12:誰が為に
ヒロイン
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「ねぇ、ルーファウス。あの男が言ったことって、本当?」
「…何を聞いた」
ルーファウスの声が緊張で固くなったのがはっきりわかった。
普段なら絶対に動揺も感情も声に乗せることはない。それだけ、彼女に起こったことは隠しておきたいことなのだろう。
だが、ヒロインはそれが自分のためを思ってのことなのだとわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
「あの男が婚約者で、私を――彼女を、レイプしたって」
ルーファウスの表情を読むため、ヒロインは顔を上げて真っ直ぐルーファウスの目を見た。てっきり動揺しているかと思ったが、ルーファウスの顔からはいつものように感情が消えていた。
ルーファウスはレノ以上に隠し事が上手い。
余程上手くやらないと本音を引き出せないのはわかっていたが、今日は尚更手強い気配を感じた。
さて次はどう攻めたものかと思案していると、ルーファウスの表情がふっと緩んだ。
「彼女、か。他人行儀だな。まぁ、その方がいいのかもしれないな」
それは消極的な肯定だった。
「死を選ぶぐらい、苦しかったんだ…」
心と身体に付けられた深い傷。
その結果が、この首の痕だ。
ヒロインはそっとそこに触れた。
指の腹から盛り上がった醜い傷の存在が伝わってくる。
「でも、私には理解できない。楽しかったことも、大切な思い出もあったはずなのに、全部捨てるなんて」
彼女にとって、レノとの思い出は大切なものだったはずだ。
書き置きを大事に取っておくぐらい。自宅には、写真も手紙もメールも何もなかった。プライベートに繋がるものは一切ない中で、レノの書き置きだけは別だった。
高価な服にしてもそうだ。レノのために買ったのは明らかで、きっとその服を着て会うのを楽しみにしていたはずなのに、彼女は死を選んだ。
そこまで考えて、ヒロインははっとした。
彼女はレノのことが好きだと思っていたが、『婚約者』がいたということは――
「もしかして、だけど…彼女が好きだったのって、レノじゃなくて、あの――」
「それはない」
ルーファウスの声は静かだったが、わずかに怒りをはらんでいた。
「ヒロインが好きになったのはレノだけだ」
それを聞いて胸のつかえが取れたと同時に、第三者からレノのことが好きだとはっきり肯定されたことで、ヒロインはどうしようもない恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じていた。
「え、あの…彼女、そんなにわかるぐらい、レノのこと、好き、だったの?」
自分でもらしくないと思ったが、緊張で声が震えた。
すると、ルーファウスが楽しそうに笑った。
「あぁ、完全に恋する女性だったよ。悩ましげに溜息をついたり、デートの約束をして嬉しそうにしていたりな」
まるで物心付く前にお漏らしした話を親兄弟から聞かされているような気分だ。
「あとは、そうだな…」
「あーーーーー!!もういい!よくわかった!」
ヒロインは耳を塞ぎ、大声でルーファウスの言葉を遮った。
これ以上は聞いていられない。
「何だ、知りたいんじゃないのか?自分がレノのことをどう思っていたのか」
ルーファウスは意地の悪い顔をして、話の続きをしようとする。
それが本当か嘘か、今のヒロインには判断できないが、いずれにしても頭を抱えて足をばたつかせるような内容であることは間違いない。
「もう十分にわかったから!彼女がレノのことを好きだってわかったらそれでいい」
「そういう自分はどうなんだ?」
ヒロインは思わず息を呑んだ。
「私のことは、別にいいでしょ。思い出すきっかけにしたいだけ」
「ヒロイン、誰のために思い出そうとしてるんだ?自分か?今はいない『彼女』か?それとも、レノのためか?」
ルーファウスはいつも核心をついてくる。
初めは自分のために思い出そうとしていたはずだった。でも今は、正直誰のためなのか、何のためなのか、はっきりした答えはなかった。
いつから答えがぶれてしまったのだろう。
「思い出すのも大事かもしれないが、初めからやり直してもいいんじゃないか」
そう言ったルーファウスの目はとても優しく、思わず甘えてしまいそうになる。
しかし、ヒロインはそれに甘えることが怖かった。
「やり直して、同じ気持ちになれなかったら…?」
また、レノに悲しい顔をさせてしまうことにならないか。
それだけが不安だった。
「人を好きになるのは理屈じゃない。同じ気持ちになる必要はないだろう。言い訳せずに自分の気持ちに正直に生きろ」
記憶をなくす前のヒロインを『彼女』と区別し、自分のことと思えないのであれば、とルーファウスが付け加えた。
「でも、私にはわからない。人を好きになるってこと」
「知らないだけだろう。これから知ればいい」
果たして、その気持ちを知ることはできるのだろうか。
ルーファウスが去った後も一人、仮眠室でヒロインはそればかり考えていた。
