぇよ!」
柔太朗は歯を見せて笑った。
「逆に舜太が堂々とし過ぎなんだよ」
「いやぁ、俺もビックリしたけどね」
「、何が?」
設営の片付けの手を止めずに柔太朗は訊く。
「前から話してる年上の人、おるやん?」
「地元にいた時からの知り合いの?」
「そうそう、その人、社長令嬢だった」
「は?」
柔太朗の手からマイクが滑り落ち、舜太は慌てて拾い上げる。
「え?は?どう言うこと?え、だって舜太は、え?」
「まぁまぁ、落ち着きなって」
長い指が拾ったマイクのコードを、何事もなかったようにゆっくり巻き取っていく。その手元だけが、やけに落ち着いていた。
その動きを見守る柔太朗は、眉を顰めて視線を落とす。少し冷たくなった指先で機材のスイッチを切った。
「これで俺たち——」
「——舜太!ここに居た!!」
その声に、舜太と柔太朗は同時に振り返る。
「あ、なまえ!」
「おい舜太!」
その場の視線を集めた舜太は柔太朗に思いっきり頭を叩かれた。
それを見ていたなまえは慌てて手を胸の前で振る。
「大丈夫だよ、山中くん。わたし達、結構前からの知り合いだから」
「だとしても——」
「——だとしても、この場で"社長代理"を呼び捨てはちょっとマズいかな?」
背後から落ちた声に、柔太朗の肩がわずかに強張った。
振り返るより先に、大きな手が舜太の頭を包む。
「"内定者代表"が"社長令嬢"を呼び捨てにしている。君の実力で内定を勝ち取ったのに、在らぬ噂が立ったら勿体無いぞ」
白い歯を見せ口角を上げる勇斗。そんな勇斗を見て舜太の顔はパッと明るくなる。
「佐野さんですよね!俺、説明会の時にかっこよく話されていた姿見て、一緒に働くことを目標にここに来たんです!」
「お!それは嬉しいな!」
「……買い被りすぎだよ」
吐き捨てる様に言うと片眉を寄せたなまえは腕を組む。
溜息を一度吐き、「それより」と言葉を区切ると舜太を見上げた。
「舜太は山中くんと知り合いなの?」
「うん!ゼミの先輩!」
「、舜太から話を聞いていた親しい方が、なまえさんだなんてビックリですよ」
「……変な事吹き込んでないよね?」
「俺の前で変な事してる自覚あるん?」
舜太の返答に、勇斗は思わず吹き出した。視線だけで二人を制したなまえはもう一つの疑問をぶつける。
「そもそも、なんでウチに入社するって言ってくれなかったの?」
「んー、それを言ったら『なんで身分隠してたの?』にもなるよ?」
「……」
「まぁ、俺はそういうの全然気にしないし、良いなって思った企業に、柔が居て、なまえ……さんも居て、尊敬出来る佐野さんも居る!めっちゃハッピーやん!」
「俺、この会社で働くのが今からめっちゃ楽しみ〜!」と目を細めた舜太に、なまえの表情が綻ぶ。その横顔を見た勇斗は、半歩前に出て舜太との距離を詰めた。
「なまえの"友人"なら俺も安心だな」
舜太を見上げ、鋭く射抜く。
「なまえは今、『室長付き』として俺の傍に置いておけるけど、ずっとって訳じゃないし。一緒に働ける事を楽しみにしてるよ」
スッと目を細めた勇斗は舜太の肩を軽く叩く。
眉根を寄せ、それを隠す様に天井を仰ぐ柔太朗とは対照的に、舜太は終始笑顔だった。
「はい!頑張ります!」
「……お前なぁ」
柔太朗は眉間を押さえた。目の前の男が、どこまで事態を分かっているのか分からない。
勇斗の瞳孔が一瞬だけ大きく見開かれたが、目を細めてそれを隠す。
「そうだ、なまえさん」
「別に今更さん付けしなくても良いよ」
「もうすぐ懇親会始まる時間やけど、大丈夫?」
「え?」
その場に居たものが全員疑問符を浮かべる。
「懇親会でまた、代表挨拶あったはずだよ!急がなきゃ!」
「え!?そうだっけ?ごめん、わたしちょっと行ってくる!また後でゆっくり話そう!」
「うん、分かった〜!」
慌てて会場を出たなまえに手を振る舜太の後ろで、勇斗は柔太朗を見た。
「そんな予定あったか?」
「ないと思うんですけど……でも確認してきます」
