Royal Milk Xxx
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お祭りの夜は、いつも少しだけ特別だった。
知らない街で過ごしたあの頃も、帰ってきた今も。
誰かと笑って、誰かと歩いて。
そんな夜が、好きだった。
「見て仁人!可愛くない!?」
「……帯周りはもう少し落ち着いた方が品が出ると思いますが」
「なんで!?今風で可愛いじゃん!」
なまえは鏡の前で赤い兵児帯をふわりと揺らし、何度も角度を変えては嬉しそうに笑っている。それに納得がいっていない仁人は眉を寄せた。
「兵児帯ふわふわで可愛いし、」
「可愛いと上品は別です。」
「今日は可愛いでいくの!」
仁人は鏡越しになまえと目を合わせた。流行りの着付けには最後まで首を縦には振れなかった。
赤い兵児帯に落ちた視線が、仁人の眉間に刻まれた皺を更に深くする。
「着付けてもらう前はレースとか若過ぎるかなって思ったけど、まだまだいけるね!」
「、その浴衣ならパールの帯締めよりも、こっちの三分紐の方が——」
「——うるさい、頑固頭!」
「あ?」
眉間に深い皺を作る仁人の脇をすり抜け、タクシーの配車アプリを開きながら玄関へと向かうなまえ。「ですからお嬢様!」と後ろでくどくどと煩い仁人の言葉を右から左へと流し、大きな姿見で最終確認をした。
鏡の自分と目を合わせ小さく笑う。それに合わせて赤い小花のピアスが揺れる。
「夜まで帰ってこないから先にご飯食べててね!」
「、行ってらっしゃいませ、お嬢様……」
仁人の言葉に振り返ることなく、なまえはタクシーに乗り込んだ。
ドアが閉まる音だけが、やけにはっきりと響いた。
◆ ◆
夏の終わりを告げるように、夕暮れは少しずつ早くなっている。それでも祭りの灯りがともる頃には、まだ夏の続きを許してくれるような暑さが残っていた。
人混みの中、なまえはスマホの画面と周囲を交互に見ていた。そんな時、ひやりと首筋に冷たさを感じる。
「ひゃっ!?」
「お待たせ!!」
ラムネを持った舜太が弾ける笑顔で立っていた。
「そんなの買う余裕があるなら時間厳守!」
「いやー、ほんまごめんて」
機嫌直して、と言いながら舜太はラムネを開ける。プシュっと弾ける音が落ち着いた頃、そっとそのラムネをなまえに差し出した。
「瓶のラムネなんて、めっちゃお祭りやんな!」
「、そうだね」
舜太の屈託のない笑顔に、尖らせていた口元がいつの間にか緩んでいた。
「にしても浴衣ほんまに似合っとるね!」
「ほんと!?」
「最初なまえだって気付かなかったくらいだもん。いつもお洒落で可愛いなぁって思うけど、浴衣姿はおねえさんって感じで、めっちゃキレイやな!」
「そこまで言われると照れるかも……」
「本当の事やから照れなくていいのに!それに、」
そう言いかけた舜太は、一度口を閉じた。
揺れる小花のピアス。
帯に重ねたふわふわの兵児帯。
サンダルから覗く赤いフットネイル。
一つずつ確かめるように視線を落として、それからふっと顔を上げた。
「、なに?」
「……俺の好きな赤色やから、なんか嬉しい!」
満面の笑みを浮かべ、舜太はなまえの手を取って歩き出す。
長い足を持て余すように、いつもよりずっと小さな歩幅。ちらりとなまえの足元を見て、また歩調を合わせる。
浴衣の裾が揺れるたび、繋いだ手も小さく揺れた。
頬の火照りを鎮める様にラムネを飲み、カランとビー玉が瓶の中で揺れる。
「夏ももう終わりやし、大きなお祭りじゃないから人もそんなに多くなくて歩きやすいな」
「そうだね。仕事で参加したお祭りは花火大会もセットだったから人が多くて暑苦しかったよ」
「前言ってた仕事?」
「そう!まだ研修中なんだけどね」
他愛のない会話をしながら屋台を見て回る。暗くなりはじめた空に提灯の灯りが良く映えた。
