Royal Milk Xxx
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二人の事は、わたしが一番知っていると思ってた。
だけどそれは、自分がそう思いたかっただけだった。
写真の中の知らない彼に、胸が張り裂けそうだ。
「……え?」
いつもの様に書斎で小説を読み、次の本を探していた時だった。気になるタイトルの本を抜いた時に、その奥に妙な封筒を見つけたなまえは、その中身を確認して思わず声が漏れる。
一緒に本を読んでいた仁人は、その声に顔を上げた。
「どうしましたか?」
「いや、えっと……」
妙に歯切れの悪い返事。
なまえの視線は、封筒から取り出した写真と仁人を何度も往復した。仁人もつられて写真に目をやる。少し目を細め、次の瞬間、一気に見開かれた。
「——あ、おい!」
仁人は勢いよく立ち上がり、写真に手を伸ばす。瞬時に仁人の手を避け、半歩後ろへ身を引くなまえ。
「返してください」
「え、イヤ。」
「……」
「……」
二人の間にはローテーブルとソファ。
仁人が一度、その距離に目をやった。その一瞬の隙に、なまえはドアへと走った。
「あ、待っ、痛ッ!!」
テーブルの足に躓いた仁人は盛大に転び、なまえは一瞬心配そうな顔で振り返ったが、それでも足を止めずに書斎を後にした。
普段なら諦めてゆっくりと立ち上がる仁人だが、今回ばかりは違った。瞬時に立ち上がり、なまえを追う。
「え、嘘!?」
仁人の追随になまえは階段を一気に駆け上がる。そのままトイレに逃げ込み、鍵をかけた。
「お嬢様、ここを開けてください!」
「トイレ中に開ける訳ないでしょ!」
「トイレは流石に卑怯です!!」
ドアを叩きながら抗議する仁人に、なまえは眉を寄せて胸に抱いていた写真に視線を落とす。束になった写真を扇状に広げて、全体で見た。
「、……」
僅かに眉を寄せたなまえは、一枚写真を抜き取った。
ドンドンとドアを叩く音が辺りに鳴り響く。それに合わせてなまえの脈も早くなり、息が詰まる。
「——ちょっと仁人、さっきから煩いって」
ドアの向こうから太智の声が聞こえ、なまえはハッとした様に瞬きをした。慌ててタンクの後ろに写真を隠し、ゆっくりと鍵を解いてドアを開ける。
「どしたん、二人とも」
キョトンとした表情で太智は訊ねる。仁人と目が合ったなまえは持っていた写真を二人に差し出した。
「ん?うっわ、懐かしっ!」
太智の明るい声とは裏腹に、仁人は目を伏せる。
なまえは仁人を見つめた。
「ねぇ、これ……どういう事?」
「、……」
「……ここで話すのもなんやし、お茶しながらみんなで見ようや」
なまえの手から写真を受け取った太智は、そのままその手を引いて歩き出す。
「仁ちゃん、なんかあったかいものでも淹れてきてよ」
太智は振り返ると、柔らかく笑った。
◆ ◆
お茶の準備を終えた仁人がティーカートを押して談話室にやってくると、テーブルに写真を並べたなまえと太智が、並んでソファに座っているのが目に入る。
「……」
写真を少し避けてカップを置くと、二人の対面に座った。
「仁人、この写真覚えとる?」
「あ?あぁ、お前が初めて金髪にした時だろ?」
「なまえ聞いてや!こん時この人、俺にめっちゃ金髪にしてみい言うてうるさかったくせに、いざやってみたら反応めっちゃ薄かったんやで!」
「こんなに印象変わってるのに?」
「いや、だからあの時は——」
足を組んで不貞腐れていた仁人は、前のめりになって訂正をしようとする。だが、太智はそのまま話を続けた。
「——ほんま薄情な人やわ」
「薄情っていうか……見慣れてないから二人とも金髪なの、ビックリしてるよ」
「この時、仁人も自分の髪とか色々遊んどったから、俺の事なんてどうでも良かったんやろ!」
「……褒めたじゃん、ちゃんと」
