Royal Milk Xxx
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広い天井、煌びやかなシャンデリア、優雅なヴァイオリンとピアノの生演奏。
毛足の長い絨毯の上を歩く度、重たいドレスが足枷の様に感じる。
視線が刺さる、気がする。
誰も直接見ていないはずなのに、どこにいても“見られている”この感覚が大嫌いだ。
わたしはまた、ここに戻ってきてしまった。
軽やかな音楽とは裏腹に、この空間だけはいつまで経っても慣れない。
「何だこの異世界転生したみたいなパーティは……中世ヨーロッパ時代じゃあるまいし、今どきこんなパーティまだあったんだ」
「国際晩餐会ですね」
「見てお嬢!仁ちゃん!なんだっけ、ほら、あそこに海外の俳優もおんで!」
「そうだねー、なんなら最近まで仁人が教えてくれた、ギョーカイのオエライさんもたくさんいるよ……」
もう何度目になるかわからない溜息を吐きながらなまえは天井を仰いだ。そうするとコルセットできつく締められた胃にも少し余裕ができた。そこに手に持ったままお飾りになってしまったシャンパンを一口流し込む。
「、ぬるい……」
「新しいのを頼みましょうか?」
「んー、いらないや。それより仁人と太智は何かいる?」
「じゃあ俺は――」
「――私たちは執事ですのでお気になさらず」
太智を軽く制した仁人は顔色一つ変えずに答える。つれない執事たち。仁人も、太智の様に軽く頬を膨らませる愛嬌を少しでも持ち合わせていれば可愛いものを、と再度溜息を吐いた時、正面にいた男性と目が合う。「マズい」そう思った時にはもう遅く、男性は社交的な笑みを浮かべながらこちらに近づいて来た。
「よろしければ、一曲ご一緒していただけますか?」
「うっ……」
なまえが声を漏らしたと同時に、男性となまえの間に仁人が割って入った。
「申し訳ございません、こちらは先約がございますので」
「おや?先ほどから見ていましたが、そのような方はいらっしゃらないように見えましたが?」
「、失礼ですが、見えていないものを断定されるのは少々危ういかと存じ上げ――」
「――悪いなまえ!ちょっと向こうで捕まってた」
「げ、勇斗っ!」
勇斗と呼ばれた青年は男性に笑顔を向けるとこう続けた。
「ど〜も、先約です!」
ご丁寧にピースサイン付きだ。
勇斗の登場でバツの悪そうな表情を浮かべた男性は小さな声で何かを吐き捨てながら踵を返したが、なまえたちの耳に届くことはなかった。
「急ごしらえのわりには良いドレスだな、似合ってるぞ」
「勇斗こそ、随分と隙のないタキシードに、ピンクのチーフがよくお似合いで」
なまえは目を合わせることなく、興味がないようにさらりと言った。
「勇ちゃん遅いやん!もうちょいでなまえが苦手なダンス踊らされるとこやったやん!」
「おい、太智言葉遣い!」
「いいよ仁人、今更気にしてないから」
「俺も。つーか、せっかく良いドレス仕立てたんだから踊ろうぜ、仁人に教わったんだろ?」
言うが早いか、勇斗はなまえの手を取り中央のダンススペースへ向かう。いきなりのことで体勢を崩したなまえだが、それさえも勇斗はダンスの一部に組み込んで軽快なステップを刻む。
「初歩的なのは体が覚えてるだろ?」
「で、でも……!」
「下向くな、顔上げて俺に体預けとけ」
勇斗が一歩踏み出すと同時に、手の圧が次の動きを示した。なまえは遅れて理解するのではなく、体が自然とそのリズムに刻まれていく。幼い頃に叩き込まれた拙いステップでさえ、勇斗に身を任せているだけで絵になるダンスの形を成していた。
音楽の終盤に向かって、勇斗の動きは緩やかに収束していく。最後の旋律が終わる時、二人の動きは止まった。
拍手が鳴り響く中、不安げな表情で勇斗を見たなまえは、息を整える為に一拍置いてから口を開く。
「近いんだけど」
「まあ俺、お前の許婚だし」
屈託のない笑顔に眩しさと少々の苛立ちを覚えたなまえは勇斗の胸を強く押し、その腕の中から抜け出す。なまえが離れた途端に、周りにいた人間が勇斗を囲んだ。
「おいなまえ!」
彼の言葉を背中で受け流し、ドレスの裾を持ち上げ足早に会場を後にした。逃げるようなその背中に今度は執事たちの言葉が刺さる。
「お嬢様ー、そんなにバタバタ と走ってますと転びますよー」
「そやでー!危ないし下品やでー!」
「〜〜〜!あんた達さ!わたしの執事なんだから、もうちょっとなんかないの!?」
「『なんか』とは、具体的に言われませんとこちらも対応いたしかねます」