なまえの探すものは決まっているが、前回同様中々見当たらずキョロキョロと視線は定まらない。
「え、わッ!舜太見て!見つけた!」
「ん?あぁ、たません?」
「、たこせんだよ?前回のお祭りでも探したけど見つからなくて……今日は屋台出てて良かった!」
「そうやね」
子供の様にはしゃぐなまえを舜太は愛おしそうに見詰める。
「初めて行ったお祭り、思い出すなぁ」
「ねー!舜太に教えてもらって食べた時にこんな美味しいものがあるのか!って感動したもん!!」
「大袈裟やなぁ……でも、そんなに喜んでもらえたなら俺、嬉しい!」
久しぶりに食べる思い出の味。場所は違えどそれは変わらず、チープな味に少し笑ってしまう。
「あ、」
「ん?」
短く声を発した舜太になまえは彼を見つめ小首を傾げる。リスのように頬をふくらませているなまえの口元を舜太は指差す。
「……ソース付いてる」
舜太の親指が、口元に触れた。
「……、」
拭った指先を、舜太は何でもないことのように自分の口元へ運ぶ。
「……ん」
そのままTシャツの裾で指を拭った。
なまえの視線が、ほんの一瞬だけそのぽってりとした唇に止まる。
「……なまえ?」
「……」
「どうしたん?」
「……どうもしてない……リップ、落ちてないかなって」
「大丈夫、落ちてないよ」
舜太は笑って、また歩き出した。
なまえもゆっくりと瞬きをして、その隣に並んだ。
「ねぇ、かき氷食べよう!今の屋台でもふわふわなんだよ!」
「ラムネも飲み終わったし、いいな!なまえは何味にする?」
「今日はイチゴにしようかな?」
「今日“は”?」
「あー……弟 がブルーハワイ好きだったから」
「あの弟さんかぁ」
「、多分そっちじゃない方かも」
小さく笑ったなまえは言葉を続ける。
「まだ自由にお祭りへ行けなかった頃、家の庭でそれっぽい事を親にやってもらってて。その時の太智のブームで、みんなで同じもの食べたがってね」
「そういうの、なんかええなぁ」
「でも今日はイチゴにする!」
「そっか!でもシロップって、色が違うだけで味は一緒なんやよ」
「え、ほんと!?」
「うん。ここのはフルーツ削ってるから味も変わるけどね」
はい、と渡されたカップをなまえは満面の笑顔で受け取る。一口食べた瞬間、ぱっと顔が綻ぶ。
「……おいしい!」
その笑顔に、舜太も小さく笑った。
かき氷を片手に再び人の流れへ戻り、なまえのスプーンが、ふわふわの氷をそっと掬っていく。
「あ、金魚すくいある!」
舜太の声になまえが顔を上げる。
提灯の明かりを映した水槽の中で、赤や黒の金魚がひらひらと尾を揺らしていた。
「やろう!金魚すくい!!」
「良いけど、かき氷食べてからにしなね」
なまえは笑いながら頷く。
ポイを片手にいつにも増して真剣な表情をする舜太の隣で、なまえはゆっくりと味わう様にかき氷を食べ進めた。
水面すれすれを泳ぐ金魚を、舜太はポイで追う。
一度目は逃げられてしまった。
「舜太、頑張って」
なまえもいつの間にか手を止めている。
「——いけ!」
半分破れたポイが、水槽で一番の大物を掬い上げた。
「すごい子が取れたね!」
「うん!だってこれ、一番なまえっぽかったから!!」
「え?あ、確かに背鰭が今日の帯っぽいね」
「だから今日の思い出で、なまえにあげる!」
「いいの?」
「その為に取ったんやもん!」
金魚袋を受け取るとなまえは目線まで持ち上げる。大きな目には揺れる水面と長い尾鰭が反射していた。
夜風に揺れる兵児帯と、水の中をゆらゆらと泳ぐ金魚に舜太は「やっぱり似てる」と小さく漏らす。
「、なに?」
「キレイやね」
「そうだね。ありがとう、舜太」
「……どういたしまして」
舜太は照れたように笑って、なまえから視線を外した。
「、こっちに来ても、またこうやってなまえと一緒にお祭りに行けるの嬉しいよ」
なまえは少しだけ目を丸くする。
「わたしも今日舜太とお祭り来れて楽しいよ!」