仁人は小さく眉を寄せるとコーヒーカップを手に取り、並べられた写真に視線を落とす。その中の一枚に目が止まった。
勇人と太智と三人で撮った写真を拾い上げると、仁人の口から言葉が溢れる。
「、もう、五年も経つのか……」
「……」
「この時、旦那様の会社に内定が決まった勇ちゃんが、この屋敷に居たんだよ」
「そう……だったね……」
なまえの視線が足元に落ちる。太智は一瞬仁人を睨むが、思いに沈んでいる顔を見て、一度天井を仰いだ。
「〜〜〜!!こん時俺、佐野さんとめっちゃ距離近くなった気がしたし、三人で男同士バカやって、毎日楽しかったんだよ!」
「、バカ、やってたの?」
「うん!」
「三人で?」
「そう!吉田さんも!ねぇ!?」
「、まぁ……それなりに」
顔を上げた仁人は、二人と目が合うとすぐに逸らした。
僅かに頬が赤くなるのを見て、太智はやっと肩の力を下ろす。なまえと顔を見合わせて、いつもの屈託のない笑みを浮かべた。
◆ ◆
「なぁ、太智ちょっといいか」
「んー?」
談話室に掃除機をかけていた太智に仁人は話しかけた。掃除機の電源を切って太智は振り返る。
「あの写真、あそこに置いたのお前か?」
「俺やないよ。ただ、この間、佐野さんがちょっとこっちに顔出した時、書斎使っとったけどね」
「、勇人の仕業か……」
ソファに深く身を沈めた仁人は、窓の外を眺める。シンボルツリーのハナミズキの葉が風に揺られていた。
「ちょっとは俺に感謝してよ。あのままだと、絶対変な空気になってたやん」
「それは、助かったけど」
「けど、じゃない。決めたやん。お嬢が戻ってくるって聞いた時」
「……」
射抜く様な太智の視線に、仁人は口を噤む。
「良いじゃん別に。今が楽しいんやし」
「本当にそう思ってるのか?」
「、思っとるよ……」
小さく息を吐くと、仁人は胸元のブローチを取り照明に翳した。角度を変える度に、爽やかなレモンイエローの宝石の輝きに深みが増す。
「ただの使用人に、直系の人間と同じ格のブローチを与えるなんて、あの人何考えてるんだろうな……」
「それは……お嬢が俺たちの事大切に思ってるからで」
「、六年近く放っておいたのに?」
「仁人!」
声を荒らげた太智は眉を寄せる。
「仁人がずっと待っとったのは俺だって分かっとるよ!でも、もう戻ってきたんやで!?小さい頃と何も変わらん笑顔でさ!」
「……執事服脱いで、髪も染めて、勇人とバカやって。そうでもしないと俺は、壊れそうだったけどな」
仁人は立ち上がると、丁寧にブローチを胸元に直す。そのまま仁人は、太智に背を向けたまま談話室を後にした。
一人残された太智は、更に眉間に皺を刻む。
「あー、もう!!」
絨毯を強く蹴ると、そのままソファにダイブした。クッションに顔を埋め、足をバタつかせる。
「、……」
落ち着いた太智はゆっくりと立ち上がり窓際に向かう。窓を開け、枠に手を置く。ライトアップされたローズガーデンが瞳に映る。
「俺だって……」
唇を尖らせ呟いた。視線が泳ぐ。柱時計の秒針が、妙に耳に残る。
太智は何度か首を振り、窓枠に腰を下ろした。開け放たれた窓から外を眺めると、柔らかな黒髪が夜風に靡く。
「——そんな所に座ってると危ないよ」
「、え?」
急に話しかけられ、太智の体が揺れた。
反射的に腕と腹筋に力が入る。
「……っと。びっくりしたぁ」
ほっと息をついた、その瞬間だった。
絨毯に足を取られたなまえが飛び込んでくる。
「え、ちょ、なまえ——」
思わず両手を広げた太智の身体は、そのまま後ろへ傾いた。
鈍い痛みと、胸にかかる重み。ふわりと漂う、シャンプーの香り。
太智はゆっくりと、目を開ける。
「……窓の外、土で良かったぁ」
「、ごめん……」
太智の顔の横に腕をつき、なまえが少しだけ上半身を起こす。その拍子に、髪が太智の頬をさらりと撫でた。
