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4:二人の約束

ヒロイン

本棚
ヒロイン

 二人は男に気づかれないよう、距離をとって男を尾行していた。

 レノはヒロインの尾行技術に舌を巻いた。ツォンが教えてやってくれと言うのもわかる。
 鋭い観察眼、音を聞き分ける力、周囲に溶け込む技術――どれも一段レノの技術より上だ。
 レノはそれらの技術を盗もうと、ヒロインの動きをよく観察した。
 しばらくヒロインと男を交互に目で追っていると、感覚でどうすればよいかわかってくる。予測をし、ヒロインの動きを先回りしてみせると、ヒロインが目を丸くした。

「流石だね。私が組んだ中で、レノが一番筋がいいよ」

「光栄だぞ、と」

「さあ、私たちも店に入ろうか」

 男が入っていた店はナイトクラブだった。場に合わせるためか、ヒロインはシャツのボタンを2つほど外した。うっかりそこに現れた谷間を見てしまったレノは、慌てて視線を外した。

「恥ずかしいから、あんまり見ないでね。せめてこうしないと、あまりに地味だから…」

 シャツとスラックスでは確かにナイトクラブに行くには地味だ。が、そこから覗く豊かな胸の谷間があれば、男は格好など気にしないだろう。

「レノと一緒なら絡まれないとは思うけど、念のため。ね?」

 ヒロインは少し頬を赤らめ、レノの腕をとった。
 布越しにヒロインの体温を僅かに感じ、レノは唾を飲んだ。

「じゃあ、行こうか」

 二人は仲睦まじいカップルを装い、適当な会話をしながらナイトクラブに足を踏み入れた。



 中は暗く、大音量の音楽が流れていた。人も多い。
 しかし、大勢の若者たちの中で目当ての男は浮いており、すぐに見つけることができた。
 レノとヒロインはゆっくりと男に近づき、男の服の裾に盗聴器を仕掛け、距離を取った。

 二人はカクテルのグラスを持ち、男が動くのを待った。
 レノたちが持つグラスは、とっくに中身がぬるくなっていた。

「目の前に酒があるってのに、飲めないのは辛いな…」

 男は相変わらず酒を空けるばかりで動く様子はない。

「水、持ってくる――」

「ダメ、行かないで。お願い」

 この場を離れようとしたとき、ヒロインがレノの服を掴んでそれを止めた。
 ヒロインは男の方に完全に背を向けていた。
 レノは眉をひそめた。

ヒロイン?」

 先程までと打って変わり、ヒロインの顔は真っ青だった。口を手で抑え、必死に息を殺そうとしている。
 レノは男とその周囲に視線を向けた。
 男の後方、入口側から男の方に真っ直ぐ向かってくる一人の男がいた。明らかにその筋の人間とわかる風体だった。

「あいつ…あの男が…どうしよう、見られたかもしれない…」

 レノは考える前に、男の視界にヒロインが入らないように位置を変えた。

「大丈夫、オレがついてる。嫌かもしれねぇけど、ちょっと我慢だぞ、と」

 レノはヒロインの腰に腕を回すと、軽く抱き寄せた。

「オレが目になるから、それ以外は頼むぞ、と」

 ヒロインが大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出した。そして、ヒロインはゆっくりと目を閉じた。

「ありがとう」

 レノはヒロインをかばいつつ、二人の男の方に視線を向けた。
 イヤホンから声が聞こえてきた。
 最初は挨拶と世間話。しばらくして、聞くに堪えない下品な話が始まった。
 両者の声質が不愉快なこともあり、さすがのレノも顔をしかめた。

ヒロイン、嫌なら聞かなくていいぞ、と」

「大丈夫…」

 本人はそう言うが、とてもそうは見えなかった。今にも倒れるのではないかというぐらい、顔色が悪い。

(あの男が、ヒロインを――)

 今ここであの男を殺すのは簡単だったが、目的は監視だ。武器流通の情報を掴むまでは泳がせるしかない。
 怒りで視界が染まる前に、レノは思考を切り替えた。
 今は自分の目しかないのだから、怒りで視界を狭めるわけにはいかない。
 レノたちが監視している中、男たちは取引の場所、日時、武器の種類、数を取り決め、時間差で店を出ていった。監視対象の男が出る前、レノは気付かれないように盗聴器を回収した。



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