「いや、いい」
上司の元へと行こうとする柔太朗を勇斗は制した。
なまえを見送った舜太は踵を返し、二人に向き直る。その時にはもう、先程の笑みは消えていた。
「柔、一個だけ質問があるんやけど、良い?」
「……なに?」
「社長の一人娘には、とっても優秀な許婚がいるって噂、本当?」
「、それは」
柔太朗の言葉を、勇斗が遮った。
「本当だ」
それを聞いた舜太はにっこりと微笑んだ。
「やっぱり佐野さんだったかぁ……でも、佐野さんで良かった」
「、どう言う意味だ?」
「前に酔ったなまえが言ってたんです。自分には親が勝手に決めた婚約者がいる」
「……」
「自分は、その人から逃げる為に家を出たんだ、と」
「……そうか」
一度ゆっくりと瞬きをして、舜太を見上げる。
「でも、今は自分のやりたい事を見付けて、俺の隣にいる」
「そうですね、出会った頃より、″今″のなまえはやりたい事を見付けて、楽しそうですもんね!ずっとそばに居たから俺もそういうの分かります!」
口角は上げたまま、スラスラと舜太は言い切る。
その笑顔は少しも揺らがなかった。
「なーるほどね。はいはいはい……君という人間がよく分かった」
勇斗は小さく笑う。
「確かに強いよな、その"カード"。でも、言うても俺たちは四天王の中でも最弱だぞ?」
「、最弱?」
「そ。まぁ俺は下から二番目、最弱はコイツ。」
どこか茶化した様なトーンで柔太朗を指さした。
「え?俺ですか?」
「当たり前だろ、現状一番接点が薄いんだから」
「、じゃ、じゃあ許婚の佐野室長より上な、最強の二人って誰なんですか?」
柔太朗は少し口を尖らせ訊ねる。
「その内、会えるよ。あいつらは、友人であり、家族であり、ただの使用人を超えた理解者だよ」
「……」
「……」
柔太朗と舜太は、思わず互いに顔を見合わせた。
「じゃあ俺は仕事に戻るわ。曽野くんもちゃんと懇親会参加しておけよ」
「あ、はい!作っていただいた機会を大切にして、同期と親睦を深めます!」
「それもだけど、」
勇斗は舜太の肩に腕を回し、ぐっと距離を詰める。至近距離で目が合う。反射的に舜太は一歩後退るが、肩を抱く腕はびくともしない。
「あいつ今頃、会場内でわたわたしてるだろうから、ちゃんと回収しておけってこと」
「……」
耳元に落ちた低い声が、蛇の様に首筋へと纏わり付く。
舜太の喉が思わず鳴った。
勇斗は口元に小さな笑みを浮かべると腕を解き、「じゃあな」と後ろ手を振って会場を後にする。
「、あれで下から二番目って認識ヤバいよな」
「……でもなんか分かるかもしれない」
「なにが?」
「佐野さんも敵わないって思っちゃう最強の二人」
「勘弁してくれよ、マジで」
座り込んだ柔太朗は分かりやすく頭を抱える。
膝を抱える彼を横目に、勇斗の背中を目で追う。ひどく大きく見えた背中に足がすくんで動けなかった。
◆ ◆
周りの人間と一足遅れて会場にやって来た舜太はキョロキョロと辺りを見回す。
高い視線を会場の隅々にまで目を配らせるがなまえの姿は見付からない。焦りの色が見え始めた時、背中に何かが押し当てられた。
「動くな。そのまま両手を上げろ」
「……」
言葉に従い両手を軽く上げる。
それを見たなまえは一度吹き出し、ケタケタと笑い始めた。
「もう、驚かさんといてよ!」
「それはこっちのセリフ。わたしの挨拶なんて最初からなかったよ!」
「えー、あると思ったんだけどなぁー」
頬を膨らませ上目遣いで睨むなまえに、舜太は微笑む。
ぷっくりと膨らんだ頬へ伸びかけた手を、ふと止める。周囲の話し声がやけに耳についた。舜太はその手を引っ込め、軽く腕を組んだ。
「勇斗と山中くんは?」
「まだ向こうでやる事があるみたい」
「そっか。じゃあ……あっちの方で少し話さない?」
「うん、いいよ」
なまえは人がいない壁際を指差す。
舜太は頷いて一歩先を歩く。いつもの様にゆっくりと、なまえの歩幅に合わせて。
「そう言えば、舜太と山中くんって似てないけど、なんか雰囲気似てて、並んでると絵になるね」