苦笑いを浮かべたなまえと目が合う。つられる様に、太智も眉を下げて笑った。
「なまえ、ちょっと良い?」
一度なまえを自身の胸に抱くと、膝を引き寄せ、脚を振るようにして反動をつけた。その勢いを借りて腹筋に力を込め、上半身を起こす。
「すっご」
「鍛えとるからね」
「、ふーん」
そう言うとなまえは太智の腹筋を指でなぞる。
「……っ」
思わず太智の肩が跳ねた。反射的に腹へ力が入り、身体まで強張る。
なまえは、シャツ越しに筋肉の硬さを確かめるように指を滑らせた。ドッと汗が噴き出た太智は慌てて立ち上がる。
「ほ、ほら」
太智は手を差し出し、なまえは重ねる。引き上げられたなまえは、そのまま太智の胸に飛び込んだ。
「太智も逞しくなったよね」
「まあ……じゃないとちゃんとなまえを守れないし」
わざとらしく太智は目を逸す。
一瞬だけ太智の広い背中を見つめたあと、何事もなかった様にその隣に並んだ。
「それに、」
そう言うと太智はなまえに向き直り、そのままひょいと肩に抱き上げた。
「え、ちょっと!」
「お転婆なお嬢さまを連れて帰るには、こうするしか無いからね」
足をばたつかせるなまえだが、太智は軽快に笑うだけで体幹は一つもブレない。
「こういう時はお姫様抱っこが相場じゃん!!」
「それだとなまえは逃げるでしょ!」
「逃げないよ!」
なまえはしばらく足をばたつかせていたが、やがて力を抜いた。太智の肩に身体を預け、そのまま揺られていく。
「……なまえは、仁人の事、どう思ってるの?」
「仁人の事?」
「うん」
太智の背中に手を付いて上半身を起こしたなまえは、少しだけ振り返る。けれど、太智の顔色が伺えない。
「、変わったなって、思うよ」
思わず太智の足が止まる。
「え?」
「だって、もう“なまえ”って呼んでくれないじゃん」
「……もうずっと“お嬢様”だもんね」
「なーんか一線引かれてるな、とは思うけど、まぁ、仕方ないよね」
なまえの乾いた笑いが辺りに響く。
「仁人は変な所で意地っ張りだから」
「意地、なのかねぇ……」
「一度決めたら考え変えないし」
「我も強いしね」
正面玄関に着くと、あ、と太智は短く言って立ち止まる。
「裸足のまま入ったら、なまえがいても吉田さんに怒られるか……」
「バ、バレなきゃ大丈夫だよ……」
なまえを降ろし、ドアノブに手をかける。けれど、ゆっくりと首を振った。
「……鍵掛かってる」
「だよね……」
二人は顔を見合せ、少し考えてから、そっとドアベルを鳴らした。
「——なにやってるんですか、こんな夜中に、パジャマ姿で」
「いやぁ……」
「太智、お前が着いててなにやってんだ」
「いやぁ……」
「……」
なまえの真似をした太智を、仁人は無言で叩いた。
「たっく……拭くもの持ってくるから待っててください」
溜息混じりに言って踵を返す。
その背中が二人の視界から消えた時、太智が少しだけ声を顰めてなまえに問いかけた。
「それで、なんでなまえは談話室に来たの?」
「太ちゃんを探してたからだよ」
「あ、俺!?」
驚く太智になまえは頷いた。
「太ちゃんはやっぱりヒーローだね」
「またそれ?」
太智の語尾が上擦る。
「昔からわたしが困ってると、しれっと顔出して、笑わせてくれて……」
「、そんな事もあったなぁ」
「本当にありがとう」
「……」
「太智が居なかったら、今もこんな風に笑えてなかったよ」
「そんなこと、ないよ」
照れた太智。なまえはゆっくりと首を振って、静かに見上げた。射抜く様なその視線に、太智は半歩後退る。
左手を厚い胸にそっと当て、軽くつま先で立つ。右手が太智の耳元を掠めた。
「、……」
静かに踵が下ろされた。
離れていく熱を太智はそっと目で追う。
「……落ち葉、付いてた」
ハナミズキの葉をひらひらとさせ、なまえは笑った。
