3-6:麗しき窓辺の亡霊
ヒロイン
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「それにしても、幽霊の正体がヒロインだったなんてなー」
全員の夕食が終わり、ダイニングでコーヒーを飲みながら本を読んでいたヒロインが顔を上げた。向かいに座り、同じようにコーヒーを飲んでいるレノがにやにやと笑っている。ヒロインは本に栞を挟むと、軽く眉根を寄せた。
「元を辿れば、レノのせいなんだけど」
レノにネタばらしされた本は、学校の若い女性教師から勧められた本だった。休み時間に彼女が本を読んでいたのが興味のきっかけだ。
元々本を読む習慣がなく、活字とは無縁の生活を送っていたヒロインだったが、あまりに彼女が楽しそうに読み進めているので、自分も読んでみたいと思い、彼女にオススメの本を尋ねた。すると彼女がシリーズ物の推理小説を勧めてきた。昔、映画になったこともある人気の旅情ミステリーとのことだった。
翌日から彼女に借りた本をヒロインは学校や家事の合間に夢中になって読み進めた。主人公の探偵が気持ちのいい性格の男性だったこともあり、ヒロインがはまり込むのに時間はかからなかった。
そのシリーズの本が療養所の図書室にあることを知り、ヒロインは図書室にも通うようになった。しかし、一気に本を持ち出すのは気が引けたので、1冊ずつ借りては返すを繰り返していた。そして、ちょうど3冊目――彼女曰く、序盤で一番盛り上がる作品――を読み始め、もうすぐ話の結末がわかるところで、レノが部屋にやってきた。
「懐かしいな、それ。昔、映画にもなってたよなー。実は死んだと思った主人公が生きて――」
ヒロインが止める暇もなく、最も大事な結末をレノが無情にも暴露した。その日、ヒロインは今までにないぐらい怒り、1週間以上レノと口を聞かなかった。周りに宥められ、レノを無視するのはやめたが、それから更に1週間はレノに部屋への立ち入りを禁じた。
二度と物語の結末を話さないという約束をして、ヒロインがネタバレに怯えることなく、本を読む環境が整った矢先に起きたのが例の幽霊事件だった。
「さて、遅くなる前にもう一冊本借りてこようかな」
あの一件以来、ヒロインはできるだけ夜に図書室には行かないようにしていた。しかし、今の時間ならば、まだ療養所も就寝時間前のため、行っても迷惑にはならないだろう。
「オレも一緒に行くぞ、と」
レノが図書室なんて珍しいと思ったが、付いてきてくれるというのであれば断る理由はない。二人は仲良く並んで療養所に向かった。
幽霊騒動があった頃はまだ夏の気配があったが、今はすっかり秋へと変わってしまい、夜も冷え込むようになっていた。冷たい風に首を竦めながら、二人はやや早足で療養所へ続く道を歩いていた。
「そういやよ、ルードの仕入れてきた幽霊話、覚えてるか?」
ヒロインは視線を上に向け、少し考えた。
「確か、図書室の窓際に座って微笑む女の人の話?」
「そうそう。よくよく考えたら、あの話だけおかしいんだよな」
また怖い話でからかおうとしているのかと思い、ヒロインは眉をひそめ、レノを見上げた。だが、レノの顔は真剣そのものだった。レノが続きを話すのを待っていると、ちょうど療養所の図書室の窓が見えてきた。
「あの窓、結構高い位置にあるだろ?あんなとこから顔覗かせるなんて女にできるわけないから、何であんな噂が立ったのか不思議なんだぞ、と」
確かにレノの言う通りだった。他の噂についてはヒロイン自身もよくよく考えると心当たりがあったが、その噂だけは全く身に覚えがない。ヒロインは急に怖くなって足を止めた。そして、見なければいいものを、つい図書室の窓の方に視線を向けてしまった。
「何だよその顔。びびってんのか?」
と、レノは呑気に笑っていたが、ヒロインにそれを否定する余裕はなかった。
