12:誰が為に
ヒロイン
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ヒロインは帰りも窓の外を眺めていた。雨はまだ止まない。
この落ち着かない胸の内を吐き出そうか、それとも飲み込もうか――相談に乗ると言ってくれたレノの言葉を受けて、ヒロインは迷っていた。言えばすっきりするだろうが、悩みの中心にいるのはレノだ。それを本人に相談するのもおかしな話だ。
どうしたものかと迷っていると、信号待ちで車が停まった。そして、突然頬をつねられた。
「…痛い。てか、突然何よ」
「自分もいつもしてるだろ?だから仕返し」
子供のように無邪気な笑みを満面に浮かべるレノ。それに対してヒロインは、むっとして頬を膨らませた。が、今度は膨らんだ頬を指でつつかれ、間の抜けた音とともに空気が逃げていった。
「遊んでるでしょ」
「まぁな」
「先輩、先輩って言うくせに、本当口だけ!可愛げない!」
ヒロインはレノの指を避けるようにぷいっと顔を背けた。
「それ、コスタのときも言われたな」
視界の端に、少し寂しそうな顔をしたレノが映り込んだ。それを見て、ヒロインの心が軋む。ルーファウスはやり直せばいいと言ったが、それではダメなのだ。レノは、彼女に会いたいのだから。
(私、レノのために彼女のこと、思い出そうとしてるのかも…)
全部思い出せたなら、彼女が戻ったなら、きっとレノは喜んでくれる。だから、思い出さなければ。それが正しいと思っていたのに、どうしてか今度は気持ちが沈んでいく。鼻の奥がツンとして、視界が揺れた。今にも零れ落ちそうな涙を落とすまいと、少し上を向いて何度か瞬きをした。
「覚えてなくて、ごめんね。でも、ちゃんと思い出すから」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、なんとか絞り出した声はひどく震えていた。腹にどれだけ力を入れようと、気持ちの揺れが声に出てしまう。普段どおりに、と自分に言い聞かせれば聞かせるほど、心が軋んで悲鳴を上げる。
どうしてこんなに苦しいのか、わからない。
「本当に思い出したいのか?」
ヒロインはぐっと拳を握りしめた。思い出したいかどうか、自分の意志は関係ない。そう思っていたが、レノの問いがぐさりと刺さった。
「無理に思い出さなくてもいいんじゃないのか?」
「どうして、そんなこと…レノは、彼女にまた会いたいんでしょ?私じゃ、ダメだから。何もかも足りないことばっかりで、そのせいでレノに悲しい顔、させたくない」
「だからって、先輩が悲しい顔するのもダメだぞ、と」
レノの手が固く握られた拳にそっと触れた。その拳を包み込む大きな手から伝わる温もりが、少しずつ身体中に伝わっていく。
そういえば、『あのとき』も緊張で震えていたのをレノが落ち着かせてくれた。
記憶の欠片が光を放ったような気がしたが、その光は一瞬だけ瞬いて消えてしまった。
「そりゃ思い出してくれたら嬉しいけどよ。そのせいでヒロインが苦しむなら、もう思い出さなくていい」
レノの手に少し力が入った。
「思い出せなかったときの約束、覚えててそれ言ってるの?」
――もし記憶が戻らなかったら、今の私のことも好きになって
あれはほとんど冗談だった。レノが自分を『ヒロイン』だと認めていないことを知っていて、少しだけレノに意地悪をしようとして、ふと思いついた約束だった。そうすれば、レノは必死に自分が欲しているものを与えるだろうと思って。
だが、レノは思い出さなくていいと言う。その真意を測りかね、ヒロインは少しだけレノの方を向いて様子を伺った。
「やっとこっち向いたな」
レノはただ笑っていた。そこには悪意も企みも何もない。心底嬉しそうな顔だった。
「もちろん、そのことは覚えてるぞ、と」
「なら、どうして?」
「それは――」
レノの言葉は後ろの車が鳴らしたクラクションのせいで途切れた。
「おっと。続きは帰ったらな」
レノがゆっくりと車を走らせはじめた。何を言おうとしたのか気になったが、レノが視線を前に戻してしまったので、ヒロインは追求を諦めた。帰ったらとレノが言うなら、きっと話してくれるだろう。ヒロインはまた窓の外に視線を戻した。
そのとき、横からの強い衝撃と揺れに襲われ、ヒロインは頭を強く窓にぶつけた。意識が飛ぶ寸前、レノが名前を呼んだような気がした。
To be continued...