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だけどそれは、自分がそう思いたかっただけだった。
写真の中の知らない彼に、胸が張り裂けそうだ。
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「……え?」
いつもの様に書斎で小説を読み、次の本を探していた時だった。気になるタイトルの本を抜いた時に、その奥に妙な封筒を見つけたなまえは、その中身を確認して思わず声が漏れる。
一緒に本を読んでいた仁人は、その声に顔を上げた。
「どうしましたか?」
「いや、えっと……」
妙に歯切れの悪い返事。
なまえの視線は、封筒から取り出した写真と仁人を何度も往復した。仁人もつられて写真に目をやる。少し目を細め、次の瞬間、一気に見開かれた。
「——あ、おい!」
仁人は勢いよく立ち上がり、写真に手を伸ばす。瞬時に仁人の手を避け、半歩後ろへ身を引くなまえ。
「返してください」
「え、イヤ。」
「……」
「……」
二人の間にはローテーブルとソファ。
仁人が一度、その距離に目をやった。その一瞬の隙に、なまえはドアへと走った。
「あ、待っ、痛ッ!!」
テーブルの足に躓いた仁人は盛大に転び、なまえは一瞬心配そうな顔で振り返ったが、それでも足を止めずに書斎を後にした。
普段なら諦めてゆっくりと立ち上がる仁人だが、今回ばかりは違った。瞬時に立ち上がり、なまえを追う。
「え、嘘!?」
仁人の追随になまえは階段を一気に駆け上がる。そのままトイレに逃げ込み、鍵をかけた。
「お嬢様、ここを開けてください!」
「トイレ中に開ける訳ないでしょ!」
「トイレは流石に卑怯です!!」
ドアを叩きながら抗議する仁人に、なまえは眉を寄せて胸に抱いていた写真に視線を落とす。束になった写真を扇状に広げて、全体で見た。
「、……」
僅かに眉を寄せたなまえは、一枚写真を抜き取った。
ドンドンとドアを叩く音が辺りに鳴り響く。それに合わせてなまえの脈も早くなり、息が詰まる。
「——ちょっと仁人、さっきから煩いって」
ドアの向こうから太智の声が聞こえ、なまえはハッとした様に瞬きをした。慌ててタンクの後ろに写真を隠し、ゆっくりと鍵を解いてドアを開ける。
「どしたん、二人とも」
キョトンとした表情で太智は訊ねる。仁人と目が合ったなまえは持っていた写真を二人に差し出した。
「ん?うっわ、懐かしっ!」
太智の明るい声とは裏腹に、仁人は目を伏せる。
なまえは仁人を見つめた。
「ねぇ、これ……どういう事?」
「、……」
「……ここで話すのもなんやし、お茶しながらみんなで見ようや」
なまえの手から写真を受け取った太智は、そのままその手を引いて歩き出す。
「仁ちゃん、なんかあったかいものでも淹れてきてよ」
太智は振り返ると、柔らかく笑った。
◆ ◆
お茶の準備を終えた仁人がティーカートを押して談話室にやってくると、テーブルに写真を並べたなまえと太智が、並んでソファに座っているのが目に入る。
「……」
写真を少し避けてカップを置くと、二人の対面に座った。
「仁人、この写真覚えとる?」
「あ?あぁ、お前が初めて金髪にした時だろ?」
「なまえ聞いてや!こん時この人、俺にめっちゃ金髪にしてみい言うてうるさかったくせに、いざやってみたら反応めっちゃ薄かったんやで!」
「こんなに印象変わってるのに?」
「いや、だからあの時は——」
足を組んで不貞腐れていた仁人は、前のめりになって訂正をしようとする。だが、太智はそのまま話を続けた。
「——ほんま薄情な人やわ」
「薄情っていうか……見慣れてないから二人とも金髪なの、ビックリしてるよ」
「この時、仁人も自分の髪とか色々遊んどったから、俺の事なんてどうでも良かったんやろ!」
「……褒めたじゃん、ちゃんと」
