9:さようなら
ヒロイン
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病室で目覚めたとき、ヒロインは一人きりだった。
「疲れたな…」
目覚めてすぐに思い浮かんだ言葉を口に出してみる。
耳から入った言葉が頭にもう一度戻ると、ずしりと身体と心の不快な重さが増した。
何もかも、疲れてしまった。
7年前の出来事、さっきの出来事、元婚約者の男、代わりに死んだ同僚、ルーファウス、ツォン、ルード。
そして、レノ。
ヒロインは首筋に手をやった。
ガーゼの下にある薄い切り傷。
あのときナイフを引いていたら――
ふと顔を横向けたヒロインの視界にガラスの水差しが目に入った。
ナイフほど鋭くはないが、同じ結果はもたらしてくれるだろう。
ヒロインはガラスの水差しを手に取ると、それが置かれた棚に思い切り叩きつけた。
静寂を切り裂く、けたたましい音が響いた。
ヒロインは手頃な大きさのガラス片を手に取ると、それを首筋に強く当てて引いた。
痛い。
そう思ったのは一瞬。
やっと終われるという安堵感に包まれながら、ヒロインは目を閉じた。
「まさか、自傷行為に走るとは思わず…申し訳ありません!」
ヒロインが自殺を図ったと連絡を受けたルーファウスは、すぐに病院に駆けつけた。
主治医はひたすら頭を下げて謝っていたが、ルーファウスは彼を責める気にはならなかった。
ルーファウス自身、まさかヒロインが自殺を図るなどと考えもしなかったからだ。
7年前のあのときですら、ひどく気落ちはしていたが、死を選ぶことはなかった。
それが今回、一切躊躇せずにヒロインは自分の首を掻き切ろうとした。
幸い発見が早く、大事に至ることはなかったが、ヒロインが死を選んだことにルーファウスはひどくショックを受けた。
「何でも相談する約束だっただろう、姉さん」
コスタの任務から帰ってきてから、ヒロインの変化にはすぐに気がついた。悩ましげな溜息を何度もつき、心ここにあらずの状態は、まさに恋をする女性のそれだった。
ただ、相手がレノだということには一抹の不安があった。レノの仕事ぶりは評価していたが、女性関係は褒められたものではない。またヒロインが傷つくようなことがあれば、自分の手でレノを処理しようとすら思っていた。
しかし、それは杞憂だった。
ルーファウスは心から二人の初デートが上手くいくように祈っていたが、その結果は、ひどく残酷だった。
ヒロインが迷いなく死を選ぶほどに。
ヒロインは目覚めない。
一体、どんな夢を見ているのか。
そこは、現実よりもいい場所なのか。
何度ヒロインに問うてみても、返事はなかった。
「みんな心配しているぞ。特にレノがな」
恐らくこの声も届いてはいないだろう。
きっと、夢の中の方が心地よく、幸せなのだ。
戻ってきてくれと願ったところで、ヒロインは戻ってこない。
「また来るからな。そのときは、ちゃんと話をしよう」
ルーファウスは祈るようにヒロインの手を握って言った。
レノは今日もまたヒロインの病室に向かっていた。
手にはアイスの入った袋を下げて。
それは、コスタでヒロインがよく食べていたチョコ味のカップアイスだった。
アイスに釣られて起きてくれたら――そんな儚い願望を抱きながら、レノは病室の扉を開けた。
ヒロインは今日もベッドで横になり、目を閉じていた。
いつものようにベッド脇の椅子に座ると、レノはヒロインの顔をなでた。
腫れは随分と収まったが、まだはっきりと殴られた痕が残っている。
医師は時間が経てば消えると言っていたが、それでも顔の傷は見ているのが辛い。
さらに首筋に巻かれた包帯。
ヒロインは加減せずに首を掻き切ったらしく、助かったのは運が良かったと医師が言っていた。
さすがに傷跡は残るだろうとも。
消える傷も、消えない傷も、見える傷も、見えない傷も、本当なら負わなくてよかったものだ。
レノが約束を守れてさえいたなら。
食事に誘うなんてしなければよかった。
ずっとレノは後悔していた。
レノが食事に誘っていようがいまいが、あの男はいつか同じことをしただろうから気に病むなと、ルーファウスには言われはしたが、気休めにはならなかった。
もしかしたら、その『いつか』までに男を始末できていたら、ヒロインがこんな目に遭うことはなかった。
「ヒロイン…約束、守れなくて悪かった。なぁ、いい加減起きろよ。アイス食っちまうぞ、と」
レノは買ってきたアイスをヒロインの額に軽くつけた。
ヒロインは何の反応も示さなかった。