「……ほな、また来年も一緒に楽しもな!」
舜太は笑うとなまえの手を取ってゆっくりと歩き出した。
◆ ◆
「え、なんでそんな所で本読んでるの?」
「あまりにもお嬢様のご帰宅が遅かったので」
わざわざ玄関に椅子を持ってきてなまえの帰りを待ち構えていた仁人は、本から視線を上げ低い声で言った。
「で、その金魚、どうするんですか?」
「、飼う」
「誰が世話をすると思って——」
「——あ!お嬢お帰、り……」
ドアの音で飛んできた太智は珍しく落ち着いたトーンでなまえを迎え入れる。
「……その浴衣どうしたん?」
「俺が着付けた。浴衣の事はもうどうでもいい、その金魚は——」
「——良くないって!え!?仁ちゃんが着付けしたん!?ほんま吉田さんスケベやな!」
「煩い!第一これは俺の好みじゃない!」
「ええって、隠さんでも!でもこんな真っ赤なん、なまえにしては珍しいな!後ろ姿がほんま金魚そっくりやん!」
なまえから金魚を受け取った太智は彼女と見比べて言う。
「だからその金魚!お嬢様が取れるわけないですよね?」
「……えっと、まぁ……はい……」
「え?あぁ!えぇ!?誰と祭り行ってきたん!!?」
この状況をやっと理解した太智が大声で反応した。その声の大きさに更に眉を寄せた仁人も、なまえが名前を言うまで逃さない、といった表情をしている。
「……舜太と」
「……」
「……」
「べ、べつに友達とお祭り行くくらいわたしの勝手でしょ!?」
バツの悪そうな顔を浮かべたなまえはそのまま二人の横を通り過ぎ自室へ向かった。閉めた扉に背を預けたまま小さく息を吐いた。
その時、ふと姿見に映った自分が目に入る。鏡の前まで歩き、くるりと身体を回した。
「……全然、苦しくなかったな」
朝、仁人に着付けてもらった浴衣は、まだほとんど崩れていない。
帯も、襟元も、歩き回ったわりには綺麗なままだった。
「仁人、ちゃんと考えてくれてたんだ」
指先で帯を撫でる。
さっきの二人の固まった顔を思い出し、なまえは困ったように眉を下げた。
「絶対舜太と仲良くなれるのに……」
一つ一つ装飾を外しながら呟くなまえの言葉は誰に届く訳もなく床に落ちた。
肌着だけになったなまえはそのまま風呂場に向かう。温められた浴室と準備された着替えに苦笑いを浮かべた。
◆ ◆
風呂から出て自室に戻ると壁際のキャビネットに金魚鉢が置かれているのが目に入った。袋に入ったままの金魚の姿になまえは小首を傾げる。すると控えめに扉がノックされ、太智の声がした。
「どうしたの?」
「吉田さんが三十分はそのままにしておけって言ってたよ」
「え、危なっ!出しちゃうところだったよ……」
鉢を覗き込みながらなまえは言った。
太智も後ろにやって来て、同じ様に金魚鉢を覗き込む。狭い袋の中でも優雅に背鰭を靡かせる姿を見て、少しだけ唇を噛んだ。
「ねぇ、」
太智の指先が、金魚鉢の縁をなぞるように滑った。
その指先をなまえは目で追う。
「ん?」
「……来年は俺とも行こ」
普段の明るい声とは違い、落ち着いた太智の声が部屋に響く。
「、え?」
咄嗟になまえは振り返った。
「今年は仕事やったからさ。来年はちゃんと遊びに行こうや」
「そう、だね……」
「仁人と俺となまえと三人で、浴衣着てお祭り行こうや……」
「……うん」
なまえは少しだけ目を伏せて、もう一度金魚鉢の中を覗き込む。
「来年は、ちゃんと遊ぼう」
「……ほんま?」
「うん。今度は仕事じゃなくて、太ちゃんと仁人と三人で」
揺れる尾鰭を目に焼き付けてから、なまえは太智へと視線を移した。
太智は一瞬だけ黙ったあと、いつもの様に笑った。
「ほな、約束な!」
小指を立てる太智になまえも指を絡める。
「うん、約束」
水面に映った赤い尾鰭が、ゆらりと揺れる。
金魚は何事もなかったように、静かな水の中を泳いでいた。