仁人は小さく眉を寄せるとコーヒーカップを手に取り、並べられた写真に視線を落とす。その中の一枚に目が止まった。
勇人と太智と三人で撮った写真を拾い上げると、仁人の口から言葉が溢れる。
「、もう、五年も経つのか……」
「……」
「この時、旦那様の会社に内定が決まった勇ちゃんが、この屋敷に居たんだよ」
「そう……だったね……」
なまえの視線が足元に落ちる。太智は一瞬仁人を睨むが、思いに沈んでいる顔を見て、一度天井を仰いだ。
「〜〜〜!!こん時俺、佐野さんとめっちゃ距離近くなった気がしたし、三人で男同士バカやって、毎日楽しかったんだよ!」
「、バカ、やってたの?」
「うん!」
「三人で?」
「そう!吉田さんも!ねぇ!?」
「、まぁ……それなりに」
顔を上げた仁人は、二人と目が合うとすぐに逸らした。
僅かに頬が赤くなるのを見て、太智はやっと肩の力を下ろす。なまえと顔を見合わせて、いつもの屈託のない笑みを浮かべた。
◆ ◆
「なぁ、太智ちょっといいか」
「んー?」
談話室に掃除機をかけていた太智に仁人は話しかけた。掃除機の電源を切って太智は振り返る。
「あの写真、あそこに置いたのお前か?」
「俺やないよ。ただ、この間、佐野さんがちょっとこっちに顔出した時、書斎使っとったけどね」
「、勇人の仕業か……」
ソファに深く身を沈めた仁人は、窓の外を眺める。シンボルツリーのハナミズキの葉が風に揺られていた。
「ちょっとは俺に感謝してよ。あのままだと、絶対変な空気になってたやん」
「それは、助かったけど」
「けど、じゃない。決めたやん。お嬢が戻ってくるって聞いた時」
「……」
射抜く様な太智の視線に、仁人は口を噤む。
「良いじゃん別に。今が楽しいんやし」
「本当にそう思ってるのか?」
「、思っとるよ……」
小さく息を吐くと、仁人は胸元のブローチを取り照明に翳した。角度を変える度に、爽やかなレモンイエローの宝石の輝きに深みが増す。
「ただの使用人に、直系の人間と同じ格のブローチを与えるなんて、あの人何考えてるんだろうな……」
「それは……お嬢が俺たちの事大切に思ってるからで」
「、六年近く放っておいたのに?」
「仁人!」
声を荒らげた太智は眉を寄せる。
「仁人がずっと待っとったのは俺だって分かっとるよ!でも、もう戻ってきたんやで!?小さい頃と何も変わらん笑顔でさ!」
「……執事服脱いで、髪も染めて、勇人とバカやって。そうでもしないと俺は、壊れそうだったけどな」
仁人は立ち上がると、丁寧にブローチを胸元に直す。そのまま仁人は、太智に背を向けたまま談話室を後にした。
一人残された太智は、更に眉間に皺を刻む。
「あー、もう!!」
絨毯を強く蹴ると、そのままソファにダイブした。クッションに顔を埋め、足をバタつかせる。
「、……」
落ち着いた太智はゆっくりと立ち上がり窓際に向かう。窓を開け、枠に手を置く。ライトアップされたローズガーデンが瞳に映る。
「俺だって……」
唇を尖らせ呟いた。視線が泳ぐ。柱時計の秒針が、妙に耳に残る。
太智は何度か首を振り、窓枠に腰を下ろした。開け放たれた窓から外を眺めると、柔らかな黒髪が夜風に靡く。
「——そんな所に座ってると危ないよ」
「、え?」
急に話しかけられ、太智の体が揺れた。
反射的に腕と腹筋に力が入る。
「……っと。びっくりしたぁ」
ほっと息をついた、その瞬間だった。
絨毯に足を取られたなまえが飛び込んでくる。
「え、ちょ、なまえ——」
思わず両手を広げた太智の身体は、そのまま後ろへ傾いた。
鈍い痛みと、胸にかかる重み。ふわりと漂う、シャンプーの香り。
太智はゆっくりと、目を開ける。
「……窓の外、土で良かったぁ」
「、ごめん……」
太智の顔の横に腕をつき、なまえが少しだけ上半身を起こす。その拍子に、髪が太智の頬をさらりと撫でた。
苦笑いを浮かべたなまえと目が合う。つられる様に、太智も眉を下げて笑った。
