13:マガイモノ
ヒロイン
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仮眠室は鍵が開いていた。中にいるのだろうか。レノは一度大きく息を吸ってゆっくりそれを吐き出してから扉を何度かノックした。しかし、音が虚しく響くだけで何の反応もなかった。
「…ヒロイン、少し話させてくれよ」
部屋の外から声を掛けてみたものの、やはり返事はなかった。居留守を使っているのか、それともここにはいないのか。仮眠室とはいえ、女性の部屋に許可なく入るのは躊躇われ、レノは廊下の壁にもたれかかった。
ヒロインを傷つけた。
その事実がレノを苦しめる。今は記憶がないとはいえ、ヒロインはあの男に散々心も身体も傷つけられてきた。それを知っていたからこそ、もうヒロインが傷つかないように守りたいと思っていたはずだった。なのに自分がヒロインにしたことと言えば、一人にして消えない傷を負わせ、彼女に作り笑いをさせるぐらい深く傷つけただけだ。守るなんて程遠い。結果だけみれば、あの男と同じだ。
そして、彼女は言った。自分は『まがい物』だと。
そう言わせたのは自分のせいだ。ヒロインはヒロインだと思っていても、今のヒロインの向こうにレノが求めてやまない『ヒロイン』を見ていたのもまた事実。他人の機微を読み取ることに長けたヒロインならば、それに気づいていてもおかしくはない。
言葉をいくら重ねたとしても、ヒロインにはそれが空虚に聞こえるかもしれない。それでも、レノは自分の言葉で今の思いをどうしてもヒロインに伝えたかった。
「何しに来たの?」
諦めて帰ろうとしたとき、部屋の中からではなく通路の向こうから声がした。声のした方に顔を向けると、スウェットを来たヒロインが立っていた。風呂上がりなのか、いつもより顔に赤みが差している。しかし、その顔に笑顔はない。臨戦態勢に似たその隙のない立ち姿は、コスタ・デル・ソルに船で向かったときのヒロインを思わせた。
一気に離れてしまった心の距離が、レノから言葉を奪った。
「…私に構う暇があるなら、身体休めたら?私たちは休むのも仕事のうちなんだから」
それは先輩が後輩を心配しているフリ。声音こそ優しいが、ヒロインの本音はそこにはない。レノと距離を取りたいだけだ。
「ほら、わかったならさっさと帰りなさい」
ヒロインが目の前を通り過ぎ、ドアノブに手を掛けた。
今ここで何もしなければ、もう二度とヒロインは心を開いてくれない。
その思いに突き動かされ、レノは今にもドアノブを倒して部屋に入ろうとしていたヒロインの手を掴んでそれを止めた。
「何、してるの?」
ヒロインは顔を上げない。しかし、声音から動揺しているのは明らかだった。
レノは重ねた手に少し力を込めた。
「どうしても、今言いたいことがあるんだぞ、と」
「私はない」
「じゃあそのまま聞いてくれよ」
ヒロインは何も言わなかった。それを了承と受け取り、レノは髪で隠れて見えないヒロインの横顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「『嫌い』だなんて言って悪かった。本当は、オレ――」
「お互い様だから気にしてない」
ヒロインのことが好きだって言いたかった。
それはヒロインに遮られて言葉にならなかった。
「…その言葉、伝える相手は私じゃないでしょ」
まるで諭すような優しい口調だった。
そして、顔を上げたヒロインは穏やかに笑っていた。そうやって笑っているヒロインは、今までで一番綺麗だと思った。同時に儚さも感じる。まるで、散る前の花のようだった。
「私は…レノが好きになったヒロインじゃない」
花が散った。
懸命に咲き誇っていた花が花びらを散らしていくように、ヒロインの笑顔が陰っていく。今にも泣きそうに顔を歪め、唇を震わせていた。
「ごめんね…私、レノの望むヒロインになれなかった。もう、私をヒロインだって無理に思わなくてもいい。その代わり、全部思い出して彼女が戻ったら…そのときは、彼女にレノの気持ちを伝えてね」
レノの手を振りほどいたヒロインが仮眠室の中に消えた。振りほどかれた手は、虚しくその場に取り残された。
To be continued...
