9:さようなら
ヒロイン
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レノは医師を呼んだ後、病室前のベンチに座って項垂れていた。
――忘れるも何も、あんたのこと知らない
ヒロインが冷たく言い放った言葉と、そのときの怪訝そうな表情が頭から離れなかった。
目覚めて混乱しているだけであるようにと、レノは願わずにはいられなかった。
しばらくして、ヒロインの目覚めの一報を受けたルーファウス、ツォン、ルードがやってきた。
彼らは暗い表情でうつむいているレノを見ると、眉をひそめた。
「皆様お揃いですか」
病室の扉が開き、医師が出てきた。
あのときは起きたばかりで混乱していた。今は落ち着いていて、レノのことも覚えている。
レノはそう心の中で最良の結果を描き、医師がその通りに話してくれるように祈った。
しかし、現実は悪い方にばかり転がっていく。
思い描いた理想は砕け散り、その破片がレノの心を深く抉った。
「どうやら記憶をなくしているようです。恐らく、10年ほどの記憶を」
10年。
ヒロインがレノに出会い、元婚約者に傷つけられるよりも前。
「自分のことは覚えているのか?」
ルーファウスが問うと、医師は大きく頷いた。
「名前もタークスに所属していることも覚えています。ただ、いいのか悪いのか、自分の身に起きた不幸な出来事は覚えていないようです。なぜ入院しているのか聞かれましたが、私では判断がつかなかったため、それについては答えていません」
「そうか。配慮に感謝する。確かに、いいのか悪いのか――」
ルーファウスがちらりとこちらを見たのにレノは気づいていた。しかし、顔は上げなかった。
婚約者に裏切られ、傷つけられたことなど、普通なら忘れてしまったほうがいい。
その方がヒロインにとっては幸せだろう。
もう傷つき、怯えなくても済むのだから。
ただ、そこにレノはいない。レノの知る彼女もいない。
「記憶が戻る可能性はあるのか?」
「それはなんとも…消えたわけではないので、何かのきっかけで戻る可能性はあります。しかし、そもそもこうなった原因が辛い出来事に心が耐えられなくなったせいなので、記憶が戻ったとして、彼女がそれに耐えられるかはわかりません」
「…わかった。まずは私がヒロインと会ってくる」
ルーファウスが一人病室に入り、医師はその場から去っていった。
レノはそれに合わせて立ち上がった。
「…先に会社に戻ってるぞ、と」
「会っていかないのか?」
何と残酷なことを言う相棒だろうか。
レノはわざとらしく大げさに肩を竦めてみせた。
「知らない奴に会っても仕方ないだろ」
「それはどっちの意味でだ」
「両方だぞ、と」
今はまだ『初めまして』と言える気分ではない。
彼女にもまだそんな余裕はないだろう。
何しろ10年間の記憶がなくなったのだ。
今はその空白を埋める方が先決だ。
レノは自分にそう言い訳をした。
そして、それ以上追求される前にレノは逃げるように、大股で病室から離れた。
本当は自分の知らない、自分を知らない彼女に会うのが怖い。
会えば、自分の知っているヒロインが本当に消えてしまうような気がして。
ヒロインを一人きりにして傷つけ、気がつけば自分も一人きり。
現実はなんて皮肉なことをするのだろう。
――嘘ついたら…
考えておくと言っていたヒロイン。
ヒロインはどうするつもりだったのだろうか。
――嘘ついたら、レノのことを忘れる
これが約束を守れなかったことに対する罰なのだとしたら、なんて残酷な仕打ちだろう。
「オレのことまで一人にしなくてもいいだろ、ヒロイン…」
レノは車のハンドルを拳で殴った。
To be continued...
2021/06/01
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――忘れるも何も、あんたのこと知らない
ヒロインが冷たく言い放った言葉と、そのときの怪訝そうな表情が頭から離れなかった。
目覚めて混乱しているだけであるようにと、レノは願わずにはいられなかった。
しばらくして、ヒロインの目覚めの一報を受けたルーファウス、ツォン、ルードがやってきた。
彼らは暗い表情でうつむいているレノを見ると、眉をひそめた。
「皆様お揃いですか」
病室の扉が開き、医師が出てきた。
あのときは起きたばかりで混乱していた。今は落ち着いていて、レノのことも覚えている。
レノはそう心の中で最良の結果を描き、医師がその通りに話してくれるように祈った。
しかし、現実は悪い方にばかり転がっていく。
思い描いた理想は砕け散り、その破片がレノの心を深く抉った。
「どうやら記憶をなくしているようです。恐らく、10年ほどの記憶を」
10年。
ヒロインがレノに出会い、元婚約者に傷つけられるよりも前。
「自分のことは覚えているのか?」
ルーファウスが問うと、医師は大きく頷いた。
「名前もタークスに所属していることも覚えています。ただ、いいのか悪いのか、自分の身に起きた不幸な出来事は覚えていないようです。なぜ入院しているのか聞かれましたが、私では判断がつかなかったため、それについては答えていません」
「そうか。配慮に感謝する。確かに、いいのか悪いのか――」
ルーファウスがちらりとこちらを見たのにレノは気づいていた。しかし、顔は上げなかった。
婚約者に裏切られ、傷つけられたことなど、普通なら忘れてしまったほうがいい。
その方がヒロインにとっては幸せだろう。
もう傷つき、怯えなくても済むのだから。
ただ、そこにレノはいない。レノの知る彼女もいない。
「記憶が戻る可能性はあるのか?」
「それはなんとも…消えたわけではないので、何かのきっかけで戻る可能性はあります。しかし、そもそもこうなった原因が辛い出来事に心が耐えられなくなったせいなので、記憶が戻ったとして、彼女がそれに耐えられるかはわかりません」
「…わかった。まずは私がヒロインと会ってくる」
ルーファウスが一人病室に入り、医師はその場から去っていった。
レノはそれに合わせて立ち上がった。
「…先に会社に戻ってるぞ、と」
「会っていかないのか?」
何と残酷なことを言う相棒だろうか。
レノはわざとらしく大げさに肩を竦めてみせた。
「知らない奴に会っても仕方ないだろ」
「それはどっちの意味でだ」
「両方だぞ、と」
今はまだ『初めまして』と言える気分ではない。
彼女にもまだそんな余裕はないだろう。
何しろ10年間の記憶がなくなったのだ。
今はその空白を埋める方が先決だ。
レノは自分にそう言い訳をした。
そして、それ以上追求される前にレノは逃げるように、大股で病室から離れた。
本当は自分の知らない、自分を知らない彼女に会うのが怖い。
会えば、自分の知っているヒロインが本当に消えてしまうような気がして。
ヒロインを一人きりにして傷つけ、気がつけば自分も一人きり。
現実はなんて皮肉なことをするのだろう。
――嘘ついたら…
考えておくと言っていたヒロイン。
ヒロインはどうするつもりだったのだろうか。
――嘘ついたら、レノのことを忘れる
これが約束を守れなかったことに対する罰なのだとしたら、なんて残酷な仕打ちだろう。
「オレのことまで一人にしなくてもいいだろ、ヒロイン…」
レノは車のハンドルを拳で殴った。
To be continued...
2021/06/01
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