2021/10/15
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この落ち着かない胸の内を吐き出そうか、それとも飲み込もうか――相談に乗ると言ってくれたレノの言葉を受けて、ヒロインは迷っていた。言えばすっきりするだろうが、悩みの中心にいるのはレノだ。それを本人に相談するのもおかしな話だ。
どうしたものかと迷っていると、信号待ちで車が停まった。そして、突然頬をつねられた。
「…痛い。てか、突然何よ」
「自分もいつもしてるだろ?だから仕返し」
子供のように無邪気な笑みを満面に浮かべるレノ。それに対してヒロインは、むっとして頬を膨らませた。が、今度は膨らんだ頬を指でつつかれ、間の抜けた音とともに空気が逃げていった。
「遊んでるでしょ」
「まぁな」
「先輩、先輩って言うくせに、本当口だけ!可愛げない!」
ヒロインはレノの指を避けるようにぷいっと顔を背けた。
「それ、コスタのときも言われたな」
視界の端に、少し寂しそうな顔をしたレノが映り込んだ。それを見て、ヒロインの心が軋む。ルーファウスはやり直せばいいと言ったが、それではダメなのだ。レノは、彼女に会いたいのだから。
(私、レノのために彼女のこと、思い出そうとしてるのかも…)
全部思い出せたなら、彼女が戻ったなら、きっとレノは喜んでくれる。だから、思い出さなければ。それが正しいと思っていたのに、どうしてか今度は気持ちが沈んでいく。鼻の奥がツンとして、視界が揺れた。今にも零れ落ちそうな涙を落とすまいと、少し上を向いて何度か瞬きをした。
「覚えてなくて、ごめんね。でも、ちゃんと思い出すから」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、なんとか絞り出した声はひどく震えていた。腹にどれだけ力を入れようと、気持ちの揺れが声に出てしまう。普段どおりに、と自分に言い聞かせれば聞かせるほど、心が軋んで悲鳴を上げる。
どうしてこんなに苦しいのか、わからない。
「本当に思い出したいのか?」
ヒロインはぐっと拳を握りしめた。思い出したいかどうか、自分の意志は関係ない。そう思っていたが、レノの問いがぐさりと刺さった。
「無理に思い出さなくてもいいんじゃないのか?」
「どうして、そんなこと…レノは、彼女にまた会いたいんでしょ?私じゃ、ダメだから。何もかも足りないことばっかりで、そのせいでレノに悲しい顔、させたくない」
「だからって、先輩が悲しい顔するのもダメだぞ、と」
レノの手が固く握られた拳にそっと触れた。その拳を包み込む大きな手から伝わる温もりが、少しずつ身体中に伝わっていく。
そういえば、『あのとき』も緊張で震えていたのをレノが落ち着かせてくれた。
記憶の欠片が光を放ったような気がしたが、その光は一瞬だけ瞬いて消えてしまった。
「そりゃ思い出してくれたら嬉しいけどよ。そのせいでヒロインが苦しむなら、もう思い出さなくていい」
レノの手に少し力が入った。
「思い出せなかったときの約束、覚えててそれ言ってるの?」
――もし記憶が戻らなかったら、今の私のことも好きになって
あれはほとんど冗談だった。レノが自分を『ヒロイン』だと認めていないことを知っていて、少しだけレノに意地悪をしようとして、ふと思いついた約束だった。そうすれば、レノは必死に自分が欲しているものを与えるだろうと思って。
だが、レノは思い出さなくていいと言う。その真意を測りかね、ヒロインは少しだけレノの方を向いて様子を伺った。
「やっとこっち向いたな」
レノはただ笑っていた。そこには悪意も企みも何もない。心底嬉しそうな顔だった。
「もちろん、そのことは覚えてるぞ、と」
「なら、どうして?」
「それは――」
レノの言葉は後ろの車が鳴らしたクラクションのせいで途切れた。
「おっと。続きは帰ったらな」
レノがゆっくりと車を走らせはじめた。何を言おうとしたのか気になったが、レノが視線を前に戻してしまったので、ヒロインは追求を諦めた。帰ったらとレノが言うなら、きっと話してくれるだろう。ヒロインはまた窓の外に視線を戻した。
そのとき、横からの強い衝撃と揺れに襲われ、ヒロインは頭を強く窓にぶつけた。意識が飛ぶ寸前、レノが名前を呼んだような気がした。
To be continued...
2021/10/15
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