2021/12/02
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「…ヒロイン、少し話させてくれよ」
部屋の外から声を掛けてみたものの、やはり返事はなかった。居留守を使っているのか、それともここにはいないのか。仮眠室とはいえ、女性の部屋に許可なく入るのは躊躇われ、レノは廊下の壁にもたれかかった。
ヒロインを傷つけた。
その事実がレノを苦しめる。今は記憶がないとはいえ、ヒロインはあの男に散々心も身体も傷つけられてきた。それを知っていたからこそ、もうヒロインが傷つかないように守りたいと思っていたはずだった。なのに自分がヒロインにしたことと言えば、一人にして消えない傷を負わせ、彼女に作り笑いをさせるぐらい深く傷つけただけだ。守るなんて程遠い。結果だけみれば、あの男と同じだ。
そして、彼女は言った。自分は『まがい物』だと。
そう言わせたのは自分のせいだ。ヒロインはヒロインだと思っていても、今のヒロインの向こうにレノが求めてやまない『ヒロイン』を見ていたのもまた事実。他人の機微を読み取ることに長けたヒロインならば、それに気づいていてもおかしくはない。
言葉をいくら重ねたとしても、ヒロインにはそれが空虚に聞こえるかもしれない。それでも、レノは自分の言葉で今の思いをどうしてもヒロインに伝えたかった。
「何しに来たの?」
諦めて帰ろうとしたとき、部屋の中からではなく通路の向こうから声がした。声のした方に顔を向けると、スウェットを来たヒロインが立っていた。風呂上がりなのか、いつもより顔に赤みが差している。しかし、その顔に笑顔はない。臨戦態勢に似たその隙のない立ち姿は、コスタ・デル・ソルに船で向かったときのヒロインを思わせた。
一気に離れてしまった心の距離が、レノから言葉を奪った。
「…私に構う暇があるなら、身体休めたら?私たちは休むのも仕事のうちなんだから」
それは先輩が後輩を心配しているフリ。声音こそ優しいが、ヒロインの本音はそこにはない。レノと距離を取りたいだけだ。
「ほら、わかったならさっさと帰りなさい」
ヒロインが目の前を通り過ぎ、ドアノブに手を掛けた。
今ここで何もしなければ、もう二度とヒロインは心を開いてくれない。
その思いに突き動かされ、レノは今にもドアノブを倒して部屋に入ろうとしていたヒロインの手を掴んでそれを止めた。
「何、してるの?」
ヒロインは顔を上げない。しかし、声音から動揺しているのは明らかだった。
レノは重ねた手に少し力を込めた。
「どうしても、今言いたいことがあるんだぞ、と」
「私はない」
「じゃあそのまま聞いてくれよ」
ヒロインは何も言わなかった。それを了承と受け取り、レノは髪で隠れて見えないヒロインの横顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「『嫌い』だなんて言って悪かった。本当は、オレ――」
「お互い様だから気にしてない」
ヒロインのことが好きだって言いたかった。
それはヒロインに遮られて言葉にならなかった。
「…その言葉、伝える相手は私じゃないでしょ」
まるで諭すような優しい口調だった。
そして、顔を上げたヒロインは穏やかに笑っていた。そうやって笑っているヒロインは、今までで一番綺麗だと思った。同時に儚さも感じる。まるで、散る前の花のようだった。
「私は…レノが好きになったヒロインじゃない」
花が散った。
懸命に咲き誇っていた花が花びらを散らしていくように、ヒロインの笑顔が陰っていく。今にも泣きそうに顔を歪め、唇を震わせていた。
「ごめんね…私、レノの望むヒロインになれなかった。もう、私をヒロインだって無理に思わなくてもいい。その代わり、全部思い出して彼女が戻ったら…そのときは、彼女にレノの気持ちを伝えてね」
レノの手を振りほどいたヒロインが仮眠室の中に消えた。振りほどかれた手は、虚しくその場に取り残された。
To be continued...
2021/12/02
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