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「…何を聞いた」
ルーファウスの声が緊張で固くなったのがはっきりわかった。
普段なら絶対に動揺も感情も声に乗せることはない。それだけ、彼女に起こったことは隠しておきたいことなのだろう。
だが、ヒロインはそれが自分のためを思ってのことなのだとわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
「あの男が婚約者で、私を――彼女を、レイプしたって」
ルーファウスの表情を読むため、ヒロインは顔を上げて真っ直ぐルーファウスの目を見た。てっきり動揺しているかと思ったが、ルーファウスの顔からはいつものように感情が消えていた。
ルーファウスはレノ以上に隠し事が上手い。
余程上手くやらないと本音を引き出せないのはわかっていたが、今日は尚更手強い気配を感じた。
さて次はどう攻めたものかと思案していると、ルーファウスの表情がふっと緩んだ。
「彼女、か。他人行儀だな。まぁ、その方がいいのかもしれないな」
それは消極的な肯定だった。
「死を選ぶぐらい、苦しかったんだ…」
心と身体に付けられた深い傷。
その結果が、この首の痕だ。
ヒロインはそっとそこに触れた。
指の腹から盛り上がった醜い傷の存在が伝わってくる。
「でも、私には理解できない。楽しかったことも、大切な思い出もあったはずなのに、全部捨てるなんて」
彼女にとって、レノとの思い出は大切なものだったはずだ。
書き置きを大事に取っておくぐらい。自宅には、写真も手紙もメールも何もなかった。プライベートに繋がるものは一切ない中で、レノの書き置きだけは別だった。
高価な服にしてもそうだ。レノのために買ったのは明らかで、きっとその服を着て会うのを楽しみにしていたはずなのに、彼女は死を選んだ。
そこまで考えて、ヒロインははっとした。
彼女はレノのことが好きだと思っていたが、『婚約者』がいたということは――
「もしかして、だけど…彼女が好きだったのって、レノじゃなくて、あの――」
「それはない」
ルーファウスの声は静かだったが、わずかに怒りをはらんでいた。
「ヒロインが好きになったのはレノだけだ」
それを聞いて胸のつかえが取れたと同時に、第三者からレノのことが好きだとはっきり肯定されたことで、ヒロインはどうしようもない恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じていた。
「え、あの…彼女、そんなにわかるぐらい、レノのこと、好き、だったの?」
自分でもらしくないと思ったが、緊張で声が震えた。
すると、ルーファウスが楽しそうに笑った。
「あぁ、完全に恋する女性だったよ。悩ましげに溜息をついたり、デートの約束をして嬉しそうにしていたりな」
まるで物心付く前にお漏らしした話を親兄弟から聞かされているような気分だ。
「あとは、そうだな…」
「あーーーーー!!もういい!よくわかった!」
ヒロインは耳を塞ぎ、大声でルーファウスの言葉を遮った。
これ以上は聞いていられない。
「何だ、知りたいんじゃないのか?自分がレノのことをどう思っていたのか」
ルーファウスは意地の悪い顔をして、話の続きをしようとする。
それが本当か嘘か、今のヒロインには判断できないが、いずれにしても頭を抱えて足をばたつかせるような内容であることは間違いない。
「もう十分にわかったから!彼女がレノのことを好きだってわかったらそれでいい」
「そういう自分はどうなんだ?」
ヒロインは思わず息を呑んだ。
「私のことは、別にいいでしょ。思い出すきっかけにしたいだけ」
「ヒロイン、誰のために思い出そうとしてるんだ?自分か?今はいない『彼女』か?それとも、レノのためか?」
ルーファウスはいつも核心をついてくる。
初めは自分のために思い出そうとしていたはずだった。でも今は、正直誰のためなのか、何のためなのか、はっきりした答えはなかった。
いつから答えがぶれてしまったのだろう。
「思い出すのも大事かもしれないが、初めからやり直してもいいんじゃないか」
そう言ったルーファウスの目はとても優しく、思わず甘えてしまいそうになる。
しかし、ヒロインはそれに甘えることが怖かった。
「やり直して、同じ気持ちになれなかったら…?」
また、レノに悲しい顔をさせてしまうことにならないか。
それだけが不安だった。
「人を好きになるのは理屈じゃない。同じ気持ちになる必要はないだろう。言い訳せずに自分の気持ちに正直に生きろ」
記憶をなくす前のヒロインを『彼女』と区別し、自分のことと思えないのであれば、とルーファウスが付け加えた。
「でも、私にはわからない。人を好きになるってこと」
「知らないだけだろう。これから知ればいい」
果たして、その気持ちを知ることはできるのだろうか。
ルーファウスが去った後も一人、仮眠室でヒロインはそればかり考えていた。
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