8:嘘との再会
ヒロイン
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通話が終わると、男はまた後で来ると言い残し、どこかへ行った。
ヒロインは仰向けになったまま、それを見送った。
今まで起こった出来事が、夢だったらどんなによかっただろう。
しかし、胸から腰にかけての火傷の痛みが、これは現実だとヒロインに突きつける。
点々と身体に刻まれた火傷は7年前と同じでひどく醜かった。
この数時間の間に起こった出来事は、ヒロインから起き上がる気力を奪っていた。
7年前の真実もショックではあったが、それ以上にレノにこの汚れた姿を見られたことが何よりも辛かった。
こんな姿を見られたくなかった。
見てほしかったのは、今日のために買った服だったのに。
せっかくおしゃれしたのに。
今日のために買った服が引き裂かれた無残な状態になっているのを見た瞬間、堪えていたものが一気に溢れ出した。
ヒロインは声を上げて泣いた。
何もかもダメにされてしまった。
やっと少し7年前の痛みが和らいだところだったのに。
レノが支えてくれて、主犯だと思っていた男を捕まえて、これで少し心が軽くなると思った。
それが一気に地の底まで叩き落されて、ヒロインの心は限界だった。
「もう嫌だ…」
いっそ死んでしまおうか。
そう考えたヒロインの視界に、地面にぶちまけられたカバンの中身が目に入った。
ヒロインは痛みを堪えながら身体を起こし、そちらに手を伸ばした。
「あった…」
目的のもの――愛用のナイフはすぐに見つかった。
ヒロインはその柄を掴むと、よく研がれた刃を自分の首元に当てた。
少し手前に引くと、首筋に鋭い痛みが走った。あと少し、力を入れて刃を動かせば死ねるだろう。
失血死するまで苦しむだろうが、自分の虚しい人生を振り返るにはちょうどいい時間かもしれない。
ヒロインは覚悟を決めて大きく息を吸った。
「ヒロイン!」
名前を呼ばれた気がして、ヒロインは顔を上げた。まるで耳を塞いで聞く声のように、その声はぼやけていたが、男性の声だというのはわかった。あの男が戻ってきたのかもしれない。
ヒロインはナイフを背に隠した。
ならば、あの男も道連れだ。まずは男を殺して、そのあと自分も死ぬ。
ヒロインは男が近づいてくるのを息を殺して待った。
思った以上に男が姿を見せるのは時間がかかった。
ヒロインは男が来るまで、ぼやけた頭をはっきりさせようと何度も頭を振っていた。全身のありとあらゆる感覚が鈍っているのを感じながらも、それでも辛抱強く男がやってくるのを待った。
大きく息を吸って、吐いて――深呼吸を繰り返しながら、一撃必殺の時に備える。何度目かの深呼吸をしたとき、ヒロインのいる粗末な部屋の入口に男の姿が見えた。ヒロインは一度大きく息を吸って、止めた。
入口に立った男の姿は、部屋が薄暗いこともあってはっきりと見えなかった。ただ、背格好はよく似ていた。
男が何か言っている。しかし、音があちこちに反響しているかのように声がぼやけていて、何を言っているのかは聞き取れなかった。また罵倒しているのだろうか。
何でもいい、早く来いと心で念じ、ヒロインはナイフの柄を握り直した。
殺すチャンスは一瞬だけ。
落ち着け、呼吸を整えて、いつも通りに。
男は真っ直ぐこちらに駆け寄ってきた。
そして、ヒロインの正面で屈んだ。
その瞬間を狙い、ヒロインは男の心臓めがけてナイフを突き出した。
いつもより緩慢な動きだったが、ナイフは確かに男の心臓に向かった。
ぽたりと、地面に血が落ちた。
「ヒロイン…」
男が伸ばした手が、ひどく打たれたヒロインの頬を優しく撫でた。
そのときヒロインの好きなコロンの匂いがした。
「…レノ?」
憎い男の相貌の向こうには、確かにレノがいた。
To be continued...