「ほんま?俺、柔の事大好きやから、そう言ってもらえると嬉しいわ〜」
「仲良いんだね」
着慣れないスーツ姿が並ぶ人波の中をなまえと歩く。
他愛のない会話と、いつもの歩幅で。
遠巻きに感じる視線の方へ目をやれば、慌てた様に視線を外される。
「それを言うならだけど……俺、なまえの婚約者の人ってもっと嫌な人かと思ってた」
目が合った内定者に、いつもの笑顔を向ける。
けれど、その笑顔のまま一歩だけなまえに近付いた。
「良い人やね、佐野さん」
「……良い人過ぎだけどね、勇斗は」
絨毯に落ちた言葉が二人の足に纏わりつく。
「なんかさー、舜太とはベクトルが違うっていうか……腹ん中何考えてるか分からないな、って昔から感じるんだよね……」
「……。それは、俺が単純って事?」
「違う違う!」
慌てて手を横に振るなまえは、壁に背を預け会場を見渡す。
「舜太はさ、思ってる事、ちゃんと口にしてくれるじゃん。嬉しいとか、楽しいとか」
「そんなの当たり前やん」
「ありがとね……だからね、舜太と居ると凄く居心地が良いんだ。素の自分になれるっていうか」
「なら俺は、もっと嬉しい!」
「そういうトコだよ」
顔を見合わせて二人は笑った。
「だからさ、ごめんね。家の事とか黙ってて……」
「じゃあ、なまえは俺の事どこまで知っとる?」
「え?」
一度大きく開かれた瞳が右上と逸れる。
瞬きを数回繰り返し、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「えっと、三重出身で、頭が良くて、身長が180センチ超えてて……あ、妹さんがいる!」
「あとは?」
「あと……グリンピースが嫌いで、えーっと……」
考え込むように口元に指を添える。
その手首を、舜太がそっと包み込む。
「つまりはそういう事」
「え、待って、どういう事?」
引かれるまま一歩近付くと、思っていたより近くに舜太の顔があった。
けれど本人は気にする様子もなく、いつもの笑顔を浮かべている。
「俺だって自分の全てを話してるわけじゃないって事。俺の両親が何してる人か隠されとって、なまえは今どんな気持ち?」
「……べつに何とも思ってないよ?」
「俺も同じ!なまえが何者でも、過ごしてきた時間まで変わるわけじゃないもんね!」
そう言った舜太は漸く手を離した。
壁に背を預け、遠くを眺める。
「あの時、同じ新幹線乗ってくれてありがとな」
「それはこっちのセリフだって!あの時……っていうか、あの日から舜太が居てくれたから色んな事経験できて今があるから」
「社会人になってもなまえと同じ所で働けるの本当に楽しみやな」
壁から背を離した舜太が、なまえへ視線を戻す。
「俺、なまえを好きになって良かった」
「……え?」
「柔太朗も佐野さんもいるし、早く春になってほしいね」
「そう、だね……」
離された手首を、なまえはもう片方の手で包んだ。先程とは違う体温がじわじわと広がる。
その仕草を見た舜太は目を細めた。
「わたしも、今から楽しみだよ」
小さな違和感を掻き消す様になまえも笑った。
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無邪気な笑顔と、素直な言葉がいつも背中を押してくれた。
笑顔の裏の感情に気付く余裕なんて、なかったのかもしれない。
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大丈夫、俺ならできる……」
小声で呟き、何度目かも分からない深呼吸をした。舜太は内ポケットに忍ばせている原稿用紙をジャケットの上から撫でる。
司会のマイクを持った友人が、噛み噛みで進行をしていて小さく笑う。
その時、彼の口から馴染みのある名前に、舜太は顔を上げた。
かっちりとしたスーツに身を包んだなまえが、『社長代理』と呼ばれて挨拶をしていた。