なぜなら、窓の向こうで微笑む何かとしっかり目が合ったからだ。まだその窓まではかなり距離があったにも関わらず、ヒロインにはそれが口角を上げて笑ったことまではっきりと見えていた。
「おーい、ヒロイン?」
急にレノが顔を覗き込んできた。そのおかげで、ヒロインと窓際にいる何かとの視線が断ち切られる。一種の金縛り状態が解け、ヒロインはほっと息をついた。そして、もう一度図書室の窓を見上げた。しかし、そこにはもう何もなかった。
「…幽霊なんているはずないじゃない」
ヒロインは自分に言い聞かせるように言葉を口に出した。そして、レノの右手を取ると、自分の指を絡めてぎゅっとその手を握った。
「やっぱ怖いんだろ?」
少し驚いた顔をしていたレノだったが、すぐにその顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。ヒロインは軽く唇を尖らせた。
「寒いだけ!」
「はいはい」
口では軽くあしらいながらも、レノはしっかりとヒロインの手を握り返してくれた。
「ヒロインのことはオレが守るから安心していいぞ、と」
「うん、ありがとう」
その言葉だけで不安で落ち着かなくなっていた心が静まっていく。ヒロインはレノの方に身体を寄せた。もう図書室の窓には何も映っていない。先程見たものは恐怖心が見せた錯覚か何かだろう。半ば強引にそう結論づけ、ヒロインは先程の出来事を頭の奥深くに追いやった。
「ほら、さっさと用事済ませて部屋戻って、二人でベッドで温まろうぜ」
いつもなら直接的であれ遠回しであれ、夜の誘いは気恥ずかしくて素直に頷けないヒロインだったが、こんな寒い日にはそれも悪くないと思えた。ヒロインは手を繋いだまま少しだけレノの前を歩き、小さな声で言った。
「ちゃんと温めてね?」
借りた本を読むのはまた今度。
To be continued...
2021/11/01
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全員の夕食が終わり、ダイニングでコーヒーを飲みながら本を読んでいたヒロインが顔を上げた。向かいに座り、同じようにコーヒーを飲んでいるレノがにやにやと笑っている。ヒロインは本に栞を挟むと、軽く眉根を寄せた。
「元を辿れば、レノのせいなんだけど」
レノにネタばらしされた本は、学校の若い女性教師から勧められた本だった。休み時間に彼女が本を読んでいたのが興味のきっかけだ。
元々本を読む習慣がなく、活字とは無縁の生活を送っていたヒロインだったが、あまりに彼女が楽しそうに読み進めているので、自分も読んでみたいと思い、彼女にオススメの本を尋ねた。すると彼女がシリーズ物の推理小説を勧めてきた。昔、映画になったこともある人気の旅情ミステリーとのことだった。
翌日から彼女に借りた本をヒロインは学校や家事の合間に夢中になって読み進めた。主人公の探偵が気持ちのいい性格の男性だったこともあり、ヒロインがはまり込むのに時間はかからなかった。
そのシリーズの本が療養所の図書室にあることを知り、ヒロインは図書室にも通うようになった。しかし、一気に本を持ち出すのは気が引けたので、1冊ずつ借りては返すを繰り返していた。そして、ちょうど3冊目――彼女曰く、序盤で一番盛り上がる作品――を読み始め、もうすぐ話の結末がわかるところで、レノが部屋にやってきた。
「懐かしいな、それ。昔、映画にもなってたよなー。実は死んだと思った主人公が生きて――」
ヒロインが止める暇もなく、最も大事な結末をレノが無情にも暴露した。その日、ヒロインは今までにないぐらい怒り、1週間以上レノと口を聞かなかった。周りに宥められ、レノを無視するのはやめたが、それから更に1週間はレノに部屋への立ち入りを禁じた。