2021/05/05
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ヒロインは仰向けになったまま、それを見送った。
今まで起こった出来事が、夢だったらどんなによかっただろう。
しかし、胸から腰にかけての火傷の痛みが、これは現実だとヒロインに突きつける。
点々と身体に刻まれた火傷は7年前と同じでひどく醜かった。
この数時間の間に起こった出来事は、ヒロインから起き上がる気力を奪っていた。
7年前の真実もショックではあったが、それ以上にレノにこの汚れた姿を見られたことが何よりも辛かった。
こんな姿を見られたくなかった。
見てほしかったのは、今日のために買った服だったのに。
せっかくおしゃれしたのに。
今日のために買った服が引き裂かれた無残な状態になっているのを見た瞬間、堪えていたものが一気に溢れ出した。
ヒロインは声を上げて泣いた。
何もかもダメにされてしまった。
やっと少し7年前の痛みが和らいだところだったのに。
レノが支えてくれて、主犯だと思っていた男を捕まえて、これで少し心が軽くなると思った。
それが一気に地の底まで叩き落されて、ヒロインの心は限界だった。
「もう嫌だ…」
いっそ死んでしまおうか。
そう考えたヒロインの視界に、地面にぶちまけられたカバンの中身が目に入った。
ヒロインは痛みを堪えながら身体を起こし、そちらに手を伸ばした。
「あった…」
目的のもの――愛用のナイフはすぐに見つかった。
ヒロインはその柄を掴むと、よく研がれた刃を自分の首元に当てた。
少し手前に引くと、首筋に鋭い痛みが走った。あと少し、力を入れて刃を動かせば死ねるだろう。
失血死するまで苦しむだろうが、自分の虚しい人生を振り返るにはちょうどいい時間かもしれない。
ヒロインは覚悟を決めて大きく息を吸った。
「ヒロイン!」
名前を呼ばれた気がして、ヒロインは顔を上げた。まるで耳を塞いで聞く声のように、その声はぼやけていたが、男性の声だというのはわかった。あの男が戻ってきたのかもしれない。
ヒロインはナイフを背に隠した。
ならば、あの男も道連れだ。まずは男を殺して、そのあと自分も死ぬ。
ヒロインは男が近づいてくるのを息を殺して待った。
思った以上に男が姿を見せるのは時間がかかった。
ヒロインは男が来るまで、ぼやけた頭をはっきりさせようと何度も頭を振っていた。全身のありとあらゆる感覚が鈍っているのを感じながらも、それでも辛抱強く男がやってくるのを待った。
大きく息を吸って、吐いて――深呼吸を繰り返しながら、一撃必殺の時に備える。何度目かの深呼吸をしたとき、ヒロインのいる粗末な部屋の入口に男の姿が見えた。ヒロインは一度大きく息を吸って、止めた。
入口に立った男の姿は、部屋が薄暗いこともあってはっきりと見えなかった。ただ、背格好はよく似ていた。
男が何か言っている。しかし、音があちこちに反響しているかのように声がぼやけていて、何を言っているのかは聞き取れなかった。また罵倒しているのだろうか。
何でもいい、早く来いと心で念じ、ヒロインはナイフの柄を握り直した。
殺すチャンスは一瞬だけ。
落ち着け、呼吸を整えて、いつも通りに。
男は真っ直ぐこちらに駆け寄ってきた。
そして、ヒロインの正面で屈んだ。
その瞬間を狙い、ヒロインは男の心臓めがけてナイフを突き出した。
いつもより緩慢な動きだったが、ナイフは確かに男の心臓に向かった。
ぽたりと、地面に血が落ちた。
「ヒロイン…」
男が伸ばした手が、ひどく打たれたヒロインの頬を優しく撫でた。
そのときヒロインの好きなコロンの匂いがした。
「…レノ?」
憎い男の相貌の向こうには、確かにレノがいた。
To be continued...
2021/05/05
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