一瞬だけ大きく目を見開く。けれど、すぐにいつもの笑みが戻る。普段とは違い、凛々しい表情で挨拶をするなまえを、柔らかな目で見つめた。
「——内定者代表、曽野舜太」
「はい!」
精悍な声が会場に響く。
真新しいスーツが映える堂々とした足取りで登壇した舜太は、関係者席に一礼をする。限界まで目を見開いているなまえと目を合わせると、いつもの笑みを浮かべマイクの前に立った。
◆ ◆
「柔、久し振り!!」
「やっと来たな、舜太」
内定式が終了し、懇親会会場へと向かう中、柔太朗の姿を見付けた舜太は思わず声をかけた。
「一年目なのに司会してるなんて流石やん!」
「マジで緊張したけどな」
「噛み噛みだったしね」
「うるせぇよ!」
柔太朗は歯を見せて笑った。
「逆に舜太が堂々とし過ぎなんだよ」
「いやぁ、俺もビックリしたけどね」
「、何が?」
設営の片付けの手を止めずに柔太朗は訊く。
「前から話してる年上の人、おるやん?」
「地元にいた時からの知り合いの?」
「そうそう、その人、社長令嬢だった」
「は?」
柔太朗の手からマイクが滑り落ち、舜太は慌てて拾い上げる。
「え?は?どう言うこと?え、だって舜太は、え?」
「まぁまぁ、落ち着きなって」
長い指が拾ったマイクのコードを、何事もなかったようにゆっくり巻き取っていく。その手元だけが、やけに落ち着いていた。
その動きを見守る柔太朗は、眉を顰めて視線を落とす。少し冷たくなった指先で機材のスイッチを切った。
「これで俺たち——」
「——舜太!ここに居た!!」
その声に、舜太と柔太朗は同時に振り返る。
「あ、なまえ!」
「おい舜太!」
その場の視線を集めた舜太は柔太朗に思いっきり頭を叩かれた。
それを見ていたなまえは慌てて手を胸の前で振る。
「大丈夫だよ、山中くん。わたし達、結構前からの知り合いだから」
「だとしても——」
「——だとしても、この場で"社長代理"を呼び捨てはちょっとマズいかな?」
背後から落ちた声に、柔太朗の肩がわずかに強張った。
振り返るより先に、大きな手が舜太の頭を包む。
「"内定者代表"が"社長令嬢"を呼び捨てにしている。君の実力で内定を勝ち取ったのに、在らぬ噂が立ったら勿体無いぞ」
白い歯を見せ口角を上げる勇斗。そんな勇斗を見て舜太の顔はパッと明るくなる。
「佐野さんですよね!俺、説明会の時にかっこよく話されていた姿見て、一緒に働くことを目標にここに来たんです!」
「お!それは嬉しいな!」
「……買い被りすぎだよ」
吐き捨てる様に言うと片眉を寄せたなまえは腕を組む。
溜息を一度吐き、「それより」と言葉を区切ると舜太を見上げた。
「舜太は山中くんと知り合いなの?」
「うん!ゼミの先輩!」
「、舜太から話を聞いていた親しい方が、なまえさんだなんてビックリですよ」
「……変な事吹き込んでないよね?」
「俺の前で変な事してる自覚あるん?」
舜太の返答に、勇斗は思わず吹き出した。視線だけで二人を制したなまえはもう一つの疑問をぶつける。
「そもそも、なんでウチに入社するって言ってくれなかったの?」
「んー、それを言ったら『なんで身分隠してたの?』にもなるよ?」
「……」
「まぁ、俺はそういうの全然気にしないし、良いなって思った企業に、柔が居て、なまえ……さんも居て、尊敬出来る佐野さんも居る!めっちゃハッピーやん!」
「俺、この会社で働くのが今からめっちゃ楽しみ〜!」と目を細めた舜太に、なまえの表情が綻ぶ。その横顔を見た勇斗は、半歩前に出て舜太との距離を詰めた。
「なまえの"友人"なら俺も安心だな」
舜太を見上げ、鋭く射抜く。
「なまえは今、『室長付き』として俺の傍に置いておけるけど、ずっとって訳じゃないし。一緒に働ける事を楽しみにしてるよ」
スッと目を細めた勇斗は舜太の肩を軽く叩く。
眉根を寄せ、それを隠す様に天井を仰ぐ柔太朗とは対照的に、舜太は終始笑顔だった。
「はい!頑張ります!」
「……お前なぁ」