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知らない街で過ごしたあの頃も、帰ってきた今も。
誰かと笑って、誰かと歩いて。
そんな夜が、好きだった。
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「見て仁人!可愛くない!?」
「……帯周りはもう少し落ち着いた方が品が出ると思いますが」
「なんで!?今風で可愛いじゃん!」
なまえは鏡の前で赤い兵児帯をふわりと揺らし、何度も角度を変えては嬉しそうに笑っている。それに納得がいっていない仁人は眉を寄せた。
「兵児帯ふわふわで可愛いし、」
「可愛いと上品は別です。」
「今日は可愛いでいくの!」
仁人は鏡越しになまえと目を合わせた。流行りの着付けには最後まで首を縦には振れなかった。
赤い兵児帯に落ちた視線が、仁人の眉間に刻まれた皺を更に深くする。
「着付けてもらう前はレースとか若過ぎるかなって思ったけど、まだまだいけるね!」
「、その浴衣ならパールの帯締めよりも、こっちの三分紐の方が——」
「——うるさい、頑固頭!」
「あ?」
眉間に深い皺を作る仁人の脇をすり抜け、タクシーの配車アプリを開きながら玄関へと向かうなまえ。「ですからお嬢様!」と後ろでくどくどと煩い仁人の言葉を右から左へと流し、大きな姿見で最終確認をした。
鏡の自分と目を合わせ小さく笑う。それに合わせて赤い小花のピアスが揺れる。
「夜まで帰ってこないから先にご飯食べててね!」
「、行ってらっしゃいませ、お嬢様……」
仁人の言葉に振り返ることなく、なまえはタクシーに乗り込んだ。
ドアが閉まる音だけが、やけにはっきりと響いた。
◆ ◆
夏の終わりを告げるように、夕暮れは少しずつ早くなっている。それでも祭りの灯りがともる頃には、まだ夏の続きを許してくれるような暑さが残っていた。
人混みの中、なまえはスマホの画面と周囲を交互に見ていた。そんな時、ひやりと首筋に冷たさを感じる。
「ひゃっ!?」
「お待たせ!!」
ラムネを持った舜太が弾ける笑顔で立っていた。
「そんなの買う余裕があるなら時間厳守!」
「いやー、ほんまごめんて」
機嫌直して、と言いながら舜太はラムネを開ける。プシュっと弾ける音が落ち着いた頃、そっとそのラムネをなまえに差し出した。
「瓶のラムネなんて、めっちゃお祭りやんな!」
「、そうだね」
舜太の屈託のない笑顔に、尖らせていた口元がいつの間にか緩んでいた。
「にしても浴衣ほんまに似合っとるね!」
「ほんと!?」
「最初なまえだって気付かなかったくらいだもん。いつもお洒落で可愛いなぁって思うけど、浴衣姿はおねえさんって感じで、めっちゃキレイやな!」
「そこまで言われると照れるかも……」
「本当の事やから照れなくていいのに!それに、」
そう言いかけた舜太は、一度口を閉じた。
揺れる小花のピアス。
帯に重ねたふわふわの兵児帯。
サンダルから覗く赤いフットネイル。
一つずつ確かめるように視線を落として、それからふっと顔を上げた。
「、なに?」
「……俺の好きな赤色やから、なんか嬉しい!」
満面の笑みを浮かべ、舜太はなまえの手を取って歩き出す。
長い足を持て余すように、いつもよりずっと小さな歩幅。ちらりとなまえの足元を見て、また歩調を合わせる。
浴衣の裾が揺れるたび、繋いだ手も小さく揺れた。
頬の火照りを鎮める様にラムネを飲み、カランとビー玉が瓶の中で揺れる。
「夏ももう終わりやし、大きなお祭りじゃないから人もそんなに多くなくて歩きやすいな」
「そうだね。仕事で参加したお祭りは花火大会もセットだったから人が多くて暑苦しかったよ」
「前言ってた仕事?」
「そう!まだ研修中なんだけどね」
他愛のない会話をしながら屋台を見て回る。暗くなりはじめた空に提灯の灯りが良く映えた。
なまえの探すものは決まっているが、前回同様中々見当たらずキョロキョロと視線は定まらない。