「なまえ、ちょっと良い?」
一度なまえを自身の胸に抱くと、膝を引き寄せ、脚を振るようにして反動をつけた。その勢いを借りて腹筋に力を込め、上半身を起こす。
「すっご」
「鍛えとるからね」
「、ふーん」
そう言うとなまえは太智の腹筋を指でなぞる。
「……っ」
思わず太智の肩が跳ねた。反射的に腹へ力が入り、身体まで強張る。
なまえは、シャツ越しに筋肉の硬さを確かめるように指を滑らせた。ドッと汗が噴き出た太智は慌てて立ち上がる。
「ほ、ほら」
太智は手を差し出し、なまえは重ねる。引き上げられたなまえは、そのまま太智の胸に飛び込んだ。
「太智も逞しくなったよね」
「まあ……じゃないとちゃんとなまえを守れないし」
わざとらしく太智は目を逸す。
一瞬だけ太智の広い背中を見つめたあと、何事もなかった様にその隣に並んだ。
「それに、」
そう言うと太智はなまえに向き直り、そのままひょいと肩に抱き上げた。
「え、ちょっと!」
「お転婆なお嬢さまを連れて帰るには、こうするしか無いからね」
足をばたつかせるなまえだが、太智は軽快に笑うだけで体幹は一つもブレない。
「こういう時はお姫様抱っこが相場じゃん!!」
「それだとなまえは逃げるでしょ!」
「逃げないよ!」
なまえはしばらく足をばたつかせていたが、やがて力を抜いた。太智の肩に身体を預け、そのまま揺られていく。
「……なまえは、仁人の事、どう思ってるの?」
「仁人の事?」
「うん」
太智の背中に手を付いて上半身を起こしたなまえは、少しだけ振り返る。けれど、太智の顔色が伺えない。
「、変わったなって、思うよ」
思わず太智の足が止まる。
「え?」
「だって、もう“なまえ”って呼んでくれないじゃん」
「……もうずっと“お嬢様”だもんね」
「なーんか一線引かれてるな、とは思うけど、まぁ、仕方ないよね」
なまえの乾いた笑いが辺りに響く。
「仁人は変な所で意地っ張りだから」
「意地、なのかねぇ……」
「一度決めたら考え変えないし」
「我も強いしね」
正面玄関に着くと、あ、と太智は短く言って立ち止まる。
「裸足のまま入ったら、なまえがいても吉田さんに怒られるか……」
「バ、バレなきゃ大丈夫だよ……」
なまえを降ろし、ドアノブに手をかける。けれど、ゆっくりと首を振った。
「……鍵掛かってる」
「だよね……」
二人は顔を見合せ、少し考えてから、そっとドアベルを鳴らした。
「——なにやってるんですか、こんな夜中に、パジャマ姿で」
「いやぁ……」
「太智、お前が着いててなにやってんだ」
「いやぁ……」
「……」
なまえの真似をした太智を、仁人は無言で叩いた。
「たっく……拭くもの持ってくるから待っててください」
溜息混じりに言って踵を返す。
その背中が二人の視界から消えた時、太智が少しだけ声を顰めてなまえに問いかけた。
「それで、なんでなまえは談話室に来たの?」
「太ちゃんを探してたからだよ」
「あ、俺!?」
驚く太智になまえは頷いた。
「太ちゃんはやっぱりヒーローだね」
「またそれ?」
太智の語尾が上擦る。
「昔からわたしが困ってると、しれっと顔出して、笑わせてくれて……」
「、そんな事もあったなぁ」
「本当にありがとう」
「……」
「太智が居なかったら、今もこんな風に笑えてなかったよ」
「そんなこと、ないよ」
照れた太智。なまえはゆっくりと首を振って、静かに見上げた。射抜く様なその視線に、太智は半歩後退る。
左手を厚い胸にそっと当て、軽くつま先で立つ。右手が太智の耳元を掠めた。
「、……」
静かに踵が下ろされた。
離れていく熱を太智はそっと目で追う。
「……落ち葉、付いてた」
ハナミズキの葉をひらひらとさせ、なまえは笑った。
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