「でもさっきのダンス、良かったやん!あれやったら勇ちゃんの前に声かけてくれた人とでも普通に踊れたんちゃう?」
「何言ってんだお前」
太智を一瞥した仁人は手早くなまえの乱れたドレスを整える。はらりと落ちた後れ毛も耳に掛け直し、満足げに笑った。後ろで興味なさげに指先へと視線を落とした太智はついでに時間を確認する。そろそろお開きの時間だ。自分も早く帰りたい、帰ってなにをしようか、食事か風呂か。それとも仁人とミーティングか。小さく欠伸を飲み込んだ時、コツコツと踵を鳴らす音が響いた。
「相変わらず逃げ足早いし、こういうの苦手だよななまえは」
「……ファンサはもう終わったの?」
「当たり前だろ!?俺を誰だと思ってるんだよ」
自信のある表情を浮かべる勇斗はみょうじグループでも将来を嘱望される若手であり、その立ち回りの良さから社内でも一目置かれている。
――そして、なまえの許婚でもある。
母を喪ったまだ幼さの残る頃、親族の手によって結ばれた関係。
歳が近いこと、家柄が釣り合うこと、そして彼が優秀であったこと。
条件だけで決められた関係に、意思はなかった。
それでも勇斗は、その枠組みのように受け入れ、淡々と人生を楽しんでいた。
「――なぁ、勇ちゃんも用事済んだんならもう帰ろうや!俺もう疲れたわ!な、なまえ、仁ちゃん!」
「だからお前、言葉遣い」
「ええやん、吉田さんちょっと厳しない!?」
明るい太智の声が廊下に響く。
「ほらお嬢、帰るで!早よ出んと駐車場混むやろ。なんやったら俺、車こっちに持ってくるよう伝えてくるわ!」
颯爽と駆け出す後ろ姿に仁人は眉を顰める。「ほな吉田さん、あとはよろしくなー!」と、言った太智の姿はもう見えなくなっていた。スマホを使えば、と思った仁人だが、人力でも問題ないかと小さく息を吐く。
「ではお嬢様、エントランスへ参りましょう。塩崎のあの様子ですとすぐに来るでしょうし」
仁人は言葉のまま、なまえの手を取った。
その動作はあくまで自然で、無駄がない。
ただ、わずかに──
それは必要以上に正確だった。
勇斗が歩み寄る余地は、最初から設計されていない。
「やってんな、仁人のやつ」
二人の後ろ姿が遠ざかっていくのを、勇斗は静かに見送った。
毛足の長い絨毯の上を歩く度、重たいドレスが足枷の様に感じる。
視線が刺さる、気がする。
誰も直接見ていないはずなのに、どこにいても“見られている”この感覚が大嫌いだ。
わたしはまた、ここに戻ってきてしまった。
軽やかな音楽とは裏腹に、この空間だけはいつまで経っても慣れない。
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「何だこの異世界転生したみたいなパーティは……中世ヨーロッパ時代じゃあるまいし、今どきこんなパーティまだあったんだ」
「国際晩餐会ですね」
「見てお嬢!仁ちゃん!なんだっけ、ほら、あそこに海外の俳優もおんで!」
「そうだねー、なんなら最近まで仁人が教えてくれた、ギョーカイのオエライさんもたくさんいるよ……」
もう何度目になるかわからない溜息を吐きながらなまえは天井を仰いだ。そうするとコルセットできつく締められた胃にも少し余裕ができた。そこに手に持ったままお飾りになってしまったシャンパンを一口流し込む。
「、ぬるい……」
「新しいのを頼みましょうか?」
「んー、いらないや。それより仁人と太智は何かいる?」
「じゃあ俺は――」
「――私たちは執事ですのでお気になさらず」
太智を軽く制した仁人は顔色一つ変えずに答える。つれない執事たち。仁人も、太智の様に軽く頬を膨らませる愛嬌を少しでも持ち合わせていれば可愛いものを、と再度溜息を吐いた時、正面にいた男性と目が合う。「マズい」そう思った時にはもう遅く、男性は社交的な笑みを浮かべながらこちらに近づいて来た。
「よろしければ、一曲ご一緒していただけますか?」
「うっ……」
なまえが声を漏らしたと同時に、男性となまえの間に仁人が割って入った。
「申し訳ございません、こちらは先約がございますので」
「おや?先ほどから見ていましたが、そのような方はいらっしゃらないように見えましたが?」
「、失礼ですが、見えていないものを断定されるのは少々危ういかと存じ上げ――」
「――悪いなまえ!ちょっと向こうで捕まってた」
「げ、勇斗っ!」
勇斗と呼ばれた青年は男性に笑顔を向けるとこう続けた。
「ど〜も、先約です!」
ご丁寧にピースサイン付きだ。