柔太朗は眉間を押さえた。目の前の男が、どこまで事態を分かっているのか分からない。
勇斗の瞳孔が一瞬だけ大きく見開かれたが、目を細めてそれを隠す。
「そうだ、なまえさん」
「別に今更さん付けしなくても良いよ」
「もうすぐ懇親会始まる時間やけど、大丈夫?」
「え?」
その場に居たものが全員疑問符を浮かべる。
「懇親会でまた、代表挨拶あったはずだよ!急がなきゃ!」
「え!?そうだっけ?ごめん、わたしちょっと行ってくる!また後でゆっくり話そう!」
「うん、分かった〜!」
慌てて会場を出たなまえに手を振る舜太の後ろで、勇斗は柔太朗を見た。
「そんな予定あったか?」
「ないと思うんですけど……でも確認してきます」
「いや、いい」
上司の元へと行こうとする柔太朗を勇斗は制した。
なまえを見送った舜太は踵を返し、二人に向き直る。その時にはもう、先程の笑みは消えていた。
「柔、一個だけ質問があるんやけど、良い?」
「……なに?」
「社長の一人娘には、とっても優秀な許婚がいるって噂、本当?」
「、それは」
柔太朗の言葉を、勇斗が遮った。
「本当だ」
それを聞いた舜太はにっこりと微笑んだ。
「やっぱり佐野さんだったかぁ……でも、佐野さんで良かった」
「、どう言う意味だ?」
「前に酔ったなまえが言ってたんです。自分には親が勝手に決めた婚約者がいる」
「……」
「自分は、その人から逃げる為に家を出たんだ、と」
「……そうか」
一度ゆっくりと瞬きをして、舜太を見上げる。
「でも、今は自分のやりたい事を見付けて、俺の隣にいる」
「そうですね、出会った頃より、″今″のなまえはやりたい事を見付けて、楽しそうですもんね!ずっとそばに居たから俺もそういうの分かります!」
口角は上げたまま、スラスラと舜太は言い切る。
その笑顔は少しも揺らがなかった。
「なーるほどね。はいはいはい……君という人間がよく分かった」
勇斗は小さく笑う。
「確かに強いよな、その"カード"。でも、言うても俺たちは四天王の中でも最弱だぞ?」
「、最弱?」
「そ。まぁ俺は下から二番目、最弱はコイツ。」
どこか茶化した様なトーンで柔太朗を指さした。
「え?俺ですか?」
「当たり前だろ、現状一番接点が薄いんだから」
「、じゃ、じゃあ許婚の佐野室長より上な、最強の二人って誰なんですか?」
柔太朗は少し口を尖らせ訊ねる。
「その内、会えるよ。あいつらは、友人であり、家族であり、ただの使用人を超えた理解者だよ」
「……」
「……」
柔太朗と舜太は、思わず互いに顔を見合わせた。
「じゃあ俺は仕事に戻るわ。曽野くんもちゃんと懇親会参加しておけよ」
「あ、はい!作っていただいた機会を大切にして、同期と親睦を深めます!」
「それもだけど、」
勇斗は舜太の肩に腕を回し、ぐっと距離を詰める。至近距離で目が合う。反射的に舜太は一歩後退るが、肩を抱く腕はびくともしない。
「あいつ今頃、会場内でわたわたしてるだろうから、ちゃんと回収しておけってこと」
「……」
耳元に落ちた低い声が、蛇の様に首筋へと纏わり付く。
舜太の喉が思わず鳴った。
勇斗は口元に小さな笑みを浮かべると腕を解き、「じゃあな」と後ろ手を振って会場を後にする。
「、あれで下から二番目って認識ヤバいよな」
「……でもなんか分かるかもしれない」
「なにが?」
「佐野さんも敵わないって思っちゃう最強の二人」
「勘弁してくれよ、マジで」
座り込んだ柔太朗は分かりやすく頭を抱える。
膝を抱える彼を横目に、勇斗の背中を目で追う。ひどく大きく見えた背中に足がすくんで動けなかった。
◆ ◆
周りの人間と一足遅れて会場にやって来た舜太はキョロキョロと辺りを見回す。
高い視線を会場の隅々にまで目を配らせるがなまえの姿は見付からない。焦りの色が見え始めた時、背中に何かが押し当てられた。
「動くな。そのまま両手を上げろ」
「……」
言葉に従い両手を軽く上げる。
それを見たなまえは一度吹き出し、ケタケタと笑い始めた。