「え、わッ!舜太見て!見つけた!」
「ん?あぁ、たません?」
「、たこせんだよ?前回のお祭りでも探したけど見つからなくて……今日は屋台出てて良かった!」
「そうやね」
子供の様にはしゃぐなまえを舜太は愛おしそうに見詰める。
「初めて行ったお祭り、思い出すなぁ」
「ねー!舜太に教えてもらって食べた時にこんな美味しいものがあるのか!って感動したもん!!」
「大袈裟やなぁ……でも、そんなに喜んでもらえたなら俺、嬉しい!」
久しぶりに食べる思い出の味。場所は違えどそれは変わらず、チープな味に少し笑ってしまう。
「あ、」
「ん?」
短く声を発した舜太になまえは彼を見つめ小首を傾げる。リスのように頬をふくらませているなまえの口元を舜太は指差す。
「……ソース付いてる」
舜太の親指が、口元に触れた。
「……、」
拭った指先を、舜太は何でもないことのように自分の口元へ運ぶ。
「……ん」
そのままTシャツの裾で指を拭った。
なまえの視線が、ほんの一瞬だけそのぽってりとした唇に止まる。
「……なまえ?」
「……」
「どうしたん?」
「……どうもしてない……リップ、落ちてないかなって」
「大丈夫、落ちてないよ」
舜太は笑って、また歩き出した。
なまえもゆっくりと瞬きをして、その隣に並んだ。
「ねぇ、かき氷食べよう!今の屋台でもふわふわなんだよ!」
「ラムネも飲み終わったし、いいな!なまえは何味にする?」
「今日はイチゴにしようかな?」
「今日“は”?」
「あー……
「あの弟さんかぁ」
「、多分そっちじゃない方かも」
小さく笑ったなまえは言葉を続ける。
「まだ自由にお祭りへ行けなかった頃、家の庭でそれっぽい事を親にやってもらってて。その時の太智のブームで、みんなで同じもの食べたがってね」
「そういうの、なんかええなぁ」
「でも今日はイチゴにする!」
「そっか!でもシロップって、色が違うだけで味は一緒なんやよ」
「え、ほんと!?」
「うん。ここのはフルーツ削ってるから味も変わるけどね」
はい、と渡されたカップをなまえは満面の笑顔で受け取る。一口食べた瞬間、ぱっと顔が綻ぶ。
「……おいしい!」
その笑顔に、舜太も小さく笑った。
かき氷を片手に再び人の流れへ戻り、なまえのスプーンが、ふわふわの氷をそっと掬っていく。
「あ、金魚すくいある!」
舜太の声になまえが顔を上げる。
提灯の明かりを映した水槽の中で、赤や黒の金魚がひらひらと尾を揺らしていた。
「やろう!金魚すくい!!」
「良いけど、かき氷食べてからにしなね」
なまえは笑いながら頷く。
ポイを片手にいつにも増して真剣な表情をする舜太の隣で、なまえはゆっくりと味わう様にかき氷を食べ進めた。
水面すれすれを泳ぐ金魚を、舜太はポイで追う。
一度目は逃げられてしまった。
「舜太、頑張って」
なまえもいつの間にか手を止めている。
「——いけ!」
半分破れたポイが、水槽で一番の大物を掬い上げた。
「すごい子が取れたね!」
「うん!だってこれ、一番なまえっぽかったから!!」
「え?あ、確かに背鰭が今日の帯っぽいね」
「だから今日の思い出で、なまえにあげる!」
「いいの?」
「その為に取ったんやもん!」
金魚袋を受け取るとなまえは目線まで持ち上げる。大きな目には揺れる水面と長い尾鰭が反射していた。
夜風に揺れる兵児帯と、水の中をゆらゆらと泳ぐ金魚に舜太は「やっぱり似てる」と小さく漏らす。
「、なに?」
「キレイやね」
「そうだね。ありがとう、舜太」
「……どういたしまして」
舜太は照れたように笑って、なまえから視線を外した。
「、こっちに来ても、またこうやってなまえと一緒にお祭りに行けるの嬉しいよ」
なまえは少しだけ目を丸くする。
「わたしも今日舜太とお祭り来れて楽しいよ!」
「……ほな、また来年も一緒に楽しもな!」