勇斗の登場でバツの悪そうな表情を浮かべた男性は小さな声で何かを吐き捨てながら踵を返したが、なまえたちの耳に届くことはなかった。
「急ごしらえのわりには良いドレスだな、似合ってるぞ」
「勇斗こそ、随分と隙のないタキシードに、ピンクのチーフがよくお似合いで」
なまえは目を合わせることなく、興味がないようにさらりと言った。
「勇ちゃん遅いやん!もうちょいでなまえが苦手なダンス踊らされるとこやったやん!」
「おい、太智言葉遣い!」
「いいよ仁人、今更気にしてないから」
「俺も。つーか、せっかく良いドレス仕立てたんだから踊ろうぜ、仁人に教わったんだろ?」
言うが早いか、勇斗はなまえの手を取り中央のダンススペースへ向かう。いきなりのことで体勢を崩したなまえだが、それさえも勇斗はダンスの一部に組み込んで軽快なステップを刻む。
「初歩的なのは体が覚えてるだろ?」
「で、でも……!」
「下向くな、顔上げて俺に体預けとけ」
勇斗が一歩踏み出すと同時に、手の圧が次の動きを示した。なまえは遅れて理解するのではなく、体が自然とそのリズムに刻まれていく。幼い頃に叩き込まれた拙いステップでさえ、勇斗に身を任せているだけで絵になるダンスの形を成していた。
音楽の終盤に向かって、勇斗の動きは緩やかに収束していく。最後の旋律が終わる時、二人の動きは止まった。
拍手が鳴り響く中、不安げな表情で勇斗を見たなまえは、息を整える為に一拍置いてから口を開く。
「近いんだけど」
「まあ俺、お前の許婚だし」
屈託のない笑顔に眩しさと少々の苛立ちを覚えたなまえは勇斗の胸を強く押し、その腕の中から抜け出す。なまえが離れた途端に、周りにいた人間が勇斗を囲んだ。
「おいなまえ!」
彼の言葉を背中で受け流し、ドレスの裾を持ち上げ足早に会場を後にした。逃げるようなその背中に今度は執事たちの言葉が刺さる。
「お嬢様ー、そんなにバタバタ と走ってますと転びますよー」
「そやでー!危ないし下品やでー!」
「〜〜〜!あんた達さ!わたしの執事なんだから、もうちょっとなんかないの!?」
「『なんか』とは、具体的に言われませんとこちらも対応いたしかねます」
「でもさっきのダンス、良かったやん!あれやったら勇ちゃんの前に声かけてくれた人とでも普通に踊れたんちゃう?」
「何言ってんだお前」
太智を一瞥した仁人は手早くなまえの乱れたドレスを整える。はらりと落ちた後れ毛も耳に掛け直し、満足げに笑った。後ろで興味なさげに指先へと視線を落とした太智はついでに時間を確認する。そろそろお開きの時間だ。自分も早く帰りたい、帰ってなにをしようか、食事か風呂か。それとも仁人とミーティングか。小さく欠伸を飲み込んだ時、コツコツと踵を鳴らす音が響いた。
「相変わらず逃げ足早いし、こういうの苦手だよななまえは」
「……ファンサはもう終わったの?」
「当たり前だろ!?俺を誰だと思ってるんだよ」
自信のある表情を浮かべる勇斗はみょうじグループでも将来を嘱望される若手であり、その立ち回りの良さから社内でも一目置かれている。
――そして、なまえの許婚でもある。
母を喪ったまだ幼さの残る頃、親族の手によって結ばれた関係。
歳が近いこと、家柄が釣り合うこと、そして彼が優秀であったこと。
条件だけで決められた関係に、意思はなかった。
それでも勇斗は、その枠組みのように受け入れ、淡々と人生を楽しんでいた。
「――なぁ、勇ちゃんも用事済んだんならもう帰ろうや!俺もう疲れたわ!な、なまえ、仁ちゃん!」
「だからお前、言葉遣い」
「ええやん、吉田さんちょっと厳しない!?」
明るい太智の声が廊下に響く。
「ほらお嬢、帰るで!早よ出んと駐車場混むやろ。なんやったら俺、車こっちに持ってくるよう伝えてくるわ!」
颯爽と駆け出す後ろ姿に仁人は眉を顰める。「ほな吉田さん、あとはよろしくなー!」と、言った太智の姿はもう見えなくなっていた。スマホを使えば、と思った仁人だが、人力でも問題ないかと小さく息を吐く。
「ではお嬢様、エントランスへ参りましょう。塩崎のあの様子ですとすぐに来るでしょうし」
仁人は言葉のまま、なまえの手を取った。
その動作はあくまで自然で、無駄がない。
ただ、わずかに──
それは必要以上に正確だった。
勇斗が歩み寄る余地は、最初から設計されていない。
「やってんな、仁人のやつ」
二人の後ろ姿が遠ざかっていくのを、勇斗は静かに見送った。
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