「もう、驚かさんといてよ!」
「それはこっちのセリフ。わたしの挨拶なんて最初からなかったよ!」
「えー、あると思ったんだけどなぁー」
頬を膨らませ上目遣いで睨むなまえに、舜太は微笑む。
ぷっくりと膨らんだ頬へ伸びかけた手を、ふと止める。周囲の話し声がやけに耳についた。舜太はその手を引っ込め、軽く腕を組んだ。
「勇斗と山中くんは?」
「まだ向こうでやる事があるみたい」
「そっか。じゃあ……あっちの方で少し話さない?」
「うん、いいよ」
なまえは人がいない壁際を指差す。
舜太は頷いて一歩先を歩く。いつもの様にゆっくりと、なまえの歩幅に合わせて。
「そう言えば、舜太と山中くんって似てないけど、なんか雰囲気似てて、並んでると絵になるね」
「ほんま?俺、柔の事大好きやから、そう言ってもらえると嬉しいわ〜」
「仲良いんだね」
着慣れないスーツ姿が並ぶ人波の中をなまえと歩く。
他愛のない会話と、いつもの歩幅で。
遠巻きに感じる視線の方へ目をやれば、慌てた様に視線を外される。
「それを言うならだけど……俺、なまえの婚約者の人ってもっと嫌な人かと思ってた」
目が合った内定者に、いつもの笑顔を向ける。
けれど、その笑顔のまま一歩だけなまえに近付いた。
「良い人やね、佐野さん」
「……良い人過ぎだけどね、勇斗は」
絨毯に落ちた言葉が二人の足に纏わりつく。
「なんかさー、舜太とはベクトルが違うっていうか……腹ん中何考えてるか分からないな、って昔から感じるんだよね……」
「……。それは、俺が単純って事?」
「違う違う!」
慌てて手を横に振るなまえは、壁に背を預け会場を見渡す。
「舜太はさ、思ってる事、ちゃんと口にしてくれるじゃん。嬉しいとか、楽しいとか」
「そんなの当たり前やん」
「ありがとね……だからね、舜太と居ると凄く居心地が良いんだ。素の自分になれるっていうか」
「なら俺は、もっと嬉しい!」
「そういうトコだよ」
顔を見合わせて二人は笑った。
「だからさ、ごめんね。家の事とか黙ってて……」
「じゃあ、なまえは俺の事どこまで知っとる?」
「え?」
一度大きく開かれた瞳が右上と逸れる。
瞬きを数回繰り返し、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「えっと、三重出身で、頭が良くて、身長が180センチ超えてて……あ、妹さんがいる!」
「あとは?」
「あと……グリンピースが嫌いで、えーっと……」
考え込むように口元に指を添える。
その手首を、舜太がそっと包み込む。
「つまりはそういう事」
「え、待って、どういう事?」
引かれるまま一歩近付くと、思っていたより近くに舜太の顔があった。
けれど本人は気にする様子もなく、いつもの笑顔を浮かべている。
「俺だって自分の全てを話してるわけじゃないって事。俺の両親が何してる人か隠されとって、なまえは今どんな気持ち?」
「……べつに何とも思ってないよ?」
「俺も同じ!なまえが何者でも、過ごしてきた時間まで変わるわけじゃないもんね!」
そう言った舜太は漸く手を離した。
壁に背を預け、遠くを眺める。
「あの時、同じ新幹線乗ってくれてありがとな」
「それはこっちのセリフだって!あの時……っていうか、あの日から舜太が居てくれたから色んな事経験できて今があるから」
「社会人になってもなまえと同じ所で働けるの本当に楽しみやな」
壁から背を離した舜太が、なまえへ視線を戻す。
「俺、なまえを好きになって良かった」
「……え?」
「柔太朗も佐野さんもいるし、早く春になってほしいね」
「そう、だね……」
離された手首を、なまえはもう片方の手で包んだ。先程とは違う体温がじわじわと広がる。
その仕草を見た舜太は目を細めた。
「わたしも、今から楽しみだよ」
小さな違和感を掻き消す様になまえも笑った。
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