舜太は笑うとなまえの手を取ってゆっくりと歩き出した。
◆ ◆
「え、なんでそんな所で本読んでるの?」
「あまりにもお嬢様のご帰宅が遅かったので」
わざわざ玄関に椅子を持ってきてなまえの帰りを待ち構えていた仁人は、本から視線を上げ低い声で言った。
「で、その金魚、どうするんですか?」
「、飼う」
「誰が世話をすると思って——」
「——あ!お嬢お帰、り……」
ドアの音で飛んできた太智は珍しく落ち着いたトーンでなまえを迎え入れる。
「……その浴衣どうしたん?」
「俺が着付けた。浴衣の事はもうどうでもいい、その金魚は——」
「——良くないって!え!?仁ちゃんが着付けしたん!?ほんま吉田さんスケベやな!」
「煩い!第一これは俺の好みじゃない!」
「ええって、隠さんでも!でもこんな真っ赤なん、なまえにしては珍しいな!後ろ姿がほんま金魚そっくりやん!」
なまえから金魚を受け取った太智は彼女と見比べて言う。
「だからその金魚!お嬢様が取れるわけないですよね?」
「……えっと、まぁ……はい……」
「え?あぁ!えぇ!?誰と祭り行ってきたん!!?」
この状況をやっと理解した太智が大声で反応した。その声の大きさに更に眉を寄せた仁人も、なまえが名前を言うまで逃さない、といった表情をしている。
「……舜太と」
「……」
「……」
「べ、べつに友達とお祭り行くくらいわたしの勝手でしょ!?」
バツの悪そうな顔を浮かべたなまえはそのまま二人の横を通り過ぎ自室へ向かった。閉めた扉に背を預けたまま小さく息を吐いた。
その時、ふと姿見に映った自分が目に入る。鏡の前まで歩き、くるりと身体を回した。
「……全然、苦しくなかったな」
朝、仁人に着付けてもらった浴衣は、まだほとんど崩れていない。
帯も、襟元も、歩き回ったわりには綺麗なままだった。
「仁人、ちゃんと考えてくれてたんだ」
指先で帯を撫でる。
さっきの二人の固まった顔を思い出し、なまえは困ったように眉を下げた。
「絶対舜太と仲良くなれるのに……」
一つ一つ装飾を外しながら呟くなまえの言葉は誰に届く訳もなく床に落ちた。
肌着だけになったなまえはそのまま風呂場に向かう。温められた浴室と準備された着替えに苦笑いを浮かべた。
◆ ◆
風呂から出て自室に戻ると壁際のキャビネットに金魚鉢が置かれているのが目に入った。袋に入ったままの金魚の姿になまえは小首を傾げる。すると控えめに扉がノックされ、太智の声がした。
「どうしたの?」
「吉田さんが三十分はそのままにしておけって言ってたよ」
「え、危なっ!出しちゃうところだったよ……」
鉢を覗き込みながらなまえは言った。
太智も後ろにやって来て、同じ様に金魚鉢を覗き込む。狭い袋の中でも優雅に背鰭を靡かせる姿を見て、少しだけ唇を噛んだ。
「ねぇ、」
太智の指先が、金魚鉢の縁をなぞるように滑った。
その指先をなまえは目で追う。
「ん?」
「……来年は俺とも行こ」
普段の明るい声とは違い、落ち着いた太智の声が部屋に響く。
「、え?」
咄嗟になまえは振り返った。
「今年は仕事やったからさ。来年はちゃんと遊びに行こうや」
「そう、だね……」
「仁人と俺となまえと三人で、浴衣着てお祭り行こうや……」
「……うん」
なまえは少しだけ目を伏せて、もう一度金魚鉢の中を覗き込む。
「来年は、ちゃんと遊ぼう」
「……ほんま?」
「うん。今度は仕事じゃなくて、太ちゃんと仁人と三人で」
揺れる尾鰭を目に焼き付けてから、なまえは太智へと視線を移した。
太智は一瞬だけ黙ったあと、いつもの様に笑った。
「ほな、約束な!」
小指を立てる太智になまえも指を絡める。
「うん、約束」
水面に映った赤い尾鰭が、ゆらりと揺れる。
金魚は何事もなかったように、静かな水の中を泳いでいた。
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