ヒロインに払われた手は、虚しくそこに取り残された。




　完全にヒロインから拒絶され、レノは手を引くこともできず、ただ茫然としていた。








　ヒロインの身体に刻み付けられた跡を目にしたとき、レノは自分の目を疑った。




　それは、ヒロインが誰かと身体を重ねたという証。




　ヒロインは必死に隠そうとしていたが、それが余計に不自然で、結果レノはそれを目にすることになった。







　そして今。


　どうヒロインに声を掛けたらいいかわからない。


　何を伝えたいのか、どう接したらいいのかすら考えられない。





　ただわかったのは、以前と同じようにはいられない、ということ。




　何か行動を起こしてしまうと、全て壊れてしまいそうな気がして、レノはじっとヒロインの横顔を見ていた。



















　張り詰めた静寂。



　水音一つしなくなった浴室で、二人は目を合わすことも、話すことすらせず、じっと時間が流れるのを待った。


















　長い長い沈黙の後。







「――落ちないの…‥」




　と、ヒロインがぽつりと一言もらした。




　レノは静かにヒロインが次の言葉を紡ぐのを待つ。








「何度洗っても消えないの…‥こんな姿…レノに見られたくなかった！」



　ヒロインは全てを吐き出すかのように絶叫した。




「ヒロイン…」



　潤みきったヒロインの目から、涙が一粒落ちた。



　水面に小さな波紋が起こる。




「レノだけには…知られたくなかったのに！」



　全てに絶望したと言わんばかりに、ヒロインは泣き崩れた。





　汚された姿を見せたくなかったというヒロインの気持ちが、レノの心に深く突き刺さる。





　どうしてヒロインばかりこんな目に遭うのか。



　研究所の実験体だった過去、普通の女性が得る幸せすら許されないこと。



　顔を覆って泣くヒロインを見ていると、レノの中に怒りが沸き上がる。



　それと同時に、レノの中には一つの決意が生まれた。






　理不尽に奪われたヒロインの幸せを、自分が与えるということ。



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