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「疲れたな…」
目覚めてすぐに思い浮かんだ言葉を口に出してみる。
耳から入った言葉が頭にもう一度戻ると、ずしりと身体と心の不快な重さが増した。
何もかも、疲れてしまった。
7年前の出来事、さっきの出来事、元婚約者の男、代わりに死んだ同僚、ルーファウス、ツォン、ルード。
そして、レノ。
ヒロインは首筋に手をやった。
ガーゼの下にある薄い切り傷。
あのときナイフを引いていたら――
ふと顔を横向けたヒロインの視界にガラスの水差しが目に入った。
ナイフほど鋭くはないが、同じ結果はもたらしてくれるだろう。
ヒロインはガラスの水差しを手に取ると、それが置かれた棚に思い切り叩きつけた。
静寂を切り裂く、けたたましい音が響いた。
ヒロインは手頃な大きさのガラス片を手に取ると、それを首筋に強く当てて引いた。
痛い。
そう思ったのは一瞬。
やっと終われるという安堵感に包まれながら、ヒロインは目を閉じた。
「まさか、自傷行為に走るとは思わず…申し訳ありません!」
ヒロインが自殺を図ったと連絡を受けたルーファウスは、すぐに病院に駆けつけた。
主治医はひたすら頭を下げて謝っていたが、ルーファウスは彼を責める気にはならなかった。
ルーファウス自身、まさかヒロインが自殺を図るなどと考えもしなかったからだ。
7年前のあのときですら、ひどく気落ちはしていたが、死を選ぶことはなかった。
それが今回、一切躊躇せずにヒロインは自分の首を掻き切ろうとした。
幸い発見が早く、大事に至ることはなかったが、ヒロインが死を選んだことにルーファウスはひどくショックを受けた。
「何でも相談する約束だっただろう、姉さん」
コスタの任務から帰ってきてから、ヒロインの変化にはすぐに気がついた。悩ましげな溜息を何度もつき、心ここにあらずの状態は、まさに恋をする女性のそれだった。
ただ、相手がレノだということには一抹の不安があった。レノの仕事ぶりは評価していたが、女性関係は褒められたものではない。またヒロインが傷つくようなことがあれば、自分の手でレノを処理しようとすら思っていた。
しかし、それは杞憂だった。
ルーファウスは心から二人の初デートが上手くいくように祈っていたが、その結果は、ひどく残酷だった。
ヒロインが迷いなく死を選ぶほどに。
ヒロインは目覚めない。
一体、どんな夢を見ているのか。
そこは、現実よりもいい場所なのか。
何度ヒロインに問うてみても、返事はなかった。
「みんな心配しているぞ。特にレノがな」
恐らくこの声も届いてはいないだろう。
きっと、夢の中の方が心地よく、幸せなのだ。
戻ってきてくれと願ったところで、ヒロインは戻ってこない。
「また来るからな。そのときは、ちゃんと話をしよう」
ルーファウスは祈るようにヒロインの手を握って言った。
レノは今日もまたヒロインの病室に向かっていた。
手にはアイスの入った袋を下げて。
それは、コスタでヒロインがよく食べていたチョコ味のカップアイスだった。
アイスに釣られて起きてくれたら――そんな儚い願望を抱きながら、レノは病室の扉を開けた。
ヒロインは今日もベッドで横になり、目を閉じていた。
いつものようにベッド脇の椅子に座ると、レノはヒロインの顔をなでた。
腫れは随分と収まったが、まだはっきりと殴られた痕が残っている。
医師は時間が経てば消えると言っていたが、それでも顔の傷は見ているのが辛い。
さらに首筋に巻かれた包帯。
ヒロインは加減せずに首を掻き切ったらしく、助かったのは運が良かったと医師が言っていた。
さすがに傷跡は残るだろうとも。
消える傷も、消えない傷も、見える傷も、見えない傷も、本当なら負わなくてよかったものだ。
レノが約束を守れてさえいたなら。
食事に誘うなんてしなければよかった。
ずっとレノは後悔していた。
レノが食事に誘っていようがいまいが、あの男はいつか同じことをしただろうから気に病むなと、ルーファウスには言われはしたが、気休めにはならなかった。
もしかしたら、その『いつか』までに男を始末できていたら、ヒロインがこんな目に遭うことはなかった。
「ヒロイン…約束、守れなくて悪かった。なぁ、いい加減起きろよ。アイス食っちまうぞ、と」
レノは買ってきたアイスをヒロインの額に軽くつけた。
ヒロインは何の反応も示さなかった。
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