二度と物語の結末を話さないという約束をして、ヒロインがネタバレに怯えることなく、本を読む環境が整った矢先に起きたのが例の幽霊事件だった。
「さて、遅くなる前にもう一冊本借りてこようかな」
あの一件以来、ヒロインはできるだけ夜に図書室には行かないようにしていた。しかし、今の時間ならば、まだ療養所も就寝時間前のため、行っても迷惑にはならないだろう。
「オレも一緒に行くぞ、と」
レノが図書室なんて珍しいと思ったが、付いてきてくれるというのであれば断る理由はない。二人は仲良く並んで療養所に向かった。
幽霊騒動があった頃はまだ夏の気配があったが、今はすっかり秋へと変わってしまい、夜も冷え込むようになっていた。冷たい風に首を竦めながら、二人はやや早足で療養所へ続く道を歩いていた。
「そういやよ、ルードの仕入れてきた幽霊話、覚えてるか?」
ヒロインは視線を上に向け、少し考えた。
「確か、図書室の窓際に座って微笑む女の人の話?」
「そうそう。よくよく考えたら、あの話だけおかしいんだよな」
また怖い話でからかおうとしているのかと思い、ヒロインは眉をひそめ、レノを見上げた。だが、レノの顔は真剣そのものだった。レノが続きを話すのを待っていると、ちょうど療養所の図書室の窓が見えてきた。
「あの窓、結構高い位置にあるだろ?あんなとこから顔覗かせるなんて女にできるわけないから、何であんな噂が立ったのか不思議なんだぞ、と」
確かにレノの言う通りだった。他の噂についてはヒロイン自身もよくよく考えると心当たりがあったが、その噂だけは全く身に覚えがない。ヒロインは急に怖くなって足を止めた。そして、見なければいいものを、つい図書室の窓の方に視線を向けてしまった。
「何だよその顔。びびってんのか?」
と、レノは呑気に笑っていたが、ヒロインにそれを否定する余裕はなかった。
なぜなら、窓の向こうで微笑む何かとしっかり目が合ったからだ。まだその窓まではかなり距離があったにも関わらず、ヒロインにはそれが口角を上げて笑ったことまではっきりと見えていた。
「おーい、ヒロイン?」
急にレノが顔を覗き込んできた。そのおかげで、ヒロインと窓際にいる何かとの視線が断ち切られる。一種の金縛り状態が解け、ヒロインはほっと息をついた。そして、もう一度図書室の窓を見上げた。しかし、そこにはもう何もなかった。
「…幽霊なんているはずないじゃない」
ヒロインは自分に言い聞かせるように言葉を口に出した。そして、レノの右手を取ると、自分の指を絡めてぎゅっとその手を握った。
「やっぱ怖いんだろ?」
少し驚いた顔をしていたレノだったが、すぐにその顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。ヒロインは軽く唇を尖らせた。
「寒いだけ!」
「はいはい」
口では軽くあしらいながらも、レノはしっかりとヒロインの手を握り返してくれた。
「ヒロインのことはオレが守るから安心していいぞ、と」
「うん、ありがとう」
その言葉だけで不安で落ち着かなくなっていた心が静まっていく。ヒロインはレノの方に身体を寄せた。もう図書室の窓には何も映っていない。先程見たものは恐怖心が見せた錯覚か何かだろう。半ば強引にそう結論づけ、ヒロインは先程の出来事を頭の奥深くに追いやった。
「ほら、さっさと用事済ませて部屋戻って、二人でベッドで温まろうぜ」
いつもなら直接的であれ遠回しであれ、夜の誘いは気恥ずかしくて素直に頷けないヒロインだったが、こんな寒い日にはそれも悪くないと思えた。ヒロインは手を繋いだまま少しだけレノの前を歩き、小さな声で言った。
「ちゃんと温めてね?」
借りた本を読むのはまた今度。
To be continued...
2021/11/01
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